“訪問診療で患者の心に寄り添う” 外来や在宅診療との違いとキャリア展望

Home visit medical treatment

訪問診療は、患者の自宅や施設を訪れ、直接医療を提供するスタイルで、医師としての新たなキャリアと成長が期待できる分野です。

どうしても診療時間が限られる外来より、患者さんの話に耳を傾け、じっくり向き合っての診察が可能であることや、ワーク・ライフ・バランスを重視した働き方ができることからも訪問診療が注目されています。 

そこでこの記事では、訪問診療の役割、在宅医療との違い、メリットとデメリット、必要なスキル、そしてキャリア展望についてご紹介します。

1. 訪問診療とは?

訪問診療とは、医師が患者の自宅や施設に直接出向き、その場で診察や治療を行う医療形態です。以下で詳しく解説します。

1.1 訪問診療における医師の役割

訪問診療の対象者は、主に通院が困難な高齢者、移動が制限される身体障がい者、心臓病や糖尿病などの重度な慢性疾患を抱える患者などです。例えば、車いすの利用が必要な方で家族の介助が受けられない場合や、寝たきりや人工呼吸器、認知症の進行で自宅から異動が困難な方など、さまざまな患者に訪問診療が活用されています。

具体的な診療の流れとして、事前訪問や初回診察から診断、診療計画の作成、定期的なフォローアップなど、一連の医療を行います。そのため、医師は処方箋の発行や必要に応じた検査の実施など、現場で迅速な判断をしながら幅広い業務を担当する必要があります。

また、予防医療との連携も重要です。訪問診療では、患者の日常生活の中での健康管理に基づき、生活習慣病などの予防や、早期発見・早期治療へと繋げるなど、医師に求められる役割は多岐にわたります。

1.2 訪問診療と在宅医療との違い

訪問診療とよく似た言葉に「在宅医療」や「往診」があります。訪問診療や往診は、在宅医療のなかに含まれる診療形態です。

医療は、患者が診療を受ける場所により次の3種類に分かれます。

  • 外来医療(外来診療):患者が医療施設に通院して診療を受ける
  • 入院医療:患者が入院して診療を受ける
  • 在宅医療:患者の自宅や施設で医療を受ける

このうち、訪問診療は、患者の自宅や施設での定期的な医療の提供を目的とします。一方、往診は一時的な急患や特定の治療の必要が生じた際に、医師が患者の自宅を訪れる医療形態です。つまり、一般的に、診療計画に基づき定期的に慢性疾患の診療・治療することを訪問診療と呼び、急な発病や症状の憎悪時のみ医師が診察に出向くことを往診と呼びます。

このように、訪問診療は計画的かつ継続的なケアが特徴で、往診は一時的な対応に重点が置かれるといった違いがあります。

2.訪問診療のメリット

医師にとって訪問診療にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

以下、具体的に4つのメリットを紹介します。

2.1 通院困難な患者に医療を提供できる

訪問診療は、透析療法が必要な慢性腎臓病(CKD)患者や人工呼吸器装着中の患者、歩行が困難な高齢者など、通院が難しい患者に自宅での医療を提供します。

例えば、重度の心疾患を持つ患者にとって、自宅での心電図のモニタリングや、必要に応じた投薬の調整が通院しないで受けられるため、在宅療養の安心感や生活の質(QOL)が向上します。

2.2 医師としての成長やキャリア形成につながる

訪問診療は病院内とは異なる多様な疾患・症状に対応する必要があるため、医師の経験・スキルを豊富に磨くことができます。例として、重篤なアレルギーを持つ患者の食事指導や、褥瘡ケアの専門的治療、終末期の在宅緩和ケアなど、幅広い経験が積めます。

 

2.3 患者一人ひとりに寄り添う診療ができる

訪問診療では、長期的な関わりとなる患者も多くいます。患者の病気や怪我だけに向き合うのではなく、患者個人と向き合い、その家族に対しても生活習慣の指導や心理的なサポートなど細部にわたって支援をすることもできます。

通院が困難な高齢患者がいた場合には定期的な診療のみではなく、家族との情報共有も加え患者の健康状態を把握し、食事や運動・服薬についての家庭でのサポート方法についても指導ができれば、患者や家族の不安を軽減することができるかもしれません。このように時間をかけて患者個人と向き合い信頼関係を深めていけることは大きなメリットです。

2.4 ワーク・ライフ・バランスを考えた働き方ができる

訪問診療の医師は24時間体制の勤務に負担を感じ、「訪問診療は大変」というイメージが一般的でした。しかし、最近ではスケジュールが比較的柔軟で、自分のペースで勤務を調整できる病院やクリニックも増えており、そのイメージが変わりつつあります。

例えば、週3日のみや午前中のみなど、家庭都合との調整がしやすい勤務形態であれば働けるという医師もいるでしょう。ワーク・ライフ・バランスを考えた働き方ができるという点は医師のキャリアを継続する上でも大きな魅力の一つになります。

3.訪問診療のデメリット

訪問診療は医師の立場から以下のようなデメリットが挙げられます。

3.1 医療機器が限られるため診療に限界がある

訪問診療では、病院のように豊富な種類の医療機器を持ち歩くことが難しいため、その場で必要な検査・治療ができない場合もあります。

例えば、病院内で行うことが一般的な心電図やレントゲン撮影、超音波検査、血液検査などは、訪問診療で実施ができないことが多いです。このため、訪問診療でこういった専門的な検査が必要な場合には、患者に病院での受診の必要性を説明し、別日で検査予約を取るなどの対応が必要となることがあります。このような診療面で制約が存在することは、訪問診療のデメリットとも言えるでしょう。

3.2 診療時間や移動時間がかかり患者数が限られる

訪問診療では移動時間が発生するため、どうしても病院やクリニックに比べ患者数が限られます。

交通渋滞等にまきこまれるとさらに移動時間による業務時間のロスが大きくなってしまいます。しかし、これは訪問診療の特性上ある程度避けられません。

したがって、限られた時間内でできるだけ多くの患者を診察する、すなわち「診察効率」を高める意識が必要です。訪問診療を行う病院やクリニックによっては、患者層、設備、スタッフの規模などが異なるため、診察効率に対する方針も個別に策定しなければなりません。そして、医師自身が患者と向き合う時間を確保するため、診察効率や移動時間のロスについてのバランスを考え、業務に取り組むことが大切です。

3.3 さまざまな疾患や症状に対応できる知識やスキルが必要

訪問診療では、さまざまな患者に対応するため、幅広い知識と診療スキルが必要になります。

具体的には、高齢者医療の側面が強いこともあり、心疾患から認知症まで、多岐にわたる疾患への迅速な判断や対応が求められます。

そのため、豊富な経験や知識量が訪問診療を提供する上で課題になることもあります。特に、一般的なクリニックとは異なり、訪問先での緊急対応が必要となるケースも想定されるため、十分な準備と対応力が必要とされます。

4. 訪問診療で必要とされる診療スキル

訪問診療で医師に必要とされる診療スキルは、以下の3つ挙げられます。

4.1 コミュニケーション能力

訪問診療では、患者やその家族、そして訪問介護の介護スタッフとのコミュニケーションが不可欠です。

特に脳梗塞や認知症などの理由で言葉が不自由な患者の場合、ボディランゲージや表情からのコミュニケーションが求められることがあります。例えば、言葉をうまく話すことが困難な患者が痛みを訴えている場合、痛みの位置や強さを身振りや指を使って示してもらうことが一般的です。患者に感情や症状に応じたイラストや記号を選んでもらうイラストカードを利用することもあります。

また、家庭環境を理解することで、食事内容や生活リズムなどのアドバイスがしやすくなるため、患者の家族や介護スタッフと連携し、患者の日常的な様子や症状に関する情報共有も重要です。

このように、相手の状況に合わせて柔軟な診療アプローチと患者に寄り添う姿勢で接する必要があり、訪問診療の医師にとって重要なスキルとなります。

4.2 症状をその場で適確に把握する判断力

訪問診療では、限られた情報の中で迅速かつ正確な診断を下す能力が求められます。高齢者が急に体調を崩した場合、その場で病状を把握し、適切な処置を下す能力が求められます。

病状によっては医療機関への搬送が必要なこともあり、その場合、他の医療機関と連携を取りながらの療養支援を行います。

このように、臨機応変の対応と適切な処置をするための判断力が重要です。

4.3 訪問診療や高齢者医療を中心とした研修や自己研鑽

専門的な研修を通したスキルアップも訪問診療に必要です。これからの超高齢化社会において、訪問診療の患者は高齢者が多いため、高齢者医療の知見やスキルが重要となります。在宅療養の高齢者に多い褥瘡の予防・管理に関する研修受講はその代表例です。

寝たきりの患者の家族に対して、体位変換とポジショニングの指導や褥瘡予防パッドの使用方法を家族に教えるなど、患者の家庭の介護能力に応じて適切にサポートするためにも、高齢者医療に対する専門的な知識や技術が求められます。

ここで挙げたスキルは、訪問診療を円滑に行い、患者にとって最善の医療サービスを提供するために必要な土台となるものです。医師自身はもちろん、看護師や介護スタッフなどのスキル向上に努めることで、より質の高い訪問診療につながるでしょう。

5. 訪問診療におけるキャリア展望

実際に訪問診療に従事する医師の雇用条件についてはどのようになっているのでしょうか。以下2点からキャリアの展望を考えてみましょう。

5.1 勤務時間や給与イメージ

勤務時間については、一般の病院勤務と比べて比較的柔軟であるケースが少なくありません。外来とは違い、訪問診療は事前にスケジュールの調整ができることがほとんどなので、「子供の学校行事に参加したい」などプライベートな都合に応じて調整がしやすい環境です。

一方で、給与は勤務条件や雇用形態などによって異なります。具体的には、訪問診療の頻度、担当地域、勤務医か開業医かなどが給与に影響を与えます。例えば、独立開業した医師は、患者数や訪問地域によって収入が変動する可能性が高いです。一方、医療施設に所属している勤務医の場合、手当やインセンティブが加算されることで、収入が比較的安定することもあります。

5.2 非常勤やパートタイムでの訪問診療の実情

フルタイム勤務だけでなく、非常勤やパートタイムの形態で訪問診療に従事する医師もいます。所属先によって時短勤務や育児休暇制度などを充実させる施設も増えており、女性医師や育児中の医師の柔軟なスケジュール管理に対応している場合があります。

2017年10月に日本医師会総合政策研究機構がまとめた「第2回 診療所の在宅医療機能調査」によると、訪問診療や往診といった在宅医療の常勤医師は全体の73.8%、非常勤医師は26.2%でした。つまり、41人は契約職員やパートでの雇用で働いています。

しかし、非常勤やパートタイムの場合には注意が必要です。まず、固定給がない場合や福利厚生の面での待遇がフルタイムに比べて異なる場合が多くなっています。例として、パートタイム勤務では社会保険の加入に条件があったり、退職金制度がない医療機関もあるため、契約時に細部まで確認する必要があるといえるでしょう。

参照:『第2回 診療所の在宅医療機能調査 No.392』|日本医師会総合政策研究機構

6. まとめ:訪問診療で新しい働き方とキャリア形成を

訪問診療は、勤務医としての経験を活かし、新しいキャリアパスとして選ぶことができる働き方の一つです。患者一人ひとりに寄り添う診療ができるということが大きな特徴で、患者の病気や怪我に向き合うだけでなく、患者個人と向き合う医療にやりがいを感じる医師にとって魅力的な診療形態と言えるでしょう。

また、少子・高齢化による今後の訪問診療の需要増を見据え、診療報酬を手厚く配分したりするなど、国としても力を入れている分野でもあります。

社会に貢献していることをより実感でき、医師としてのやりがいも非常に高い訪問診療という道もキャリアの1つとして視野に入れてみてはいかがでしょうか。