
2021年のOECD調査によれば、日本人の平均睡眠時間は参加33カ国の中で最も短い結果となっています。こうした現状に対し、国や自治体、企業でも「睡眠」に対する危機意識が高まっており、睡眠に関するアンケートや改善への取り組みが活発化しています。調査では、多くの方が睡眠についてさまざまな悩みを抱えていることが明らかになりました。
本記事では、多くの人が具体的にどのような睡眠の悩みを抱えているのか、そしてそれをどう解決していくのか、その一歩を踏み出すためのヒントをお届けします。
目次
1.約8割の人が睡眠に悩みをもっている
マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが全国の20~69歳の男女2,500人を対象に実施した「睡眠に関する調査(2024年)」によると、睡眠の質を「よくしたいと思う」と回答した人は45%、「ややよくしたいと思う」は33%と、合わせて78%もの人が睡眠の質の改善を求めていることがわかりました。
睡眠について、どのような悩みを抱えている人が多いのかについても、詳しく見ていきましょう。
1-1.睡眠の規則性と寝つきに関する悩み
睡眠の状態について質問したところ、「寝るタイミングが規則的」と答えた人が61%、「寝つきがよい」が58%である一方で、「寝るタイミングが不規則」と答えた人が39%、「寝つきが悪い」が42%と、約3人に1人は悩みを抱えていることがわかりました。
また、「疲れが取れない」が60%、「日中眠くなる」が「63%」と、過半数を超える人が睡眠の質や時間などの悩みを抱えています。
1-2.睡眠を妨げる症状に関する悩み
睡眠時の悩みごとのトップ3は「いびき」「手足や身体の冷え・しびれ」「歯ぎしり」でした。それぞれの悩みを最も多く抱えている性別・年齢は、「いびき」が男性40~60代、「手足や身体の冷え・しびれ」が女性40~60代、「歯ぎしり」女性20~40代です。
睡眠に関する悩みを抱える人の数については、2022~2024年は横ばいまたは低下傾向にあるものの、依然として多くの人が睡眠中の悩みを抱えているのが現状です。
出典:株式会社クロス・マーケティング「睡眠に関する調査(2024年)改善行動・意識編」「睡眠に関する調査(2024年)実態編」
2.睡眠が足りないとどうなる?
睡眠時間の不足や質の低い睡眠などは、心身のみならず社会生活にも大きな影響を及ぼします。睡眠不足によって起こり得る問題について、詳しく見ていきましょう。
2-1.心身に負担がかかることで生活に影響を与える
睡眠不足は、心身に大きな負担をかけ、私たちの生活に多岐にわたる悪影響をもたらします。十分な睡眠が取れないと、翌日には頭が冴えず、注意力が散漫になり、集中力が低下します。この結果、仕事や勉強の効率が著しく落ち、通常のタスクでも必要以上に時間がかかることが増えます。
長期間にわたって睡眠不足が続くと、単に注意力や集中力が低下するだけでは済みません。記憶力や判断力が低下するほか、感情の安定を保つことが難しくなり、不安感やイライラが募りやすくなります。さらに、疲労感や無気力感も伴い、ストレスがさらに大きくなるという悪循環に陥りかねません。結果として、自分への自信を失い、生活の質そのものが大きく低下する恐れがあります。
さらに、睡眠不足は社会的な影響も引き起こします。睡眠時間が短いと、他者との関わりを避けるようになることで人間関係が希薄になり、孤立感が増したと感じる人が増えることが報告されています※1。
2-2.生活習慣病の発症リスクが高まる
睡眠不足は、生活習慣病の発症リスクを高めることが近年の研究で明らかになっています。
夜遅くまで起きている人や、浅い眠りが続く人は、交感神経が常に優位な状態にあります。この緊張状態が持続すると、血圧が下がりにくくなり、慢性的な高血圧を引き起こす可能性が高まります。高血圧は心血管疾患や脳卒中のリスクを増大させるため、睡眠の質を改善することが重要です。
また、睡眠不足が血糖値を調整するインスリンというホルモンの働きを妨げることがわかっています。その結果、血糖値が上昇しやすくなり、糖尿病のリスクが高まります。高血糖状態が続くと、インスリンを分泌するすい臓が疲弊し、慢性的にインスリン分泌が不足するようになります。そうして高血糖状態が続くようになる病気が糖尿病です。
睡眠不足の状態を改善すれば、血糖値が上がりにくくなり、糖尿病のリスクを抑えることが可能です。
実際に、1日の睡眠時間が6時間未満の人が、睡眠習慣を改善して6時間以上の睡眠を確保した場合、約2週間後には糖代謝が改善して血糖値が上がりにくくなったとの報告があります※2。
さらに、睡眠不足になると食欲を調整するホルモンに影響して食欲を増大させるため、肥満を招くと考えられています。実際に、不健康な食事(ジャンクフード)を1週間程度続けると、睡眠の質が低下したとの報告があります※3。肥満の状態では、生活習慣病の高血圧と糖尿病、脂質異常症のいずれのリスクも高まります。
出典(※2): PMC「So-Ngern, A., et al., Effects of Two-Week Sleep Extension on Glucose Metabolism in Chronically Sleep-Deprived Individuals. J Clin Sleep Med, 2019. 15(5): p. 711-718.」
出典(※3): WILEY「Brandao, L.E.M., et al., Exposure to a more unhealthy diet impacts sleep microstructure during normal sleep and recovery sleep: A randomized trial. Obesity (Silver Spring), 2023. 31(7): p. 1755-1766.」
2-3.仕事のパフォーマンスが低下して経済的損失につながる
睡眠不足が仕事のパフォーマンスに与える影響は深刻で、個人の健康だけでなく経済的な損失にもつながります。勉強や仕事を優先するために睡眠時間を削る人は少なくありません。しかし、十分な睡眠が取れないことで、集中力や判断力の低下、生産性の著しい減少が起こり、結果的にパフォーマンスが低下してしまいます。
睡眠不足の状態に陥ると、私たちの脳は深刻な影響を受けます。特に、意欲や感情の制御、集中力、注意力、判断力などの重要な認知機能を司る前頭葉がダメージを受けることがわかっています※4。この部分の脳活動が低下すると、日常的な意思決定や問題解決能力が著しく損なわれるだけでなく、感情のコントロールが難しくなり、不安感やイライラが増幅される傾向にあります。
2021年にOECDが発表した調査によると、日本人の平均睡眠時間はわずか7時間22分で、調査対象33カ国中最も短い結果となりました。睡眠時間が最も長い米国が1日平均8時間51分であるのに対し、日本は約1時間半も少ないことが明らかになっています。
さらに、日本は睡眠を含む自己ケアに費やす時間がOECD加盟国中で最も少ないことがわかりました※5。
さらに、日本では睡眠不足が原因で生じる国家規模の経済損失が年間約15兆円に達するとの試算もあります※6。これらの数字は、個人の睡眠不足が社会全体にどれほど大きな影響を及ぼしているかを物語っています。
出典(※4):PMC「Lim J,Tan JC,Parimal S,Dinges DF,Chee MWL:Sleep Deprivation Impairs Object-Selective Attention: A View from the Ventral Visual Cortex.PLoS One. 2010 Feb 5;5(2):e9087. 」
出典(※5):経済協力開発機構(OECD)「Gender data portal 2021」
出典(※6):MIT Press Direct「Gibson M, Shrader J: Time use and labor productivity: The return to sleep. Review of Economics and Statistics 100:783-798, 2018. 」
3.最近注目を集めている「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ぼけ)」とは
ソーシャルジェットラグ(社会的時差ぼけ)は、平日と休日の睡眠リズムのずれによって生じる体内時計の乱れを指します。平日は仕事や学校などの社会的制約によって、生物時計と一致しない睡眠リズムを強いられる一方、休日には制約がなくなるため、本来の生物時計に基づいた睡眠リズムに戻ります。このリズムのずれが、いわば時差ぼけのような状態を引き起こします。
平日の睡眠不足を補おうと休日に「寝だめ」を試みる人も多いですが、これには注意が必要です。平日に最低6時間の睡眠を確保している人が、休日に1時間程度の短時間の寝だめをした場合は、寝だめをしない人と比較して寿命が伸びるという研究結果が出ています。しかし、2時間以上の寝だめや、平日の睡眠時間が著しく短い人が長時間寝だめをした場合は、寿命を延ばす効果は確認されていません。むしろ、長時間の寝だめが睡眠リズムをさらに乱し、体内時計の調整を困難にし、肥満や生活習慣病などの健康への悪影響が報告されています。
このため、ソーシャルジェットラグを防ぐには、平日も休日もできるだけ同じ時間に寝起きするよう心がけることが大切です。
出典:厚生労働省「良い目覚めはよい眠りから 知っているようで知らない睡眠のこと」
4.「良い睡眠」とは
そもそも「良い睡眠」とは、どのような睡眠を指すのでしょうか。睡眠を見直す際は、睡眠時間と睡眠の質に注目が必要です。
これから解説する3つの条件が揃えば、良い睡眠を得ることが可能と言われおり、一つでも欠ければ睡眠は乱れ、健康にも悪影響を及ぼす可能性があります。
4-1.十分な睡眠時間
成人にとって適正な睡眠時間は、一般的に6~8時間とされています。ただし、最適な睡眠時間には個人差があり、6時間未満でも十分な休息を得られる人もいれば、8時間以上の睡眠を必要とする人もいます。このため、日中の眠気や活動量、睡眠の質を考慮して、各個人が自身に最適な睡眠時間を見つけることが重要です。
米国の主要な睡眠研究者による共同声明でも、成人における適正な睡眠時間として6~8時間を基本としつつ、最大で10時間程度の長めの睡眠時間も許容されています。特に日中の活動量が多い場合や体の疲労が蓄積している場合には、通常よりも長い睡眠時間が必要となることがあります。
出典:厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023(案)」
4-2.睡眠の質が高い
睡眠の質が高い状態とは、単に睡眠時間を確保するだけでなく、規則正しいリズムと心地よい目覚めが得られることを指します。質の高い睡眠の特徴は下記のとおりです。
- 睡眠と覚醒のサイクルが一定で、昼夜のメリハリがはっきりしている
- 必要な睡眠時間を確保し、日中に眠気や居眠りを感じず、心身ともに良好な状態で過ごせる
- 夜中に目が覚める回数が少なく、深い眠りを維持できる
- 朝起きたときにすっきりした感覚があり、すぐに行動を開始できる
- 寝床についてから短時間で眠りにつくことができる
- 目覚めたときに十分に休息が取れたと感じられる
- 日中に過度な疲労感を感じることがなく、活動に満足感を得られる
出典:長寿科学振興財団_健康長寿ネット「質の良い睡眠と効果」
4-3.睡眠のリズム・タイミング
人間の体には、体温やホルモンの分泌、自律神経の働きを調整し、休息モードと活動モードを切り替える体内時計が備わっています。体内時計は体にリズムを作り、健康的な生活を支える重要な役割を果たします。しかし、体内時計の周期は約24時間よりも少し長いため、自然のままでは1日のサイクルと徐々にずれが生じてしまいます。このずれをリセットするカギが「朝の光」です。
朝の光を浴びることで、体内時計が24時間の周期に調整されます。特に、起床直後に自然光を浴びることが効果的です。朝にカーテンを開けて太陽の光を取り込むことで、体内時計を正常にリセットできて、生活リズムが安定します。
反対に、夜更かしや遅い起床で朝の光を浴びるタイミングが遅れると、体内時計の調整が遅れ、睡眠と覚醒のリズムが乱れる可能性があります。この状態が続くと、「概日リズム睡眠障害」などの問題が引き起こされます。
さらに、平日と休日で就寝・起床リズムが大きく異なる場合、「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ぼけ)」を引き起こすリスクが高まります。平日と休日の睡眠時間の中心時刻が2時間以上ずれると、体内時計が狂い、翌週の前半に強い眠気や疲労感を感じやすくなります。
夜更かしや不規則な生活は体内時計を乱しやすく、不眠の原因にもつながるため、規則正しい生活を送ることが不可欠です。
5.睡眠の質を上げる方法
睡眠の質を上げる方法は、高齢者・成人・こどもで異なります。
睡眠の質の上げ方について、世代別に詳しく見ていきましょう。
5-1.高齢者
高齢者にとって、睡眠時間だけでなく床上時間を適切に管理することが健康維持に重要です。床上時間とは、寝床に入ってから寝付くまでの時間と実際に寝ている睡眠時間を加えた時間のことです。床上時間が長すぎると健康リスクや死亡リスクが増すため、1週間の平均睡眠時間+30分程度を目安に、床上時間を8時間以内に制限することが推奨されます。
また、高齢者でも日中忙しく過ごす人は成人と同程度の睡眠時間が必要な場合があるため、個人差を考慮しながら6時間以上の睡眠を確保し、休養感を得られる睡眠習慣を目指しましょう。
5-2.成人
成人の場合、適正な睡眠時間は約6〜8時間とされています。研究によると、睡眠時間7時間前後の人が、健康リスクや死亡リスクが最も低く、これより長くても短くてもこれらのリスクを増加させることが報告されています。ただし、適正な睡眠時間には個人差がありますので、それぞれに適正な睡眠時間を自ら探る必要があります。
成人が健康を維持し、日常生活で良好なパフォーマンスを発揮するためには、十分な睡眠時間を確保するだけでなく、睡眠によってしっかりとした休養感を得ることが重要です。
睡眠前にリラクゼーションの時間を設けたり、寝室を快適な環境に整えたりすることが効果的です。また、カフェインやアルコールといった嗜好品の摂取を適切に管理することも、良質な睡眠を得るために重要なポイントです。
5-3.こども
成長期の睡眠には、心身の休養はもちろん、脳と身体を成長させる役割もあります。
1〜2歳児は11〜14時間、3〜5歳児は10〜13時間、小学生は9〜12時間、中学・高校生は 8〜10時間の睡眠時間の確保が推奨されています。
こどもの健康な睡眠リズムを守るためには、起床時の日光浴が効果的です。乳幼児期から朝の決まった時間に起床し、カーテンを開けて部屋を明るくすることを習慣づけましょう。
朝食の摂取も欠かせません。朝食を抜くと、睡眠・覚醒リズムの後退が進み、夜ふかしや朝寝坊がさらに助長されます。慢性的な睡眠不足や肥満リスクを高め、睡眠の質を低下させる悪循環を招きます。
6.まとめ
睡眠はすべての世代にとって、心身の健康を保ち、生活の質を向上させる重要な要素です。しかし、多くの人が睡眠の質や時間について悩みを抱えており、特に日本ではOECD加盟国中で平均睡眠時間が最も短いという現状があります。
世代ごとの特性に応じた睡眠習慣の改善を心がけることで、睡眠不足や質の低下による健康リスクを軽減し、日常生活の充実を図ることができます。睡眠に関する悩みは身近な課題ですので、一つずつ取り組むことで改善の可能性が広がります。今一度、自分の睡眠習慣を見直してみましょう。