医療現場においてもテクノロジーの進化が日々加速しています。
中でも国家プロジェクトとして、8Kスーパーハイビジョン技術の高解像度・広色域・高フレームレート等の有用性を医療に応用する動きが期待されています。現行のハイビジョンである2Kと比較し、16倍の高解像度や映像とは思えない色合い映し出すことのできる広色域を持つ8Kスーパーハイビジョンは、医療分野の先進技術として今後の医師の診療、中でも手術や診断にどのような影響を与えるのでしょうか。
そこで本記事では、8Kスーパーハイビジョン技術の具体的な応用例や開発状況、課題といった多角的な視点で紹介します。
1.8K技術の基本情報
8K技術の基本情報を下記でまとめて紹介します。
1.1 8Kスーパーハイビジョン技術とは何か?
8K技術は8Kスーパーハイビジョン技術とも呼ばれ、高解像度の映像を提供することで知られています。具体的には、縦4,320ピクセル×横7,680ピクセルの解像度を持つため、一般的なHD映像や4K映像と比較しても格段に高い精細度を誇ります。
8K技術の特徴は下記の4つです。
1.1.1 超高精細映像と高い臨場感
画面に近づいても液晶のドットがほとんど見えず、映像とは認識できないほどリアルに映し出されます。そのため、詳細なテクスチャや微細な動きまで捉えることができます。
また、人間の視野角は120°と一般的に言われていますが、8K技術であればほぼ視野角全体を画面に映すことができ、高い臨場感を生み出します。
1.1.2 小型・軽量化
8K技術の進歩により、医療機器は以前と比較して小型化・軽量化が進んでおり、医療機器への組み込みがより手軽になっています。
しかし、特に8K内視鏡の臨床応用においては、カメラヘッドが大きく、重く感じられることが課題として挙げられています。具体的に、カメラヘッドの大きさは手術野に干渉し、支えるのが大変であると報告されています。こうした小型化・軽量化の課題解決は、手術効率の向上や設備スペースの確保など、医師の作業環境を改善させるために発展すべきポイントの一つです。
1.1.3 色の再現性
自然界の色をほぼそのまま表現できる広色域を持つため、従来のHDや4K映像に比べ、よりリアルな色彩を表現可能です。
1.1.4 高フレームレート
フレームレートとは、1秒間に何枚の画像を表示しているかを示しており、動きの滑らかさに関わってきます。一般的なものは1秒間に30コマ、2Kですと60コマになりますが、8Kの場合は最高120コマまで表示することができます。そのため、自然な動きを映し出すことができ、早い動きもスムーズに捉えることができます。
このように、現在主流のHD映像や4K映像では表現できなかった画像技術により、医療現場での応用が期待されています。
参照:『8K超高精細映像技術とその医学応用』|国立情報学研究所
1.2 8K技術の医療への応用が期待されている理由
8K技術による高精細な映像がもたらすメリットは多く、特に医療現場では以下のような場面で極めて有効です。
参照:『8K技術の応用による医療の インテリジェント化に関する検討会 報告書(案) 』総務省
1.2.1 手術時に微細な組織を高解像度で見ることができる
例えば、神経外科手術においては、微細な神経細胞や血管を正確に識別する必要があります。手術の際に従来の2K内視鏡では、視野角が30°しかなく、手術部を拡大したければカメラを近づける必要がありました。そのため、腹腔鏡と手術器具がぶつからないように注意しながら執刀する必要がありましたが、8K技術を用いれば視野角が100°と広視野角になります。
広視野角になることで、8K内視鏡のカメラを手術部位に近づけず、離れた位置からズームで拡大することが可能になり、広々とした手術スペースを確保できるようになります。
また、従来の内視鏡では、不鮮明な映像のためにがん細胞の取り残し等が発生することで、がんの根治治療についても課題とされていました。8Kの技術を導入できれば、手術部を高精細に映し、がんの進行度合い、最深部に位置する血管の状態を確認できるほどの色の変化をとらえることで一層精密な手術が可能になります。
1.2.2 遠隔医療において、高解像度の画像と臨場感を伝える
遠隔地における急患や災害時など、専門の医師がその場に居合わせない場合、8K技術を活用した遠隔医療が重要となります。高精細な映像と臨場感によって、現地の医療スタッフと連携しながら適切な診断と治療指導が行えます。
このように、8K技術は様々な医療現場において高い映像技術を提供できる可能性があります。実際に手術と遠隔医療の領域で利用が進んでおり、患者に最適なケアを提供する未来の診療を支える先端技術と言えます。
1.3 8K技術の医療への応用状況
参照:「8Kスーパーハイビジョン技術を医療応用する国家プロジェクト第二弾」国立がん研究センター プレスリリース
日本国内での8K技術の医療への応用は着実に進展しており、国を挙げて普及を推進しています。特に国立がん研究センターでは8K技術を活用した診断や手術の効率向上が研究・実用化されています。
国立がん研究センターによる8K技術を使った腹腔鏡手術が日本での実用化の代表例です。高解像度と高拡大率の映像によって、手術中の医師は遠隔からの手術支援を受けながら緻密な手術をより安全かつ効率よく実行できます。
病診や手術での使用例としては、肺がんの初期診断において活用されています。高精度な8K映像技術により微小な異常部分を明瞭に捉えられます。その結果、早期発見と治療が進められ、患者の生存率が向上します。
そして、国内では8K技術の医療への適用が拡大しており、国内外で注目されています。
中でも、8K技術を遠隔手術支援型の内視鏡手術機器に応用する初の試みが日本で行われ、この技術により遠隔地においても手術状況が詳細に把握可能となり、質の高い遠隔手術支援の実現および医師教育の効率化が期待されています。
日本で開発された世界初の8K内視鏡は、微小な神経や血管を大画面で明確に表示することができ、先進的な手術手順を以前よりも安全に行うことができるのが特徴です。
このように日本国内での8K技術の応用状況は、世界をリードする水準にあり、今後さらなる発展が期待されています。
参照:8Kスーパーハイビジョン技術を医療応用する国家プロジェクト第二弾|国立がん研究センター
参照:8K腹腔鏡手術システムによる映像を伝送し遠隔で手術支援を行う 世界初の実証実験で医学的有用性を確認|国立がん研究センター
参照:8K市場_ 業界シェア 市場規模 成長性|株式会社グローバルインフォメーション
参照:世界初の8K内視鏡を実用化した千葉敏雄理事長に訊く、オンライン診療の未来と課題 _ Discover DNP _ DNP 大日本印刷
2.医療現場における8K技術の開発事例
8K技術は医療のさまざまな領域で活躍しています。以下では、特に注目されている3つの開発事例を詳しく紹介します。
2.1 【事例1】モニターや内視鏡(腹腔鏡)の開発
小型モニター開発と病理診断の現場での導入が進んでいます。8Kの小型モニターが病理診断に導入され、細胞レベルでの異常をより綿密にチェックできるようになりました。そのため、早期発見や正確な診断が可能になっています。
また、高精細・高臨場感の内視鏡手術も8Kならではの開発事例です。8K技術を用いた内視鏡(腹腔鏡)は、開腹手術に近い環境での手術を可能にしています。超高解像度と臨場感のある映像により手術の精度が格段に上がり、成功率を高めるのに役立ちます。
参照:『8K技術の応用による医療の インテリジェント化に関する検討会 報告書(案) 』総務省
2.2 【事例2】手術映像のカンファレンスなど医学教育での活用
8K映像の教育とトレーニングへの応用も広がっています。手術のリアルタイム映像を8Kで録画・中継することで、医学生や医療スタッフがリアルな手術環境を体験できます。
また、執刀医の手術映像を医療スタッフと共有し、経験の質を向上する取り組みにも注目です。手術中の高解像度映像は医療スタッフ全体で共有されるため、高度な手術技術の習得やケーススタディがより深く行えるようになっています。
2.3 【事例3】遠隔医療の診断活用
高解像度の8K技術が遠隔医療にも活用されています。例えば、離島に住む患者が本土の専門医とビデオ通話で診断を受ける取り組みが進められています。8K技術を用いた高精細な映像で症状や病状を詳細に確認できるため、専門医が精度の高い診断を行える点が魅力です。8K技術の応用を通して医療の地域格差が縮小し、どこにいても高品質な医療サービスを受けられる環境を目指しています。
参照:『クラウド時代の医療ICTの在り方に関する懇談会報告書概要』厚生労働省
3.8K技術が医療現場で普及するための課題
8K技術が医療現場で普及するための課題は次の3つです。
3.1 【課題1】医療機器のさらなる進化が必要
8K技術が医療現場で広がりを見せる一方で、いくつかの課題が浮上しています。最初の大きな問題は、医療機器自体の進化です。より効率的な診療を実現するためには、カメラやモニターのさらなる小型化・軽量化が求められます。
また、8K映像の低遅延伝送と画質の再現性向上も必要不可欠です。例えば、リアルタイムで高解像度の映像が手術室に送られ、より精確な手術を可能にするためにも重要なポイントと言えます。
3.2 【課題2】医療体制の整備が急務
2つ目の課題は、医療体制の整備です。デジタル病理システムが導入されるにあたり、実際にこれをサポートする診療基盤が必要です。具体的には、遠隔地でも8K映像を活用した診療が行えるよう、高速なネットワーク環境とそれに対応した医療施設が必要とされます。こういったインフラの整備が進むことで、離島やへき地でも高品質な医療サービスが提供可能になります。
3.3 【課題3】市場規模と研究費の拡充
現状では、8K技術の医療応用はまだ新しいため、その市場規模は限られています。2023年時点での8K市場規模は約78.8億米ドルとされています。2028年にはおよそ326.7億米ドルに拡大すると見込まれており、今後5年間での年平均成長率(CAGR)は32.90%に達すると予測されています。市場は急速に拡大している反面、研究費が限られている状況です。
一例として、8K映像を用いた診療法が特許取得されると、それに対する研究費が増加する可能性があります。このような研究費の拡充が進めば、8K技術のさらなる医療応用が期待でき、市場規模の拡大によりさらに多くの患者が先端技術のメリットを受けられるでしょう。
以上3つの課題を解決する取り組みが進めば、8K技術は医療現場でより一段と普及し、さらに多くの人々に高品質な医療を提供する未来が訪れると予測されています。
参照:8K市場_ 業界シェア 市場規模 成長性|株式会社グローバルインフォメーション
4.8K技術は医師のスキルやキャリアパスを大きく変化させる
8K技術の医療分野での採用は、医師のスキルやキャリアパスに大きな影響を与える可能性があります。以下の4点で具体的にどのような変化が予想されるのかを検討してみます。
4.1 診断と治療の質の向上
8K技術は高解像度の映像の活用を通して、特に微細な手術や診断の精度が向上します。例えば、網膜手術のような非常に微細な操作が求められる医療現場では、8K技術の詳細な映像が医師に新たな技術スキルを磨く手段を提供し、治療の質を向上させると期待されています。
4.2 遠隔医療と教育・トレーニングの可能性の拡大
高品質な映像共有能力により、遠隔医療や多地点間でのリアルタイムコンサルテーションが可能になります。そのため、地域間の医療格差の解消や医療スタッフ間のコミュニケーションが大きく改善されます。また、リアルタイムでの高解像度映像共有は、医師の教育とトレーニングの機会も拡大させる可能性があります。
4.3 情報解析能力の必要性
8K技術から生まれる大量のデータを効果的に解析する能力が求められるため、医師は新たな情報解析能力を磨く必要があります。AIと連携した8K映像解析により、がん細胞の早期発見や治療戦略の最適化など、医療の質をさらに向上させる新たな可能性が広がります。
4.4 キャリアパスの拡大
先進技術に関する新たなスキルを習得することで、医師は患者に対してより質の高い医療サービスを提供する能力を身につけ、キャリアパスの幅が広がるでしょう。特に、8K技術の採用により医師はより多くの患者に質の高い医療を提供できるようになり、それに伴いキャリアの進展や専門分野での知名度が向上する機会があります。
5.まとめ
8K技術の医療への導入により、診断精度の向上、遠隔医療の質の拡充、医学教育の進化など医療現場では多角的な影響が現れています。特に、微細な手術や診断において8K技術による効果は顕著で、医師は医療応用に合わせた新たなテクニカルスキルが必要となる可能性があります。
例えば、高品質な映像共有能力によって医療スタッフ間のコミュニケーションを高め、遠隔地における医療スタッフ間のコミュニケーションを高め、遠隔地における医療格差の解消にも役立つでしょう。また、大量のデータを効果的に解析する情報解析能力も一段と必要とされることで、より高度な診断や治療戦略の策定が可能となります。
このように、8K 技術による多様な影響が広がるにつれて、医師自身のキャリアパスにも明らかな影響を受けることは必至です。そのため、医師はより多くの患者に質の高い医療を提供するためにも、新たなスキルの獲得を目指す必要があります。個々のスキルアップが医療全体のサービスレベル向上とともに、医師自身のキャリアにも新たな道が開かれるでしょう。