デジタル医療の未来|ICT化で医師に求められる具体的な行動とは?

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デジタル医療の急速な発展は、医療現場へ大きな影響を与えています。ICT化が加速する医療現場では、デジタル技術を駆使した効率的な医療ニーズが高まっており、その中で医師は現場の業務や未来の医療を見据えて主体的に行動しなければなりません。

そこでこの記事では、デジタルヘルスとの違いに触れた上で、デジタル医療の特徴や現状を、日本、海外の市場規模、成功事例などから紹介します。また、これからの医師に必要な現場での知識、意識したいポイントも解説します。

1. デジタル医療とは

デジタル医療の特徴や、デジタルヘルスとの違いとは何でしょうか。

1.1 デジタル医療の特徴

デジタル医療(デジタルヘルスケア)とは、情報通信技術(ICT)を活用して医療サービスを提供することを指します。

ICTは「情報通信技術(Information and Communication Technology)」の略で、コンピュータ、インターネット、デジタルモバイル技術などの幅広い技術をまとめた用語です。さまざまな情報の作成、収集、保存、処理、送受信といった一連のプロセスを加速させ、新しいデジタルサービスやアプリケーションを生み出します。ICTはビジネス、教育、医療、政府サービスなど、社会のあらゆる面で利用され、効率化やイノベーションを推進しています。

医療現場においては、次のようなICTを活用した医療サービスが普及しています。

  • 電子健康記録(EHR)
  • 遠隔医療
  • 人工知能(AI)による診断支援
  • 遺伝子解析
  • ウェアラブルデバイスによる健康管理

こうしたデジタル医療を活用することで、患者の診療や健康管理など医療面での迅速なサポートをより充実したかたちで提供できます。また、医療サービスの質を向上させ、コストを削減し、患者数の増加に貢献する可能性もあります。

参考:次世代ヘルスケア|成長戦略ポータルサイト_首相官邸

1.2 デジタルヘルスとの違い

デジタルヘルスは、デジタル医療の一部に含まれる概念です。AI、IoT、ウェアラブルデバイス、ビッグデータ解析などのデジタル技術を、医療やヘルスケアに導入し活用することを意味します。デジタルヘルスの中には「モバイルヘルス(モバイル端末を活用した医療サービス)」や「ヘルスアナリティクス(ヘルスケアのデータ分析)」、「健康情報技術」、「遠隔医療」などがあります。こうしたICT活用によるサービスは、患者の診療や病気予防、健康維持など未来の医療のあり方を大きく変えると期待されています。

しかし、デジタル医療とデジタルヘルスはまったく同一の概念ではありません。デジタル医療はやや、医療サービスをどのように提供するかに重点を置いています。一方で、デジタルヘルスはデジタル医療よりもっと広い概念であり、医療だけでなく、患者の健康管理に代表される予防医学の分野も重視していることが特徴です。

この記事では、デジタルヘルスもデジタル医療として取り扱います。

2. デジタル医療の現状

デジタル医療の日本および海外の市場規模はどのような状況なのでしょうか。

2.1 デジタル医療の国内市場規模

矢野経済研究所「2022年版 次世代医療ICT市場の現状と展望」によると、2023年度のオンライン診療システムや診療予約システムなどを含む国内デジタル医療市場規模は、211億4,000万円になると予測されています。また、経済産業省とみずほ銀行が共同で発表した経済産業省『令和2年度補正遠隔健康相談事業体制強化事業 調査報告書』では、デジタル医療における市場規模は2016年の25兆円から、2025年には33兆円になると推定されています。

ただし、日本におけるヘルスケアのデジタル化は海外と比較してまだ遅いといわれています。PHR(パーソナルヘルスレコード)、ゲノム解析、介護機器・ロボットなど、今後高い成長が期待されている分野の2030年のヘルスケアにおける国内市場規模は13.5兆円という試算もあり、今後一段と医療現場のデジタル医療の導入が期待されます。

出典:国内医療ICT市場、23年度211億円に成長 – データは語る:日経クロステック Active

出典:2030年市場展望と人材要件:医療福祉(ヘルスケア) – KPMGジャパン

出典:経済産業省『令和2年度補正遠隔健康相談事業体制強化事業 調査報告書

2.2 デジタル医療の海外市場規模

株式会社グローバルインフォメーションによると、デジタル医療の海外市場規模は、2025年に約4,800億ドルに達すると予想されています。2020年時点での市場規模は約1,833億ドルでしたが、その後年間成長率(CAGR)20%以上が見込まれることが背景にあります。

2021年から2022年にかけて、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあったのか、デジタルヘルスへの投資は世界的におよそ50%にまで減少しました。しかし、2022年には慢性疾患やケガの長期治療などの分野が注目され、2023年には再びデジタル医療分野への投資が回復すると見られます。

引用:デジタルヘルス市場、2025年に4,837億5,000万米ドル到達見込み – 株式会社グローバルインフォメーションのプレスリリース

引用:Global Digital Health Market and Trends 2023

3. デジタル医療の5つの具体例

以下で、デジタル医療の具体的な例を5つ紹介します。

3.1 具体例1 医療AIシステム

医療AIシステムは、診察支援、医療機器、手術支援ロボットなどに取り入れられ、診断の精度や効率性の向上に役立つと期待されています。具体的には、画像診断や検査データの分析にAIを活用することで、病気の見逃しを防ぎ、また医師の病気判別のダブルチェックやAIの多大なデータから提案することで、病気の早期発見や治療効果の予測につながります。

3.2 具体例2 電子カルテの標準化

電子カルテは、患者の健康記録や医療記録をデジタル化し、一括管理するシステムです。特に電子カルテの標準化によって情報共有やデータ保管がしやすくなり、診療の効率化を図ることができます。また、医薬品の在庫管理や診療報酬明細書の作成、経理などの業務もデジタル化できるため、現場の業務効率が一段と向上します。

参考:自由民主党政務調査会「医療DX令和ビジョン2030

3.3 具体例3 ヘルスアナリティクス

ヘルスアナリティクスとは、体温や血圧、脈拍数、体重など個人の日常生活におけるバイタルチェックのデータ管理と分析を行うICT技術です。患者のデータを基に診断に必要な情報を抽出し、治療に活用することが可能になります。

具体的には、健診データなどのヘルスビッグデータを、AIやビッグデータ解析などの技術を活用して解析し、病気の早期発見や治療効果の予測、医療サービスの改善などに役立てます。

3.4 具体例4 遠隔医療

遠隔医療は、インターネットを使って医師がリモート通信により患者を診療するサービスです。オンライン診療やリモート医療などとも呼ばれており、患者の通院負担が軽減され、院内感染のリスクを避けることができます。

また、遠隔地に住む患者でも質の高い医療サービスを受けることが可能となり、医療の地域格差の解消に役立ちます。

医師にとっても、患者数の増加や診療時間の短縮、診療記録のデジタル化などさまざまなメリットがあります。

3.5 具体例5 医療情報連携ネットワーク

医療情報連携ネットワークとは、ICTを活用して、あらゆる医療情報を各医療機関間で相互的に共有・閲覧できる仕組みのことです。このシステムが普及すると、患者のさまざまな情報を一元的に管理して、それぞれの現場で活用できるだけでなく、医療業務の効率化や患者の負担軽減などが見込めます。

結果として、患者に提供する医療の質が向上し、治療効果やQOLの向上に役立つと期待されています。

参考:厚生労働省「医療情報連携ネットワークとは」

参考:厚生労働省「医療情報連携ネットワークはなぜ必要?」

4. デジタル医療が医師や医療現場にもたらす4つのメリット

デジタル医療は、医療業界にも大きな影響を与え、医師や医療現場に多くのメリットをもたらします。具体的なメリットは次の4つです。

  • メリット1 医療現場の業務効率化が進む
  • メリット2 精度の高い医療を患者に提供できる
  • メリット3 新薬や医療技術などの研究開発が進展する
  • メリット4 BCP対策が強化できる

特に「メリット3 新薬や医療技術などの研究開発が進展する」という点は、臨床医として医療現場で活躍しながら創薬や最新医療の研究開発にも携わるチャンスが広がるため、未来の医師のキャリア形成を変える大きなポイントと言えます。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

4.1 メリット1 医療現場の業務効率化が進む

デジタル医療が普及すると、医療現場の業務負担が軽減します。例えば、電子カルテの導入によって、手書きの書類の記入や煩雑な管理作業がなくなり、情報検索やデータ共有が手軽になりました。また、予約管理や日時調整を飛躍的にスムーズにした診療予約システムのおかげで、医療現場は電話対応や予約管理業務が大幅に減少しています。

将来的に医療支援ロボットの導入が加速度的に進むと、これまで医師や看護師が行っていたヒューマンパワーによる作業負担が大幅に減り、専門性の高い業務に集中できる未来になると予測されています。

4.2 メリット2 精度の高い医療を患者に提供できる

電子カルテにより、患者の受診歴や治療内容、投薬などの情報をデジタル技術で一元化し、簡単にアクセスできるようになりました。電子カルテの標準化が浸透すれば、地域や所属先の異なる複数の医療機関の医師や薬剤師が、患者の情報をオンライン上で確認できるようになり、精度の高い医療を患者に提供できます。

4.3 メリット3 新薬や医療技術などの研究開発が進展する

AIやビッグデータの活用によって、新薬や医療技術の研究開発が加速します。創薬分野や再生医療、最先端治療の技術革新が進展すれば、デジタル医療技術も向上するため、より効率的かつ治療成果の高い医療サービスにつながります。

4.4 メリット4 BCP対策が強化できる

医療現場のデータがデジタル化することで、システム障害や災害リスクの状況下でも日常業務の継続可能性が高まります。日々の医療データをクラウド化して保管していれば、システム障害や災害が発生した場合でも、バックアップに接続し、医療サービスを継続できるからです。地震や津波などの災害対策やビジネス継続計画(BCP)の強化にも役立ちます。

5. デジタル医療時代の医師が意識しておきたいポイント

デジタル医療を活用する際に医師が意識しておきたいポイントは次の3つです。

  • ポイント1 患者とのコミュニケーションの質の変化に対応する必要がある
  • ポイント2 患者のプライバシーとセキュリティ対策がより重要になる
  • ポイント3 患者が治療・診察をしてほしい医師を選択できる

以下、ひとつずつ確認していきます。

5.1 ポイント1 患者とのコミュニケーションの質の変化に対応する必要がある

デジタル医療を導入する場合、医師は新しい知識とスキルを積極的にアップデートする必要があります。患者とのコミュニケーションを改善し、より効率的に現場業務を進めるためには、デジタル医療サービスの深い理解とスキルを身につけることが大切です。

例えば、遠隔医療の導入をイメージしてみましょう。遠隔医療で、医師がオンライン上で離れた患者を診療します。そこで医師は、モバイル端末やパソコンのビデオ機能による診療スタイルに合わせたコミュニケーションスキルを身につける必要があります。遠隔医療を円滑に進めるためには、遠隔医療で必要な電話やビデオ通話、ポータルサイト等のツールを活用できるだけのデジタルスキルは必須です。データの安全管理やプライバシー保護に対する理解も重要になります。

5.2 ポイント2 患者のプライバシーとセキュリティ対策がより重要になる

デジタル医療が普及すると、より厳密な患者の個人情報管理が求められ求められます。医師には、セキュリティ対策の強化をこれまで以上に意識することが求められるからです。具体的には、データ暗号化、パスワード保護、ネットワークセキュリティの強化など、さまざまなセキュリティ対策が必要となります。また、患者のプライバシーを守るには、情報の整理に関する基準を明確にし、法令に則った適切なカルテ管理もポイントです。

5.3 ポイント3 患者が治療・診察をしてほしい医師を選択できる

デジタル医療が普及すると、電子健康記録(EHR)や人工知能(AI)を用いたデータ解析などによって、医療の質が全体的に高まります。また遠隔医療により、病院までの交通手段を気にすることなく遠隔地からの受診も可能になり、患者はより自由に医療機関を選択することができるようになります。

つまり、今まで以上に『患者から選ばれる医師』となることが求められるようになると考えられます。

デジタル医療は、以前は知識や経験をもとに行っていた診察や治療も電子健康記録(EHR)や人工知能(AI)等の情報を取り入れることで診断精度の向上につながると患者は期待しています。

よって、デジタル医療を効率的に取り入れているか、という点も医師のスキルのひとつとして見られる時代がやってくると考えられます。

日常業務で使いこなせるように、スキルアップや自己研鑽が必要なことはもちろんですが、個人では限界があります。積極的に新技術を導入している医療機関へ身を置くなど、自身の活躍やキャリアアップできる環境を考えることも重要になってくるでしょう。

6. まとめ

デジタル医療の進展によって、医師の働き方は劇的に多様化する可能性があります。電子カルテの標準化や遠隔医療などが普及すれば、診療時間や場所に関わらず医師の業務が提供できるからです。

そのため、遠隔医療やAIなどの新しい技術に合わせて、医師が患者に対してどのような医療を提供するかを真摯に考える時期を迎えています。

こうしたデジタル医療の波に対応するためには、自身の医師としてのやりがいやキャリアイメージ、ワークライフバランスを踏まえて、デジタル医療の新しいスキル習得や、より自分を活かせる転職を視野に入れた行動が重要です。特に、デジタル医療の導入に積極的で、ICTスキルを習得できる医療現場への転職は、今後の医療環境の変化に対応するためには大切な選択肢になってくるでしょう。