医師が活躍しているフィールドは、病院やクリニック、福祉施設、企業など様々です。中には、公衆衛生医師として保健所や市役所・都道府県庁に勤務し、地域の住民の健康や公衆衛生に関する業務に携わっている方もおられます。
「聞いたことはあるが、よく知らない」
「病院勤務とどう違い、どんな業務内容なのか知りたい」
今回は、公衆衛生医師の仕事内容・やりがいをはじめ、キャリアパスについて解説します。
目次
1.公衆衛生医師とは
公衆衛生医師について、厚生労働省のホームページには次のように記載されています。
「公衆衛生医師の仕事は、地域の住民全体の医療や健康レベルの維持向上のための仕組み・ルール・システムづくりなどを通じて、大きな達成感ややりがいを感じることができます。
携わる業務は、感染症、生活習慣病やがんの予防、母子保健、精神保健、難病、食品や環境などの生活衛生、医療・薬事といった事業や、地域包括ケア、健康危機管理など、多岐にわたり地域の人々の保健を支えています。」
公衆衛生医師は、地域住民の健康に関する施策をはじめとする様々な事業に関わります。病院やクリニックに勤める勤務医や企業に勤める産業医などとは携わる分野が異なります。
日本の公衆衛生は、明治~大正時代にかけて活躍した後藤新平が礎を築いたとされています。医学を勉強したのち、一度は患者を治療する道を選びますが、「個々の病人をなおすより、国をなおす医者になりたい」という信念をもって内務省衛生局に入り、ドイツ留学を経た後は、政治家としても活躍、行政の側面から公衆衛生行政に携わったことが現在の公衆衛生につながっています。
〇参照:全国保健所長会「公衆衛生医師とは」
〇参照:厚生労働省「公衆衛生医師(保健所等医師)確保について」
2.勤務先や仕事内容は?
公衆衛生医師の勤務先や具体的な仕事内容について解説します。
2⁻1.勤務先や一緒に働く仲間
・勤務先
地域にある保健所、または市役所や都道府県庁となります。公務員の中でも専門職として採用されますので、安定した環境で勤務できるのが特徴です。
全国の都道府県や、政令市・中核市は、地域保健法に基づき、保健所の設置が義務付けられています。この法律では、「保健所長は原則として医師であること」も定められています。
そのため、保健所を設置している全国の自治体では、保健所長をはじめとした地域保健分野に携わる医師を「公衆衛生医師」として採用しています。
・一緒に働く仲間
医療職と呼ばれる看護師や保健師をはじめ、管理栄養士・社会福祉士などの専門職、事務職など多くの職種の方たちと協力して業務を進めるのが基本です。
それぞれの立場から知見を持ち寄り、住民の健康に関する施策を考えたり、実行したりしています。
2⁻2.仕事内容
勤務先によって、少しずつ仕事内容が違います。保健所をはじめ、政令市などでは市民に身近な保健サービスを提供するための保健センターが設置されています。
都道府県では都道府県庁の医療・保健政策を担当する部門もあり、医師資格だけではなく、その知識や経験などを発揮できる場所が勤務先となります。
・都道府県型の保健所
感染症をはじめとする母子保健、生活習慣病、がん、難病、精神保健福祉、食品や環境などに関する生活衛生、医事・薬事など幅広い業務を中心に携わります。
近年では管轄地域内の病院や医師会、市町村、介護や福祉関係機関などの関係機関・団体との連携を通じて、地域の救急医療、災害医療、へき地医療、小児科・産科医療体制の整備、健康危機管理体制の整備、地域包括ケアシステムの推進等に関する調整など保健行政全体の施策立案にも関わり、「地域における健康や医療の課題解決に向けた連携・調整」に医師の専門的知見を活かすことができます。
・政令市、中核市型の保健所
都道府県型の保健所業務に加えて、市町村が実施主体となっている乳幼児健診やワクチン接種などの母子保健事業、特定健診や特定保健指導などの成人保健事業などの業務にも関わり、より広い視点で公衆衛生に携わることとになります。
・本庁と呼ばれる都道府県庁や市役所
感染症、精神保健福祉、生活習慣病、がん、難病など、それぞれの分野の事業に関する政策の立案から予算獲得・計画策定、システムづくりなどの業務だけでなく、地方議会で議員から受けた質問に対する答弁対応なども行っています。
〇参照:東京都保健医療局
3.公衆衛生医師の魅力・やりがい
公衆衛生医師の仕事の魅力・やりがいについて解説します。
3⁻1.地域住民の健康を守る
幅広い視点で、その地域に住む住民の健康にかかわる施策やシステム作り・運用を通じて貢献することができます。
医療機関に勤務する医師は、自身の診療科に基づいた診察・治療が仕事ですが、公衆衛生医師はより幅広い視点で携わり、がんや生活習慣病予防などの予防分野にも目を向けることが可能です。
3⁻2.当直やオンコール対応がない
当直やオンコールはありませんが、その地域で何らかの感染症などが流行した際は呼び出しが来て業務量が増えることもあります。
最近の事例では、新型コロナウイルスに関する対応が挙げられます。
ワクチン接種の計画立案・ワクチンの医療機関への配布・コロナ禍初期から中期にかけては感染者の入院先割り振りや感染者数の集計など、業務量の多さがニュースになりました。
世界的な流行となった新型コロナウイルスのような事例は、かなり特殊だと言えるでしょう。通常の範囲内であれば、呼び出しはほぼありません。
3⁻3.ワークライフバランスが取りやすい
基本的に、公務員の身分で採用されていますので残業代や休日・福利厚生などは一般職の公務員と同じように適用されます。
休日は関わる業務によって異なる場合もありますが、土日祝が休みになっています。休日出勤した場合は、平日に振替休日を取得することも可能です。
また、結婚や出産を考えている女性は産休・育休も取得しやすく、時短勤務制度なども整備されています。
医療機関に勤務している場合、勤務体系だけでなく、法律で定められた産休・育休制度があっても取得しづらかったり、仕事復帰しづらかったりすることもあるかもしれません。
医療機関で働く勤務医に比べ、ワークライフバランスがとりやすい環境が整備されています。
3⁻4.臨床医とは違った視点で地域に貢献できる
臨床医は、医療機関に何らかの不調を訴えてやってきた患者に対し、診察と治療を行います。公衆衛生医師は、医療機関のように患者が来院してくるのではなく、様々な施策を推進する立場として住民に関わることが多いでしょう。
具体的には、感染症対策や生活習慣病、難病、母子保健や歯科保険といった対人保健をはじめ、食品衛生や動物衛生に関わる対物保健、自然災害発生時などの健康危機管理拠点業務、様々な政策立案・施策推進などの企画調整業務と幅広い業務があります。
関わり方は大きく違うため、臨床医から転職してくる方の中には戸惑う方もいます。
しかし、どのような立ち位置であっても「医師として専門的知見を活用し、人々の健康のために貢献する」という点では同じです。
4.公衆衛生医師に必要な能力・スキル
公衆衛生医師に求められる能力・スキルについて解説します。
4-1.課題解決能力
公衆衛生医師は関わる分野が広い分、複合的な問題や課題が多くなります。臨床医とは違い、行政や学校・福祉など医学以外の分野とも関連していることが一般的です。幅広い分野にまたがる課題を的確に把握し、解決への道筋を導き出す能力が欠かせません。
医学的知見はもちろんですが、他の分野の視点も取り入れた問題把握と解決を臨まれる場面が増えると考えられます。
4-2.コミュニケーション能力
公衆衛生医師は、医療職と呼ばれる看護師・保健師以外にも事務職や教育関係者・地方議会議員など多くの関係者と課題の解決にあたります。
また、行政にも関わるのでより多くの関係者と調整が必要です。
専門や業務内容の異なる方々と円滑にコミュニケーションを取らなければ、課題の解決は難しくなります。
お互いの立場を尊重し、コミュニケーションを取りながら課題に向き合うことが求められると言えるのではないでしょうか。
〇参照:全国保健所長会「必要な能力」
5.公衆衛生医師の待遇や年収
公衆衛生医師の待遇や年収を見ていきましょう。
公務員の一般職のように毎年定期的な募集をしているのではなく、欠員が生じた際に補充として不定期に募集しています。
そのため、希望する場合は求人を定期的にチェックしておくことをおすすめします。
5⁻1.待遇
(〇出典:厚生労働省「公衆衛生医師(保健所等医師)確保について」)
採用される自治体や臨床や企業などの他分野で勤めてきた年数によって異なります。また、職能レベルの呼称も自治体ごとで変わってきます。
・臨床研修終了直後に公衆衛生医師になった場合
例として、臨床研修終了直後に若手で公衆衛生医師になった場合は「技師級」となり、保健所や本庁と呼ばれる都道府県庁などで一から経験を積んでいきます。
その後、実務経験や各種研修で経験を積み重ねて、「主査級」「係長級」「課長補佐級」へ昇進します。
早い方だと、40歳前後で管理職である「課長級」に昇進し、保健所長や本庁の課長になります。
・臨床や企業などの他分野で勤めて公衆衛生医師になった場合
経験年数によって、「主査級」「係長級」「課長補佐級」からスタートします。豊富な経験を有している場合は、「課長級」からスタートすることもあります。
経験を生かして若手公衆衛生医師やほかの専門職と協力し、現場に即した施策推進やアドバイスを行い、幹部としてのキャリアを重ねていくのが一般的です。
どのタイミングで公衆衛生医師になっても、勤務時間や残業量・休日は配属先によって変わりますが、基本的な部分は公務員と同じと考えていいでしょう。ワークライフバランスが取りやすく、メリハリをつけて働いている方が多くいます。
5⁻2.年収
医療機関に勤務している臨床医と比較すると、年収が高いとは言えない面があります。
あくまでも一例ですが、臨床研修を終えた30歳前後の技師級で年収約800万円前後、数年経験を積みながら研修などを受けた35歳前後の主査級で約950万円前後、さらに経験を積んでベテランに近くなる37歳前後の課長補佐級で約1050万円前後、管理職となる45歳前後の課長級で約1300万円前後、部門責任者となる50歳前後の次長級で1400万円前後が目安です。
採用された自治体によっても違いますし、勤務する自治体の財政状況も影響します。詳しい情報は、求人の内容を確認することをおすすめします。
6.キャリアパス
公衆衛生医師は、臨床研修を終えてすぐに就く場合もあれば、自身の選んだ診療科などで経験を積んでから転職してくる方もいます。
転職してくる方については、それまでの経験年数等に応じ「係長級」「課長補佐級」などからスタートし、勤務を続けた場合は最終的に自治体の幹部職員となります。
また、公衆衛生医師の経験を生かし、大学で教鞭を取ったり、他のフィールドで活躍されたりする方もいます。ここでは、複数の事例を紹介します。
6-1.学生時代に結婚が決まり、若手で公衆衛生医師の経験を積んだケース
大学時代に結婚を意識したため、進路決定の際「仕事と家庭の両立を優先したい」と考えたこと、その後の内科研修医時代に、症状が進行した状態で受診する患者の多さから、疾病予防の重要性を認識して公衆衛生分野を選択されました。
所属していた公衆衛生学教室で学位取得後、保健所長として数年勤務されます。
地域住民の声を直接聞き、心身の健康と食の実態を把握したうえで、保健師、管理栄養士、精神保健福祉士等の専門職と協力し、チームとして生活全体を支援する保健活動に携わり、大きなやりがいを感じながら勤務しました。
その後は大学へ戻り、教員として後進の指導と研究に従事するというキャリアパスとなりました。
6-2. 内科医として勤務後、子どもの長期入院をきっかけに公衆衛生医師へ
臨床医でしたが、異動直後に子どもが長期入院することになり、上司の配慮で保健所長に移動させてもらったことから公衆衛生医師となります。
食中毒案件や不法投棄の行政処分等、結核をはじめとした感染症対策、精神保健事業、生活保護など必ずついて回る仕事以外にも、住民同士を結び付け、ネットワークを作るといった地域のために必要と思える事業を実行できるところにやりがいを感じていました。
臨床医とは違う、かけがえのない経験ができたと感じています。
その後、行政で経験を積んだ後は大学准教授として後進の指導や、基礎・臨床研究も行っています。
7.まとめ
以上、公衆衛生医師の仕事内容ややりがい・キャリアパスまで解説しました。
臨床医と活躍するフィールドは違っても、医学的知見を活用して人々の健康に貢献できる素晴らしい仕事であることに違いはありません。
今後、高齢化が進行するにつれて公衆衛生が果たす役割も大きくなっていくでしょう。この記事が、キャリアを考えるための一助になれば幸いです。