次世代医療基盤法とは?施行の背景・メリットと課題・医師や医療機関への影響

The Next Generation Medical Infrastructure Act

次世代医療基盤法は、医療ビッグデータを適切に利活用するためのルールを定めた法律です。結果として医療ビッグデータの利活用が進み、患者ごとに最適化された医療の提供や医薬品使用における安全性の向上などが期待できます。

本記事では、次世代医療基盤法の内容や施行の背景、メリットと課題、医師や医療機関への影響などについて詳しくご紹介します。

1.次世代医療基盤法とは

次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律)とは、医療分野の研究開発を支援することを目的に、匿名性がある状態に加工した医療情報を活用する際のルールを定めた法律です。

次世代医療基盤法に基づき医療ビッグデータを活用できるようになることで、患者ごとに最適な医療を提供でき、治療効果の向上や副作用の軽減が期待されます。また、病歴や受診歴のデータ分析により新たな治療法の開発にもつながるでしょう。このように、次世代医療基盤法は医学の発展による患者の負担軽減や寿命の延長など様々な可能性に繋がる法律です。

次世代医療基盤法が定められた背景や、同法で定められた医療情報の利活用について詳しく解説します。

1-1.次世代医療基盤法施行までの背景

患者が医療機関を受診した際は、問診や触診、精密検査などで心身の状態を評価します。こうして取得した「医療情報」は治療には用いられるものの、新しい治療法や新薬の開発にはあまり役立てられていませんでした。また、医療情報は医療機関ごとに保管されているため、別の医療機関を受診した際は患者自身が医師に必要な情報を伝える必要があります。

このような現状を受けて注目を浴びているのが、各医療機関に存在する医療情報を統合・集約した「医療ビッグデータ」です。近年、IT技術や高速インターネット通信などが発展したことで、ビッグデータの迅速な解析が可能になりました。そのため、医療ビッグデータを新しい治療法や新薬の開発に役立てる動きが世界的にみられています。

しかし、日本では医療ビッグデータを活用するための制度や法整備が進んでいませんでした。そこで定められたのが「次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律)」です。

2017512に公布され、2018年(平成30年)511日に施行されました。また、施行から5年後の見直し条項により、改正案が2023年(令和5年)5月17日に国会で可決、同月26日に交付されました。

法律に則った対応により、情報漏えい問題の防止や効率的な利活用につながることが期待されています。

1-2.医療情報の利活用の方法

次世代医療基盤法では、医療情報の収集や匿名加工などを行う「認定事業者」を定めています。認定事業者が医療機関から医療情報を収集し、暗号化による匿名加工を行います。続いて、研究機関から提示された条件を満たした医療情報だけを提供します。このときに提供される医療情報は研究に使用する情報のみで、患者の氏名や住所などは含まれません。

提供された医療情報は、新しい治療法や新薬の開発、検査装置の開発・改良などに役立てられます。

2.次世代医療基盤法のメリット

次世代医療基盤法の施行により、医療ビッグデータを適切に活用できるようになりました。そのメリットについて具体的に見ていきましょう。

2-1.患者ごとに最適化された医療の提供が可能になる

同じ病気でも、患者の状態や特性に応じて治療法や治療方針を変える必要があります。医療ビッグデータの活用によって研究開発が進めば、患者ごとに最適化された医療の提供が可能になるでしょう。

例えば、抗がん剤はがんのタイプや体質、年齢などに応じて使用する薬剤が異なるため、より患者に合った治療法を提供できるようになれば、治療効果の向上や副作用のリスクの軽減などにつながります。

また医療ビッグデータを活用して抗がん剤の研究開発が進めば、既存の抗がん剤の適用可能な症例が増えたり、新たな抗がん剤を開発できる可能性があります。

病気の中でも、患者の症状や状況にあわせて治療法を選択することで、より最適化された医療の提供が可能となります。

2-2.病歴や受診歴などのデータをもとに分析できる

医療情報には、病歴や受診歴なども含まれます。近年、糖尿病患者は歯周病になりやすいということがわかってきています。これも、病歴や受診歴などをもとに研究開発が進められた結果、判明したものです。

病気や診療科をまたいだ研究が進むことで、新たな相関関係が発覚し、より良い治療法の開発につながる可能性があります。

2-3.病気の早期診断・早期治療につながる

医療ビッグデータは、研究機関が利用するだけではなく人工知能(AI)の機械学習に用いることも可能です。AIが医療ビッグデータを機械学習することで、患者のレントゲン写真やCT画像を解析し、病気の早期発見をサポートする方法も考案されています。

また、病気の早期発見による早期治療の実現だけでなく、医師の診察から治療までの負担が軽減し、医療の精度が上がることも期待できます。

2-4.医薬品使用における安全性が向上する

医薬品使用において注意すべきことは、副作用の発生頻度です。薬の併用や病歴、年齢、性別など、さまざまな条件下で副作用の発生頻度が増減することもあります。従来では、医療機関から報告があった副作用しか把握できていませんでしたが、医療ビッグデータの活用が可能になれば報告がなかった副作用の情報も得られるため、分析精度の向上が期待できます。

また、医薬品を使用していない母集団に同様の有害事象がみられたかどうかも確認できるため、本当にその医薬品の副作用によるものかデータを比較し確認できます。これらの研究の結果、医薬品使用における安全性が向上し、副作用に悩む患者の減少につながるでしょう。

3.次世代医療基盤法施行で何が変わったのか

次世代医療基盤法の施行により、医療ビッグデータをさまざまな場面で利活用できるようになりました。事例について詳しく見ていきましょう。

3-1.医療ビッグデータを健康づくりや健康教育に活用

青森県弘前市では、弘前大学COI研究推進機構と共同で、次世代医療基盤法を活用した医療ビッグデータ解析による研究を行っています。分子生物学的データや個人生活活動データ、社会環境的データなど全3,000もの項目を設け、全国縦断連携データとして健康づくりや健康教育、まちづくりなどへの活用を進めています。また、デジタルツインとヘルスケアの連携を目指していることも大きなポイントです。

デジタルツインとは、現実の情報を仮想空間で再現することです。例えば、仮想空間に自らの姿を模倣したアバターを作成し、現実世界の情報を反映させます。このままの生活を続けると将来どのような病気にかかるのかを仮想空間上で予測することで、患者の健康意識を高めることが期待できます。

出典:首相官邸「弘前大学COIと次世代医療基盤法

3-2.電子カルテデータから必要な情報をスムーズに取得するAIモデルを開発

大手製薬会社のファイザーは、医療情報とAIの連携により、電子カルテから薬物療法の効果を評価する研究を大学と共同で行っています。電子カルテに入力する経過や治療の効果はフリーテキスト形式のため、表現が医師によって異なります。そのため、実際の医療現場で使用されている医薬品の有効性や安全性に関する情報(以下、臨床アウトカム)をスムーズに収集することが難しく、多くの電子カルテを読み込まなければならない状況でした。

 

このような課題を解決するために、電子カルテデータから臨床アウトカムの情報を効率的に取得する方法を研究しています。

医療ビッグデータを機械学習させたAIの自然言語処理技術を用いて、肺がん患者の電子カルテから効果を判定するキーワードを抽出し、文脈やキーワードの関係性まで判別して治療効果を確認できるAIモデルを構築しました。

出典:ファイザー株式会社「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす

4.現行制度の課題

現行制度の課題として、匿名加工情報の元データと加工後のデータの対応表が削除されており、関連付けができないことが挙げられます。これにより、追加データの入手が困難であり、データの真正性確認が難しい状況となっています。また、希少な病名や薬剤名を提供できないため、重要な情報が欠落しています。さらに、重要データである数値が端数処理などで簡略化され、研究の質に影響を及ぼす可能性があります。

このような課題を解決するために、令和46月の「次世代医療基盤法検討WG中間とりまとめ」では、認定事業者と利活用者におけるデータ・ガバナンスの強化を検討することが決定しました。これにより、匿名性を維持しつつ、有用性の高いデータの提供ができるようになる可能性があります。また、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)」との連結解析を可能にすることで、患者が医療機関を受診する前に他の医療機関でどのような診療を受けたのかを把握し、より精密な研究開発の実現を目指しています。

2023年5月に令和5年改正次世代医療基盤法が公布され、今後さらに医療ビッグデータの利活用が円滑化することが見込まれています。

出典:内閣府「次世代医療基盤法の見直しについて

5.次世代医療基盤法施行による医師、医療機関への影響

次世代医療基盤法の施行により医療ビッグデータの利活用が進む中、医師や医療機関においては医療情報を研究機関が扱うことに警戒心を持つ可能性があります。仮に匿名加工が十分にされていない医療情報が流出した場合、患者としては受診した医療機関から流出した印象を持つでしょう。そうなれば、医療機関の評判が落ちることになりかねません。

また、医療情報の提供は法的な義務ではないため、提供しない選択肢もあります。このようなことから、現状の協力機関は急性期病院が中心となっています。次世代医療基盤法は、より多くのデータを収集することで新たな治療法の開発や患者ごとに最適な治療の提供につながりやすくなります。そのため、急性期病院以外の医療機関からのデータ収集が今後の課題と言えるでしょう。

医師一人ひとりの協力が、医学のより大きな発展につながると考えられます。

6.まとめ

次世代医療基盤法の施行により医療ビッグデータの利活用が進み、患者ごとに最適化された医療の提供や医薬品の有害事象の減少などが期待できます。その一方で、急性期病院以外からのデータ収集が十分ではないという課題があります。

本記事では、次世代医療基盤法の内容や施行された背景、課題などについてご紹介させていただきました。医療の質向上につながることから、同法の施行はメリットが大きいと言えるでしょう。医学の発展を臨む医師は、勤めている医療機関の方針に従いつつも積極的な医療データの提供に努めることが大切です。