注目される口腔ケアと健康の関連性は?口腔ケアに関わる政策や新たな製品などを紹介

口腔ケア

近年、口腔状態が全身疾患に関係しているという研究結果が続々と発表されてきており、双方の関連性について重要視する声が高まっています。

口腔ケアは単なる虫歯や歯周病の予防だけでなく、全身の健康を改善することができ、健康寿命延伸と医療費削減なども期待されています。また、政府も国民皆歯科健診の導入検討を「骨太の方針2022」に盛り込むことで、予防医療という視点から全身の健康維持に努める動きがみられています。

本記事では、予防医療・オーラルフレイルという視点を踏まえながら、今後より高まっていく口腔ケアの重要性や最新の製品・サービス、医療業界の変化などを紹介していきます。

1.口腔ケアとは

口腔ケアとは、歯、歯茎、舌、粘膜など、口の中の組織を清潔に保ち、健康な状態に保つための活動です。単なる虫歯や歯周病の予防にとどまらず、全身の健康維持にも重要な役割を果たしています。毎日の歯磨きや歯間ブラシ、義歯の清掃、デンタルフロス、うがいなどのセルフケアに加え、定期的な歯科検診や専門家による歯石クリーニングも重要です。

また、保健・医療・福祉の分野では、口腔ケアの内容を明確にするために3つに分類をしています。

1つ目は歯や歯茎、舌などに付着した歯垢や細菌を歯ブラシやデンタルフロスなどを使用し、口内を清潔に保つ器質的口腔ケアです。2つ目は、嚥下機能のトレーニングや口のマッサージをすることで、食事や会話を行うための口の機能を鍛える機能的口腔ケアです。最後に、病態の改善や医学的な管理のために行われる、歯科医師や歯科衛生士による専門的口腔ケアに分かれています。

口腔ケアの基本は、歯科医師や歯科衛生士による適切な口腔清掃のアドバイスをもとに、自身で毎日にセルフケアを行い、歯科医師や歯科衛生士の専門的な口腔ケアや口腔機能の向上のためのリハビリテーションを受けるという流れになります。

参照:口腔ケア _ e-ヘルスネット(厚生労働省)

2.口腔ケアが今注目されている理由

特に、口腔ケアは下記の3つの理由から注目されています。

2.1 全身疾患との関連性

口腔内の細菌が、誤嚥性肺炎や糖尿病、心疾患などのリスクを高めることが近年研究によって明らかにされています。

    病名

    関連性

    誤嚥性肺炎

    口腔内の細菌が誤嚥によって肺に入り込み、肺炎を引き起こす。

    高齢者や摂食嚥下機能が低下している方は特にリスクが高い。

    糖尿病

    歯周病が糖尿病の発症リスクを高め、糖尿病患者は歯周病が悪化しやすいという相互関係がある。

    心疾患

    歯周病が心臓病や脳卒中のリスクを高めることが指摘されている。

    介護施設で肺炎による入院患者を減らすため、介護職員による週2回の口腔ケアを実施した実例があります。

    介護施設の定員69名の入居者に対し、口腔ケアを開始する前は、病院に年間合計1,248日入院し、病気を治療する必要がありました。入院の原因の多くを占めているのは肺炎でした。また、肺炎により入院した後、長期入院や医療的ケアなどが必要となり、介護施設に戻れない入所者が16名中13名と多くなっていました。

    そのため、肺炎にかかる入所者を減らすことができないかと介護職員による週2回の口腔ケアを実施しました。すると、口腔ケア開始の前後1年で、肺炎に関連する入院回数は年間合計25回から10回に、入院日数も545日から144日と約1/4に大幅減少しました。

    また、肺炎以外の疾患に対しても大きな効果があり、口腔ケア開始の前後1年で全体の入院日数も1,310日から459日と約 1/3に減少し、介護施設の稼働率も93.9%から97.5%と、3.6%の改善が見られました。

    このように口腔ケアは肺炎予防だけでなく、低栄養予防や免疫力向上にも効果があることを示しています。

    参照:瀧内博也『”介護の力”で命を守ろう!~口腔ケアで感染症予防を』「月刊ケアマネジメント(2020.5 p.28-31)」

    2.2 健康寿命延伸に効果的

    健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活をできる期間」のことです。

    口腔ケアが健康寿命延伸に効果的な理由として、下記の3点が挙げられます。

    オーラルケア• 低栄養の改善
    低栄養や栄養不足は、咀嚼や嚥下などの口腔機能の低下により摂取する食品の偏りが生まれ起こることがあります。口腔機能を向上するマッサージや正しい口腔ケアを行うことで、口腔機能が維持・向上し、低栄養を改善する食事を楽しむことができます。

    • 生活の質の向上
    口は呼吸や食事、会話など日常生活に欠かせない働きをしたり、豊かな表情を作ったりと社会生活に大きな影響を及ぼします。虫歯や歯周病などで咀嚼機能が低下すると、上手く話すことができない、見た目が気になるなど、コミュニケーションへの障害が発生する可能性があります。このような問題も口腔機能を高めることで改善し、QOLの向上を図ることができます。

    • 全身疾患の予防
    口腔内の細菌は、誤嚥性肺炎や糖尿病、心疾患など全身疾患を引き起こすリスクを持っています。歯科医師や歯科衛生士などから専門的な口腔ケアのアドバイスを元にセルフケアを実施し、継続していくことで全身予防のリスクを低下することができます。

    また近年、「オーラルフレイル」という概念が注目されています。オーラルフレイルとは、老化による口腔機能の低下と口腔健康への関心低下、偏食などによって全身機能低下やフレイル(身体の衰え)へと進展する一連の現象です。
    オーラルフレイルは、介護や重症化リスクを高めるとされており、口腔ケアによってオーラルフレイルを予防することで、介護予防や重症化予防にもつながります。

      参照:平均寿命と健康寿命 _ e-ヘルスネット(厚生労働省)
      参照:瀧内博也『”介護の力”で命を守ろう!~口腔ケアで感染症予防を』「月刊ケアマネジメント(2020.5 p.28-31)」
      参照:専門家に聞いた!知っておきたい「口腔ケア」|アサヒグループホールディングス株式会社
      参照:オーラルフレイルについて|オーラルフレイル|啓発活動|日本歯科医師会

      2.3 医療費削減への効果

      現在、政府が「骨太の方針2022」に国民皆歯科健診の導入検討を盛り込むなど、国民の健康増進と医療費削減に重要な役割を果たす側面でも口腔ケアが社会的に認知され始めています。

      口腔ケアを徹底することで虫歯や歯周病の予防・早期発見・早期治療が可能になり、治療費を抑制できます。また、誤嚥性肺炎や糖尿病、心疾患などの全身疾患の発症リスクを減らすことで、医療費全体の抑制に繋がります。

      「令和4年度 医療費の動向」によると、歯科診療医療費は3.2兆円で、国民医療費全体の46兆円の約7.0%を占めていますが、国民歯科検診が導入されれば、一人当たりの生涯にかかる医療費が削減できる可能性があります。

      このように、口腔ケアは虫歯や歯周病の予防だけでなく医療費削減にも効果的な手段の一つです。国民皆歯科健診の導入など口腔ケアへの政策的関心が高まっており、今後より一段と口腔ケアの重要性が認識されると期待されます。

      参照:令和4年度 医療費の動向厚生労働省
      参照:経済財政運営と改革の基本方針2022 – 内閣府

      3.歯科の役割変化と医療業界への期待

      医療業界全体では、口腔ケアに対する意識が高まっており、歯科医院の機能・役割も変化しています。

      3.1 予防医療への転換

      口腔ケアが全身疾患予防にも効果があることが明らかになるにつれ、歯科医院では虫歯や歯周病の治療だけでなく、予防医療でも積極的な取り組みを進めています。

      具体的には、下記のような取り組みが挙げられます。

      • 定期的な歯科検診の推奨や歯周病予防プログラム
      • 全身疾患との関連性についての情報提供や、医療機関との連携強化
      • 口腔機能の維持・向上に役立つ摂食・嚥下訓練やリハビリテーション
      • 高齢者や障がい者などを対象とした訪問歯科診療

      今後、歯科医院は単なる治療の場だけではなく患者の全身の健康を守るための重要な拠点となりつつあります。歯にトラブルをかかえ、身体に影響がでる前に予防をする意識が高まっていくでしょう。

      3.2 歯科で対応できる分野の拡大

      歯科医療は虫歯や歯周病の治療から、予防医療や全身疾患との関連性への対応まで診療領域を拡大しています。

      2021年に行われた介護報酬改正により、今までのブラッシングなどによる口腔ケアから摂食や嚥下機能の維持・向上の要素を含んだ口腔衛生管理が求められるようになりました。それに伴い、学会や研修会への積極的な参加や専門資格の取得、最新の治療技術や機器の導入など歯科医師は口腔ケアに関する知識と技術の向上に積極的に取り組んでいます。

      また、歯科医師の専門資格として補綴専門医や歯周病専門医なども専門医・認定の取得もあります。患者の口腔ケアの意識が高まっている近年は歯科医療に関する情報も充実しており、インプラントや矯正歯科など患者自身が口腔ケアに関する知識にアクセスしやすくなりました。

      患者と歯科が協力し口腔ケアに取り組むことで、より効果的な歯科治療やより積極的な予防医療の実現が見込まれています。

      参考:令和3年度介護報酬改定について|厚生労働省
      参考:日本歯周病学会

      3.3 医療連携の強化

      歯科医院は、他の医療機関との連携を強化しています。

      医療連携の強化に向けた具体的な取り組みとしては、地域包括ケアシステムへの参画があります。地域包括ケアシステムは、人々が住み慣れた地域で安心して暮らせるように、医療・介護・福祉サービスを一体的に提供する仕組みとして国が推進していますが、歯科医院は「認知症対応力向上のための研修への参加」「在宅医療・介護連携における口腔ケアの実施」「地域ケア会議への参加」などが期待されています。

      また、要介護者数が人口の多くを占める2040年には、自宅や施設での歯科利用者の増加が考えられ、訪問歯科診療が一般的になることが予想されています。昨今、在宅歯科医療や周術期口腔機能管理が必要な患者の治療において、歯科医療機関と医科医療機関が連携し治療に対応することで診療情報提供料の加算されるようにもなっています。

      このように医療連携を強化するための取り組みも増えつつあります。

      参照:地域包括ケアシステムにおける 歯科保健医療の役割について』|厚生労働省
      参照:『医科歯科連携の取り組み』|厚生労働省

      3.4 個別化医療の進化

      歯科医療も、患者個々の体質や生活習慣などに合わせた個別化医療へと進化しています。地域連携、かかりつけ歯科医、在宅歯科医療などの取り組みが進むことで、患者中心の歯科医療が広がっています。

      オーラルケア

      かかりつけ歯科医は、患者のライフステージに応じて、口腔機能の維持・向上に必要な保健・医療・福祉を提供する必要があります。地域に密着し、患者のニーズを満たす健康相談や歯科治療、歯科疾患の予防のための専門的口腔ケアが求められます。また、歯科訪問診療や介護サービスへの対応や他職種とのチーム医療連携、患者の疾患に応じた専門機関への紹介など管理連携の強化も今後重要になってきます。

      日本歯科医師会の実施した「かかりつけの歯科医に求めるもの」の国民調査・歯科医師調査では、わかりやすく治療や業態を説明している、患者の治療に対する希望を聞いているなどの対話性、診療室や待合室が清潔であるという快適性などが患者から多く求められていました。
      患者の意見をしっかりと取り入れていく姿勢が、個別医療を高めるためには必要不可欠です。

      参照:かかりつけ歯科医について(日本歯科医師会の考え方)|その他|日本歯科医師会の紹介|日本歯科医師会
      参照:「かかりつけの歯科医」とは|日本医師会

      3.5 ICT活用の加速

      歯科医療におけるICT活用が加速し、オンライン診療、AI診断、ウェアラブルデバイスなど技術導入が進んでいます。

      オンライン診療の普及により、通院困難者の負担軽減が期待できます。特に、高齢者や障がい者、遠隔地に居住する方など、通院が困難な患者に大きなメリットをもたらします。仕事や家事で忙しい人も自宅から気軽に診察が受けられるため、移動時間や負担を軽減し、定期的な検診や継続的な治療を受けやすくなるでしょう。また、患者同士の接触や医療従事者への感染リスクの低減に繋がります。

      また、AIによる画像診断支援システムなどAI技術の活用でインプラントの種類や歯式を自動で検出することが可能になり、歯科医師の診療の効率化、安全性の向上が期待されています。この他、マウスピースにウェアラブルデバイスを装着し、マウスピースの使用時間を記録することで、より個々の患者に合わせた治療を提供できるような取り組みも進んでいます。

      このように歯科医療のICT活用は加速するとともに、歯科医療の効率化、医療の質や利便性が飛躍的に向上するでしょう。

      参照:『ICTを活用した歯科診療等に関する検討会報告書』|厚生労働省
      参照:歯科エックス線画像診断AI | デンタルシステムズ株式会社

      4.新たな口腔ケア製品・サービスの登場

      オーラルケア市場規模は、2020年の4,096億円見込みから2023年には4,186億円に達すると予測されています。また、海外のオーラルケア・口腔衛生の市場規模も2021年472億米ドルから2026年には549億米ドルへと拡大傾向にあります。

      国民皆歯科健診制度導入や歯周病へのケア意識の向上により、基本的な歯ブラシ・歯みがき剤にプラスして使用されるデンタルフロスや歯間ブラシ、洗口剤などのケア商品の使用率アップが考えられます。

      参照:「新型コロナウイルス感染症の感染拡大によりオーラルケアに対する意識が変化!? 国内のオーラルケア関連製品市場を調査」|富士経済グループ
      参照:「オーラルケア・口腔衛生の市場規模、2026年に549億米ドル到達予測」|株式会社グローバルインフォメーション

      そして、新たな口腔ケア製品・サービスの登場もオーラルケア市場の成長を支える動きです。下記のような新製品・新サービスがあります。

      4.1 次世代型全自動歯ブラシ

      全自動歯ブラシは、従来の電動歯ブラシを超えた機能性と使いやすさを備えたコンセプトで開発された新製品です。複数の小型モーター搭載により、わずか30秒で手を動かすことなく理想的なブラッシングができます。

      参照:Product(次世代型全自動歯ブラシ) _ Genics

      4.2 オンライン診察サービス

      自分に合った歯科医探しが難しいといった課題を解決するため、患者と歯科医をマッチングするサービスが登場しています。地域、診療科目、口コミなどを参考に、かかりつけの歯科医を見つけることが可能です。そして、通院が困難な方でも口腔内カメラを用いて歯科医による診察を受けられるため、う歯や歯周病の早期発見・早期治療に効果的が期待されます。

      参照:相談から口腔内チェックまで歯科のDXを実現 業界初・口腔内カメラを活用した「デンタルオンライン」提供開始 _ 株式会社アイリッジ

      4.3 唾液検査サービス

      測定時間5分で唾液から虫歯・歯周病リスク、口臭レベルなど口腔健康を検査します。結果に基づいて歯科衛生士によるアドバイスが受けられます。

      職場の休憩時間や企業の健康診断の前後など、ちょっとした合間で実施できるのもメリットです。う歯や歯周病の予防や高齢者のオーラルフレイル予防、全身疾患のリスク管理など、地域・職場の口腔健康対策を通して口腔ケア意識の向上に活用できます。

      照:唾液検査サービス|おくちプラスユー|ライオン株式会社

      5.まとめ

      口腔ケアは、老若男女問わず健康維持に欠かせない習慣です。口腔ケアの重要性がより一段と強くなり、様々な新しい動向や製品・サービスが登場しています。

      虫歯や歯周病などの歯科疾患の予防は、全身の健康を守る上でも重要で、口腔ケアの習慣化により健康寿命を延ばし、より豊かな人生にも繋がります。

      医療業界においても歯科の役割はますます重要になっていくでしょう。歯科医療は、医科や介護などと連携を深めながら、単に口腔内の健康を守るだけでなく全身の健康を支える重要な柱となります。