医師の応召義務とは?診療を断る「正当な事由」を判例と共に解説

duty to respond to a call to duty

「応召義務」は、医師として患者に治療を提供する際に重要な意味を持つ法的責任です。ただ、実際の現場ではどのような場合に医師が患者の治療を拒否できるかどうか、具体的な基準や注意点を把握しておく必要があります。

果たして、倫理的責任とも関連する応召義務とは、医師と患者との信頼関係にどう影響するのでしょうか。

本記事では、応召義務の意味と重要性、医師としてどのように対処すべきかを紹介します。

1.医師の応召義務とは

まず、医師の応召義務の基本的な知識をまとめて見ていきましょう。

1.1 医師法での応召義務の解釈

「応召義務」は、医師が必要な医療を提供しなければならない法的責任を指します。

医師法には、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」(第19条)と明記されています。

そのため、この条文に基づき、緊急の場合や災害時には医師が診療を行う義務があると解釈されています。

参照:医師の応召義務について|厚生労働省

1.2 社会的・倫理的側面

医師は専門職であり、社会的に医療における職業上の特権を持っています。
WMA医の国際倫理綱領の患者に対する医師の義務に「医師は、医療の提供に際して、患者の最善の利益のために行動すべきである」と謳われており、特に災害時や緊急時には、医師がその専門性を最大限に活かし、必要な医療を行うことが期待されています。

また、2022年4月に見直され、採択された「医の倫理綱領」では、「医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める」、「医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める」
と明記されおり、患者の信頼を裏切らないよう、専門的な知識・判断に基づいて医療行為を行うことが求められます。

参照:WMA医の国際倫理綱領|日本医師会

参照:医の倫理綱領|日本医師会

1.3 応召義務を果たさなかった場合とそのリスク

応召義務を怠った場合、法律上の刑事罰が科せられるわけではありません。しかし、法的には医師免許の取り消しや停止、患者に対する損害賠償責任を負う可能性があります。

損害賠償に関しては、医師が診療を拒否したことにより、患者に損害を与えた際に過失が認定される場合もあります。

また、正当な理由もなく医師が患者の治療を拒否する行為が明らかになれば、医師個人だけでなく、所属先や経営する医療機関全体の評判にも影響を与えかねません。たとえ法的責任はなかったにせよ、社会的には応召義務を果たさなかった医師や医療機関は信用を失い、その後の業務や経営にも大きなダメージを受ける可能性が高いです。

以上の点を踏まえ、医師にとって、応召義務に対する理解と適切な履行は、医師キャリアのあらゆる面で非常に重要であると言えます。

2.診療を拒否できる「正当な事由」3

医師が応召義務の是非で診療拒否できる「正当な事由」は、下記の3つあります。

2.1 診療の緊急性(病状の深刻度)

医師は診療の緊急性(病状の深刻度)と診療時間内か診療時間外か、2つの組み合わせによって、正当な事由が変化します。

患者の状況

診療時間内(勤務時間内)

診療時間外(勤務時間外)

緊急対応が必要(病状の深刻度が高い)

診療ができない場合のみ拒否可

原則責任なし。ただし、応急処置が望ましい

緊急対応は不要(病状の深刻度が低い)

原則診療必要,だが、緩やかに解釈される

診療拒否可。ただし、他の医療機関への紹介が望ましい

2.1.1 緊急性が低い場合(病状の安定している患者など)

診療時間内(勤務時間内)で患者の緊急性が低い場合は、原則として患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要があります。
しかし、医療機関や医師の専門性、診察能力、医療提供の可能性、設備状況、他の医療機関での医療提供の可能性、患者と医療機関や医師との信頼関係も考慮されるため、緩やかに解釈されます。

例えば風邪や切り傷のような軽度の症状の場合、医師は他の生命を脅かすような緊急の患者を優先し、診療を拒否できます。

一方で、診療時間外(勤務時間外)で緊急性が低い場合は医師の判断で診療拒否が可能です。患者に求めに応じて即座に対応する必要はありません。仮に診療しなかったとしても正当な事由に該当します。

ただし、患者には

  • 診療時間を伝えて時間内に受診するようにお願いする
  • 他の診察可能な医療機関への紹介する

といった対応をとることが望ましいとされています。

2.1.2 緊急性が高い場合(病状の深刻な救急患者など)

診療時間内(勤務時間内)で患者の緊急性が高い場合は、医療機関や医師の専門性、診察能力、医療提供の可能性、設備状況、他の医療機関での医療提供の可能性を総合的に考慮した上で、事実上診療が不可能である場合のみ、診療を行わないことが正当化されます。

具体的には、急性心筋梗塞や脳卒中のような重篤な症状が疑われる場合、医師は診療を行う義務を負います。したがって、患者に対して十分に適切な対応を行い、必要に応じて他の専門医への紹介や夜間の救急病院への紹介を行わなければなりません。

一方で、診療時間外(勤務時間外)で緊急性が高い場合、応急的な処置は望ましいとされています。ただし、原則として公法上・私法上の責任は問われません。

とはいえ、可能な範囲での応急処置や救急対応ができる医療機関への対応依頼が望まれます。

2.2 専門性の違い

医師の専門性も診療拒否の可否に重要な要素です。

例えば、切り傷など外科的な症状で内科医に診療を依頼する場合などは、専門性の違いから診療を断る事例も存在します。医師に傷の縫合の道具やスキルがない場合や、近所に整形外科がある場合などには、診療を拒否することも致し方ありません。

以上のように、応召義務に関して診療ができるかどうかの判断は、医師の専門性と診療の緊急性に大きく影響されることがポイントです。そのため、専門外の症状に対しては他の適切な医療機関への紹介する、特に緊急を要する場合は応急処置などを行うなどの対応が求められます。

2.3 患者の迷惑行為や診療費不払い

患者が迷惑行為を行った場合や、診療費を繰り返し不払いする場合は、医師は診療を拒否することができます。一例として、患者が暴言を吐く、スタッフに対して暴力を振るうなどのケースです。

また、患者が明らかに風疹や麻疹の症状を示していて、感染症等の高い感染リスクを持っている場合、医療機関内で適切な隔離措置をとれない状況であれば、診療を拒否することも考えられます。

ただし、以上の「正当な事由」があると判断した場合でも、患者に対してその理由をきちんと説明し、できる限り他の医療機関への紹介や後日の診療を提案するなど、配慮を持って対応する姿勢が重要です。

3.判例に学ぶ!応召義務違反について争われた2つの判決

ここでは、判決の異なる2つの応召義務違反の裁判を紹介します。現場で起こり得るリスク要因などを押さえておきましょう。

3.1 【ケーススタディ1】応召義務違反による損害賠償命令が出た判例

まず、神戸地裁の平成4630日判決で、応召義務違反による損害賠償を命じたケースです。

Case law in which damages were ordered for breach of duty to respond.

裁判のポイント:

  • 医師・病院には応召(診療)義務が存在するが、被告病院は夜間の応召義務を怠り、救急患者の診療を拒否した
  • 11名の当直医師がいたにも関わらず、整形も脳外科もいないとの理由で診療を拒否したものの、法律上、診療時間外や専門医が不在であることは正当な診療拒否理由とは認められないとされた
  • 病院は正当な理由での診療拒否を立証できなかったため、賠償責任を負った

このケーススタディは、医療業界における応召義務の重要性を強く印象づける事例となっています。緊急時に適切な対応がなされなかった結果、命が失われたという痛ましい結末を迎えました。裁判の結果も示すように、医療機関と医師は応召義務の重要な役割と責任について、常に意識しながら業務に当たることが大切です。

3.2 【ケーススタディ2】応召義務違反にあたらず請求棄却された判例

次に紹介するのは、東京地裁による平成171115日の判決で、応召義務違反が認められなかった事例です。

Case law dismissing a claim for breach of duty to respond to a call to duty.

裁判のポイント:

  • 診療時間外の対応は法律上保護される利益ではない
  • 医師は他院での治療を勧め、患者Bもそれに応じた
  • 診療契約が成立していなかったため、患者の期待権は問題にならない

このケースでは、診療時間外という特定の状況下での医師の対応が焦点となりました。裁判の結果として、医師が他院での治療を勧めたこと、患者自身もその勧めに従ったため、応召義務違反には該当しないとされました。

医師がどのような場合に応召義務に則って対応すればいいか、具体的によく表している事例と言えます。

参照:医師の応召義務について|厚生労働省

参照:「第 26 休診日の急患」『北海道医報 第1162号』|黒木法律事務所

4.新型コロナウイルスと応召義務の位置付け

Comparative Table of New Virus Class 5 Infectious Diseases

2023年58日、新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが5類に変更されたことで、医師の応召義務が整理されています。

具体的には、新型コロナウイルス感染症に罹患しているもしくは感染が疑われる発熱や上気道症状がみられるだけを理由に診療を拒否することは、「正当な事由」に該当しなくなりました。したがって、医療機関は発熱等の症状がある患者に適切な診療をする準備をする必要があります。もし、診療が困難な場合でも他の診療可能な医療機関への受診を勧めるなどの対応が求められています。

厚生労働省が示した新たなガイドラインは、「アフターコロナ」における医師と患者の信頼関係を強化し、より公平な医療提供を促すものとされています。

参照:新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付け見直し後の応招義務について _ 日医on-line

5.応召義務違反のリスクを回避する対策のポイント

医師が応召義務違反のリスクを回避するために必要な対策をまとめて紹介します。

5.1 患者管理の徹底

患者管理の徹底により、情報のリアルタイム共有やトラブル時に役立つ診療記録、緊急性が高い患者の優先対応など、法律や規制に抵触する可能性を抑えられます。特に予約管理システムや診療記録の電子化・クラウド化によるデジタル機器活用は、迅速かつ正確な患者情報の管理につながるため、応召義務違反のリスクを減らす基盤です。

具体的には、患者がオンラインで自分の症状を簡単に入力できるような予約管理システムを導入する方法があります。スタッフは診療前に患者の情報を確認し、緊急性の高いケースに優先的に対応可能です。

5.2 クレームの初動対応スキル

クレームが発生した際は、患者とのトラブルを防ぎ、信頼関係を維持する上で確実な初動対応が求められます。医療機関内でクレーム対応マニュアルを共有し、各スタッフがそのマニュアルに従って迅速かつ適切に対応できる体制作りが重要です。

具体的に、初動対応のポイントは以下の3点です。

Key points for initial response

また、初動対応を医療機関内で共有するとともに、クレーム対応マニュアルの活用と継続的な見直しのため下記の3点が重要です。

Key Points for Use and Review of Complaint Response Manuals

5.3 警察・弁護士との連携

緊急時や法的問題が発生した場合は、警察や弁護士との連携が必要です。適切な対処によって法的責任や社会的責任を明確にするとともに、医療機関の信頼性維持につながるからです。

施設内で暴力・暴言や理不尽な要求・クレームなどの迷惑行為が起こった場合、患者や医師を含めたスタッフの安全を確保するため、被害が大きくなる前に直ちに警察に連絡しましょう。

弁護士にすぐに相談できるように顧問契約など事前に連携しておく、損害賠償保険や弁護士保険などに契約しておく、といった方法も検討する価値があります。
弁護士との連携により、法的責任を問われるリスクを軽減し、医療機関としての社会的責任を果たす上で有用な対策です。

以上のポイントを押さえることで、応召義務違反のリスクを最小限に抑え、患者との信頼関係を維持・強化することにつながります。

6.まとめ

応召義務は医師としての基本的な責任であり、遵守することで患者に対する信頼を築く礎となります。そのため、診療拒否する際には「正当な事由」が必要であり、特に緊急を要する場合には適切な判断と対応が求められます。

日頃から患者とのコミュニケーションや医療機関内のチームワークを大切にし、応召義務違反に関するリスク対策をしっかりと行うことが重要です。