歯科健診が義務化⁉ 「国民皆歯科健診」導入への道と今後の展望

歯科健診義務化 国民皆歯科健診

2022年6月の「骨太の方針」の発表以降、メディア等で話題となった国民皆歯科健診。「全国民に歯科健診が義務化される」という報道が世論をはじめ、歯科医師の間で大きな反響を呼んだことはまだ記憶に新しいでしょう。

一方で、国民皆歯科健診については未だその具体的な内容が明らかになっておらず、診療や経営にどのような影響があるのか不明な点も多いのが実状です。

そこで本記事では、これまでにわかっている国民皆歯科健診の概要や目的、実施に向けての流れなどをまとめていきます。その内容を踏まえた上で、実現までの課題や展望、想定される診療や経営への影響についても解説していきますので、ぜひ今後の参考にしてください。

1.国民皆歯科健診の概要:その背景と目的

はじめに、国民歯科健診とはどのような制度なのか、その背景や目的などをご紹介します。

1.1 「国民皆歯科健診」とは:生涯にわたる歯科健診の制度化

国民歯科健診とは、すべての世代の国民が生涯にわたり歯科健診を受けられる制度です。令和4年(2022年)6月7日に政府が閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる「骨太の方針」にその内容が盛り込まれました。

この制度により、今後数年のうちに全国民に1年に1回の歯科健診が義務づけられる可能性があり、口腔の健康の保持・増進が図られることが期待されています。

1.2 国民皆歯科健診の背景とこれまでの流れ

突如話題となった国民皆歯科健診ですが、日本歯科医師会が長年、生涯を通じた歯科健診の実施を求めていたことがその背景となっています。実際に、これまでの骨太の方針にも「生涯にわたって歯科健診を強化すべき」という文言が盛り込まれています。

そこから数年を経て、2022年の骨太の方針の中に「国民皆歯科健診」という文言が初めて明記され、メディア等で話題になりました。政府はすでにプロジェクトチームを立ち上げ、2025年の導入を目指した具体的な検討を進めています。

1.3 国民皆歯科健診の目的

国民皆歯科健診の目的は口腔の健康をシームレスに維持して全身疾患の発症や進行を抑制することと、これにより健康寿命を延ばして医療費の削減を目指すことです。とくに、歯周病については糖尿病や認知症など全身疾患との関連が示されており、口腔の健康と全身の健康の相関関係が大きく注目されています。

また、高齢者の人口増加にともなう医療や福祉の問題への対応も喫緊の課題であり、国民皆歯科健診はこれらの問題の抜本的な解決策としても期待されています。

2.日本の歯科健診(検診)の現状と課題

国民皆歯科健診の導入の背景には、これまで国内で施行されている歯科健診制度の現状も大きく関係しています。ここでは現行の歯科健診の問題点や課題についてまとめていきます。

2.1 現行の歯科健診制度の課題

国内における歯科健診の課題の1つは、現行の制度において高校卒業から40歳までの約20年間に義務づけられた歯科健診が存在していない点です。

日本の歯科健診制度は、これまでにも法的根拠に基づいて多岐にわたり整備されてきました。現在までに施行されている歯科健診では、1歳6か月健診・3歳児健診(母子保健法)、学校歯科健診(学校保健安全法)が代表的です。成人では、40歳から10年おきに実施される歯周疾患検診(健康増進法)、後期高齢者歯科健診(高齢者医療確保法)も整備されています。

さらに、2022年の10月から施行された改正労働安全衛生法では、有害な業務に従事する労働者に対して歯科特殊健診の実施を義務づけています。しかし、一部の労働者を除いては、40代までの働き盛りの世代に歯科健診の機会がほとんど与えられていないのが実状です。

参考資料:2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―

2.2 歯周疾患検診の受診率の低さ

成人期の歯周病予防に関しては、以前より40歳・50歳・60歳・70歳を対象にした「歯周疾患検診」を実施しています。しかし、その受診率は全国平均で5%に満たないのが現状です。

成人の歯科健診についてはその多くが保険者や事業者の「努力義務」となっており、その点も受診率がなかなか上がらない要因の1つに考えられます。

参考資料:歯周疾患検診の推定受診率の推移とその地域差に関する検討 口腔衛生学会雑誌68 巻 (2018) 2 号

2.3 国民の意識と歯科健診受診率の乖離(かいり)

現行の歯科健診の課題では、国民の歯や口の健康意識が高まっている一方で、相変わらず歯科健診の受診率が伸び悩んでいる現状も指摘されています。

日本歯科医師会による歯科医療に関する生活者意識調査(2022)では、91.7%の人が「健康のためにできるだけ自分の歯を残したい」と回答。さらに、90.6%の人が「健康を維持するうえで、歯や口の健康は欠かせない」と回答しています。しかし、職場や自治体が実施する歯科健診について「受診した」と回答した人は13.4%に過ぎず、健康診断や人間ドックを受診した人の3分の1以下にとどまっています。

参考資料・グラフ引用:歯科医療に関する生活者意識調査(2022年) 公益社団法人日本歯科医師会

2.4 国民への周知と理解ーエビデンス構築の重要性


先の調査では「健康を維持するうえで、歯や口の健康は欠かせない」と考える人が多い一方で、具体的な事柄に関する知識や理解に乏しいことも明らかになっています。例えば、医師の多くが知っている残存歯数と健康寿命の関係(20本以上自分の歯を保っていれば健康寿命につながる)も、その認知は45.8%に過ぎません。また、「よく噛むことが認知症の予防につながる」「歯の本数が多い人ほど認知症になるリスクが低い」の認知も3割以下にとどまっています。以上のことからも、健康維持に歯と口の健康が欠かせないとわかっていても、その具体的な知識や理解に乏しいことが浮き彫りとなっています。国民皆歯科健診の実現に向けては、さらなるエビデンスの集積と国民への周知・理解への促進が重要なようです。

参考資料・グラフ引用:歯科医療に関する生活者意識調査(2022年) 公益社団法人日本歯科医師会

3.国民皆歯科健診の具体的な内容と展望

国民皆歯科健診については、いまだ詳しい実施時期や検査内容が明らかになっていないのが現状です。ここでは、これまで明らかになっている事柄やそこから予想される今後の展望などをご紹介していきます。

3.1 2025年の導入を目指す国民皆歯科健診の実施時期

政府は国民皆歯科健診の具体的な検討を進めるためのプロジェクトチームを立ち上げ、2025年の導入を目指すとしています。しかし、具体的な実施時期については今のところ明らかになっていません。

3.2 検査内容の検討と新しい検査方法の必要性

国民皆歯科健診ではその検査内容についても、いまだ詳細は明らかになっていません。ただ、予防目的での定期的な歯科健診か、歯周疾患検査のようなスクリーニング検査としての実施かが今後検討されると予想されます。

また、実施に際しては歯科医師のみならず、コメディカルを含めた他業種でも理解できる簡便な検査内容が求められるでしょう。

3.3 AIとスマートフォンを活用した新しい歯科健診システムの開発

国民歯科健診の実施に際しては、どの世代にも共通したプラットフォームの開発が必要不可欠です。とくに、若い世代に歯科健診の重要性を伝えるうえでは、スマートフォンのアプリケーションなどを活用した新たな啓発活動なども今後検討されるでしょう。

また、歯科健診システムにもAIやスマートフォンを活用し、誰でも手軽かつ安価にスクリーニングが受けられるような技術開発が望まれています。

4.国民皆歯科健診の実現に向けてのアクション

「国民皆歯科健診」の文言が骨太の方針に盛り込まれて以降、制度の実現に向けてどのような取り組みが行われているのか以下にみていきましょう。

4.1 歯科口腔保健推進法改正案の作成とその内容

国民皆歯科健診の実施では、新たな法整備が必要です。その第一歩として、今年(2023年)に入り歯科口腔保健推進法の改正案の概要が明らかとなりました。

改正案では、現行の「定期的な検診」から「生涯にわたる定期検診」へと文言が変更されたものの、個人に対する健診義務化についての言及はありません。ただ、多くの国民が年齢に関係なく歯科健診を受けることで、疾患の予防や早期発見の促進を求める内容となっています。また、幅広い国民が歯科健診を受けられる環境整備に向けた財政処置も提案されています。

4.2 各都道府県から「国民皆歯科健診の意見書」が提出

今年(2023年)6月までに各自治体から「国民皆歯科健診の意見書」が提出されています。意見書では国民皆歯科健診の実現に向けた法整備の早急な実施や具体的な検討の進展、十分な財政措置に講じることが求められました。

これらの要望は地方自治法第99条の規定に基づき、国民の歯と口腔の健康づくり及び歯科健診の重要性についての啓発と受診推奨を強化する方向で統一されています。

4.3 国民皆歯科健診の実現に向けたモデル事業の実施


NTTデータ経済研究所は、厚生労働省事業において生涯を通じた歯科健診の具体的な検討に向けたモデル事業を実施したことをプレスリリースで公表しました。

実施方法として、「一般健診等との同時実施」「地域・職域連携による歯周疾患検診等」「歯周病リスク検査キットの配布」の3パターンを用意します。地方自治体や事業所の実施のしやすさや、市民・従業員の参加のしやすさ、スクリーニングによる歯科受診率の向上などが確認されました。

結果では、モデル事業の参加により新規で歯科医院を受診したのは全体の9.8%であったことや、歯周病リスク検査の結果が高い方の受診率が高かったことが報告されています。

参考資料・グラフ引用:生涯にわたる定期的な歯科健診の受診に向けたモデル事業を全国で展開 NTTデータ経営研究所

5.歯科健診義務化の波紋:歯科医院が直面する新たな挑戦とチャンス

ここでは、国民皆歯科健診の実現による診療や歯科医院経営への影響について予測していきます。

5.1 新たな患者層の開拓:国民皆歯科健診による診療の多様化と患者増加のチャンス

国民皆歯科健診によって国民全員に健診が義務づけられた場合、全国の歯科医院で健診希望の患者が急増することが予想されます。これにより新たな患者層の開拓が期待できるでしょう。

自覚症状の乏しい受診患者や訪問歯科診療の需要の増加など、診療の多様化のチャンスも期待できます。

5.2 予防医療へのシフト:歯科健診義務化による予防重視の医療モデルの展開

歯科健診が義務化された場合、口腔ケアの重要性について国民の共通理解が深まることが予想されます。これまでも歯科医療分野では「治療完結型」から「予防管理型」へのシフトが叫ばれてきましたが、国民皆歯科健診の実現はこの流れを急速に後押しするでしょう。

このような医療ニーズの変化は、歯科医院の経営や運用にも大きな影響を与える可能性があります。予防医療へのシフトは歯科医療の新しい方向性を示し、健康の維持と増進に対する取り組みの強化や「かかりつけ歯科医」の重要性が増す機会となるでしょう。

5.3 歯科診療の負担と対策

国民皆歯科健診の実現は診療や経営に新たなチャンスをもたらす一方で、多岐にわたる負担の増大も予想されます。これは検査や処置の内容によっても、その負担の大きさが異なるでしょう。具体例として、実施される検査が10~15分程度で完結する場合、通常の診療やSPT(歯周病安定期治療)のアポイントが取りにくくなる可能性が指摘されています。

さらに、歯科医師や歯科衛生士の採用が難しくなるなど人材に関する問題も発生することが予想されます。これらの課題については、結婚や出産を機に退職した潜在歯科医師・歯科衛生士の復職を要請する対策などが求められるでしょう。

6.まとめ

国民皆歯科健診について、現在までにわかっていることは以下の通りです。

  • 国民皆歯科健診とは、すべての世代の国民が生涯にわたり歯科健診を受けられる制度
  • 目的は「口腔の健康増進」とそれによる「健康寿命の延命」、さらに導入の背景には医療費削減を実現する狙いもある
  • 政府はプロジェクトチームをすでに立ち上げ、2025年の実施を目指している

具体的な健診内容はまだ不明ですが、幅広い年代に健診を拡充させるうえでは、AIやスマートフォンを活用した新たな健診システムの開発・導入も検討されているなど、今後の情報にも注目していきたいと思います。