船で医療に携わる医師は何をするのか?役割や働き方について徹底解説

船 医療 医師

医師が活躍する場所は、病院などの臨床現場や企業だけではありません。
日本ではこれまで有用性を見出されながら、なかなか実現に至らなかった病院船が、ついに日本近海で展開されることが2024年5月24日の会見で閣議決定されたことが発表されました。
その影響もあり、今後、船を利用した医療の可能性についてより注目が高まっていくことが予測されます。

この記事では病院船だけでなく、離島に住む人々の健康を支える診療船や、船上で健康管理・指導・診療を行う船医など、船に乗って医療を行う現場について解説します。

1.船で働く医師とは?

船で働く医師は、大きく2つに分けられます。
まず、1つ目は医師が常駐していない離島や脆弱な地域に対して医療を提供する場合です。次に、船医と呼ばれ、長期渡航を行う船に乗り、乗客や従業員の健康管理のために診療や治療を行う場合です。それぞれのケースについて紹介します。

1-1.対象地域に向けて医療を提供するために船に乗る

離島などの地域では、都市部よりも人口減と高齢化が進行しており、医療体制が盤石とは言えない状況です。
医師が常駐していても小さな診療所だけしかないケースも多く、島民が必要とする医療を提供するのが困難な現実があります。
そうした地域に対して各診療科の医師が定期的に船で巡回し、対象地域に医療を提供します。

また、新たな感染症や大規模災害時にその対象地域に赴き医療提供を行うこともあります。

1-2.渡航期間中に乗船している人々の健康や診療を行う(船医)

様々な物資の運搬や調査船、遠洋漁業などで長期間の航海に従事する乗組員や、クルーズ船などの長期に及ぶ船旅を楽しむ乗客の健康を守り、必要な診療を行う必要があります。
船上で発生する様々な怪我や病気に対する治療を行い、重症者が発生した時は最寄りの港に寄港して医療機関と連携するほか、ドクターヘリを手配するなどの判断も行います。

2.注目の集まる医療資源を届ける船

近年、医療資源を届ける手段として「病院船」や「診療船」と呼ばれる船が活躍し、注目を集めています。本章では、それぞれの違いと事例を解説します。

2-1.病院船とは?

病院船は、医療活動ができる設備・機能を持った船です。
主に戦争や紛争時、災害時には多目的船と呼ばれることもあります。
海外では、戦争や紛争時に自国の兵士や捕虜を収容し、治療する目的があることから各国の海軍が保有し、運用するケースが大半です。
場合によっては、政府や国際機関に属さない民間組織であるNGO団体や国際赤十字社が持つ病院船を臨時的に運用するケースもあります。
珍しいケースではスペインでは遠洋漁業の従事者の応急手当を目的としているため雇用・社会保険省が保有・運用しています。
日本でも、病院船の運用が正式に決定され、今後運用されていく予定です。

・アメリカの事例

アメリカでは、海軍が「マーシー」「コンフォート」という大型の病院船を保有しています。1000床以上のベッドや12ものオペが可能な手術室、CT撮影設備などを備えており、日本の緊急医療を行う病院と遜色ない規模を持っていることが特徴です。
新型コロナウイルスの際は、各地の医療機関が医療崩壊するのを防ぐために、病院としての機能を発揮したほか、人道的な理由や災害支援の観点から海外への派遣実績も持ちます。
「マーシー」は2004年に東南アジアで発生した津波の被災者救援の実績、「コンフォート」は2010年に発生したハイチ地震の後に派遣され、被災者救援を行いました。

さらに、2024年2月のニュースによるとアメリカ海軍はオーストラリアの造船企業の米国子会社「オースタルUSA」へより機動力の高い病院船である遠征医療船(EMS)3隻を注文しています。総額8億6760億ドル(日本円で約1260億円)の契約で1番船の引き渡しは2026年12月を予定しているそうです。

・日本の事例

日本では、第二次世界大戦までは病院船がありました。しかし、戦後は、一転運用されなくなります。
日本は地震をはじめとする災害リスクが高いことなどを踏まえ、大規模災害が起きるたびに導入が検討されながら、立ち消えになるということを繰り返してきました。
東日本大震災の事例や、近い将来高い確率で発生すると予想される南海トラフ地震などもあり、ついに2025年度中の運用開始を目指す方針が示されました。日本近海で「病院船」が展開される見込みとなります。

参照:厚生労働省「病院船の活用に関する調査・検討事業 報告書」
参照:空飛ぶ捜索医療団ARROWS「【災害時の未治療死を減らす取り組み】病院船の行方~現状と課題~」
参照:船舶活用医療推進本部事務局 「船舶活用医療に関する これまでの検討状況について」

2-2.診療船とは?

診療船は、離島などの医療資源が脆弱な地域に対して診察や治療可能な設備を有した船で定期的に巡回し、人々の健康を守る支援をする船です。
実際に瀬戸内海にある各島を定期的に巡回する「済生丸」という診療船が運用されています。

・済生丸の活動(診療・検診項目など) 

診療船である済生丸は、瀬戸内海に点在している岡山県、広島県、香川県、・愛媛県の4県の済生会病院が共同で運用しています。
年度によって各島の訪問頻度は変わりますが1962年から60年以上も続けてきました。2022年度は岡山県 10島(13カ所)、広島県 12島1地区(19カ所)、香川県 18島(25カ所)、愛媛県 20島(23カ所)の巡回診療を行っています。

各島に対する巡回の頻度は年に1~数回ですが、船内には待機室や診察室をはじめ、処置室まであり、様々な病状や複合的な症状すべてに対応するための充実した設備が備えられています。
他にも、健康診断や栄養指導、自治体や島民の要望を取り入れたがん検診、血液検査、X線検査、マンモグラフィ検査なども取り入れており、簡単に大きな病院へ行くことが難しい島民にとって充実した医療を提供しています。

これらの設備と、長年続けてきた離島医療の積み重ねによって、島民に安心と健康維持、一定の医療水準が提供できていると言えるでしょう。
巡回検診で、島民の健康が維持できるようにし、再検査等が必要になった場合は各地の済生会病院での検査ができるよう連携されているのも特徴です。

・診療船での働き方

済生丸では、巡回する島に近い県の済生会病院が担当します。
船が1年で訪れる場所は60島1地区(80カ所)と多く、月内数日間の停泊を除くと、船はほぼ毎日運航しており、数十分~数時間かけての航海移動も行うなど、フル稼働しています。
一人の医療従事者の乗船頻度は当番制となっているため数か月に一度程度です。日頃は各済生会病院で勤務しています。
乗船するのは、船を運行する乗組員をはじめ医師、看護師、放射線技師、臨床検査技師、事務員だけでなく、時には保健師や栄養士、理学療法士、MSWなどが加わる場合もあり、チームで業務を行います。
島での診療は島民の数によって変わります。数十人の島民であれば午前中で診療が終わるケースもありますが、数千人の島民となれば数日間留まって診療を行うこともあり、訪問する地区に合わせて柔軟な対応をしています。

参照:「瀬戸内海巡回診療船 済生丸」
参照:えぷりweb「瀬戸内海の診療船「済生丸」。離島の健康を支える動く医療機関【社会福祉法人恩賜財団 済生会松山病院】

3.船医とは

船医は、世界一周ツアーを行う大型客船や気象庁や海上保安庁・自衛隊などの各省庁が保有する船や民間も含めた各種調査船、遠洋漁業やタンカーのように長期間の航海が必要となる船などに乗り込み、渡航期間中の船員や乗客の健康管理・指導・診療を行います。
基本的には、船上で発生したケガや突発的な病気全般への対応が必要になります。

3-1.船医の年収

船医の年収は、医師免許を取ってからの年数やキャリア、経験値によって変わるため一概には言えません。
ただ、過去に出ていた調査捕鯨船の求人では1600万以上、気象庁の海洋気象観測船では、専門分野は不問、乗船期間は1か月半ほどで、日額32,304円~となっていました。
2024年8月時点で求人を確認したところ、大型客船(プリンセス・クルーズ)での船医募集では、月給1,345,000円~、想定年収8,000,000円~となっていました。医師免許取得後3年以上の実務経験や救急医療の経験や、英語での医療業務が求められています。約4か月間の乗船中は毎日勤務となり、その後約2か月間の休暇をはさみ、再度乗船するという流れが多いようです。

3-2.船医が活躍する場所

大型客船

世界一周などのクルーズ船では、乗客や乗務員は長期間船上での生活を送ります。
船医は、乗客や乗組員の健康管理、診察や治療に対応するために主要診療科の医師1~2名程度乗船していることが多いようです。ほかに看護師も乗船し、メディカルセンターとして常勤し、船上で起こるあらゆる怪我や病気に対応します。
重篤な患者が出た場合は、近くの寄港地で連携するか、ドクターヘリを要請するか判断することもあります。

各種調査船など

国や民間が行う捕鯨調査や、南極観測船などの調査船に同乗します。
調査内容などにもよりますが、長い場合は半年~1年という長期にわたるケースもあり、乗組員の健康管理が求められます。

漁船・タンカーなどの貨物船

漁船の場合は遠洋漁業などで船上生活が長期にわたり、タンカーや貨物船の場合も航路によって数カ月にわたる航海を要します。
大型船になると数百人の乗組員がいることもあり、彼らの健康を一人または交代要員も含めると数名の船医で対応するのが一般的です。

3₋3.船医として働くには

気象庁などの国の募集か、クルーズ船などを運航している会社のホームページで探すことが基本となります。
船医の求人自体非常に少なく、非常勤として募集されるケースも多いため、安定して勤務するというよりは必要な時のみ募集し、採用されることになるでしょう。

参照:気象庁「令和2年度船医募集のお知らせ」
参照:株式会社カーニバル・ジャパン「プリンセス・クルーズ 採用情報」

4.船医として働く方の声

実際に船医として働いた経験のある方の声を紹介します。

4-1.客船の経験

ある臨床医は数百名~千人規模の乗客がいる客船に乗船し、数カ月から1年程度かけて世界各地を巡る旅を楽しんでいます。それに加え、乗組員も含めた人々の健康管理と診察・治療を担当するのが仕事です。
医療スタッフは看護師も乗船していますが、医師は1人か多くても2人で、24時間受付で対応します。
重症患者が出た時に、近くの寄港地の病院と連携したり、ドクターヘリを要請したりすることもあり、全ての判断を自分で行う責任が伴います。

臨床医として働くことを考えた時、「海外で医師として仕事をしたい」という気持ちを持っていたところ、米国のクルーズ会社の求人を友人から紹介され「これだ!」とすぐに応募したそうです。
世界を巡るクルーズ船内では英語が公用語となっており、まさに海外と同じ環境です。緊急対応と様々な疾患への対応、両方のスキルが求められる点も、麻酔科医と総合内科医の経験がいかせるうってつけの環境だと感じたとのことです。

また、クルーズ船旅行には社会的意義があると言います。持病を持ったお客様が途中下船するという経験をした際には、それでも楽しまれていたお客様の顔を見て、「持病があるけど旅行をしたい」という希望を叶えるという面で有意義さがあるのではないかと感じたそうです。

参照:岩本 修一「医療のギャップを埋めたい~究極の総合医、“船医”を経て~」

4-2.調査船の経験

調査船での仕事は数百人の乗組員たちの健康を一手に引き受けるため、重圧もありますがさほど忙しくないのが特徴です。
普段は見ることのできない現場を垣間見ることがでるだけでなく、なかなか募集もないため、好奇心が強い方にとってチャンスがあれば一度挑戦してみるのもおすすめな仕事です。

ある医師は船医になるのが夢で、運よく気象庁調査船船医の募集があり、約2か月従事することが叶いました。
出航期間に応じた契約となるため、子どもを持った医師が働く現場というよりは年齢と経験を重ねたベテラン医師の方が向いていると感じたそうです。
乗船していた約2か月間で幸い重篤な疾患は発生せず、乗船前は怪我・外傷が多いだろうと予測していましたが数は意外と少ないようです。

実際には、筋・関節疾患、眼疾患が6例ずつ、胃腸炎、感冒、皮疹・湿疹、口内炎がそれぞれ5例ずつでした。疲労、ストレスが原因と思われる感冒・口内炎や、油断からくる打撲などは航海の後半に集中しており、ミクロネシア、パラオの寄港地における疾患は少なく感じた一方で、クラゲ刺傷や虫刺されなどが散見されました。
日本では様々な災害が発生しますが、気象庁調査船に同乗したことで気象庁が普段から多くのデータを収集、分析していることが予測や研究に役立っているという一面を知ることができたそうです。
海洋調査の重要性を認識すると同時に、船医として乗組員の健康管理にどう関わればいいのかを考える良い経験になったとのことです。

参照:長岡市医師会会報 ぼん・じゅ~る「磯部賢諭(生協こどもクリニック)海洋調査船 船医の経験」

5.まとめ

以上、この記事では船上で働く医師の役割や活躍する場所、求められるスキルなどを解説しました。
幅広い経験とスキルが求められると同時に、病院やクリニック(診療所)とはまた違った環境で働くことで視野が広がり、やりがいを感じられるフィールドでもあります。
今後、日本でも注目度が高まると予測される船医という働き方についての理解が深まれば幸いです。