近年、医療分野において「性差医療」という言葉に注目が集まると共に、年々日本でも女性外来が増加傾向にあります。性差医療分野は、日本では海外と比較して遅れを取っていたという歴史がありますが、徐々に日本でも進展がある状況です。
実際、従来から知られていた「発症頻度」の性差だけでなく、病原体を排除する免疫反応の強さにも性差があることが分かるなど、医療者に性差の視点が必要だという考え方が広まってきています。
今後一層の発展が望まれる性差医療がどのようなものなのか、様々な視点から見ていきたいと思います。
目次
1.性差医療とは?
性差医療は、男性と女性の違いから生じる様々な疾患や病態の差異を念頭において行う医療のことを言います。また、こうした差異を研究する学問として「性差医学」と呼ばれる分野も存在しています。
例えば、男性にしかない疾患もあれば、女性にしかない疾患もあり、同じ疾患だったとしても罹患のしやすさ、疾患の発生メカニズム、病態の違い、薬を服用した場合の効き目の違いなどがあるケースも珍しくありません。
性差医療では、これらの違いに着目しているのが特徴と言えるでしょう。
2.性差医療が注目される背景と女性外来の増加の理由
かつては、「病気のかかりやすさや治療の効果には、男女差は存在しない」という前提のもとに、研究や新薬開発、治療法の開発が進められてきました。
しかし、近年の研究では同じ疾患でも男女によって、罹患のしやすさや症状の現れ方、服薬による治療の効果などに差があることが分かってきました。
このような研究結果より、性別に応じた治療や対応に移行させていく必要性が高いため、性差医療が注目され始めました。実際に、女性特有の身体的特徴と病態や悩みに対応する考え方として「フェムテック」という言葉が浸透しつつあります。
こうした考えにより、女性外来を開設する医療機関も増加しています。
女性外来では、女性特有の疾患などに注目した診断、治療が行われており、より女性に合わせた対応がなされているのが現実です。女性外来と同様に、男性外来も開設されており、それぞれの性差に着目した診断、治療がすすむことは私たちにとって、今後より良い医療を受けられる結果にもつながっていくと考えられます。
3.海外と日本における性差医療・女性外来の歴史や現状
海外と日本における性差医療の歴史や現状について、アメリカと日本を比較して紹介します。
3₋1.アメリカ
アメリカでは、1960年前後に起こった「サリドマイド薬害事件」により、男性基準の医療が加速していきました。睡眠導入剤として開発された「サリドマイド」の臨床試験が行われましたが、参加した女性が出産した赤ちゃんの体に異常が発生したのです。
その後、1977年にアメリカ政府は、「薬の臨床試験に女性の参加を禁止するように」という勧告を出したことで、臨床試験は男性だけを対象に行われるようになります。結果的に、新薬開発、治療、診断のすべてが男性基準になっていきました。
しかし、1990年代初頭、アメリカのマリアンヌ・レガート博士たちの取り組みによって、この流れに変化が生じます。心臓病をはじめとする病気の男女差が認知され始めたことで「女性には女性の医療が必要だ」という動きが起こったのです。
以後、女性に特化した診断や治療が進み、現在治験では必ず女性を半数入れるようにという指示が出され、男女それぞれの違いに着目した性差医療が推進されています。
3₋2.日本
日本での性差医療は、天野惠子医師が中心となって進められてきました。天野医師の専門である循環器内科での診療経験から、平成11年(1999年)に開催された第47回日本心臓病学会において、天野惠子医師により「性差医療」の概念が紹介されたことから認知されるようになり、広がっていきました。
天野医師は循環器内科を専門とし、狭心症や心筋梗塞の患者を多く診断してきました。
その中で、患者は女性より男性が多く、胸痛を訴える女性患者を検査しても通常の検査で何も異常が見つからない場合が多いことに長年、大きな疑問を感じていました。
米国循環器病学会で、冠動脈(心臓の表面の太い血管)造影では異常が見つからない「微小血管狭心症」について知り、更年期前後の40代~50代女性に多く発症することを知ったことが性差医療について考えるきっかけとなります。
天野医師の診療経験とも合致したことで、性差医療について取り組むきっかけとなりました。
その後、前述した平成11年(1999年)の日本心臓病学会で性差医療の概念を紹介し、女性の健康におけるエビデンス構築のため、性差医療の実践の場として女性外来を開設することになります。
鹿児島大学の鄭忠和教授の尽力もあり、平成13年(2001年)に同大学に日本初の女性外来が設置されました。
以後、女性外来の開設数も増加し、診療データなどの収集も順調に進んでいるのが現状です。
参照:内閣府男女共同参画局「日本での性差医療の実践と展望 ~天野惠子医師に聞く~」
4.性差医療における代表的な事例
性差医療では、疾患のかかりやすさや病態の違い、薬を服薬した時の効き目の違い、病原体を排除する免疫反応の強さに大きな男女差が見られます。ここでは、具体的な事例を紹介します。
4₋1.疾患による発生頻度の違い
「病気のかかりやすさ」には、明確な性差があることが分かっています。国内外の様々な研究によって、発症頻度や好発年齢、病態、予後等に男女差があることが知られています。
例えば通院者率(人口千対)で比較すると、痛風や脳卒中(脳出血,脳梗塞等)は男性で高く、骨粗しょう症や自己免疫疾患の一つである甲状腺の病気、関節リウマチ等は女性において高くなっています。
また疾患ごとで比較しても、男女で好発年齢の違いがあります。骨粗しょう症は女性の通院者率が高い疾患の一つですが、年齢別に見た場合40代までは男女の差がほとんどありません。しかし、閉経前後の50代前半からは女性ホルモンの分泌の関係から女性の通院者率が大きく上昇します。男性も70歳頃から徐々に通院者率が上がりますが、上昇率は女性に比べるとはるかに緩やかです。
同じく脂質異常症(高コレステロール血症等)も女性の通院者率が高い疾患ですが、50代前半までは,男性の通院者率が女性より高い傾向にあります。女性の通院者率は閉経によるホルモンバランスの変化から50代で大きく上昇、その後も70代まで男性の上昇率を大きく上回る水準で上がり続けています。
(男女共同参画局:I-特-52図 通院者率(人口千対)について,男女差が概ね1.5倍以上あるもの)
(男女共同参画局:I-特-54図 男女別の通院者率(女性に多い疾患))
参照:厚生労働省「有病率に性差が見られる疾患」
参照:NHK「シリーズ“男性目線”変えてみた第1回 性差医療の最前線」
参照:「男女共同参画白書 平成30年版」6.性差医療と女性外来の取組
4₋2.服薬による効果の違い
薬は、体内に吸収後肝臓などで代謝され、腎臓から排泄されるのが一般的です。しかし、食べ物と薬の組み合わせによっては、効果に大きな影響を及ぼすことがあります。また、服用による効果も男女差があると言われています。
・グレープフルーツ×カルシウム拮抗剤(BCC)
グレープフルーツジュースとカルシウム拮抗剤(CCB)を一緒に服用してしまうとカルシウム拮抗剤(CCB)の吸収が促進され、血圧降下作用が強く現れます。
薬の吸収力は個人差がありますが、この作用は一般的に女性のほうが高いとされています。
このため、カルシウム拮抗剤(CCB)の副作用である顔のほてりや顔面紅潮、頭痛、頭重感といった症状は女性に多いことが報告されています。
・糖尿病薬「ピオグリタゾン」
薬の副作用の発現率は女性の方が高いとされています。
中でも糖尿病薬であるピオグリタゾンの添付文書では、副作用に性差があることが明記されています。女性はこの薬に対しての感受性が高く、男性の半量から始めることが推奨されています。
女性で頻度の高く発生する副作用は、浮腫であり、注意して使うことが求められています。
このメカニズムには女性ホルモンの影響や皮下脂肪量の影響などが考えられていますが、十分に明らかになっていません。
・β遮断薬「プロプラノロール」
添付文書上の記載はありませんが、β遮断薬であるプロプラノロールは女性のほうが効きやすい傾向があります。血液中濃度が男性よりも高いのが理由です。
不整脈の薬の重篤な副作用に、心室性頻拍という不整脈薬によって生じる不整脈(Torsade de Pointes)がありますが、発生件数も男性に比べ女性のほうが多いことが明らかになっています。これも女性ホルモンの関与が考えられています。
・その他の薬剤
ペンタゾシンという鎮痛薬や抗うつ薬のSSRIも女性で効きやすいといった報告がみられます。
最近発売される薬の添付文書では、体重50㎏を境に薬用量を見直すことが明示されている場合もあり、特に高齢で痩せ型の患者が通常成人と同じ薬用量を用いる場合は、副作用に注意する必要があります。
参照:栄養士が知っておくべき薬の知識「第107回 性差のある疾患や薬物治療について」
参照:NHK「シリーズ“男性目線”変えてみた第1回 性差医療の最前線」
4₋3. 病原体を排除する免疫反応の強さの違い
2020年から世界で大流行した新型コロナウイルス(COVID-19)の研究では、免疫担当細胞で構成される抗体産生ネットワークのバランスが性別により異なることがわかりました。
突如現れた感染症だったため、当初は治療法の確立やワクチンの開発に重心が置かれながらも、同時に発症メカニズムなどに性差がないかにも着目し、研究がすすめられました。
結果的に、大阪大学の研究チームは「COVID-19急性感染期には抗体産生を調整する濾胞性制御性T細胞(Tfr)の誘導が性別により異なり、男性では女性に比べて Tfr の誘導が抑制されている」ことを突き止め、世界で初めて明らかにするという成果を挙げました。
この研究結果は、今後の新薬や治療法の開発にも生かされることが期待されています。
参照:大阪大学免疫フロンティア研究センター「COVID-19 患者の男女間免疫応答の違いの主要因?~男性では女性に比べてTfrの誘導が抑制されていた~」
5.性差医療の今後
医療従事者がより「性差による視点」に着目して診断や治療を行うことができれば、医療の質や救命率が向上すると考えられています。
今まで、「女性医学は産婦人科、男性医学は泌尿器科」とどちらか一方の性を中心に研究されてきました。しかし今後、全ての臓器やシステムに関わる性差医療では、その2つの領域にとどまらず研究を行うことで、新しい治療法や薬剤などの開発につなげることが必要です。
また、性差医療を進めていくにあたり未解決な課題が多く残っています。内科領域だけではなく、性差による疾患の頻度や病態、診察での注意点など、各疾患のガイドラインとして性差の項目を作成するなどが重要です。
フェムテックの分野では、女性の「あったらいいな」や「症状の訴え方」という視点に着目した商品やアプリが開発され、より的確に不快さの改善や症状診断の一助となるようなツールができています。
今後は、同じように男性ならではの視点に着目したサービスなども開発されることが期待され、よりそれぞれの性差に合わせた医療が発展していくと考えられます。
参照:臨床ダイジェスト「多分野で「性差分析」導入の動き、医療界の課題は【時流◆性差医学・医療を知る】」
参照:神戸新聞「生理中のお風呂上がりの問題、ナプキン補助用品で解決 「あったらいいな」の声に応え開発」
参照:性の健康データを収集する”女性の健康ナショナルセンター”の開設ついて
参照:「性差」に配慮した医療、 更年期女性の診断をアプリが支援
6.まとめ
以上、性差医療が注目される背景と女性外来の増加の理由について解説しました。
病気による罹患率の違いや服薬効果、予後の差が明確になるにつれて、性差医療が進展し、女性外来が増加しています。今後も、この流れはますます加速すると考えられます。
性差に着目した診療や治療は、今後私たちがより良い医療を受けることだけでなく、医学そのものの発展にも大きく寄与するでしょう。
この記事が、日々の医療活動に性差医療の視点を持つ一助となれば幸いです。