データヘルス計画は、国民の健康寿命の延伸・日本経済の活力を高めることを目指した取り組みのひとつです。
65歳以上の人口割合は2020年で28.6%となり、今後もその割合は上昇すると言われています。データヘルス計画は進行する高齢化に備えて、国が力を入れて推進している健康事業であることから、すでに多くの保険者(健康保険組合)が本格的に取り組みを進めています。
データヘルス計画の実効性を高めるためには、健康保険組合の加入者、事業主等の関係者のさらなる理解が必要とされています。
そこで今回は、データヘルス計画の内容や背景、必要性、コラボヘルスとの関係性、事例などについて詳しく解説します。
目次
1.データヘルス計画とは?
データヘルスとは、保険者が保有するレセプト(医療情報)や健診結果などの保険者データを活用・分析し、加入者の健康状態に即した予防対策や保健指導を効果的に行うための保健事業のことです。
このデータヘルスはPDCAサイクルを回し、さらに効果的・効率的に取り組む事業計画のことをデータヘルス計画と言います。
PDCAサイクルは、計画 (Plan)、実施 (Do)、評価 (Check)、改善 (Act) の4つのフェーズからなる管理手法です。このサイクルは、業務やプロジェクトの改善を継続的に行うためのプロセスとして広く使用されています。
- Plan(計画): 問題や目標を明確にし、改善のための具体的な計画を立てます。
- Do(実施): 計画を実行し、新しいプロセスや手法を試行します。
- Check(評価): 実施されたプロセスや手法の効果を評価し、目標達成度や問題の解決状況を確認します。
- Act(改善): 評価結果に基づいて、必要な改善を行います。
データヘルス計画においてPDCAサイクルは以下の通りです。
平成27年度からすべての健康保険組合にデータヘルス計画の実施が義務付けられ、第1期計画は3年間(平成27年度~平成29年度)、第2期計画は6年間(平成30年度~令和5年度)に実施され、令和6年より第3期計画がスタートとなりました。
各期のデータに基づいて取り組みを振り返り、評価と改善に繋げています。
参照:厚生労働省「データヘルス計画作成の手引き(第3期改訂版)」
参照:厚生労働省「データヘルス計画の概要」
2.データヘルス計画の目的
データヘルス計画は、保険者の特徴を踏まえたデータ分析を活用し、PDCAサイクルで効果的かつ効率的に保健事業に取り組むことを目的としています。データ分析などの科学的なアプローチにより、事業内容の実効性を高め、加入者全体の健康を効率的に増進し、医療費増大の抑制や生産性の向上に貢献します。
また、データヘルス計画は、政府の「日本再興戦略」によって保険事業指針の一部が改正されたことに端を発します。「日本再興戦略」では、「国民の健康寿命の延伸」を重要施策として掲げており、健康寿命を伸ばすことで、平均寿命との差を縮めることもデータヘルス計画の目的とされています。
従来では、保険事業の策定においてデータを使用していなかったため、個々に適した保健指導や医療サービスの提供ができていませんでした。そのため、個々の健康状態に合わない保健事業を実施しても、コストに対して十分な健康効果が期待できない場合がありました。そのような問題をデータヘルスケアの化学的アプローチにより解決することが可能なのです。
2-1.データを活用した予防・健康づくりの必要性
データを活用した予防・健康づくりの必要性は、さまざまな側面から明らかにされています。健康課題は、業種や業態によって異なるため、各職場の健康状況や生活習慣をデータで把握することが重要です。国民一人ひとりが自らの健康データの変化を把握できる環境を整えることで、業種や業態などにより異なる特性に応じた予防行動に繋げることができます。
また、高齢化が進む日本では、働き盛りの世代の健康が増進されることで、やりがいを持って仕事をし、有意義な人生を歩むための大切な基盤になります。
データヘルス計画の活用によって従業員の健康状態や健康への投資に関する情報が外部に開示されるケースもあります。このため、企業経営においてデータヘルス計画を活用する動きは今後ますます加速すると考えられます。
3.データヘルス計画の背景とは?
データヘルス計画が実施されている背景には、以下の3つが挙げられます。
3-1.超高齢社会の到来
日本では65歳以上の高齢者の割合が増加を続け、2070年には38.7%まで上昇すると予測されています。同時に、子供の数の減少や職場の定年延長の影響で、労働者の高齢化に拍車をかけています。
このような中で課題として注目されているのが、国民の健康寿命の延伸です。健康寿命が長くなれば、それだけ医療サービスを利用する人が減るため、医療費の削減や労働生産性の向上などが期待できます。
データヘルス計画によって的確な予防対策や保健指導が可能になれば、健康寿命が伸びるでしょう。
参照:厚生労働省「第3回社会保障審議会年金部会2023年5月8日」
3-2.レセプトや健診データの電子的な保存
データヘルス計画の背景の1つに、レセプトや健診データの電子的な保存が可能となったことが挙げられます。
2004年に策定された「保健事業指針」では、効率的かつ効果的な保健事業の実現を目標として、保険者が健康情報を蓄積し、活用するべきとの考えが提唱されました。
その後、2008年に導入された特定健診制度により、特定健診の結果が全国どこでも同一の基本項目で電子的に保管されるようになりました。
この取り組みにより、健康保険組合や保険者が保有する多量のデータを分析し、個々の健康状況や全体の傾向を把握し、健康課題に対する効果的な対策を立案する「データヘルス」が可能となりました。
3-3.特定健診と保健指導の義務化
2008年に施行された「高齢者の医療の確保に関する法律」により、保険者に対して特定健診と保健指導の実施が義務付けられました。
健診結果は電子的に保管され、個々の健康状況を把握する上で重要な情報源となっています。さらに、保健指導も特定健診の結果を踏まえて行われます。保健指導では、健康に関するアドバイスや予防措置の提案が行われ、個々の健康課題に対する解決策が提供されます。
このように特定健診と保健指導の義務化により、個々の健康状況がより的確に把握され、健康課題に対する取り組みが強化されました。
4.データヘルスとコラボヘルスの関係性
コラボヘルスとは、データヘルス計画による保健事業の主体である保険者(健康保険組合)と、事業者(企業)が連携・協力して健康増進に向けた取り組みを行うことです。たとえば、健康保険組合は、疾患のリスクを低減するために、保険加入者に対して健康診断や健康づくりのプログラムを提供します。
また、リスクの早期発見や健康管理を目的として、データヘルスを活用して加入者の健康状態や生活習慣のデータを収集・分析し、それに基づいて適切な健康プランを提案します。
一方、事業者は、健康保険組合と連携して、保健指導や健康プログラムの実施を支援します。たとえば、企業は従業員向けに健康診断の受診促進や健康情報の提供を行うことや、産業保健スタッフを配置して従業員の健康管理や専門的な指導を行うことが挙げられます。
このように、データヘルスとコラボヘルスの関係では、健康保険組合と事業者が連携して、個々の健康リスクを把握し、早期に対策を講じることで、より効果的な健康増進を実現できます。
参照:労働者健康安全機構「データヘルスとコラボヘルス ―その基本と実践―」
5.データヘルス計画に関連する政策の概要
データヘルス計画と関連する政策は、開始時期や期間が必ずしも統一されることなく運営されてきたこれまでとは異なり、令和6年度に第3期データヘルス計画に合わせる形で計画が一斉にスタートします。
データヘルス計画に関連する政策は、主に特定健康診査等実施計画、医療費適正化計画、健康増進計画です。
特定健康診査等実施計画は、高齢者の医療の確保に関する法律に基づき、保険者が実施するものです。期間内に特定健診や特定保健指導を行い、健康増進に向けた取り組みを促進します。
医療費適正化計画は、高齢者の医療の確保に関する法律に基づいて都道府県が策定する計画です。
医療費の見込みや住民の健康の保持の推進、医療の効率的な提供の推進などに関する目標を設定し、効率的な医療サービスの提供を目指します。
さらに、健康増進計画は、健康増進法に基づいて都道府県や市町村が策定する計画です。健康の増進の推進に向けた方針や施策、そして栄養や身体活動、休養、飲酒、喫煙などの健康行動に関する具体的な目標を設定し、地域全体で健康増進を図ります。
これらの政策をデータヘルス計画と併せて実施することで、国民の健康寿命の延伸や日本経済の活力向上を目指します。多様化・複雑化する社会課題があることから、法制度や所管が異なる計画であっても、健康寿命の延伸や医療費の適正化という大きな目標の実現のため、それぞれの計画が連携をとることで相乗的に作用することが期待されています。
参照:厚生労働省「データヘルス計画作成の手引き(第3期改訂版)」
6.先進的なデータヘルス計画の事例紹介
データヘルス計画が進んだことによって顕在化した課題に対し、保険組合が新たな保険事業を開始しています。その中から反響が大きかった好事例を紹介します。
6-1.ロコモティブシンドローム対策の取組み事例
ロコモティブシンドローム対策の取組み事例として、ある健康保険組合が展開した取り組みを紹介します。
ロコモティブシンドロームは、加齢に伴う筋力の低下、関節や脊椎の疾患などによって運動機能が低下し、要介護となった状態やそのリスクが高い状態のことです。
ロコモティブシンドロームを予防し、被保険者や被扶養者が自立して健康に暮らせる「健康寿命」の延伸を目標に、キャンペーンや健康イベントを通じて日々の健康状態を把握し、生活習慣病や認知症を予防する取り組みを行っています。
平成24年度から前期高齢者に対する取り組みを開始し、平成27年度までは家庭への訪問指導を行ってきました。その後、費用対効果の観点から自宅訪問の仕組みを変更し、「対象者参加型ロコモ予防」というウォーキングや血圧など測定結果を提出した方に記念品を贈呈するキャンペーンを開始しました。
早期に生活・運動習慣の改善に取り組んでもらいたいという想いから、55歳以上の被保険者や被扶養者を対象に本事業を実施しています。
参加者は1ヶ月間の取り組みを行い、記録用紙とアンケートを提出します。その後、条件を満たした参加者全員にQUOカードなどが送付されます。
アンケートの結果、「今後継続して運動習慣を行おうと思う」が92.6%、「生活習慣病改善のきっかけになった」が64.5%と、参加者の健康意識の向上や生活習慣病の改善につながったことが実証されています。
6-2.40 歳未満の事業主健診データを活用した若年層対策の取組み事例
ある健康保険組合では、「若年層のメタボ対策」と題して、40歳未満を含む組合員全員を対象に、メタボ(発症と重症化)、がん、たばこ、健康的な生活習慣という4つの健康課題にフォーカスした取り組みを行っています。
まず、レセプトと健診データを突合して医療費分析を行い、将来の肥満率の推移を確認するために、5年後や10年後の肥満人数割合を評価しました。
その後、以下のような具体的な取り組みを展開しました。
- 運動コンテンツの実施
- 栄養士による食事に係る講話や理学療法士による運動に係る講話の実施
- 健康情報サービスの活用
- 食事セミナー(ヘルシーランチ)の実施
- プライベートジムによる運動指導の実施
- 保健師面談の実施
これらの取り組みの効果を評価するために、参加者に対してアンケート調査を実施しました。その結果、運動コンテンツやヘルシーランチ、プライベートジムに参加した方々からは、いずれも「非常に良かった」という高評価が集まりました。
特にプライベートジムによる運動指導の参加者には、体重の減少や医療費の若干の減少などの効果が見られました。また、セミナーに参加した者にも、体重変化や行動変容、意識変化などが確認されました。
参照:厚生労働省「データヘルス計画作成の手引き(第3期改訂版)」
7.まとめ
データヘルス計画が円滑に進むことで、個々に合った医療サービスの提供や保健指導が可能となり、健康年齢が伸びることが期待できます。
本記事では、データヘルス計画の背景や必要性、成功事例などについて解説しました。超高齢化社会が進む中、医療費の削減や労働生産性の向上の必要性が高まっています。
今回、解説した内容を参考に、データヘルス計画について意識して健康管理に取り組みましょう。