形成外科医は、身体の表面に関わるさまざまな病気やけがを診療する医師です。事故による後天的な負傷から先天的な異常まで幅広く対応します。
また、外科学の中でも欠損した部位の機能や見た目を再建することを目的とし、人々の生活の質を向上させるために欠かせない存在です。形成外科医には、美容外科専門医という選択肢もあり、美容医療の需要の増加に伴い注目も高まっています。
本記事では、形成外科医の役割や整形外科との違い、年収、働き方、キャリアパス、専門医の種類などについて詳しく解説します。
目次
1.形成外科医とは?
形成外科医は、主に身体の表面に関連する病気やけがの治療を行います。体の表面の異常や変形を治したり、体の欠損や失った機能の一部を修復したりします。例えば、交通事故で顔面骨折をした患者の骨を整えたり、やけどで損傷した皮膚を再建したりします。また、先天異常で生まれつき手や足に異常がある子どもに対しても手術を行い、機能や見た目の改善を目指します。
そのほか、顔にできた悪性腫瘍を切除し、その後の再建手術を行うなど、患者の生活の質(QOL)を向上させることも重要な役割です。美容医療の分野では、シミやしわの治療、フェイスリフトなども担当します。形成外科医が担当する疾患については、以下のとおりです。
症例区分 | 分類 |
外傷 | 熱傷・凍傷・化学損傷・電撃傷 |
先天異常 | 唇裂・口蓋裂 |
腫瘍 | 良性腫瘍・母斑・血管腫 |
瘢痕・ケロイド | – |
難治性潰瘍 | 褥瘡・その他の潰瘍(下腿・足潰瘍を含む) |
炎症・変性疾患 | 四肢・体幹・その他の炎症・変性疾患 |
美容 | – |
その他 | 眼瞼下垂、腋臭症、その他 |
※日本形成外科学会「2022 年度以降における形成外科領域専門医認定審査についての公示」を参考に当社にて編集加工し作成いたしました
このように形成外科医は、機能的・審美的な両面から患者の健康をサポートする重要な役割を担っています。形成外科医における専門知識と技術は、多くの人々の生活の質を向上させるために欠かせない存在です。
1-1.整形外科との違い
整形外科と形成外科は、どちらも外科の一分野ですが、その目的や治療対象には明確な違いがあります。
整形外科では、体の骨や関節、筋肉、神経などの「運動器」と呼ばれる部分を治療する診療科であり、身体の内部が治療対象となる点で形成外科とは異なります。
また、整形外科では治療後の機能を維持に重点を置いていますが、形成外科では見た目という部分を重視しています。ただ治すだけではなく、機能は損なわずに傷跡が目立たないよう見た目に気を配りながら治療することが求められます。
参照:日本整形外科学会「よくある質問」
1-2.他の診療科との関係
形成外科は、皮膚科と美容外科にも深く関与しています。皮膚科で扱う皮膚腫瘍や皮膚潰瘍といった疾患は、皮膚科と形成外科の境界領域に位置しています。例えば、皮膚科では皮膚悪性腫瘍の病理診断や切除範囲の決定、術後補助療法を担当し、形成外科では腫瘍切除と再建を行うことが一般的です。
遊離皮弁などの高度な再建手術や、顔面などの整容性が重視される場合は、形成外科の専門知識と技術が必要とされます。このようなケースでは、皮膚科と形成外科が連携して治療を進めることが重要です。
美容外科は、整容的な側面が非常に重視される診療分野であり、患者の希望に応えるためには高度な形成外科的知識と技術が求められます。そのため、美容外科の診療は、形成外科のトレーニングを受けた医師によって行われることが重要とされています。
参照:日本形成外科学会「他科との関係」
2.形成外科医の仕事内容
形成外科医の仕事は多岐にわたります。外来診療では患者の診察を行い、適切な治療方針を決定します。次に、手術業務として皮膚腫瘍の切除や再建手術など、多様な形成外科手術を実施します。手術後には、患者の回復を見守り、必要なケアを提供する術後管理が欠かせません。
また、医学の進歩に寄与するために学会活動や論文執筆も行います。最新の医療知識を学び、それを他の医師と共有することで、自身の技術向上や医療界全体の発展に貢献します。さらに、研修医や医学生、医療スタッフへの教育も重要な役割の1つです。
形成外科医は手術以外の治療法も行います。例えば、レーザー治療や血管奇形に対する硬化療法、しみやしわに対する外用治療などが挙げられます。また、皮膚や軟部組織の腫瘍、顔面骨の骨折、皮膚感染症に関しては、形成外科医がエキスパートとして他の診療科からのコンサルテーションを受けることが増えています。
3.形成外科医の勤務先とそれぞれの特徴
形成外科医は、勤務先によって働き方や仕事内容が異なります。病院・クリニック・がんセンター・研究施設に分けて、詳しく見ていきましょう。
3-1.病院(1次・2次救急病院)
大学病院や地域の基幹病院では、勤務医だけではなくフリーランスとして活躍する人もいます。患者の手術や治療を行う他、教育や研究活動にも従事します。
病院は、夜間の呼び出しが発生する可能性があるため、クリニックと比べるとワークライフバランスを維持することが難しいでしょう。
3-2.クリニック
クリニックでは勤務医やフリーランスとして働く形成外科医もいます。クリニックは基本的に夜間呼び出しがなく、休日も十分に確保されている傾向があります。
開業するケースもありますが、患者数が限られることから皮膚科や美容外科など複数の診療科を標榜する場合もあります。
3-3.がんセンター・救命救急センター
がんセンターでは、頭頸部や乳房の再建手術が多く行われています。救急救命センターでは、24時間365日の重篤患者の対応を行う必要があります。例えば、重症熱傷や四肢の損傷などの生命に関わる症例に対しての緊急手術や処置の指示を行います。迅速に行うことが、身体の機能と見た目の修復度合いにもかかわるため、経験と知識と判断力が試されます。
これらの施設で働くことで、がんや救急対応における専門性を高めることができます。
3-4.研究施設
形成外科の分野では、少数ですが研究施設で働く研究医もいます。皮膚や髪の毛、脂肪などの再生医療や創傷治癒の基礎研究を行い、医療の発展に寄与しています。
形成外科の基礎研究として特に盛んなのは、皮膚、毛髪、脂肪、神経、骨、軟骨などの再生医療に関する研究です。例えば、皮膚の再生医療では、火傷や外傷で失われた皮膚を再生するための技術開発が行われています。
4.形成外科医の年収
形成外科医の年収について、大手医師転職サイトに掲載された求人情報を参考にすると、年収はおおよそ1200万円から2200万円と、他の診療科の医師と大きな違いはありません。しかし、美容外科の年収を見ると、1500万円から2800万円とかなり高くなります。美容外科は主に自由診療を行っているため、収入が高い傾向にあります。実際に、美容外科では年収2500万円以上も珍しくなく、中には3000万円に達する求人も見かけます。
※調査方法:3つの大手医師転職サイトに掲載された求人より算出(2024年4月時点)
※医師経験年数やオペ経験・週の勤務日数など求人ごとに条件が異なるため幅があります。あくまで参考値としてご理解ください。
5.形成外科医の魅力
形成外科医の魅力は、欠損した部位の機能や見た目を再建するという所にあります。外科学の多くは、病巣を取り除くことが主な目的ですが、形成外科では創造する医療です。
再建する部分は身体の表面にあるため、治療結果の良し悪しを目視で確認することができます。見た目というものは、患者の日常生活に多くの影響を及ぼすため、できるだけ元の状態に近づけるように傷を目立たなくすることが重要です。医師の行った治療で、患者の自信やQOLが向上し、普段の日常に笑顔で戻る姿を見れることは大きなやりがいと言えるでしょう。
また、形成外科医の治療は、傷跡を目立たなくするものや乳がんなどの切除部分の再建、顔面の骨の位置を元に戻す手術など、繊細なものから大規模なものまで多くの手術が日常的に行われます。さらに、同じ傷跡や欠損は二つとしてなく、定型的な治療が少くなっています。そのため、多岐に渡る手術を行え、患者に最適な再建法を選択するために、自身の知識や経験を活かし、また専門性を高めていける点も魅力の一つです。
6.形成外科専門医になるには
形成外科専門医になるには、2年間の初期研修終了後、4年間の後期研修を行う必要があります。後期研修では、形成外科領域を中心として定められた研修プログラムを修め、資格試験に合格することで「形成外科専門医」が取得できます。
6-1.形成外科専門医のサブスペシャリティ領域
形成外科専門医の資格を取得するとサブスペシャリティ専門医を目指すことができます。
形成外科のサブスペシャリティ専門医には、下記のような資格があります。
- 日本手外科学会専門医
- 日本美容外科学会(JSAPS)専門医
- 日本創傷外科学会専門医
- 日本頭蓋顎顔面外科学会専門医
- 日本形成外科学会皮膚腫瘍外科分野指導医
- 日本形成外科学会小児形成外科分野指導医
- 日本形成外科学会再建・マイクロサージャリー分野指導医
- 日本形成外科学会レーザー分野指導医
また、形成外科専門医の資格を1回以上更新し、さらにサブスペシャリティ専門医を得ることで、形成外科指導医の資格を取得できます。
日本形成外科学会が認定する「特定分野指導医」と、それぞれのサブスペシャルティ学会が認定する「分野指導医」があります。
特定分野指導医 | 分野指導医 |
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|
参照:日本形成外科学会「形成外科領域専門医制度 形成外科領域指導医および分野指導医 認定審査について」
7.形成外科専門医のキャリアパス
形成外科専門医を取得した後のキャリアパスにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、3つのパターンに着目し紹介していきます。
7-1.研究の道を選ぶ
キャリアパスの1つとして、研究に没頭する道があります。臨床の現場で生じるさまざまな疑問点が、そのまま基礎研究の動機となることが多いようです。例えば、手術後の傷跡の治癒過程や、再生医療の効果をより高める方法など、日々の診療から得られる疑問や興味が研究のテーマとなります。
形成外科の基礎研究としては、皮膚、毛髪、脂肪、神経、骨、軟骨などの再生医療、創傷治癒、皮弁の血行動態や微小循環、人工材料の開発、手術のシミュレーションなど多岐にわたります。形成外科は組織工学や再生医療、創傷治癒などの最新基礎研究との関連性が大きく、なかでも再生医療の研究は臨床に応用する機会もあるでしょう。
研究の内容によっては、臨床と並行して行うことも可能です。例えば、週の半分を臨床業務に充て、残りの時間を研究に費やすというスタイルもあります。これにより、自分の時間を柔軟にコントロールしやすく、バランスの取れた生活を送りながら研究に取り組むことができます。
7-2.専門分野を追求する
形成外科の診療には、先天異常、外傷、再建、腫瘍、美容外科などの専門分野があります。これらのサブスペシャリティーを深く学ぶために大学病院に所属し、臨床研究を続けながら診療を行うことが一般的です。
例えば、先天異常を専門とする形成外科医は、唇裂や口蓋裂などの治療に特化します。大学病院では、こうした先天異常の手術を数多く経験し、最新の治療法を学ぶ機会が豊富にあります。
さらに、大学病院での勤務は後進の育成も重要な役割です。若い医師や研修医に対して、自身の専門知識と技術を伝えることで、形成外科の発展に寄与できます。
7-3.地域医療への貢献
形成外科医のキャリアパスの1つとして、地域診療に従事する道があります。地域の総合病院で勤務医として働いたり個人クリニックを開業したりすることで地域医療に携わり、専門医として習得した技術を存分に発揮し、地域住民の健康向上に貢献します。
総合病院やクリニックでの勤務は、大学病院と比べてワークライフバランスを維持しやすい点も魅力の1つです。
参照:日本形成外科学会「キャリアパス」
8.形成外科医のキャリアパスの例
形成外科医のキャリアパスの例を3つ紹介します。
【事例1】専門医と博士号を取得
【事例2】ライフスタイルに合わせた働き方を実現
形成外科には、学生時代に顔面の血管腫の患者を担当した経験がきっかけで興味を持ちました。患者がレーザー治療を受け、色が薄くなることに喜んでいる姿に感動し、形成外科で働くことを決意したそうです。
卒業後、皮膚科、麻酔科、救急科の研修を1年間受けた後、形成外科の道を歩み始めました。5年目に大学の同級生と結婚し、夫は耳鼻科医として働いています。形成外科は比較的勤務時間が安定しているため、夫と週の半分は一緒に夕食を取ることができ、家庭生活との両立が可能となりました。
29歳で出産した際には、1年間研究生として臨床業務を離れ、育児に専念できる環境が整ったことにより、家庭と仕事のバランスを調整することができたそうです。
【事例3】地域病院で専門性が高い手術を担当
大学時代に情報工学部で生物システム工学を専攻していましたが、人間に対する研究をしたいと考え、大学医学部に入学し直しています。医学部卒業後、消化器外科や麻酔科、救急科の研修を経て、広範囲を診ることのできる形成外科医を目指しました。初期研修では顔面骨骨折や外傷、悪性腫瘍に関する手術を専門にし、その後は各地の病院で経験を積み、専門医と博士号を取得しています。
その後、自身の技術を地域医療に活かすことを目標に、常勤医が不在の状況であった病院へ勤務し、専門性が高い交通事故による顔面骨骨折の手術を行うことで地域医療に貢献しています。
参照:日本形成外科学会「キャリアパス」
9.形成外科医について気になることQ&A
形成外科医についてよくある質問と回答を紹介します。
Q .訴訟が多いような印象がありますが、実際はどうなのでしょうか?
形成外科領域の治療では、命に関わる問題や重大な後遺症を残す可能性が低いため、訴訟を起こされるケースはほとんどありません。
Q. 休みはとりやすいですか?
勤務先の患者数や医師の数などで異なりますが、他の診療科よりも休みをとりにくいことはありません。
Q. 形成外科はどのような雰囲気ですか?
診療方針やガイドラインが整備されていない疾患が多く、新しい診療概念が日々開発されています。そのため、学会で多くの報告がされていたり議論が活発に行われていたりと、「若さ」を感じられる診療科です。
参照:日本形成外科学会「診療科の特徴」
10.まとめ
本記事では、形成外科医の仕事内容や魅力、キャリアパスなどについて解説しました。
形成外科医は、疾患の改善に際して見た目を整えることにも注力するため、患者のQOLに大きく影響を及ぼす医療を提供できます。そのため、形成外科医として高い専門性を獲得し、患者が喜ぶ姿を見ることができれば、大きなやりがいを感じられるでしょう。
自身にとって最適な診療科を考える際に、今回解説した内容を参考にしてください。