医療ツーリズムとは?外国人患者を受け入れた医療機関の対応方法

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近年、高度な医療を受けるためや医療費を安く抑えることなどを目的に、海外の医療機関で治療や医療サービスを受ける「医療ツーリズム(医療観光)」の需要が急速に高まっています。

本記事では、医療ツーリズムの現状を踏まえて、外国人患者を受け入れた医療機関の対応方法や業務の流れ、業務内容など、重要なポイントを解説していきます。

1. 医療ツーリズムとは?

「医療ツーリズム(医療観光)」とは医療を受ける目的で海外へ渡航し、現地で治療や医療サービスを受けることをいい、医療と観光がセットになった海外旅行のことです。

医療ツーリズムの対象となる医療には、病気や怪我に対する一般治療の他、再生医療やがん治療などの最先端医療、人間ドック、医療美容や歯科、形成手術など様々な種類があります。

例えば、美容整形目的や健康増進を目的とした温泉旅行なども当てはまり、医療ツーリズムの構成要素の幅は広いと言えます。

特に医療水準が低い国や地域の人々、高度医療を受けるには特定の病院で高額な費用がかかるケースにおいて、医療ツーリズム(医療観光)の需要が高くなる傾向にあるのです。

日本においてはインバウンド推進施策として2009年に新成長戦略に盛り込まれ、2011年には3年以内に何度でも入国が出来る医療滞在査証(医療ビザ)が発行されました。

日本の医療関係者はインバウンドでの収益を上げるチャンスであり、国土交通省・経済産業省・厚生労働省は観光庁や自治体などが協力しながら、医療ツーリズム産業に力を注いでいます。

また、訪日外国人旅行者が万が一の事故や病気になってしまった場合に受診できる病院の選定も行われているなど、より安心して過ごせる制度整備が進んでいます。

2. 医療ツーリズムの人気が高い3つの背景

近年、世界的に医療ツーリズムの人気が高まっている理由は自国よりも治療費を安く抑えられる、最先端医療を受けられる、そして医療を受けながら旅行や観光を楽しむこともできるといったメリットが挙げられます。

2.1 医療費を安く抑えられる


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日本には「国民皆保険」という制度があるため、国民は全国どこに住んでいても同じ費用で治療を受けることができ、医療機関に支払う金額は保険医療費の1割から3割となっています。しかし、海外の保険診療体系は国によって異なります。

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例えばアメリカの場合は、国民皆保険制度がなく、公的医療保険制度の対象者は高齢者や障害者等、加入条件が限られています。それ以外の方は、民間医療保険に加入していれば自己負担は少なく済みますが、加入している保険によって受診できる病院も変わります。

より高度な治療が受けられる病院に行きたいなどの希望があり、自身の納得できる医療を受けたい場合は、さらに割高な民間医療保険に入る必要があります。

また、アメリカの医療は自由診療なため、各医療機関が医療費を設定できる事も医療費が高額になる要因の一つです。各医療機関での医療技術競争が起こり、それに比例し医療費が高額になるため、海外へ安価な治療を求めるケースが多くなっています。

また近年は自宅にいながらインターネットで海外の病院や治療などの医療情報を調べることができ、口コミを参考にして、自分に必要な医療を自由に選択できるということも医療ツーリズムの人気の高まりに影響していると考えられます。

2.2 最先端の医療を受けられる

医療ツーリズムは自国の医療にはない、最先端の技術を活かした医療を受ける目的で海外へ渡航するケースが多くみられます。

特に美容医療に関しては、自国にも同じ治療があるけれども、海外でしか受けることができない医療技術や質の高い治療に価値を見出していることが考えられます。

特に医療水準が低い新興国の富裕層は高度な医療技術を求めて医療ツーリズムを利用するケースが多いようです。

2.3医療措置を受けるまでの待機時間の短縮ができる

例えばイギリスやカナダなどのように、手術や医療措置が行われるまでに長い待機時間を必要とする国も少なくありません。この問題を解消するために、より待機時間の短い海外での医療を選択する人も多くいます。

また目的とする医療を受けながら観光を楽しむことができるというのも魅力です。

3. 医療ツーリズムの市場規模

では、実際に世界における医療ツーリズムの市場規模はどれくらい成長しているのか見ていきましょう。

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日本政策都市銀行が発表したデータによれば、2020年の日本における医療ツーリズムの市場規模は以下の通りです。

▽日本における医療ツーリズムの市場規模
2020年の医療ツーリスト:42.5万人
医療ツーリズム市場規模:5,5075,500億円
経済効果:2,823億円

国内でも医療ツーリズムによる消費額の拡大が予想されます。

出典:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」

3.1 海外の動向は活発化

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実は、医療ツーリズム市場を牽引しているのはタイ、シンガポール、マレーシア、韓国、インドといったアジア諸国です。

2000年以降、アジア諸国は国策として医療ツーリズムを展開しており、旅行中に高水準の医療を低価格で治療を提供することを打ち出し、欧米諸国や中東からの需要が高いです。

アジア諸国の国を挙げての取り組みは以下の通りです。

▽タイ
・アジアの医療拠点をめざす「アジアメディカルハブ」構想を発表
・国内の160の病院で患者と付添人に対し、ビザなしで90日まで滞在可能

▽シンガポール
・医師の推薦状、治療計画の入手でビザの滞在期間を延長可能
・JCI(Joint Commission International)の認証を受けた病院数がアジア最多
・医療機関の株式会社化、競争意識の促進
※JCIは世界で最も厳しい評価基準を持つ国際的な医療施設評価機関です

▽マレーシア
・医療目的の滞在の場合、滞在期間を延長可能
・手数料を支払いビザを早期に取得可能

▽韓国
・医療法を改正し、医療査証を創設
・済州島を東アジアの医療ハブにする済州島ヘルスケア・アイランド構想に多額の国費を投じた
・韓国の医療機関や旅行業者が、医療目的のビザ申請を代行する

他にもインド、マレーシア、フィリピン、台湾などの国々で医療観光への関心が高まっており、諸整備が進められているため、今後は各国の市場競争は激化するでしょう。

3.2 日本の現状は受け入れ体制が不十分

日本の医療ツーリズムは、世界に誇れる高度な医療技術を背景に、近年拡大が期待されている分野ですが、2022年の医療ツーリズムの市場規模は5,507億円のうち、純医療費金額は1,681億円になっています。

経済産業省・厚生労働省・国土交通省は外国人患者を受け入れるためのマニュアルを公開しましたが、医療機関の9割はまだ受入れ体制の現状把握や課題の抽出、受入れ体制整備方針の整備が行えていません。

また、医療観光を求める外国人と日本の医療機関をつなげるコーディネーターを配置していると回答した病院は全体のわずか2.1%程度で、外国人患者が医療ツーリズムを最適な環境で行える病院は少ないのが現状です。

厚生労働省は近隣のアジア諸国、特に中国・ロシアなどの富裕層をターゲットに設定し、2011年に医療ツーリズムの受け入れ促進のため医療滞在ビザを導入しました。

それでも、なかなか浸透しない原因は医療の手続きが複雑であることが挙げられます。

▽外国人が日本の医療滞在ビザを取得するプロセス
⑴身元保証機関を通じて、日本で受診する医療機関を決める

⑵医療機関による受診等予定証明書、身元保証機関による身元保証書などを入手する

⑶一度帰国し、自国で日本の医療滞在ビザを取得する
 ※日本の医療滞在ビザの期間は90日以内、6カ月、1年の3種類

⑷再度訪日する

このような時間と手間がかかるプロセスがあるため、敬遠してしまうと考えられます。

参照:「令和5年度 医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査結果」(厚生労働省)
参照:”進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~” 日本政策都市銀行

4. 外国人患者への医療機関の対応方法

日本の医療技術と医療サービスは世界に誇るレベルであり、今後、医療機関が外国人受け入れ体制を整えていけば、医療の国際化が進みます。

医療ツーリズムは公的医療保険を使わない自由診療となりますので、医療ツーリズムによる経済効果はもちろん、国際貢献にも繋がります

この章では医療機関が外国人患者を受け入れた時の具体的な対応について見ていきましょう。

4.1 外国人患者を受け入れる業務の流れと業務内容

外国人患者を受け入れる医療機関の業務全体の流れは以下の通りです。

ステップ1)受け入れ体制の準備

主な業務
・価格を設定する
・問い合わせ対応
・来日前の準備、諸手続き
・来日後の院内調整
・担当医を決める
・医療スタッフと業務連絡
・事務スタッフと業務連絡
・医療コーディネーターと業務連絡
・医療通訳の活用

ステップ2)治療環境の整備

主な業務
・宗教別のマナー、NG行為を学ぶ
・担当医がマニュアルを一読する
・問診票の作成、追加項目
・通訳体制を整える

ステップ3)入院生活の環境整備

主な業務
・担当医が入院受け入れチェックリストを確認する
・食事(ハラールフード)、宗教への配慮
・インターネット環境
・患者の家族への対応

ステップ4)治療終了時の対応

主な業務
・問い合わせ窓口の設置
・退院時のチェックリスト

参照:経済産業省「病院のための外国人患者の受入参考書」

4.2 外国人患者を受け入れる担当医師の業務

担当医の主な業務は受け入れ可否の決断と回答をし、受け入れ可能な場合、医療スタッフと共に治療内容や入院期間を決めて、医事課に治療にかかる概算見積費用の算出を依頼します。

▽担当医の主な業務
・受け入れ可否の決断と回答
・治療内容の計画
・入院期間、日程調整をする
・医事課に治療にかかる概算見積費用の算出を依頼する

▽患者が来日後
・同意書作成
・治療の説明
・検査、治療をおこなう
・同伴者への対応

他の患者や診療や病棟運営に影響が出ないように、受入れ担当医一人で決めるのではなく、複数の医師で協議を行い、決定するのが望ましいです。

治療をスムーズに進めて来日後のトラブルを避けるためにも、医療コーディネーターや通訳を通じて、入院や治療に関する内容を患者や付添い家族に伝えてもらいましょう。

また、クレームやトラブルは個々の患者や国の状況に合わせるため、国際的な個人間の紛争や医療過誤に詳しい弁護士などのネットワークを広げておくと安心です。

4.3 国際医療コーディネート事業者や医療通訳との連携

国際医療コーディネート事業と医療通訳は連携することで、外国人患者が日本の医療機関を受診する際の円滑なコミュニケーションとサービスの提供を支援する役割を担っています。

具体的には、国際医療コーディネート事業は、外国人患者の診療・治療の予約や手続き、通訳、生活支援など、医療機関や行政機関のサポートを行うい、医療通訳は、外国人患者と医療スタッフとの意思疎通を円滑に行います。

来日前の準備と諸手続き、医療滞在ビザの手続きは、身元保証機関として登録されている国際医療コーディネート事業者と協力して進め、医療通訳との連携も重要です。

病棟の看護師や検査部門の医療スタッフはよく使用する「入院・検査時用語集」を作成して常備しておくとよいでしょう。

参照:経済産業省「国際医療コーディネートサービス業務マニュアル Vo.02 」

4.4 入院生活の環境整備について

患者の入院中は、病棟看護師または病棟クラークがサポートを行います。

医療通訳を入れる日程に変更が生じた場合は、窓口担当者を通じて、国際医療コーディネーターに調整を依頼し、医療通訳の日程変更の調整を行います。

外国人患者の文化や習慣の違いは、医療行為や治療方針に影響を与える可能性があります。

例えば、ある宗教では特定の臓器の移植を禁じていたり、国によって医療費の支払い方法が日本と異なる場合などがあるため、注意が必要です。

これらの違いを理解せずに診療を行うと、患者の不安や不信感を招き、適切な治療を受けられなくなる恐れがあります。

そのため、国際医療コーディネート事業者や医療通訳との連携により、患者の文化や習慣を正しく把握し、適切な医療を提供することが重要です。

宗教的な配慮も必要になりますので、日本人向けの院内マニュアルを見直し、外国人に配慮したものに作り直しましょう。医療スタッフは国際コミュニケーション・マナー研修、語学・グローバル研修などの専門事業者のプログラムを活用するのもおすすめです。

4.5 治療終了時の対応

見積書や請求書などの経緯説明は文書で行い、口頭でも内容を説明をして、患者からの了解を得たうえで金額を提示し、支払手続きを進めましょう

手術後や退院時には、治療結果の説明と今後の経緯説明が大切です。

治療費の請求と支払は、書面と口頭で見積書や請求書など、詳細な経緯を説明した上で、患者の理解を得た上で進めることが重要です。患者の支払能力や保険適用状況についても確認しておきましょう。

具体的には、手術後や退院時には、以下の内容を説明します。

・手術や治療の成功・失敗、今後の治療の必要性
・退院後の生活指導
・再発や合併症の可能性

患者の文化や習慣を理解した上で、患者の不安や質問に丁寧に答え、患者が安心して帰国できるようにサポートしましょう。

参照:経済産業省「病院のための外国人患者の受入参考書」

参照:経済産業省「国際医療コーディネートサービス業務マニュアル Vo.02 」

5.医療ツーリズムの今後の課題

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出典:日本政策投資銀行「進む医療の国際化~医療ツーリズムの動向~」

日本への外国人患者の受入が増加しており、それに伴って国際医療コーディネートの需要も高まっていますが、医療に関する専門知識や語学力、異文化理解力などが必要とされるため、人材不足が深刻化しています。

国際医療コーディネートは海外医療機関との情報連携も求められており、海外医療機関とのカルテ共有、患者の診療情報の受け渡しなど、円滑な情報連携が重要です。

しかし、海外医療機関とのシステムや文化の違いなどから、情報連携が難しいケースも少なくありません。

これらの問題点を解決するためには、専門家の人手が必要です。国際医療コーディネーターは、医療に関する専門知識や語学力、異文化理解力に加えて、海外医療機関との連携ノウハウも身につける必要があります。

具体的には、以下の人材育成が求められます。

・医療に関する専門知識と語学力の習得
・異文化理解力の向上
・海外医療機関との連携ノウハウの習得

これらの人材育成を進めることで、国内の国際医療コーディネートの課題を解決し、外国人患者の円滑な受入を実現できると考えられます。

その他、医療機関内でも多言語や異文化に対応する体制を整えることや、外国人患者受け入れのマニュアルを整えておくことも必要です。

まとめ

日本は医療技術やサービスの質の高さで世界でも高い評価を得ており、医療ツーリズムの潜在的な需要は大きく、医療ツーリズムの本格導入と整備には多くのメリットが期待されています。

医療ツーリズムによって日本と海外の交流が促進され、患者と医療スタッフの交流を通じて文化や習慣の理解が深まり、相互理解が進むでしょう。

海外からの患者のニーズを満たすために、日本の医療機関はサービスの質を向上させる必要があり、医療技術やサービスの標準化、人材育成などの取り組みが進み、日本の医療全体の質の向上が期待されます。

医療ツーリズムの導入には言語や文化の違いから、医療機関の安全管理体制の整備、医療安全の確保、患者のサポート体制の充実が重要です。

また、日本の医療費が増加する可能性がありますので、医療費の適正化を図る仕組みの構築、政府や民間の連携が不可欠です。

医療ツーリズムは、日本の医療技術やサービスを世界に発信するチャンスと捉えて、本格導入と整備を進め、日本の医療産業の更なる発展を望みます。