医師のための「オーラルフレイル」ガイド 早期発見のポイントや情報収集法まで

oral-frailty

「オーラルフレイル」という概念の登場からすでに10年近くが経過し、今では高齢者医療のコンテキストにおいて広く認知される用語となっています。一方で、オーラルフレイルの意味はある程度理解しつつも、詳しい定義や社会的背景、診療における活用法がいまいちよくわからない、という先生方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、医師として最低限把握しておきたい「オーラルフレイル」の基本事項をまとめてみました。日々の診療が忙しく、文献の調査や資料の確認に時間が割けない先生方にとって、このまとめは今後の診療や知識の深化の参考になるでしょう。ぜひ、ご一読ください。

1.オーラルフレイルの基本知識

ここでは、オーラルフレイルにまつわる言葉の意味や定義、概念などをおさらいしていきます。

1-1.そもそも「フレイル」とは? ”虚弱”をカタカナ表記にした理由

oral-frailty

フレイルは健康な状態と要介護の状態の中間を示す概念で、「適切な介入や支援により生活機能の維持向上が可能な状態像」と定義されています。欧米の”Frailty”がその由来で、かつてはその日本語訳の「虚弱」「老衰」「衰弱」という言葉が使われていました。しかし、これらの表現は「加齢に伴い”不可逆的に”衰えた状態」というネガティブな印象がすでに定着しています。そこで「しかるべき介入で元の健常な状態に戻る」という印象へ刷新することを目的に、カタカナ表記の「フレイル」と表記されるようになっています。

画像参考: 公益財団法人長寿科学振興財団

1-2.オーラルフレイルの概念と4つの進行レベル

oral-frailty

オーラルフレイルは口腔に生じる日常のささいな衰えが、やがて全身の機能の低下を招いて身体的フレイルに至る過程を示した概念です。身体的フレイルに陥る前段階には「プレ・フレイル」という状態が存在し、その多くで「食べられない」などの口腔の問題を抱えています。オーラルフレイルはこのようなプレ・フレイルから、さらにその先の身体的フレイルに至る過程を可視化したモデルといえるでしょう。

オーラルフレイルは進行ごとに4つのレベルがあり、いずれのレベルでも食品の多様性や食欲の低下、低栄養など「栄養」に関する問題が絡んでいます。さらに、これらの問題はレベルが進行するにつれより顕著化・深刻化していくのも大きな特徴です。「ちょっと噛みにくいから、軟らかい食品を」という安易な対応はやがて食べる機能を低下させ、さらにはサルコペニアや運動障害など全身機能の低下につながります。

画像参考:オーラルフレイル対応マニュアル2020年版 公益社団法人日本歯科医師会

1-3.混同しやすい「オーラルフレイル」と「口腔機能低下症」

オーラルフレイルを知る過程では、「口腔機能低下症」との意味合いや定義の違いに困惑することも少なくありません。両者はオーバーラップする部分も多いことから、明確に区別される概念ではないとされています。ただ、用語の定義として、オーラルフレイルは口腔機能全体をとらえた「概念」なのに対し、口腔機能低下症は検査結果に基づく「疾患名」であることはおさえておきましょう。オーラルフレイルの進行レベルでは、「第3レベル」が口腔機能低下症を呈するフェーズとなります。

2.なぜ今「オーラルフレイル」なのか?

ここでは、オーラルフレイルという概念が誕生した経緯や社会的背景についてご紹介します。

2-1.オーラルフレイル誕生の背景

オーラルフレイルの誕生の背景には、現在の高齢者を取り巻く口腔環境の変化が関係しています。かつて、国民に広く浸透した高齢期の口腔保健活動に『8020運動』があります。今ではその達成率が5割を超え、高齢でも多くの歯を残すことが当たり前の時代となってきました。一方で、高齢になるにしたがって要介護のリスクが高まる現状では、介護によってセルフケアが困難になり、口腔衛生状態が不良になるケースが問題視されています。そこで、新たな課題である「口腔の機能面(残した歯をどう機能させるか)」を基盤にした活動を行うにあたり、提唱されたのが『オーラルフレイル』という概念です。

2-2.オーラルフレイルに潜む4つのリスク

oral-frailty

オーラルフレイルからはじまる負の連鎖のリスクについては、次のような研究結果も報告されています。東京大学の調査によると、オーラルフレイルの人はそうでない人に比べ、身体的フレイルのリスクが2.41倍、サルコペニアのリスクが2.13倍も高まることが示されています。また、同調査では、要介護認定を受ける率や総死亡リスクも高まることも明らかとなりました。これらの結果は、オーラルフレイルが未対応のまま放置されると、全身の健康状態にも深刻な影響をもたらす可能性を示唆しています。

画像参考:2024年を見据えた歯科ビジョン-令和における歯科医療の姿- 公益社団法人 日本歯科医師会

2-3.「オーラルフレイル」は啓発のためのキャッチフレーズ

オーラルフレイルにはもう1つ、国民の啓発に用いるキャッチフレーズという側面があります。8020運動の達成率が5割を超えた状況を受け、日本歯科医師会は「オーラルフレイル」を新たな国民運動として展開していく方針を決定しました。

なお、オーラルフレイルは昨今「国民皆歯科健診」で話題となった骨太の方針(経済財政雲煙と改革の基本方針)の中にも盛り込まれています。今後は、国民の周知をきっかけに「オーラルフレイルと感じたら歯科医院で口腔機能検査を受ける」というのが一般的になると予想されます。

※「国民皆歯科健診」の内部リンク

3.オーラルフレイルで医師が担う役割

ここでは日常の診療においてオーラルフレイルとどのように向き合えばよいのか、医師の担う役割などをご紹介します。

3-1.オーラルフレイルの患者への周知と啓発

oral-frailty

オーラルフレイルはその提言から10年近くが経過してもなお国民の認知度は低く、わずかな食べこぼしやむせも『年齢のせい』と簡単に片付けられてしまうのが実状です。したがって、まずは診療レベルで受診する患者に対し、リーフレットやパンフレットなどを用いてオーラルフレイルの周知や啓発を進めることが求められています。

画像参考:リーフレット「オーラルフレイル」公益社団法人日本歯科医師会

3-2.医師による早期発見と医療介入

オーラルフレイルの前兆(食べこぼし・むせ・滑舌の低下など)を呈した患者に対しては、医師もそれらを軽視せず、適切なタイミングで医療介入を検討することが重要です。具体的な診断の方法や介入の手順等については、次項でご紹介する「オーラルフレイル対応マニュアル2020(日本歯科医師会作成)」に詳しく記載されています。ぜひ、こちらをご参考ください。

3-3.診療室でフレイルのサインを見逃さない

高齢者がフレイルという状況を経て要介護状態に至る過程では、通院中にその兆候を呈していることも少なくありません。例えば、診療室内における患者の歩行状態は、身体機能の評価ができる大切な機会です。歩行の速度やバランス感覚、動きのスムーズさなどに目を配り、必要に応じて行政や医科をはじめとする関係機関と連携を図ることも、医師が担う重要な役割です。

4.「オーラルフレイル」の知識を深めるリソース

以上の内容は、日本歯科医師会や関連学会が公表している文献、マニュアル等を参考に、オーラルフレイルを知るうえでベースとなる部分をまとめています。ここからより深く理解を深めたい先生方は、書籍や以下のウェブサイトなどをご参考ください。

4-1.推奨される資料(マニュアル・リーフレット)

●通いの場で活かすオーラルフレイル対応マニュアル2020年版(歯科医師向け)
https://www.jda.or.jp/oral_frail/2020/pdf/2020-manual-all.pdf

日本歯科医師会が作成したオーラルフレイルの対応マニュアルです。オーラルフレイル対策で活用できる自治体の事例やオーラルフレイル改善プログラム、啓発用資料が掲載されています。

●高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施のための歯科衛生士実践マニュアル(歯科衛生士向け)
https://www.jdha.or.jp/pdf/contents/info/fukuoka-manual.pdf

日本歯科衛生士会が作成した、歯科衛生士のための実践マニュアルです。こちらもオーラルフレイルの評価法や患者の状況に応じた介入の方法がまとめられています。

●患者向け資料(リーフレット)
https://www.jda.or.jp/pdf/oral_frail_leaflet_web.pdf

日本歯科医師会が発行する患者向けの啓発用リーフレットです。オーラルフレイルの概要やセルフチェックなどがイラスト付きでわかりやすくまとめられています。院内掲示や配布資料にご活用ください。

4-2.関連学会

オーラルフレイルについては、以下の関連学会のウェブサイトや学会誌にも詳しい内容が掲載されています。ぜひご参考ください。

・日本老年医学会
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/

・日本老年歯科医学会
https://www.gerodontology.jp/

・日本歯科医師会
https://www.jda.or.jp/

5.まとめ

以上をまとめると、オーラルフレイルはその基礎として次の4つの要点をおさえておくと、今後の診療プロセスと知識の深化がスムーズになります。

・「フレイル(虚弱)」は健常と要介護の中間を示す概念で、この時期の適切な介入によって健常な状態に戻すことができる可逆的な衰えを意味する

・オーラルフレイルは身体的フレイルの前段階(プレ・フレイル)にあたり、放置するとサルコペニアをはじめ、要介護や死亡リスクを上昇させる

・「オーラルフレイル」という用語には、口腔機能検査の必要性を啓発するキャッチフレーズとしての役割もある

・オーラルフレイルにおける歯科医師の役割には「国民の周知と啓発」「早期発見と適切な時期の医療介入」「関係機関との連携」の大きく3つがある

より詳しい内容については、歯科医師会をはじめ各学会の資料やウェブサイトに掲載されていますので、ぜひそちらも参考にしてください。