プラネタリーヘルスの医療とは?人と地球の健康を守る新時代の概念

プラネタリーヘルス 医療

SDGsが浸透することにより、地球環境の変化が私たちの健康に与える影響を解明する概念「プラネタリーヘルス」が注目されています。

医療分野でも地球環境との関連性を考慮した対策が求められており、特に2015年に掲げられたSDGsと同年に採択されたパリ協定や、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、日本でもプラネタリーヘルスに着目した活動が行われています。

そこでこの記事では、プラネタリーヘルスとは何か、基本情報から医師や医学生が知っておきたいポイントに触れた上で、私たち一人ひとりが取り組める具体的な行動について紹介します。

1.プラネタリーヘルスとは

プラネタリーヘルスとは、「地球(生態系)の健康」と「人間(と文化)の健康」が独立したものではなく、相互依存的に影響し合う関係にあることを前提に、そのメカニズムを解明し、共存を目指す概念です。

例えば、地球温暖化による気温変動で海水温が上昇し、赤道付近の魚類が海水温の低い北側に移動します。その結果、移動してしまった魚類を頼りにしていた赤道付近の人々の健康が脅かされてしまいます。また、熱中症や暑熱関連による健康被害や自然災害が増えることでのメンタルヘルス問題などが考えられます。

このように地球環境の変化が人間の健康に影響を及ぼすことを考慮し、地球環境の健康を追求していくことがプラネタリーヘルスを考える上での視点として重要になります。

1-1.プラネタリーヘルスのはじまり

プラネタリーヘルスは、ロックフェラー財団と医学雑誌「Lancet」が共同委員会を立ち上げ、2015年に報告書を発表することで提唱されました。 報告書では気候変動や環境汚染、種の絶滅・減少、人口増加に伴う天然資源の枯渇といった世界中の人々の健康の脅威について取りまとめています。

報告書を発表した翌年の2016年には、グローバル規模でプラネタリーヘルスを推進する中核的拠点としてPlanetary Health Alliance (PHA)が発足し、行政や研究・教育分野で急速に認知度が高まりました。

日本でも学術関係者を中心にPlanetary Health Alliance日本ハブが組織化され、国や自治体、大学などで地球と人類の健康が相互依存しているというプラネタリーヘルスの認識が広がり、持続可能な未来への取り組みが加速しています。

参照:【HGPI政策コラム】(No.28)-プラネタリーヘルス政策チームより-第1回:今、私たちがプラネタリーヘルスに取り組む理由とその歴史的背景ー – 日本医療政策機構

1-2.プラネタリーヘルスとSDGsの違い

プラネタリーヘルスとSDGs(持続可能な開発目標)は、地球と人類の健康に配慮していく方向性では共通しているものの具体的なアプローチに違いがあります。

プラネタリーヘルス 医療

SDGsは、17の目標に分かれており、さらに目標を経済・社会・自然資本の3つの層に分類しています。上層は経済、中層は社会、下層は自然資本とされています。

SDGsでは、それぞれの目標や層のみで持続可能性を議論されることが多いです。しかし、プラネタリーヘルスは、上層・中層の「人間の健康」の持続性を維持するためには、下層の「地球の健康」の持続性を同時に保つことが必要とされています。そのため、プラネタリーヘルスはSDGsとは異なり、人類の健康と地球の健康との関係性に着目し、両者の相互作用を重視しています。

そして、SDGsの目指す2030年を超えて、さらに長期的な視野で地球と人類の健康の持続可能性を追求しています。

参照:SDGs CLUB _日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)
参照:【開催報告】第107回HGPIセミナー「プラネタリーヘルスとはなにか~考え方と今後の課題~」(2022年9月5日) – 日本医療政策機構

2.プラネタリーヘルスが“いま”重要な理由

なぜプラネタリーヘルスの重要性が高まっているのでしょうか。

下記で、プラネタリーヘルスが注目する地球と人類の健康問題や、医師の問題意識について紹介します。

2-1.気候変動と健康の密接な関係 

産業革命以降の人類の経済活動により自然環境に負荷を与えた結果、世界規模の気候変動が生じ、直接的にも間接的にも人間の健康に悪影響を及ぼしています。例えば、災害や異常気象が増加することで感染症の拡大、食糧不足、メンタル疾患などがグローバルな問題になっているのはよく知られているところです。SDGsによる持続可能な未来を目指す上で、人類が自然環境との調和を図り、地球全体の健康を守る重要性が高まっています。

一例として、2023年にカナダのケベック州で発生した山火事があります。アメリカ東海岸にまで煙が拡散した結果、周辺の大気汚染が悪化しました。今後、地球温暖化によってこうした山火事が頻発し、放出される微粒子を原因とする呼吸器系疾患が増加する恐れがあります。このような気候変動による健康被害は、呼吸器系疾患にとどまらず、自身の家を失うことによる精神疾患リスクの増加や熱中症、媒介動物感染症(マダニ感染症など)の罹患リスクの増大等。様々な被害がある可能性があります。

参照:【開催報告】第107回HGPIセミナー「プラネタリーヘルスとはなにか~考え方と今後の課題~」(2022年9月5日) – 日本医療政策機構
参照:弁護士がプラネタリーヘルスに出会った 地球と健康を結ぶ新たな視点|朝日新聞デジタル
参照:Intense smoke fills NYC and forces a ‘code red’ in Philadelphia as millions from the East Coast to Canada suffer from Quebec’s wildfires|CNN

2-2.医師とプラネタリーヘルス

日本医療政策機構と東京大学SPRING GX発表の「日本の医師を対象とした気候変動と健康に関する調査」によると、78.1%の医師が気候変動が人々の健康に影響を与えていると感じ、51.5%が自分の診療分野の患者にも影響があると回答しました。日本の医師の多くが、気候変動が健康に及ぼす影響を認識していることを明らかにしています。

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ただ、気候変動が異常気象や熱関連疾患、節足動物媒介感染症に大きな影響があると考えているものの「プラネタリーヘルス」という言葉を知っている医師は18.2%に留まっているのが現状です。

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医師の間で、気候変動と健康に関する教育は限られています。医学部在学中に該当分野の講義を受けたことがある医師は6.5%、専門的な研修を受けたことがある医師は11.6%に過ぎません。

一方で、医師の約70%は、より環境負荷が低く、持続可能性に配慮した製品・設備を選びたいと考えています。患者に対して気候変動と健康についての啓発を行うべきとの回答も56.7%に上っています。しかし、現場で具体的な行動に移したくても、医師側の情報不足や知識不足、時間不足が主な行動障壁として挙げられており、今後の課題と言えるでしょう。

参照:【調査報告】 日本の医師を対象とした気候変動と健康に関する調査(2023年12月3日) – 日本医療政策機構

3.プラネタリーヘルスの課題と今後

プラネタリーヘルスでは多分野と連携した上で新たなアプローチが必要なため、医師や現場には多くの課題が存在します。

現状の課題を乗り越え、持続可能な環境と健康を両立するために今後どのような取り組みが必要かを紹介します。

3-1.プラネタリーヘルスの課題とは?

プラネタリーヘルスを推進する際には、医師が果たす役割が非常に重要です。世界的に見て、現代の主要な健康課題は非感染性疾患(NCDs)にシフトしており、医療だけでなく予防医学の視点も必要となっています。そのため、医療現場はもとより医学や薬学、看護学、その他、健康増進には産官学を巻き込む多角的なアプローチが必要です。医療からの介入だけでなく、多様な分野・組織で診療スキルや臨床経験といった専門性を活かせる医師が求められます。また、医師はもちろんのこと看護師をはじめコメディカルに対し、プラネタリーヘルスの視点を持った次世代の教育も重要です。

参照:「Planetary Healthに関する取り組み事例と日本に向けた示唆」|三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株) Center on Global Health Architecture 

3-2.医師としてできること

医師がプラネタリーヘルスの理念を取り入れることで、患者の病気を治すという点のみに着目するのではなく、患者を取り巻く地域社会や自然の保護など、視野を広げてアプローチすることが可能になります。

例えば、中山間地域の健康や文化を支える里山の自然や社会資源の保全活動に携わったり、病院内でのリサイクルやエネルギー効率の高い機器の導入を推進したりといった具体的行動が考えられます。また、公衆衛生の視点を取り入れることで疾病予防と健康増進のための地域や社会全体へのアプローチにも関わることができ、医師のキャリアパスにおいても重要な価値をもたらすでしょう。

これからの医師は医療業界が与える環境負荷の低減に取り組み、次世代の健康を守る取り組みも期待されています。

参照:特別寄稿 医師とプラネタリーヘルス | 日医on-line

4.プラネタリーヘルスの日本での取り組み

プラネタリーヘルスの推進に向けた取り組みが見られます。

4-1.医療業界での取り組み

医師やコメディカルの動きでは、2022年9月にプライマリ・ケア領域の医師や薬剤師、専門医、医学生が参加するプラネタリーヘルスワーキンググループが設立され、勉強会や情報交換がスタートしました。

また、2020年8月「Planetary Health Alliance(PHA)」に加盟し、社会への啓発活動も積極的に行っている長崎大学が注目されています。長崎大学では2021年度から全学部の新入生にプラネタリーヘルスの入門講義を必修化し、環境保全と健康増進の重要性を学生に教育しています。長崎大学のように、幕末までさかのぼる国内最古の医学教育で著名な高等教育機関がプラネタリーヘルスの理念を教育と社会啓発に取り入れることは、持続可能な未来に向けた重要な一歩を示すものと言えるでしょう。

参照:こんにちは、プラネタリーヘルスワーキンググループです! 日本プライマリ・ケア連合学会
参照:SDGsの一歩先へ。「プラネタリーヘルス」を掲げる長崎大の挑戦|朝日新聞デジタル

4-2.医学教育におけるプラネタリーヘルスの紹介

日本の医学教育においてもプラネタリーヘルスへの取り組みが強化されています。厚生労働省『医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)』によると「気候変動と医療」に関する必修項目が新たに加わり、医学部教育の段階で医療の視点から気候変動が人々の健康に及ぼす影響や自然災害での医師の役割を学ぶ機会が設けられました。また、国立環境研究所(NIES)と長崎大学(NU)は共同でプラネタリーヘルスに関する人材育成カリキュラムのコラボレーションを実施しています。

こうした国内の動きは、国連が推進するSDGsの17の目標の1つ「13.気候変動に具体的な対策を」が背景にあります。次世代の医師が気候変動と健康の関連性を理解し持続可能な医療を実現するため、現場レベルで具体的なアプローチに取り組むことが期待されています。

参照:医学教育モデル・コア・カリキュラム(令和4年度改訂版)』|厚生労働省
参照:プラネタリーヘルス -次の世代に地球を守るための協働| 地球環境研究センターニュース
参照:13.気候変動に具体的な対策を | SDGsクラブ | 日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)

5.まとめ

プラネタリーヘルスは、人間と地球の健康が相互依存する関係であると認識し、持続可能な医療と社会の実現を目指す概念です。気候変動が健康に与える影響を実感する医師が増えており、医療業界や医学教育ではプラネタリーヘルスの理念に基づいた取り組みが推進されています。

日本でも、医療の枠組みを超えた超学際的なアプローチや、医師による環境保護や公衆衛生の活動、持続可能な医療システムへの転換などを通じプラネタリーヘルスの理念を実現するための様々な活動が進展している状況です。今後の医療や社会、キャリア形成においてプラネタリーヘルスに関する具体的な活動がこれからの医師に求められています。