医師は、病気やけがを検査・治療をしますが、仕事としてはそれだけではありません。
時には、様々な理由で完治が見込めない患者と向き合わなければならない場面もあります。そのような患者と向き合う業務を担当する医師の中には「緩和ケア」を専門としている人もいます。
「緩和ケアを行う医師は、どのような業務をしているのだろう」
「緩和ケアを専門にして仕事をするには、どうしたらいいのだろうか」
この記事では、緩和ケアを担当する医師の業務内容や資格取得方法、緩和ケア認定医の転職動向まで解説します。
目次
1.緩和ケアとは何か?
緩和ケアは、様々ながんの終末期となった患者が残りの時間を可能な限り苦痛なく、快適に過ごせるようにサポートする医療のことです。医療現場でもよく使われるようになった言葉ですが、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上を目指す緩和医療の取り組みとされています。
日本は、海外に比べると治療を優先し、緩和ケア分野の発展に力を入れてこなかった歴史があります。決して十分とは言えなかった日本の終末期医療や福祉の各専門分野それぞれで対応していくのではなく、分野を超えたチームとして緩和医療を確立させることを目的に、1996年「特定非営利活動法人日本緩和医療学会」が設立されました。
以後、医療機関では緩和ケアの重要性が認識されつつあり、少しずつ緩和ケア病棟なども増えています。
2.緩和ケア認定医の仕事内容
緩和ケア認定医は、患者が抱えている「がんによるさまざまなつらさ」をやわらげ、その人らしく生活できるように処置を行います。基本的には「がん患者」とされており、その他の病気や疾患を持つ患者は含まれないことが一般的です。
がん治療や病状進行による痛み・吐き気・息苦しさ・だるさ・疲れ・不眠といった身体的な症状だけを取り除いたり、やわらげたりするだけではありません。病気による外見的な変化や気持ちの変化・不安・恐怖などの精神的ケア、家族や仕事などに対する環境的な不安も含めてフォローします。治療のような身体的機能の改善に特化したアプローチではなく、メンタル・生活環境も含めた総合的なケアが仕事です。
ただ、緩和ケアと言っても勤務する病院の規模や形態・医療機関の方針によって、どんな部分に力点を置いているかは少しずつ違います。
時には、緩和ケアの資格を持った看護師やソーシャルケアワーカーなど他の分野の専門家と連携し、チームで対応することも珍しくありません。患者の不安に耳を傾け、しっかりと寄り添ったコミュニケーションが取れること、他の専門家と一緒にチームを組むことが多いので柔軟な対応を求められることが多いでしょう。
3.緩和ケアを行っている場所や診療形態
全国にあるがん診療連携拠点病院では、通院でも入院でも受けることが可能です。
がん診療連携拠点病院は、厚生労働省のホームページによると「全国どこでも質の高いがん医療を提供することができるよう、全国にがん診療連携拠点病院を456 箇所(都道府県がん診療連携拠点病院51 箇所(うち、2箇所が(特例型))、地域がん診療連携拠点病院357箇所(うち、24 箇所が(特例型))、特定領域がん診療連携拠点病院1箇所、地域がん診療病院47 箇所(うち、6箇所が(特例型)))指定しています(令和5年4月1日現在)」となっています。
また、がん診療連携拠点病院以外の病院や自宅でも訪問診療として受けることができます。主に緩和ケアに対応している診療形態や場所を紹介します。
3-1.通院の場合
がん治療で通院している一般外来で、その治療を受ける中で起こりうる身体的なつらさや不快感を和らげるために、治療を担当している主治医や看護師から緩和ケアを受けます。必ずしも、緩和ケア認定医が担当するとは限りません。必要に応じて、ソーシャルワーカーや介護士など他の専門職による支援を受けることもあります。
「緩和ケア外来」を掲げているところでは、緩和ケアについての専門的知識をもった医師・看護師が常駐していて、対応するのが一般的です。
また、入院中に緩和ケアを受けていた患者が、退院後継続して緩和ケア外来を受診するケースも珍しくありません。病院によっては、緩和ケア外来があるところとないところがあるため、入院中に担当医と相談し、退院後に通院できるよう備える患者もいます。
3-2.入院の場合
入院中に緩和ケアを受けるケースは大きく2つに分かれます。
・がんの治療(手術・薬物治療・放射線治療など)のために入院する一般病棟
一般病棟で、がんまたはがんの治療によるつらさを和らげるためのケアを受けます。緩和ケア認定医が対応するよりも、治療を担当する主治医による対応が多くなります。精神的なケアまでは手が回らないケースもあり、緩和ケア認定医がいるかどうかによっても対応が変わるケースがあるようです。
・緩和ケアに特化した病棟
がんの完治を目標にした治療ではなく、がんの進行などに伴う身体や心のつらさに対する専門的な緩和ケアを受けます。患者ががんとうまく共存できるようにするイメージです。
特に、緩和ケア病棟は日常生活に近い暮らしができるように作られた病棟が多く、共用のキッチンや談話室などコミュニケーションを取りやすい施設が備え付けられている場合もあります。
また、患者同士の交流会や季節のイベントなどが催されることが多く、家族などの親しい人と一緒にイベントを楽しむことも珍しくありません。
入院での緩和ケアによって身体や心のつらさが和らいだ患者は、退院して自宅に戻り、引き続き通院や在宅療養で対応することもあります。緩和ケア病棟に入院を希望する患者も増加傾向で、病院によっては空きを待つ患者が待機しているケースも見受けられます。
3-3.在宅療養(訪問医師)
医師の定期的な訪問診療を通じて、患者本人の生活に合わせ、病院と同じような緩和ケアを受けることができます。患者にとっては、住み慣れた環境で緩和ケアを受けられるのは、精神的にも安定しやすいという大きなメリットがあります。
訪問診療を行う医師は、必然的に訪問診療を担当している患者の最期に立ち会う「看取り」の機会が増えるでしょう。病院の入院病棟でも患者の看取りはありますが、当直医師が担当することが多く、在宅療養ほどの機会がないケースが大半です。
政府も、緩和ケアに限らず在宅療養を推進する方針を取っています。ぜひ、今後の動向に注目してみてはいかがでしょうか。
3-4.ホスピス
日本では決して数が多いとは言えませんが、ホスピスもあります。1967年にシシリー・ソンダース博士によってつくられたロンドン郊外の「聖クリストファー・ホスピス」が世界初のホスピスです。
主にがんの終末期患者の身体的・精神的な苦痛を、看護師などそれぞれの専門家とチームを組んでケアしていこうと取り組んでいます。がんのつらさや痛みを取り除くだけでなく、精神的な心のケアにも重点的に取り組んでいます。病院との一番の違いは、治療や延命はおこなわず、患者の苦痛を和らげることに特化していることです。
日本でも、数は多くありませんがキリスト教系の病院などがホスピスを運営しています。
4.緩和ケア認定医になるための要件・資格
日本緩和医療学会のホームページより要件を抜粋すると、
・医師免許を持ち、初期研修を含めて7年以上の臨床経験がある
・専門的緩和ケアの現場(緩和ケア病棟・病床、緩和ケアチーム、在宅緩和ケア)で6ヶ月以上の臨床経験を積み、かつ同現場で同期間内に50例の症例を担当した者
・本学会主催の学術大会に1 回以上参加し、本学会主催の教育セミナーを1 回以上受講している
・緩和ケア研修会(PEACE project)または、指導者研修会を修了していること
・申請時点で2 年以上継続して本学会員であり、当該年度の会費を納めている
などがあります。
単純に診療科でがんの治療実績を持っているだけでは、認定医取得の資格を満たすことはできません。十分な緩和ケアの臨床経験を積んだうえで、日本緩和医療学会のセミナーに参加し、研修修了が必要となります。
5.緩和ケアをするうえで持っておいたほうがいい経験や知識
緩和ケア認定医を目指すために、持っておいた方がいい経験や知識について説明します。
5-1.がん治療の豊富な経験と最新情報
診療科での十分ながん治療経験は必須です。手術や薬物治療・放射線治療の過程で、患者がどのようなことに身体的・精神的な苦痛を感じるのか、経過から予測される対応としてどんなことができるのかを知っておかなければ患者に十分な緩和ケアをすることはできないでしょう。
また、治療法などは日進月歩です。最新情報を取り入れ、患者により合った緩和ケアをするためにも情報収集を怠らない姿勢が必要ではないでしょうか。
5-2.がん患者の看取り経験やグリーフケアの知識
がん患者の看取り経験も必要です。緩和ケアは、がんを治そうと治療するものではありません。患者が残りの時間をできる限り苦痛なく、幸せに過ごせるようにするケアです。一般病棟のように、元気になって退院していくケースとは対応が違います。
必然的に、一般病棟で治療に当たるよりも、患者の最期に立ち会うケースが多くなります。その際、患者の家族とも接する機会も増えるでしょう。
グリーフケアとは、死別によって深い悲しみの中にいる家族をサポートするためのもので、緩和ケア病棟で支援体制を敷いている病院もあります。「grief(グリーフ)」は、悲しみや深い悲嘆という意味を持っています。残された患者の家族に対するグリーフケアの知識を持っておくことも、より良い緩和ケアを行うためには欠かせない知識だと言えます。
5-3.介護や福祉サービスの基礎知識
在宅医療となった場合は、介護や各種福祉サービスとの連携が必要になるケースもあります。
看護師・介護士・ソーシャルワーカー・ケアマネージャーと一緒に、患者がよりよい生活を送れるように環境を整えることを求められる場面があるからです。
介護や福祉サービスについては、高齢者の増加によって適宜制度改正が入るなど法律の変化もあります。それぞれの専門家に任せればいい分野ではありますが、緩和ケアをおこなう上で知っておくと、より患者に寄り添った細やかな対応ができるのではないでしょうか。
大まかな動向を掴んでおくだけでも、現場で対応する際に役立ちます。ぜひ情報を集めてみてください。
6.緩和ケア認定医の転職動向
緩和ケア認定医は、現在社会的ニーズが大幅に高まっている状態です。平均寿命の延長や、高齢化によってがん患者は増加傾向にあります。
厚生労働省「令和3年(2021)人口動態統計(確定数)/ 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)では、がん患者死亡数が2020年37万8,385人、2021年38万1,505人と年々増加しています。がん患者死亡者数の増加から、がん患者数も増加していると推測できます。
また、国立研究開発法人科学技術振興機構(J-STAGE)_日本建築学会技術報告集 第26巻 第64号によると、緩和ケア病棟は増加傾向にあることがわかります。
求人数も伸びているので、比較的転職しやすい状態となっています。
さまざまな診療科(循環器内科、外科、麻酔科など)の診療経験を活かしたいと考える医師が転職する傾向があります。それぞれの診療科の経験をベースに、患者一人一人に寄り添った対応をしたいという志を持った医師が多くいらっしゃいます。
ただし、緩和ケアは基本的に「治す医療」ではありません。患者の最期に向き合う機会は一般病棟で勤務する場合より格段に増えますので、患者や残される家族に対しての向き合い方は他科とは違うことに注意が必要かもしれません。
今後は在宅での看取りが増えると予想され、訪問医療で緩和ケアを担う医師が重宝される可能性が高いでしょう。
「地域包括ケアシステムの中でいかに医師として機能することができるか」という視点を持った仕事が求められると予測されています。
〇参照:厚生労働省「令和3年(2021)人口動態統計(確定数)/ 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)」
〇参照:国立研究開発法人科学技術振興機構(J-STAGE)_日本建築学会技術報告集 第26巻 第64号
7.まとめ
緩和ケアを担当する医師の仕事内容や求められている職場、資格要件・転職事情まで解説してきました。
治療とは違う一面を持った緩和ケアですが、患者と向き合うという意味では変わりません。自分らしく働くための選択の一助となれば幸いです。