平均寿命が延び、健康寿命の延伸を目指している現代では、高齢になっても心身ともに健康に過ごすことができる「ヘルスケアサービス」の需要が高まっています。
ヘルスケア事業へ異業種からも新規参入が進む中で、医師は個人の健康情報を管理し、健康向上や健康管理に役立つ「PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)」の内容ついてよく理解しておくことが大切です。
本記事では、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)が意味すること、PHRが注目されている理由、医療現場での期待されている役割など解説していきますので、参考にしてみてください。
目次
1. PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とは?
PHRとは、正式名称「Personal Health Record(パーソナル・ヘルス・レコード)」の略語となり、日本語では「生涯型電子カルテ」または「個人の健康情報管理」という意味です。
個人の治療・服薬履歴、生まれつきの疾患、現在までの病歴などの医療情報、出産履歴、介護状態などのほか、日々の健康状態(体重、血圧、血糖値など)、幅広い履歴を一元化したデータを指しています。
従来、こういった個人の健康情報は患者が通院している医療機関が患者の診療記録をカルテにまとめて管理し、本人と医療機関の間でのみ、情報が共有されていました。
PHRとは個人が生涯にわたって健康管理ができるように、健康・医療・介護に関する個人のデータを記録し、自分自身で管理・活用する仕組みです。
予防・健康管理に活用するとともに、本人の同意の下に医療や介護現場で役立てることを目指し国が整備を進めています。
参照:厚生労働省「PHR(Personal Health Record)サービスの利活用に向けた国の検討経緯について」
1‐1. PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)が注目されている理由
近年、PHRが注目されている理由は、日本における急激な人口の減少と超高齢化社会に対応するため、国民一人ひとりの健康寿命の延伸に向けた取り組みが重要視されているからです。
実際に、後期高齢者の増加に伴い、社会保障費の給付額の増加は大きな課題となっており、高齢者の健康寿命を延ばすための様々な施策が行われています。
こういった背景からも、医療機関での診断・治療だけでなく、個人の予防・健康増進に向けた効果的な取り組みへの期待としてPHRへの注目が集まっています。
経済産業省ではヘルスケア産業の市場規模は、2016年の約25兆円から、2025年に約33兆円に成長すると推計しています。
代表的なサービスとして“健康保持・増進にはたらきかけるもの”の分野では、ウェラブルデバイス、歩数計・ヘルスメーターなどの計測機器、検診サービス、検査サービス等、疾患を抱える人はもちろんのこと健康な人も対象として市場拡大が見込まれます。
一方、要支援・要介護の生活を支援するもの“の分野として、介護用の食品や介護関連住宅、介護用日用品のほか、家庭用治療器やコミュニケーション機器等、もあげられています。
このように、実際にPHRの活用への期待から、市場拡大が予測されており、製薬企業や医療機関だけでなく異業界からもヘルスケア産業への新規参入が広がっています。
参照:「平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業(健康経 営普及推進 ・環境整備等事業)調査報告書)」
1-2. PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とEHR(エレクトリック・ヘルス・レコード)の違い
「PHR」と似た言葉に「EHR」があります。
EHRは正式名称「Electronic Health Record」の略語となり、日本語で「電子健康記録」と呼ばれるものです。医療機関が実施した治療の医療情報記録や既往歴、検査結果を指します。
個人の治療歴や既往歴、検査結果などあらゆる診療データ等の医療情報を生涯にわたり記録し、医療機関・介護施設等で共有・活用するという仕組みです。
PHRには診療記録等も含まれますのでEHRと同じ情報も含まれていますが、PHRは個人自身が管理者として健康管理を目的に健康記録をする意味合いが強く、EHRは患者の医療記録として医療機関が記録したデータという点が異なります。
個人が管理する健康情報「PHR」とこれまで医療機関のみが管理していた「EHR」を連携させることで、予防から診断・治療、そして予後までを一貫して健康管理・疾病管理が可能になると考えられます
1-3.PHRによって管理されるデータには何がある?
PHRによって管理できる具体的なデータにはどんなものがあるのでしょうか?
医療機関や検査機関から得たデータのほか、個人で測定した血圧、脈拍、体温なども含まれます。
▽PHRによって管理できるデータ
- 電子カルテ内の情報、検査結果
- 予防接種歴
- 特定健診
- 自治体検診
- 事業主検診
- 薬剤情報
- 妊娠・乳幼児健診情報
- 学校検診、体力測定
- 体温・血圧・血糖・脈拍などのバイタルデータ など
2. 日本におけるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の政策と今後の課題
PHRの活用にはどのような整備が必要なのでしょうか?
厚生労働省のデータによると、EHR環境の土台といえる電子カルテの普及率が50~60%(令和2年)であり、まだまだ整備途上にあるといえます。
厚生労働省では“保健医療情報が適切かつ効果的に活用できる環境整備が必要”とした上で、新たな健康づくりの実現に向け、段階的に必要なインフラ環境の整備を集中的に検討・整備を進める、としてPHRの目指すべき姿を示しています。
▽PHR利用環境の整備についての3STEP
STEP① 保険医療情報をデジタルデータとして取得可能とするインフラなど、最低限の活用環境の整備
STEP② 安全・安心に民間企業の提供するPHRサービスが活用できるルールの整備
STEP③ データベースの構築やデータ利用(二次利用)の在り方について整備し、効果的な保険医療サービスの実現に向け研究開発を推進する
また、PHRはとても重要な個人情報となりますので、非常に高いセキュリティレベルが求められます。
上記の環境整備には個人情報保護のセキュリティ対策についても万全の状態で進めていくことが必要です。
セキュリティ対策を含めた環境整備は今後の大きな課題と言えるでしょう。
参照:厚生労働省「電子カルテ普及率」
参照:厚生労働省「医療施設調査」
参照:厚生労働省「PHR(Personal Health Record)サービスの利活用に向けた国の検討経緯について」
3.医師をサポート!PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)3つのメリット
この章では、PHRを導入する3つのメリットを解説していきます。
3-1. 医療情報の共有がスムーズになる
医師は患者の転院や初診の際に、各医療機関の間での医療情報の共有が容易になり、従来よりもスムーズな診断・診療が可能になります。
本人が情報開示に同意していれば、医療機関は必要な時に患者のPHR情報にアクセスできるため、災害時や救急時にも医師は既往歴やMRIの適切な判断をし、適切な処置が可能です。
また、セカンドオピニオンでは医療機関の診療情報提供書がなくても患者の医療情報を確認できるため適切な対応が可能となり、診察時短や患者とのコミュニケーションも円滑になるでしょう。
参照:総務省・厚生労働省・経済産業省「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」PHRを扱うためのガイドライン
3-2. 患者の自己管理をサポートできる
医師がPHR情報を活用することで、健康寿命を延ばしていくために必要な、日常の健康増進を行う「1次予防」、早期治療や重症化を防ぐ「2次予防」、機能の維持や回復を図る「3次予防」がさらに行いやすくなります。
この予防医学を行う上で重要なのは、健康教育や早期治療、保健指導等により患者本人の行動変容や自己管理の意識が持てるよう促すことです。PHRを活用した具体例で言うと、健康医療情報を患者自身が管理し、確認および蓄積できるように協力することが重要になります。
以前であれば全ての対応を受診し行う必要がありましたが、PHRサービスのオンライン健康相談を利用すれば遠隔でもサポートを行うことができます。
また、二次受診の推奨の通知や特定保健指導の連絡などのフォローアップを自動で行ってくれる機能等が付いており、医師の業務効率化そして患者の健康管理能力の向上にもつながります。
3-3. 地域医療や訪問診療と連携が可能
PHRサービスが記録管理している情報を医療分野の枠を超えて、人々の生活に密着した地域や介護分野でも連携する取り組みが活発に行われています。
高齢者が地域医療や訪問診療が必要な際には、PHRサービスを利用すれば患者の入力した血圧や服薬状況などの健康情報を確認しながらオンラインで健康指導を行うことができます。
またチャット機能が搭載されたPHRサービスには、相談機能のあるものも多いため、病院を受診せずともコミュニケーションをとることができ、医療現場で問題となっている患者の過度な受診の抑制にも繋がるでしょう。
さらに、平成30年度総務省事業の「医療等分野におけるネットワーク基盤 利活用モデルに関する調査研究」では、在宅主治医や訪問看護師から医療機関と介護事業者等間の情報連携において居宅介護支援専門家(ケアマネージャー)の情報を得られることに効果を感じたとの意見がありました。
今まで知ることのなかった居宅介護支援専門家が時間をかけることで得た患者や家族とのやりとりや入退院の情報は、在宅医療に必要な情報と感じるとの意見も上がっていました。
PHRサービスを利用することにより、上記以外にも患者個人が日々蓄積した健康情報を取得できれば、地域医療や訪問診療の質を上げる効果が期待されます。
参照:総務省「医療等分野におけるネットワーク基盤 利活用モデルに関する調査研究」
4. PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)3つの活用事例
本章では、具体的にPHRはどのように活用されているのか3つの事例を見ていきましょう。
4-1. 電子健康記録(EHR)
先ほどご紹介したEHR(電子健康記録)は複数の医療機関で個人の医療情報を共有・活用することが目的です。
EHRは特定の医療機関との間で活用されますが、患者自身がデータにアクセスしたり、外部との連携が想定されておらず、医療従事者のみが取り扱う専門性の高い内容になっています。
今までは、EHRの情報を病院外で患者と共有することは難しかったのですが、PHRサービスを活用することで検査結果や画像、カルテ、お薬などの情報を患者に共有することが可能になりました。
さらに、その情報を患者自身で操作することによって一時的に他院に共有することができ、患者本人が前もってPHRの情報開示に同意していれば、医療機関はPHRの情報にアクセスできるため災害時や救急時に役立ちます。
また、病院を受診し、紙面に記載していた問診票もPHRサービスにより事前に入力可能になりました。
PHRサービスの導入により患者の健康情報が見やすくなり、双方向の情報共有も行いやすくなり業務の効率が上がることが期待されています。
4-2. 疾病・介護予防
生活習慣病の予防や疾患・介護予防に関しては、現在様々なPHRサービスモデルが開発され、普及に向けての検討・実施が行われています。
これらのPHRサービスモデルは、まず医療機関や自治体の検診結果や薬局の調剤詳細等と患者本人が入力した日々のバイタルデータがPHRに集約されます。
そして、患者本人の同意のもとで管理および活用され、様々なサービスを受けられるように工夫されています。
例えば、生活習慣病予防では、集約されたPHRの健康情報データ内で正常範囲を超えるものがあると介入アラートが通知されます。
そのアラートを受け取った事業者が本人の同意を得て、健康指導やアドバイスを実施します。
また、介護予防に関してもPHRの健康情報を元に個人の状態に合わせた介護サービスや介護予防のプログラムなどの提案を行うなどの取り組みが行われています。
PHRサービスの利用が進めば、患者の健康状態を維持するサポートを外部からも受けることができ、これらのサービスとの連携を通じより良いケアを提供することにつながります。
参考:厚生労働省「健康増進法施行規則等の一部を改正する省令」
4-3. 妊娠・出産・子育て支援
自治体や医療機関では、「母子手帳アプリ」、「学校健診アプリ」、「かかりつけ連携手帳アプリ」など、妊娠・出産・子育て支援を意識したアプリが提供されています。
マイナンバーを入力して認証されると、医療機関が管理しているカルテが同期されて、母子の体重変化やエコー画像を確認したり、予防接種や乳幼児健診の結果を把握することができます。
まとめ
PHRは個人が健康管理ができるツールとして注目されていると同時に、医師側にとってはセカンドオピニオン、転院、救急搬送時に迅速に情報を確認できるのがメリットです。
また、今後、幅広く普及することで医療従事者の業務負担が軽減される効果も期待できるため、多くの医療機関で積極的な導入が望ましいといえます。