総合診療医は、特定の診療科目の知識や技術ではなく幅広い診療科目に精通している医師です。日本の超高齢化社会において、医療の安定した提供を維持するために欠かせない存在として総合診療医が注目されています。
今後の医療の展望や医師としてのキャリアを考える上でも、総合診療医についてチェックしておくことが大切です。
本記事では、総合診療医の役割や求められる背景と役割、キャリアパスから勤務先などについて詳しくご紹介します。
目次
1.総合診療医とは
総合診療医とは、患者の病気や症状を特定の診療科目に限らず総合的に判断し、対応ができる医師です。必要に応じて専門医や他の医療機関との連携を図りながら、最適な治療法を提供していきます。健康管理や予防医療にも力を入れ、定期的な健康診断や、生活習慣の改善なども行います。
また、総合診療医は患者個人の治療だけでなく、患者の家族やその背景までを含めて医療の提供を行います。心理的な悩みや日常生活におけるストレスなども疾患に影響を与えるためです。患者の生活を支える家族のケアや、学校や職場とも連携することで、患者の生活スタイルに合わせた対応を取ることが求められています。
これからの超高齢化社会では、慢性疾患を持つ人が増え、一生涯にわたって医療やケアの提供が必要となってきます。地域住民の医療ニーズを把握したうえで、住宅環境・働き方・地域全体の行政計画に関与する等、地域に反映できる医師としても期待をされています。総合診療医はこれからの時代に欠かせない存在だといえるでしょう。
2.総合診療医は専門性がない?
総合診療医は、幅広い医療ニーズに対応できるからこそ、専門性が低いと思われる場合があります。健康にかかわる幅広い問題について、初期対応から継続医療まで提供できる医師です。そのため総合診療医は深さではなく、広さと多様性に焦点を当てた医療のプロフェッショナルであり、専門性が低いのではなく、幅広い領域にわたる専門性を持っているといえます。
厚生労働省の「「総合医」「総合診療医」等に関する論点整理(案)」でも、従来の領域別専門医が特定分野における深い知識を持つのに対し、総合診療医は扱う問題の広さと多様性が特徴であることから、専門医の1つとして基本領域に加えるべきとしています。
3.総合診療医が求められている背景
現代では、総合診療医のニーズが高まりつつあります。その背景について詳しく見ていきましょう。
3-1.人口減少と少子高齢社会の到来
内閣府の「令和5年版高齢社会白書(全体版)」によると、2022年10月1日時点における高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口の割合)は29.0%ですが、2070年には38.7%になると予測されています。これは、介護医療のニーズが高まる一方で、それらを支える人が減少することを意味します。
人口減少により医療機関や医療専門家の数が限られる状況下では、多くの医療分野の知識と経験を持ち、幅広い医療ニーズに対応できる総合診療医が求められています。そのため、総合診療医は超高齢化社会で求められる医師のキャリアのひとつといえるでしょう。
3-2.「多疾患羅患」への対応
総合診療医が求められる背景の1つに「多疾患羅患」への対応が挙げられます。高齢者が増えると、さまざまな疾患や健康課題を同時に抱える人が増加します。高齢者は長い人生を歩んできた分、さまざまな病気やケガの経験があり、それらの後遺症や合併症が蓄積しています。そのため、複数の健康課題や疾患を抱えていることが一般的です。
例えば、高血圧、糖尿病、COPD、狭心症などの疾患を抱える患者が脳梗塞を発症した場合、循環器系、代謝・内分泌系、呼吸器系、神経系など複数の臓器系に影響を及ぼします。そのため、多臓器系にわたる診断と治療が必要です。
総合診療医は患者の健康全体を総合的に評価し、複数の疾患や健康問題に対応する能力を備えており、複数の疾患を持つ患者の健康を支える役割を果たします。
3-3.診療場所の多様化
高齢者は多くの病気や健康問題を抱えることで通院の頻度が高まる一方で、歩行能力や運転能力の低下によって遠方の医療機関への通院が難しくなります。そのため、自宅近くの診療所において幅広い診療科の疾患に対応できる総合診療医のニーズが高まっています。
また、在宅医療も通院の課題を解決し得る方法の1つです。遠方の医療機関に通院するよりも負担が少ないため、身体機能が低下している高齢者でも適切なタイミングで医療を受けることが可能になります。
小規模の診療所や在宅医療では問診や身体診察が中心で、CTやMRIといった精密検査を実施できないこともありますが、問診と身体診察で約85%の疾患は診断可能とされています。
遠方の医療機関へ通うことが難しい高齢者にとって場所を選ばない診療は今後重要になるでしょう。
3-4.医療費負担の増大
厚生労働省の「令和2(2020)年度 国民医療費の概況」によると、2020年度の国民医療費は約43兆円で、2025年には約58兆円にまで増加すると予測されています。日本の国民皆保険制度によって質の高い医療を多くの人々に提供するためには、医療費の増加に対処しなければなりません。
医療費の増加の一因となっているのが、過剰な検査や医療処置です。問診と身体診察のみで診断できるのであれば、検査は必要ありません。そこで、幅広い医療ニーズに対応でき、問診と身体診察のみで多くの疾患の診断が可能な総合診療医が求められています。
3-5.医師や医療機関の不足
地方や離島では医師不足の問題が深刻化しています。複数の診療科の幅広い知識とスキルを持つ総合診療医は、地方の医師不足を補うキーパーソンといえるでしょう。総合診療医が地域で活躍することで他の医師が総合診療医に注目するようになります。その結果、地方や離島の総合診療医が増えることで医療の地域偏在の緩和につながる可能性もあります。
4.総合診療医の働き方
総合診療医は、「家庭医」と「病院総合医」の2つの働き方に分類されます。それぞれの働き方の特徴について詳しく見ていきましょう。
4-1.家庭医
家庭医は市中病院や診療所など、地域の小規模な医療施設で診療を行います。地域に根ざした診療により、「地域のかかりつけ医」としての役割を果たし、特に離島やへき地において欠かせない存在です。風邪から小さな怪我、慢性疾患まで、さまざまな症例に対応できます。
また、患者の自宅での医療ニーズに応じ、在宅医療によって診察や治療などを行います。特定分野における深い専門知識が必要な場合、適切な専門医への紹介を行い、患者がより良い医療を受けられるようにサポートすることも家庭医の役割です。
4-2.病院総合医
病院総合医は、中規模から大規模な病院に所属し、救急診療と入院診療を中心に医療を提供します。
また、異なる診療科の専門医と連携し、複雑な症例に対応する必要があります。
外来診療での役割は、患者がどの診療科を受診すべきかアドバイスしつつ、適切な診療科に紹介し、迅速な診断や治療につなげることです。一部の医療機関では、訪問診療や巡回診療、ドクターヘリによる緊急対応も行います。
5.総合診療医として働くメリット
総合診療医は複数疾患の管理や治療後のケアまで知識を習得しているため、多様な症状に対して的確に治療を行うことができます。ときには、一貫して総合診療医が治療に対応できることもあります。1人の患者に寄り添えることに対し、メリットを感じる方もいらっしゃるでしょう。また、離島やへき地の医療機関に勤務する場合は、地域医療を支える存在となるため、大きなやりがいを感じられるかもしれません。
一方、総合診療医は深い専門性を習得できないと感じる方もいるかもしれません。しかし、最新の医療知識や技術を積極的に学び、取り入れることで、専門性を高めることができるでしょう。そもそも疾患の原因は1つとは限らないため、患者は場合によっては複数の診療科を転々とすることになります。総合診療医は幅広い診療科目において深い知識を持つため、適切な専門医へつなぐことが可能です。
そのほか、次世代の総合診療医を育成するロールモデルになり、今後到来する超高齢化社会による問題に間接的に貢献できます。
6.総合診療医になるには
総合診療医は、新しい基本領域の専門医として2018年に「総合診療専門医」の名称で認定されています。認定期間は5年間で、以下の5つの要件を満たした場合に総合診療専門医になることができます。
- 有効な医師国家資格および臨床研修修了実績を有する
- 資格書類審査が認められる
- 総合診療専門医認定試験に合格済み
- 日本専門医機構の専門医管理システム上で研修実績が承認済み
- 専門医認定料を支払っている
総合診療の専門知識は以下の6領域で構成されます。
- 患者の家族や地域社会、文化なども踏まえた全人的な理解
- 患者の多様な症状に対する診断や複数疾患の管理・予防医療まで、患者との信頼関係を通じて一貫性をもって提供する包括的なアプローチ
- 地域の多職種との連携とリーダーシップの発揮
- 地域包括ケアを推進する者として保健・医療・介護・福祉事業への積極的な参画
- 外来・救急・病棟・在宅など、各現場のニーズに対応して自ら学習・変容する能力
- 臨床疫学的知見を基盤としながらも、重大あるいは緊急な病態に注意した推論を実践する
総合診療の専門技能は以下の5領域で構成されています。
- 多様な総合診療の現場における一般的な診察や検査、治療の技術
- 患者との信頼関係を構築できる円滑なコミュニケーション技法
- 速やかに情報提供することができる能力
- 生涯学習のために、情報技術の習得や地域ニーズに適した技能の習得
- 診療所や中小病院において基本的な医療機器や人材などの管理、リーダーシップを提供しチームの力を発揮させる能力
参照:日本専門医機構「総合診療専門医の認定・更新」
参照:日本専門医機構「総合診療専門研修プログラム整備基準」
参照:一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会|新・家庭医療専門医制度
7.総合診療医のキャリア例
総合診療医は、総合診療専門医の資格を取得後、以下のキャリアパスがあります。
- 新・家庭医療専門医……国際標準の高い専門性と学術性を備えた家庭医
- 病院総合診療専門医……病院で高い総合診療能力を発揮する病院総合医
- 他のサブスペシャリティ専門医……在宅医療・緩和など、特定の領域を深めた医師
新・家庭医療専門医はWONCA(世界家庭医機構) による国際認証を取得しています。国際標準のトレーニングを受けた医師であることが公的に証明されます。
具体的なキャリアパスは以下のとおりです。
- 地域の診療所で全年齢層を対象とした包括的・継続的な医療を提供する中核メンバーとして活躍
- 中小病院で幅広い外来・救急・入院治療を提供
- 地域包括ケア病棟において在宅支援ベッドの運用や、ポストアキュートのケアを提供
- 診断困難例の診療や複数の健康問題を抱える患者のケア
- 地域医療の窓口として必要に応じて専門医と連携する
- 教育研究機関で後進の教育に当たる
総合診療医全体の勤務先についても詳しく見ていきましょう。
- 地域の診療所
- 地方の病院
- 地方の介護施設
- 総合病院
- スポーツドクター
- 行政、地域包括ケアセンター など
参照:一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会|新・家庭医療専門医制度
8.総合診療医の今後の課題
総合診療医は今後ますますニーズが高まる一方で、十分な人数を確保できていません。総合診療専門医の道を選んだ医師は、2018年は184人と全専攻医のわずか2.2%、2019年においても2.1%でした。これには、へき地への一定期間の勤務義務や医師像が定まらないことが要因と考えられています。特に、総合診療医のロールモデルとの接点が少ないことで、将来像をイメージできないことが大きいといえるでしょう。
今後は、総合診療医のロールモデルを発掘するとともに、若い世代の医師との接点を増やす取り組みが必要とされています。
参照:岩手医誌「総合診療医の役割と今後の展望」
9.まとめ
総合診療医は、幅広い診療科目の知識を持つことで地域包括ケアを推進する担い手として貢献することが期待されています。今後、ますます加速する超高齢化社会を支える重要な役割として注目されている存在です。
本記事では、総合診療医の役割や注目されている背景、メリット・デメリット、キャリアなどについてご紹介させていただきました。地域医療の窓口としての役割を持つとともに、幅広い医療ニーズに対応できる総合診療医について理解し、今後のキャリアや将来像をイメージすることが大切です。