予防医療と個別化医療|疾病を防ぎ一人ひとりに最適な治療を

予防医療 個別化医療

医師は、患者一人ひとりの健康状態を形成する遺伝的要素や生活習慣、生活環境など、さまざまな要素に対応しなければなりません。特に、疾病の予防を目指す予防医療と、個々の患者の特性に合わせた治療を進める個別化医療の需要が高まっています。いずれも、病気の予防から治療まで担う医師にとって、医療サービスの質を向上させる重要なポイントです。

そこでこの記事では、予防医療と個別化医療の意義や現状、そしてこれからの展望について分かりやすく解説します。

1. 予防医療の意義と必要性

まず、『予防医療』という概念とその必要性について見ていきましょう。

1.1. 予防医療とは?

予防医療とは、その名の通り、疾病が発生するのを未然に防ぐ、またはすでに発症してしまった疾病が悪化するのを防ぐための医療全般を指します。

例えば、インフルエンザのワクチン接種や定期的な健康診断、また高血圧や糖尿病などの生活習慣病への早期対策としての食生活や運動習慣の指導などがこれに当たります。こうした活動を通じて、患者の生活の質(QOL)を向上させ、疾病による苦痛や負担を減らすことが予防医療の最終的な目標です。

予防医療は一般的に、一次予防、二次予防、三次予防の三段階に分けられます。

かつて、日本の医療では、健康診断で早期発見・早期治療を目指す「二次予防」や病気の発症後に適切な治療や機能回復を行う「三次予防」に重点を置いてきました。

しかし、生活習慣病の増加や、平均寿命より健康寿命を意識する社会情勢を受けて、生活習慣の改善に努め、病気を予防する「一次予防」を重視するアプローチが強くなっています。

なお、予防医療と予防医学はよく混同されます。予防医学は疾病の予防に関する幅広い研究や教育を含む領域です。そのため、予防医療は、予防医学の一部として存在します。

参照:21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)の推進について|健康日本21

1.2.予防医療の現状

近年、世界の予防医療技術・サービス市場は急速に拡大しています。

予防医療分野における世界市場規模は2021年時点で約1925億9000万米ドルでした。しかし、その翌年には約2197億6000万米ドルにまで増加。2026年にはさらに3819億2,000万米ドルまで達すると予測されています。予防医療市場の急速な成長は、世界的な健康意識の高まり、生活習慣病の増加による医療費の増大、そしてデジタル化の進展などが大きな要因となっています。

日本における予防医療の現状にも目を向けてみましょう。2023年の試算によると、予防医療によって2030年には約1.5兆円の医療介護費の削減できるとの見通しです。その内訳は、薬剤費を含めた医療費が約0.3兆円、介護費が約1.2兆円となっており、特に介護費の削減に大きな効果が見込まれます。

参照:予防医療技術・サービスの市場規模、2026年に3819億2,000万米ドル到達予測 | のプレスリリース

参照:2030年の予防医療のインパクト | 特集1 | 三菱総合研究所(MRI)

1.3. 予防医療の必要性

予防医療が必要な主な理由は、将来的な医療費の増大です。高齢化社会の加速や生活習慣病の増加によって医療ニーズが高まり、さらなる医療費の拡大が予測されています。

つまり、医療ニーズそして医療費の抑制に向けて、予防医療の重要性が強調されています。予防医療が普及すると、早期発見・早期治療を通じて患者の健康を維持し、疾病の発症や進行を防ぐことができます。結果として、患者個人だけでなく社会全体の医療費削減にもつなげることが可能です。

このような背景から、現代日本において、予防医療は今後ますます重要性を増していくでしょう。

次に個別化医療について詳しく見ていきましょう。

2. 個別化医療の現状と推進すべき重要性

現在の医療において、個別化医療は患者の診療や健康管理において特筆すべき進歩をもたらしています。そのため、予防医療の観点からも、個別化医療の推進と普及は社会全体で取り組むべき課題です。

以下、個別化医療の意義や詳細について、解説します。

2.1. 個別化医療とは

個別化医療とは、患者の遺伝子情報や生体情報を精確に解析し、その人の体質や病態に合った治療を目指す医療です。単に病気を治療する医療にとどまらず、患者の体質を把握した上で疾病の発症リスクを予測し、適切な予防策を講じます。万一、発症した場合には効果的で副作用の少ない最適な治療を提供する点が特徴です。

ちなみに、個別化医療に関する用語は使われるシーンによって複数存在します。個々人に適応した医療のうち、特に治療法はオーダーメード医療、予防法は個別化予防と呼ばれています。また、パーソナライズド・ヘルスケア(PHC)やパーソナライズド・メディシン(パーソナライズド医療)の他、オーダーメイド医療やテーラメイド医療と言われる場合もあります。

個別化医療の代表例は、がんの個別化医療です。例えば、がん細胞のゲノム情報を解析し、特定の遺伝子変異に対する薬剤を用いて治療を行うといった方法があります。具体的には、まず個々の患者の遺伝子やタンパクのタイプを検査するコンパニオン診断薬によりグループ分けを行います。そして、グループごとに治療効果の高い分子標的治療薬などを処方します。従来の「肺がんと診断されれば肺がんの治療薬を選択する」といった標準治療とはアプローチが異なるものです。

一方で、ゲノム医療によるパーソナライズド医療などもこのカテゴリに含まれます。呼び方によって多少使われる意味に違いはあるものの、個別化医療により患者一人ひとりの特性に合わせた医療を目指している点は共通しています。

なお、テーラーメイド医療とオーダーメイド医療という、似たようなコンセプトを持つ医療法がありますが、若干の違いがあります。テーラーメイド医療は一人ひとりの患者に対して、体質や病態に合わせて最適な治療法を一から作り出すという考え方です。一方、オーダーメイド医療はすでに存在する治療法の中から患者の状態に最適なものを選択するという考え方です。

2.2.個別化医療のメリット・デメリット

個別化医療には、多くのメリットがあります。

まず、最大のメリットとして、患者に合わせた効果的な治療が選択できることが挙げられます。例えば、がんの治療においては、患者のがん細胞が特定の遺伝子変異を持つ場合、その変異を標的にした治療薬を使用することで、他の治療に比べて高い効果を期待できます。

また、副作用を低減できることも大きなメリットです。通常のがん治療では、副作用が大きな問題となります。しかし、個別化医療では、患者の遺伝子情報に基づいて治療を行うため、副作用のリスクを抑え、効果的な治療が可能となります。

さらに、予防医療による健康管理が実現することも重要なメリットです。患者一人ひとりの遺伝子情報や生活習慣に基づいた疾病リスクを評価し、発症前の段階から健康管理や病気を予防することに役立ちます。

しかしながら、一方で個別化医療にはデメリットもいくつか指摘されています。

まず、ゲノム解析や治療戦略の開発など、専門的な技術や設備にかなりのコストが必要です。そのため、市中病院や診療所といった一般的な医療機関ではすぐに取り入れることが難しいという課題を抱えています。

また、患者の個人情報(遺伝子情報や健康情報など)の安全管理も重要です。こうしたセンシティブ情報は個人のプライバシーに関わる重要な性質を持っているため、取扱いには十分な配慮とルールづくりが必要となります。

3. 個別化医療の医療現場における課題と将来の展望

個別化医療を実際に医療現場で普及・実用化するにはいくつかの課題があります。

3.1. 個別化医療の課題

 個別化医療を推進し、普及させる上で立ちはだかる課題としては、次の4つが挙げられます。

  • データ保護
  • 倫理的問題
  • 技術的ハードル
  • コスト面

▼データ保護

患者の遺伝子情報や生活習慣などのプライバシーに関わる情報をどのように保護・管理するかが問題です。例えば、遺伝子情報は個人を特定するための情報となるため、万一外部に流出した場合、個人のプライバシー侵害によるセキュリティの責任が問われる恐れがあります。

▼倫理的問題

すべての患者に、遺伝子情報に基づいた予防医療や治療が平等に提供されるか、という問題があります。例えば、高額な遺伝子検査や治療が必要な場合、経済的な理由で個別化医療を受けられない人が出てくる可能性があります。つまり、医療の公平性という観点から重要な問題と言えるでしょう。

▼技術的ハードル

遺伝子情報の解析や個別化した治療法の開発をカバーする極めて高度で専門的な技術が必要となります。求める技術によって、まとまった研究開発費や時間が必要となるため、医療機関によっては取り組みが難しいケースが生じます。

▼コスト面

患者一人ひとりに合わせたオーダーメード医療が基本となる個別化医療は、標準治療に比べて高額な費用がかかることが一般的です。コストの問題は今後どこまで普及するかといったハードルにもなっています。設備投資や医師のスキルアップといった問題を解決するためには、医療保険制度の改革や新たな資金調達の方法など、社会を挙げて個別化医療に取り組む必要があるでしょう。

3.2. 個別化医療の推進のための対応と今後の展望

データ保護やコスト面など、前述の課題をクリアするためには、さらなる医療技術の進歩と社会制度の整備が必要となります。

特に、遺伝子解析技術の進歩によるコスト削減、データ保護のための法制度の整備、医療の公平性を保つための社会改革などが求められます。厚生労働省は「医療イノベーション5カ年戦略」を策定し、個別化医療の推進に32億円の予算を投じています。例えば、患者ゲノムコホート研究推進事業(バイオバンク事業)では、医療機関や産学官の研究機関などが持つ患者の臨床情報に基づき個別化医療や個別化予防を開発します。また、検査薬と治療薬の同時開発と同時審査を実現し、副作用を抑え奏効率を高める医薬品開発の推進も支援します。

さらに、AIやビッグデータの活用も大きな期待が寄せられています。デジタル技術による社会変革を目指すDX(デジタルトランスフォーメーション)は、膨大な遺伝子情報や生活習慣情報の解析を高速かつ高精度に行うことが可能で、個別化医療の進展と普及に大きく貢献するでしょう。

一例として、AIを活用することで個別化医療を加速化すると注目されるプラットフォームがあります。このプラットフォームは、個別化医療と医薬品開発をサポートする機械学習を活用した革新的な製品です。個々の患者の薬物反応や臨床結果に影響を与える個人差を的確に特定できるため、医療のビッグデータ解析や新薬開発の臨床試験を飛躍的に効率化・高速化できます。

例えば、糖尿病の患者に対する個別化医療を考えてみましょう。このプラットフォームを用いると、遺伝的背景や生活習慣、病状の異なる個々の患者が、ある抗糖尿病薬にどのように薬物反応するか、また、どの程度の効果が期待できるかといった情報を、大量のデータから迅速に引き出すことが可能となります。結果、医師は患者一人ひとりに最適な医療を提供できます。

こうした最先端技術と社会制度の整備により、個別化医療はますます進化し、医師の治療法の選択肢が増えると共に、個々の患者の治療成果が高まることが期待されています。

参照:厚生労働省『医療イノベーション5カ年戦略の着実な推進』

4. まとめ

予防医療と個別化医療は、今後の医療界に大きな変化をもたらす非常に重要な役割を担っています。今回ご紹介した現状の課題と解決策、未来の展望を把握することで、医師や患者はより一段と最適な治療法の選択ができるでしょう。

また、医師転職においても予防医療や個別化医療の分野は将来性があり、キャリアプランの選択肢の一つとなり得ます。これからの医療の進展において、予防医療と個別化医療はぜひ押さえておきたい最新の領域です。