口腔状態を良好に保つことで全身の健康を改善することができるなどの研究結果が徐々に蓄積されてきており、年々口腔ケアに対する注目が高まっています。
特に高齢者や介護の領域においては、誤嚥性肺炎など様々なリスク回避ができる重要なケアであると言われています。
しかし、実際にどのようなことに注意して口腔ケアを行えばよいのか分からない方も多いでしょう。そこで本記事では、口腔ケアと健康の関連性や正しいケアの方法、最新の口腔ケア製品について解説します。
目次
1.口腔ケアが注目される理由
口腔ケアは、口腔内の清潔を保つだけではなく、健康保持や口腔機能の向上を促すトレーニングやリハビリなど様々な役割を持っています。
口腔ケアが不十分であると歯周病などの口腔疾患が発生し、口腔内の細菌が血管を通って体全体を巡り、各臓器に侵入・繁殖し、動脈硬化、心筋梗塞、糖尿病、誤嚥性肺炎などの大きなトラブルの原因となることが分かっています。
1-1.超高齢社会である日本と口腔ケアとの関係
超高齢社会である日本は、総人口のうち65歳以上の割合が約3割に上ります。高齢者の増加に伴い介護を必要とする人口も増えていきますが、中でも要介護者の死因の1位は肺炎となっています。また、高齢者の肺炎の7割以上が、細菌を含んだ唾液や食べ物などが一緒に気管支や肺に入ることで発生する誤嚥性肺炎なのです。
この予防として、注目されているのが口腔ケアです。実際に、介護施設で肺炎による入院患者を減少させるため、週2回の介護職員による口腔ケアを実施した事例がありました。すると、口腔ケア開始後1年で肺炎に関連する入院の回数は約1/3に、入院日数も約1/4と大幅に減少しました。このような調査結果から口腔ケアを徹底することの重要性が示唆されているのです。
また、口腔ケアを行うことは口腔内の細菌を減らすだけではなく、口腔に対しての刺激となり、嚥下や咀嚼機能の回復へとつながり、食事を楽しめるようになります。結果、栄養状態の改善が行われることで免疫力も高まり、肺炎やそれ以外の病気の予防につながっていきます。
参考:肺炎予防と口腔ケア(日本訪問歯科協会)
参考:『”介護の力”で命を守ろう!~口腔ケアで感染症予防を』「月刊ケアマネジメント(2020.5 p.28-31)」(瀧内博也)
2.口腔ケアの目的と期待する効果
口腔ケアは、歯・歯周病・口臭の予防につながり、舌を清潔に保つことで味覚の改善も期待できます。
そして、高齢者の口腔ケアにおいて特に注目したいのが、以下の4つの効果です。
2-1.感染症や発熱の予防
口の中には、表皮感染症や食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌や、呼吸器感染症を引き起こす恐れのある肺炎桿菌(かんきん)などの全身疾患を引き起こす細菌も存在します。口腔ケアを適切に行うことは、口の中が細菌の温床となり、増殖することを防ぎ、食中毒や感染症、それに伴う発熱の予防につながります。
2-2.誤嚥性肺炎の予防
食べ物や飲み物を飲み込むことを嚥下(えんげ)といいます。誤嚥性肺炎は、飲食物や唾液などを飲み込む際に、食道ではなく気管に入ってしまい、同時に口腔内の細菌も肺に入ることで引き起こされます。日本における誤嚥性肺炎による死亡率は3.6%で、肺炎による死亡率の4.7%と合わせると、悪性新生物(腫瘍)、心疾患、老衰に続く第4位です。
老化などによって、飲み込む機能や咳をする力が弱くなると、口腔内の細菌、食べかす(食物残渣)、逆流した胃液などが誤って気管に入りやすくなります。また、寝ている間にも本人が気づかないうちに少量の唾液や胃液などが気管に入ってしまい、誤嚥性肺炎となることもあります。
誤嚥を完全に防ぐことは難しいので、口腔ケアによって細菌や食物残渣を減らすことが誤嚥性肺炎の予防のために必要です。
参考:令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況(厚生労働省)
2-3.認知症の予防
食事の際には口の開閉や咀嚼が行われます。この際、脳に刺激や酸素が送られ、中枢神経が活発化することで認知症の予防につながると言われています。また、歯が20本以上残っている人と、入れ歯を使用していない人を比べると、後者の方が1.9倍も認知症になるリスクが高くなるとされています。
歯を失い噛むことができなくなると、栄養の偏りや咀嚼機能の低下が起こり、脳の認知機能の低下につながる可能性が示唆されています。口腔ケアを行うことで自身の歯を守ること、義歯を正しく使い、ケアを行うことが重要です。
参考:歯を失って義歯を使わなければ 認知症のリスクが最大 1.9 倍に ~厚労省研究班が健康な高齢者 4425 名を追跡して明らかに~(神奈川歯科大学)
2-4.糖尿病と口腔ケア
糖尿病になると口が乾いたり、歯周病や虫歯にかかりやすくなります。歯周病により歯と歯茎の間にある溝が深くなることで歯周ポケットができ、そこから血管を経由して炎症に関連した物質が体内放出されると、血糖値を低下させるインスリンの効きが弱くなってしまいます。
その結果、糖尿病が悪化し合併症を引き起こしやすくもなるため、糖尿病患者であればなおさら、適切な口腔ケアを行い血糖値のコントロールの正常化につなげることが重要になります。
3.介護における口腔ケアの実態は?
株式会社エス・エム・エスPRグループが介護を行う家族468名を対象に行った「口腔ケアに関する実態調査」によると、口腔ケアという言葉に認知度は高いものの、「行っている口腔ケアが適切なのかがわからない」が約4割で最多、それに「本人に任せているが十分とは言えない」、「認知症などの症状により本人が嫌がる」が続くといった結果になっています。
高齢者やその介護者が適切な口腔ケアを実施するには、正しい口腔ケアの知識や方法を身に付けられる環境を整え、またその人に合ったアイテムを選び、使用することが重要であると言えるでしょう。
参照:「口腔ケアに関する実態調査」(株式会社エス・エム・エスPRグループ)
4.具体的な口腔ケアの方法
ここからは、高齢者の介護時に日常的に行える口腔ケアの方法を紹介します。
4-1.ブラッシング
歯ブラシは、磨きやすいようにヘッドが小さめのものを使用します。粘膜が弱い場合は、柔らかいタイプの歯ブラシを使用するとよいでしょう。毛の密度が高いブラシは、使用後にブラシの内部が乾燥しにくく、細菌の繁殖につながるので清潔面に十分な注意が必要です。
口腔ケアを介護者が行う場合は、座位やファーラー位(上半身を45度おこした状態)で行うと誤嚥しにくく、介護者の負担も少なく実施することが可能です。
【ブラッシングのコツ】
1.毛先は歯の面に対して90度の角度で当てると汚れが取りやすく、磨き残しが防げます。
2.軽く力を加え、小刻みに歯ブラシを動かします。
電動歯ブラシであれば歯磨きをする力がない場合でも自分でできることがありますし、介護者も磨き残しを減らせるので使用を検討することをおすすめします。
ブラッシングでは、誤嚥を防ぐため、ブラシは使用前によく水を切り、歯磨き粉もなるべく少量にし、歯茎や歯のつけ根まで丁寧に磨きます。ブラシに汚れがついたらひんぱんに流し、適宜うがいを行って口の中を清潔にします。
4-2.頬の内側や舌の汚れも除去
頬の筋肉が十分に動いていないと、頬の内側に食べかすや吐き出せなかった痰などが残りやすくなります。また、口をあまり動かさないと口の中が乾燥し、粘膜が固くなることがあるので、頬の汚れはスポンジブラシなどを使って除去してください。頬の内側のケアは口の筋肉への刺激にもつながります。
舌の汚れは舌の奥から手前に歯ブラシや舌クリーナーを用いて優しくかき出すように除去します。上あごも、思いのほか汚れが残りやすいので、同じように清掃します。
4-3.うがい
うがいは口の中の汚れを流すのに有効です。歯と歯の間を洗浄するイメージで行うと汚れがスムーズに除去できます。うがいはガラガラとするのではなく、頬を膨らませてブクブクと片側ずつ行い、上唇と上の歯の間も同様に行った後、仕上げに口の中全体をブクブクと動かすと効果的です。
4-4.うがいができない場合は口腔清拭(せいしき)
身体を起こすことができないなど、自分でうがいができない場合は、介護者が口の中の汚れを拭きとる口腔清拭を行います。
口腔清拭はブラシやスポンジ、指などにウエットティッシュやガーゼを巻き付けて、上の歯と頬の間、上あご、下の歯と頬の間をそれぞれ奥から手前に向かって拭き取ります。奥までブラシや指を入れすぎると嘔吐反射を起こす恐れがあるので、奥に入れすぎないようにします。
また、口の中が乾燥している場合は、拭き取る際に粘膜が傷ついて出血することがあるので、あらかじめ保湿ジェルなどで口の中を潤わせておくようにしましょう。
4-5.入れ歯だけでなく入れ歯を外した口もしっかりとケアを
入れ歯をしている場合は、入れ歯そのものの洗浄も重要ですが、入れ歯を外した口の中のケアも忘れずに行う必要があります。
入れ歯と接している箇所には食物残渣や細菌がついているので、歯周病や誤嚥性肺炎、全身疾患などにつながる恐れがあります。そのため、仮に総入れ歯で自分の歯が1本もない場合であっても、口腔ケアは必要です。
入れ歯を外した口のケアは、しっかりとすすいで汚れを落とした後、柔らかい歯ブラシを使って歯肉や舌、上あごをブラッシングします。
入れ歯は装着したままにしていると歯肉に負担がかかり、血行が悪くなりがちです。寝るときには入れ歯を外すようにするとよいでしょう。
また、入れ歯は通常の研磨剤の入った歯磨き粉で磨くと傷がつき、細菌が繁殖しやすくなります。入れ歯専用の歯磨き粉・歯ブラシを使用するのがおすすめです。
5.口腔ケアをサポートする製品
自分で歯磨きができない人の口腔ケアをサポートする製品を活用すると、効率的に口腔ケアが行えるので、高齢者にも介護者にもメリットがあります。
5-1.全自動の電動歯ブラシ
マウスピースにブラシがついており、ブラシをくわえるだけで自動で歯磨きができるという、全自動の電動歯ブラシがあります。
Genics社の「次世代型全自動歯ブラシ」は歯垢を除去するブラシが複数の小型電動モータによって駆動し、歯列に沿って上下左右に動き、歯の裏側まで清掃できます。口にくわえるだけで、自動でブラッシングができ、通常では歯ブラシで3分はかかる所をたった30秒で行ってくれます。また、マウスピースは歯ブラシと同じように簡単に交換もでき、衛生面にも配慮されています。
5-2.口腔内の付着汚れを除去できるジェル
自分で口腔ケアのできない要介護度の高い高齢者の口腔ケアを助ける製品に、水を使用せずに口腔内に乾燥し付着した汚れを除去できるジェルがあります。
アース製薬の「N.actオーラルリムーバルジェル」はうがいや吐き出すことが難しい方でも、喉の奥に流れこみにくいため、安全に使用することができます。また、ジェル自体も安全性を配慮した成分になっているため、口腔内の保湿と粘膜ケアのために薄く塗布することも可能です。
使用方法は、ジェルをスポンジブラシなどに取り、口腔粘膜や口蓋、舌、歯など口腔全体に塗布すると、ジェルが汚れの内部まで浸透し、乾燥した汚れを軟化させます。最後は、清潔なガーゼでふき取るか吐き出すだけで水を使わずに口腔ケアを行うことができます。
高齢化が進む日本において、介護の現場での人材不足や介護負担が原因となり、口腔ケアの質の向上が難しい現状が続いています。介護者の負担軽減につながる製品は、介護の現場での課題解決へ大きな手助けとなります。
6.まとめ
口の中を清潔に保つことは、歯周病や虫歯の予防だけでなく、さまざまな全身疾患の予防にもつながります。
高齢者は、嚥下能力の低下による誤嚥性肺炎による死亡率が高く、適切な口腔ケアの徹底が重要です。特に自身で歯磨きやうがいができない高齢者への介護には、正しい口腔ケアの知識を持った介護者によるケアが求められます。今回のコラムが正しい知識とケア方法を知るためのきっかけになれば幸いです。