
日本は地震や台風などの自然災害が多発する国であり、過去の阪神淡路大震災や東日本大震災といった大規模災害から得た教訓をもとに、災害医療体制の強化が進められています。
その中で重要な役割を果たしているのが、災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」です。DMATは、災害発生時に被災地へ迅速に派遣され、医療活動や救命処置を行う専門チームで、被災者の命を守る最前線で活躍しています。
本記事では、DMATの役割や災害医療の仕組みを解説するとともに、救急医療との違いや必要性について詳しく紹介します。
1.災害医療とは?
災害医療とは、地震や台風、大規模事故やテロなど、通常の医療環境では想定されていない特殊な状況下で行われる医療を指します。最大の目的は、限られた医療資源の中で可能な限り多くの命を救うことです。
災害発生時には、家屋の崩壊や道路の寸断などの影響で重症外傷患者が続出し、医療機関や医療従事者のキャパシティを超える需要が生まれます。
また、災害医療の特徴として、医療資源が通常時より大幅に限られる点が挙げられます。停電や断水などインフラが機能しない中での対応を迫られることが多く、十分な医療物資や人員が確保できないことも珍しくありません。
そのため、迅速に「救える命」を見極め、優先順位をつけた医療提供が求められます。
1-1.災害医療は医療現場以外でも必要
災害医療の役割は、災害直後の緊迫した現場だけにとどまりません。避難所生活を余儀なくされた人々への医療提供も行います。
避難所での生活が基礎疾患を悪化させたり、血栓症や感染症の発症リスクを高める場合がありますし、避難生活による過労やストレスが原因で命を落とすことも少なくありません。
このような「災害関連死」は、東日本大震災で数千人に上るとされています。
さらに、妊婦や透析患者など継続的な医療が必要な人々を被災地外の医療機関につなぐことも災害医療の役割です。
また、災害後にはPTSDなど精神的な問題を抱える人も多く、早期の心理的ケアが求められます。災害医療は単に外傷の治療にとどまらず、被災者の生活全体を支える包括的なケアを提供するものです。
2.災害医療での重要な「3Ts」とは?
災害医療において、効率的かつ効果的に命を救うためには、限られた資源を最大限に活用する必要があります。そのために重要な概念として「3T・3Ts」が挙げられます。
「3T・3Ts」は「Triage(トリアージ)」、「Treatment(治療)」、「Transportation(搬送)」の頭文字から成る造語です。3T・3Tsの構成要素について、それぞれ詳しく見ていきましょう。
2-1.Triage(トリアージ)
トリアージはフランス語で「選別」を意味し、災害や大規模な事故の際に、限られた医療資源を最大限に活用するために傷病者を選別することを指します。
多くの傷病者が発生した場合、迅速な判断が求められるため、トリアージは1人につき30秒以内に実施されるのが原則です。
基本的には処置を行わず、傷病者の状態を判断することに専念しますが、「用手的気道確保」と「活動性の出血に対する止血処置」については例外的に対応が許可されています。
この役割を担うのは、医師、救命救急士、看護師などの医療従事者であり、現場の状況に応じて迅速かつ的確に判断する能力が求められます。
トリアージでは、緊急性や救命可能性に応じて優先順位を定め、傷病者を以下の4つの色で分類します。
色 | 優先順位 | 状態 |
赤色 | 第1順位 | 生命の危機に直面しており、即座の救命治療が必要 |
黄色 | 第2順位 | 治療を要するが、数時間程度の待機が可能 |
緑色 | 第3順位 | 軽症であり、治療が必要でも長時間の待機が可能 |
黒色 | 第4順位 | すでに死亡している、または救命が極めて困難な状態 |
2-2.Treatment(治療)
Treatment(治療)は、医療機関への搬送前に行う緊急処置のことです。傷病者の生命を維持し、容体の悪化を防ぐために下記のような緊急処置を施します。
- 出血に対する止血処置
- 骨折部位の固定
- 気道確保のための気管挿管
- 気胸に対する胸腔ドレナージ
- 圧挫症候群やショック状態に対する輸液治療
2-3.Transportation(搬送)
トリアージと応急治療が完了した後は、適切な医療機関へ傷病者を迅速に搬送することが必要です。搬送先の医療機関との調整を行い、最善の選択を導き出すことが求められます。
搬送の際には以下の要素を慎重に検討します。
- 傷病者が必要とする医療内容
- 受け入れ可能な医療機関の特性
- 搬送にかかる時間やリスク
3.救急医療との違い
救急医療と災害医療は、どちらも緊急時に医療を提供するという点では似ていますが、その実施環境や目的には大きな違いがあります。
救急医療
救急医療は平常時に発生する予期せぬ病気や怪我に対応するものであり、医療資源や人員が充実した環境で個々の患者に迅速で適切な治療を行うことが可能です。
例えば、交通事故や心筋梗塞、アナフィラキシーショックなどの急性の症状に対して、救急医療では冷静な判断と必要な物資を揃えた上で最善の医療行為が提供されます。
災害医療
一方、災害医療は災害という突発的かつ大規模な状況下で行われる医療です。
地震や台風、大規模な事故などによって、多数の傷病者が同時に発生し、医療の需要が供給を大幅に上回る状況に置かれるのが特徴です。
4.災害医療に携わるチーム「DMAT(ディーマット)」とは
DMAT(Disaster Medical Assistance Team)は、災害時に迅速な医療支援を提供することを目的とした特別なチームで、1995年に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに発足されました。
4-1.DMATの活動内容
DMATの活動は、災害発生後48時間以内に開始され、被災地における迅速な医療支援を行います。災害が長期化する場合には、2次隊・3次隊が追加派遣され、長期的な医療支援を提供します。
DMATのチームは通常、医師1名、看護師2名、業務調整員1名の計4名で構成され、それぞれが専門的な役割を担いながら、効率的に救護活動を行います。
・医師
傷病者の診療を行うとともに、チーム全体の指揮を執ります。被災地の状況を把握し、限られた医療資源を最適に配分しながら、救命に直結する判断を下すことが求められます。
・看護師
医師の診療補助を行いながら、被災者や負傷者のケアを担当します。傷病者の状態を観察し、必要な処置を施すとともに、患者の精神的なサポートにも尽力します。
・業務調整員
DMATメンバーの食事や宿泊先の手配、医療情報の電子入力など、活動の円滑な運営を支える役割を担います。現場の状況を把握し、関係機関との調整を行いながら、チームが迅速に対応できるようサポートします。
4-2.DMATに求められる資格と訓練
DMATとして活動するためには、「災害拠点病院」または「DMAT指定医療機関」に所属する必要があります。
所属後、医療機関の推薦を得て「DMAT隊員養成研修」を受講し、DMAT隊員資格を取得します。資格は5年ごとの更新制です。
DMAT隊員は、平常時には所属する医療機関で通常の業務を行いながら、災害時の出動に備えて訓練を重ねることが求められます。
そのため、資格を取得後も厚生労働省が開催する技能維持研修や講習会などに継続的に参加することで、新たな知識の習得や技能の維持を行う必要があります。
4-3.DMATに求められるスキル
DMATに求められるスキルは多岐にわたります。
DMATの活動は災害発生後48時間以内に開始することが求められるため、急な出動要請に対応する必要があります。また、災害現場では、通常の医療環境では想定されていない特殊な状況に臨機応変に対応できる適応能力を持たなければなりません。
また、外傷や急性期医療の基本的な診療技術に加え、他の医療チームや消防、警察、自衛隊、行政機関など、さまざまな職種との協働のために優れたコミュニケーション能力が必要とされます。
5.国内にある災害医療チーム
災害発生時には、多くの医療ニーズが発生し、迅速な対応が求められます。
DMATは急性期における初動対応の要となりますが、長期的な支援や専門性の高いケアを提供するためには、さまざまな医療チームの協力が不可欠です。
国内にある災害医療チームとそれぞれの活動内容について、詳しく見ていきましょう。
5-1.DMAT以外で、専門職で構成される災害医療チーム
専門職によって構成される災害医療チームは4つあります。それぞれの活動内容について詳しく見ていきましょう。
・DPAT(災害派遣精神医療チーム)
DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team)は、災害時に精神保健医療の支援を行う専門チームです。
地震や台風、津波などの自然災害、あるいは大規模な事故や事件などが発生すると、被災者の身体的な負傷だけでなく、精神的なショックやストレスにより不調をきたす方が増加します。
しかし、被災地の医療機関も災害の影響を受けるため、精神保健医療の提供が難しくなるケースが多くあります。
DPATは、こうした状況下で、精神科医療機関の被災状況を確認し、避難所や臨時医療施設で診療や支援を行う役割を担っています。
参考:厚生労働省「災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動要領 」
・JMAT(日本医師会災害医療チーム)
JMAT(Japan Medical Association Team)は、日本医師会が組織する災害医療チームで、各都道府県の医師会が主体となって編成されています。災害時には被災地の医師会からの要請を受けて派遣され、避難所や医療機関を中心に医療支援を行います。
被災者の命を守るだけでなく、地域医療の復旧を支援し、長期的な医療体制の再建にも貢献することが目的です。災害直後の超急性期にはDMATが迅速に対応し、その後JMATが継続的な医療支援を行うことで、被災地の医療基盤を立て直します。
JMATの活動の中心となるのは、被災地での医療支援と健康管理です。避難所や医療機関、福祉施設、介護施設などに赴き、必要な医療を提供します。
公衆衛生の維持もJMATの重要な役割の1つです。避難所では多くの人が集まり、衛生環境が悪化しやすいため、感染症対策が不可欠です。手洗いや消毒の徹底、避難所内の清掃や換気を推奨し、感染拡大を防ぐための指導を行います。
加えて、限られた食料や水の中で、避難者の栄養状態を維持することも重要です。栄養バランスの取れた食事の提供や、必要な物資の確保に向けた関係機関との連携を図ります。
・JRAT(日本災害リハビリテーション支援協会)
JRAT(Japan Disaster Rehabilitation Assistance Team)は、災害時のリハビリテーション支援を専門とするチームです。
被災地では、慣れない環境や避難所での生活が長くなる場合が多く、とまどいや混乱から日常生活が不活発になりがちです。この状態が続くと心身機能が低下し、健康状態に問題は生じることがあります。こうした状況を防ぐため、避難所や仮設住宅でのリハビリ支援や生活環境の整備を行います。
発災直後は、避難所での生活環境を評価し、歩行スペースの確保や段差の調整、適切な福祉用具の配置を行います。また、長時間同じ姿勢を続けることで筋力低下や関節拘縮が起こらないよう、簡単な運動やストレッチなどの指導を実施します。
復旧期には、日常生活動作の訓練や歩行支援を行い、在宅復帰や社会復帰を目指す被災者をサポートします。復興期には、地域に根付いたリハビリテーションへスムーズに移行できるように支援を行います。
参考:一般社団法人 日本災害リハビリテーション支援協会「JRAT」
・DHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)
DHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team )は、大規模災害時に被災自治体の保健医療福祉分野を支援するために編成される専門チームです。
DHEATの活動内容は、「被災自治体の指揮調整の支援」、「医療救護・公衆衛生管理」、「被災者への情報提供」です。
災害時には、指揮調整を行う予定の自治体も被災する場合があります。すると、自治体の指揮調整部門が機能不全に陥るため、支援資源を有効活用したり、正しく配分したりすることが難しくなります。結果、被害が拡大する恐れがあります。
このような問題を防ぐため、DHEATは現地の指揮や調整業務を補佐し、スムーズな支援活動が展開できるようサポートします。また、医療救護や保健予防の分野では、避難所の衛生管理や感染症対策を進め、持病のある被災者の健康維持に努めます。
被災者に対する正確な情報提供も重要な役割です。災害時は情報が錯綜し、必要な支援を受けられないケースが発生するため、DHEATは避難所での広報活動やウェブサイト・SNSを活用した情報発信を行い、被災者が適切な医療や生活支援を受けられるようサポートします。
・AMAT(全日本病院医療支援班)
AMAT(All Japan Hospital Medical Assistance Team)は、全日本病院協会が運営しており、大規模災害時に病院を支援したり、避難所の巡回診療をしたりと、被災地の医療体制を支えるために設立されたチームです。
AMATは、災害発生から48~72時間経過した亜急性期において、障がい者や高齢者、妊婦などの災害時要援護者に配慮をしながら、専門的な研修教育を受けた医師1人と看護師1人、業務調整員1人の3人でチームを組み医療支援を実施します。
AMATは、東日本大震災時に被災した民間病院への支援が十分ではなかった課題から発足し、「防ぎえる災害関連死」を無くすことを目的としています。
参考:公益社団法人全日本病院協会「AMAT(全日本病院医療支援班)」
5-2.日本赤十字社の「日赤救護班」
日本赤十字社にも「日赤救護班」という、災害時に医療救護や救援物資の供給、被災者の支援を行う災害医療チームがあります。全国47都道府県に支部を持ち、医療機関と連携しながら、被災地に迅速に対応できる体制を整えています。
救護班の基本構成は、医師1名、看護師長1名、看護師2名、主事(管理要員)2名の計6名ですが、必要に応じて薬剤師や助産師、心理的ケアの専門家が加わり、医療支援の幅を広げます。
被災地で最も長く寄り添いながら支援を続けることを指針としており、発災直後の急性期のみならず、避難生活が長期化した際にも継続的に医療活動を行います。
参考:日本赤十字社「発災時、すぐにチームを派遣! 日赤救護班とは?」
5-3.独立行政法人国立病院機構の医療班
独立行政法人国立病院機構は、日本全国に病院を有する最大規模の医療グループです。
国立病院機構の本部にはDMAT(災害派遣医療チーム)事務局が設置されており、大規模災害発生時には、いち早く医療班を派遣します。
災害発生直後の急性期においてDMATが展開される一方で、その後の亜急性期や復旧期においても継続的な医療支援が求められます。
特に、被災地の医療機関が大きな損害を受けた場合、長期的な支援が必要となるため、国立病院機構は全国の病院ネットワークを活かし、継続的な医療班の派遣を行っています。
国立病院機構「東日本大震災におけるNHOの支援活動の記録」
6.まとめ
災害医療は、限られた資源と過酷な環境下で多くの命を救うために不可欠な存在です。その中核を担う「DMAT(ディーマット)」は、迅速な対応力と高度な専門性を備え、被災地での医療活動の最前線で活躍しています。
また、DPATやJMATなどの災害医療チームも連携することで、被災者への包括的な医療支援が実現されています。
DMATの隊員になりたいと考える方は、「災害拠点病院」または「DMAT指定医療機関」に所属し、DMAT隊員資格の取得を目指してみてください。