日本社会は高齢化が進み、高齢者の医療へのニーズが増大しています。その中で課題となるのが「ポリファーマシー(多剤併用)」です。ポリファーマシーとは、一人の患者が複数の薬剤を同時に使用することだけでなく、特に多剤服用による副作用のリスクに注目するものです。
高齢者医療や医療費抑制について関連のあるポリファーマシーを理解することは、医師としてのキャリア形成において重要な視点となります。
そこでこの記事では、ポリファーマシーとは何か、具体的な問題や原因、そして有効な対策について深く掘り下げ、医師のキャリアを考えるためのポイントをご紹介します。
目次
1.ポリファーマシー(多剤併用)とは
ポリファーマシー(多剤併用)とは、患者が複数の種類の薬剤を多数服用することで、患者の安全性が懸念される状態を指します。また、錠剤の数や種類だけではなく、薬物治療が適切であるかどうかで判断されます。
ポリファーマシー(polypharmacy)とは、英語で「複数の調剤」を意味し、多剤併用と訳されます。複数の薬剤による健康被害は薬剤の数が増えるほど増加します。では、ポリファーマシーの現状や問題点はどこにあるのでしょうか。
1.1 ポリファーマシー(多剤併用)の現状
厚生労働省の調査によれば、65〜74歳の高齢者の約30%、75歳以上の後期高齢者の約40%が5種類以上の薬を同時に服用しています。つまり、高齢者医療では、多剤服薬はよく見かける現象です。また、精神科領域では、多剤服薬が一般的であることから、ポリファーマシーの問題が深刻化しています。
ポリファーマシーは多くのリスクを伴います。例として、80歳の男性患者・Aさんが高血圧、糖尿病、心疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)という複数の疾患を持つとしましょう。Aさんのお薬手帳を見ると、2つの降圧剤、3つの糖尿病治療薬、3つの心疾患薬、そしてCOPDの治療薬が記録されています。すべての薬をAさんは1日に数回服用しているわけですが、それぞれの薬剤の相互作用や副作用、服薬回数や服用方法が複雑化し服薬管理が難しく、患者の安全性においてリスクが生じる可能性を抱えています。
1.2 ポリファーマシーの問題点
ポリファーマシーにより懸念される問題は2つあります。
1つは、患者の健康への影響です。薬剤同士の相互作用や副作用はもちろんですが、不必要な薬物療法などが挙げられます。
たとえば、心臓病の薬と胃腸薬が相互に作用して効果が低下するなどです。実例として、一部の降圧剤と抗鬱剤が同時に処方されると、相互作用のため患者によって血圧の急降下や立ちくらみを引き起こす副作用が報告されています。特に、高齢者にとっては、薬物の相互作用や体内での薬物動態が変化することで、思わぬ健康被害を引き起こす可能性があります。そして、患者のQOL(生活の質)が低下する可能性も指摘されています。
もう1つは、医療費の増加です。なかでも、高齢者医療では多くの薬剤が処方されるため、医療費の増大につながります。複数受診により必要のない薬物療法が行われることで、無駄な医療費が発生し、社会全体の医療費負担の増大につながっているのが課題です。
2.ポリファーマシーの原因
ポリファーマシーが起こる原因は次の3つが考えられます。
- 患者の複数の慢性疾患
- 医師と患者間のコミュニケーション不足
- 薬剤情報の不足
では、ひとつずつ見ていきましょう。
2.1 原因1 患者の複数の慢性疾患
高齢者はさまざまな慢性疾患を抱えることが多いため、複数の薬剤を同時に使用するケースがあります。
たとえば、心臓病と腎臓病、糖尿病などは深い関連性があり、複数の薬剤が必要となることが一般的です。具体的には、心臓病に対する抗凝固剤、腎臓病の進行を抑制するACE阻害薬やARB、糖尿病をコントロールするインスリンといった薬剤がそれぞれ必要となり、薬剤の種類が増えていきます。また、高齢者は加齢による心身機能の低下や複数の病気やケガにより、複数の診療科を受診することが少なくないため、気づくと多剤処方が進んでしまうケースが多く見られます。
2.2 原因2 医師と患者間のコミュニケーション不足
「処方カスケード」も、ポリファーマシーの一部です。処方カスケードとは、服用中のある薬による副作用を新たな疾患や症状と誤認し、追加でさらに薬剤が処方される現象を指します。つまり、病状の誤診と多剤処方の悪循環を表す用語です。
たとえば、75歳の高齢女性が不眠症のために睡眠導入剤を処方されたとします。しかし、別の医師が睡眠導入剤による口渇に対して脱水症状の治療薬を追加する可能性があります。結果、本来1つの疾患(不眠症)に対して処方すべきだった薬剤が2つに増え、薬剤間の相互作用のリスクが増大します。
処方カスケードを防ぐには、医師と患者の間でしっかりとしたコミュニケーションをとり、副作用や薬物相互作用のリスクを明確にすることが必要です。具体例として、次のような視点でのコミュニケーションが期待されます。
- 診察で症状を詳細にヒアリングする
- 薬の効能や服用方法、副作用を丁寧に説明する
- 副作用が疑問点があればすぐに相談するように伝える
- 他の医療機関にかかる際は服用薬の情報を共有するようお願いする
日常の臨床現場において、こうした患者との情報共有が望ましいと言えるでしょう。
2.3 原因3 薬剤情報の不足
薬剤の副作用や多剤処方の影響を患者が十分に理解していない場合、適切な判断や行動がとれずポリファーマシーにつながることがあります。
そのため、医師は、薬剤師との連携を強化したり、普段の診療を通じて患者が理解しやすい言葉で薬剤情報を伝えることで、ポリファーマシーを防ぐことが可能となります。
具体的には、お薬手帳を中心に他院の診療情報提供書などを確認し、患者が使用するすべての薬剤の把握に努めることが必要でしょう。そして、患者に薬剤単体だけでなくポリファーマシーによるリスクも正確に説明することが大切です。
3.医師の立場でのポリファーマシーへの対処法
ポリファーマシーに対して医師の立場から、次の3つの対処法が挙げられます。
- チーム医療
医療機関同士の情報共有
- 薬剤の適正使用教育
以下、厚生労働省が公表した『高齢者の医薬品適正使用の指針』を参考に、医師がポリファーマシー問題にどのように対処すべきかをご紹介します。
3.1 対処法1 チーム医療
ポリファーマシーに対しても、医師一人だけでなく、看護師や薬剤師を含むチーム全体で対応する「チーム医療」の推進が求められています。医師を中心に、その他のコメディカルから幅広い意見や視点を取り入れることで、より全体的でバランスの取れた医療を提供できるだけでなく、薬剤の副作用や相互作用の確認も行いやすくなります。
例として、チーム医療を導入している医療現場を考えてみましょう。主治医だけでなく、看護師、薬剤師、栄養士がチームを組み、一人ひとりの患者の状態を総合的に把握し、処方薬の適正使用に努めます。担当患者ごとに編成されたチームを組むことにより、患者の薬剤リスクを最小限に抑え、ベストの治療を提供することができます。
3.2 対処法2 医療機関同士の情報共有
患者が他の医療機関で治療を受けている場合、医師や調剤薬局といった医療機関同士の情報共有が重要となります。
具体的なケースとして、90歳の高齢男性Cさんが、循環器内科で心不全の治療を受けているとします。同時に、整形外科で関節炎の治療のためNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が処方されているとしましょう。しかし、NSAIDsは一部の心疾患薬と相互作用を起こし、心不全が悪化するおそれがあることが知られています。つまり、内科医もしくは整形外科医の双方が処方している薬剤の情報を把握していないと、患者に重大な副作用が生じる恐れがあります。
このように、医師は患者一人ひとりの受診状況や薬剤情報を把握し、適切な診断と処方を下すことで、患者に安全な診療を提供することができます。
3.3 対処法3 薬剤の適正使用教育
医師自身が薬剤の適正使用について深く理解するための教育・研修もポリファーマシー対策に欠かせません。
医学部のカリキュラムや院内研修や自主学習により、薬剤に関する知識をアップデートし続けることで、患者によりベストの処方が行えます。
医師が最新の医療知識を継続的に学び、臨床現場に活用することで、ポリファーマシーの問題の低減につながります。
4.ポリファーマシー問題の具体的対策
ポリファーマシー問題の具体的な対策には、次の4つのポイントがあります。
- 院内の現状把握と体制づくり
- 院内の共通認識を統一する
- 院外関係施設との情報連携
- デジタルヘルスの活用
以下で、厚生労働省『高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン第2版』を参考に、具体的な対策を見ていきましょう。
4.1 院内の現状把握と体制づくり
まず、具体的な対策をたてるため、自院内でのポリファーマシーの現状を調査することが重要です。
具体的には、どの程度の患者が何種類もの薬を服用しているか、また、それによる副作用や入院がどの程度発生しているか、などのデータをまとめます。結果に基づいて、ポリファーマシー問題の規模や重要性が可視化され、具体的な対策を立てることができます。
また、体制づくりとしては、ポリファーマシー対策のチームを設置することが考えられます。ポリファーマシー対策チームは、全職員に対する教育・研修の実施や、各種データの収集・分析、対策の進行管理などを担当します。
ある医療機関では、ポリファーマシー対策チームを立ち上げ、医師と薬剤師が各病棟でのポリファーマシーの状況を定期的に調査し、院内研修や薬剤処方の見直しを行っています。全院を挙げてポリファーマシー問題に取り組むことで、多剤服用による副作用や薬物相互作用を減らすことができ、患者のQOL(生活の質)向上につながったという一例があります。
4.2 院内の共通認識を統一する
次に、院内全体でのポリファーマシーに対する認識の統一が求められます。カンファレンスや研修会の開催を通じて、スタッフ全員が同じ認識を共有し、チームとして対策に取り組むことが大切です。
具体的な対策の一例として、ある病院では院内の全スタッフにポリファーマシー問題についての研修を定期的に開催し、共通ルールの薬剤管理の下、チーム医療を推進しています。また、院外の調剤薬局とも情報連携を強化し、患者が他の医療機関で受けている治療についても把握するようにしています。
4.3 院外関係施設との情報連携
ポリファーマシー問題をなくすには、院外の医療機関や調剤薬局との情報連携も欠かせません。かかりつけ医や主治医、前任の担当医、薬剤師からの情報を活用し、患者の薬物治療を適切に調整することが重要です。
また、包括ケアシステムが推進されるなか、高齢患者の場合はケアマネジャーや入所施設などとも情報を共有することで、日常生活での薬剤の服用状況を把握し、適切な処方へとつながります。
4.4 デジタルヘルスの活用
近年、デジタルヘルス技術が医療の現場で注目されています。
特に、ポリファーマシー問題では、電子カルテや医療情報共有システムを活用することで、患者の複数の医療情報を一元管理し、共有する体制づくりが重要です。
医療機関でデジタルヘルス導入が進むと、患者の状況把握や薬剤管理がより簡単になります。
参照:「病院における高齢者のポリファーマシー対策の始め方と進め方(案)」
5.持続可能な医療システムに向けた社会の取り組み
ポリファーマシーを解決することは、持続可能な医療システムに向けた社会全体の取り組みともつながります。
今後日本では、ポリファーマシー問題に対するアプローチはどのように進んでいくのでしょうか。
- デジタルヘルスの推進
- 医療提供者の教育と訓練
- 政策とガイドラインの策定
以下、具体的なポイントを3つご紹介します。
5.1 デジタルヘルスの推進
前述のデジタルヘルス技術は、社会全体での医療問題に対する取り組みにおいても重要な役割を果たします。
具体的には、電子カルテや電子処方箋、電子健康記録(EHR)の活用により、患者の薬剤情報を一元管理し、医師、薬剤師、患者が容易にアクセスできるようにすることで、ポリファーマシー問題を抑制できます。また、AIを活用した薬剤併用の管理システムの開発が進められており、副作用や相互作用の予防に寄与することが期待されています。
たとえば、アメリカでは、電子健康記録(EHR)のシステムを全国的に導入し、すべての医療情報が一元化され、データベース管理が普及しています。2019年の厚生労働省のレポートによると、アメリカ国内の医療機関で情報連携は約75%の普及率です。
患者がどの医療機関を受診し、どの薬を何のために処方されたか等が一覧できるため、医療従事者は総合的な判断を行いやすく、ポリファーマシー問題の把握と解決に役立てることができます。また、AI(人工知能)を活用したシステムも開発されており、複数の薬剤の副作用や相互作用を予測し、ポリファーマシー問題に対する対策を支援しています。
参照:『諸外国における医療情報の 標準化動向調査』|厚生労働省
5.2 医療提供者の教育と訓練
医療提供者の教育と訓練の強化も、ポリファーマシーの解決に向けた重要な取り組みの一つです。ポリファーマシーの問題や高齢者の特性について深く理解することで、適切な薬物療法の選択や、不適切な多剤処方のリスクを精確に判断する能力が高まります。
具体的には、研修医の教育課程において、ポリファーマシーのリスク管理についてのカリキュラムを設けることが一つの方法です。実際のケーススタディを通じて、同じ症状に対する複数の薬剤の選択肢と、それぞれの薬剤が他の薬剤と相互作用を起こす可能性について学ぶことができます。さらに、定期的に薬剤レビューと処方調整の知識を学ぶことで、医師自身が多剤処方のリスクを管理するスキルを身につけることができます。
5.3 政策とガイドラインの策定
ポリファーマシー問題では、政策やガイドラインの策定もまた重要なポイントです。厚生労働省や医療業界の専門家による高齢者に対する薬物療法のガイドラインや、適切な薬物使用のための教育プログラム、薬物相互作用のチェックリストなども含まれます。
たとえば、厚生労働省は『高齢者の医薬品適正使用の指針』『高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン第2版』を策定し、医療現場に具体的なガイドラインを提示しています。また、日本老年医学会は高齢者の薬物有害事象に注意喚起し、薬物療法の安全性を高めるため『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』を作成しています。
こうしたガイドラインや政策を現場の医師が実際に取り入れることで、多剤併用によるポリファーマシー問題を抑制し、持続可能な医療システムの構築に対する期待が寄せられています。
参照:「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン 第2版」|厚生労働省
参照:「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」日本老年医学会
6.まとめ
多剤併用とも呼ばれるポリファーマシー問題において医師は重要な役割を担っています。多剤服薬は患者の健康リスクが高まる可能性があるので、解決に向けた取り組みが高齢者医療の未来に影響を与えるでしょう。
このポリファーマシー問題の理解と対策を把握しておくことは、特に高齢者医療や介護施設を選択する場合に不可欠と言えるでしょう。日々の診療や研修において、常にポリファーマシー(多剤処方)の問題を意識し、スキルアップを続けることが大切です。