医師の働き方改革の開始によって懸念される「労働と自己研鑽の区別の問題」とは?

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医師の働き方改革の開始によって、20244月から時間外労働の上限規制の適用が開始します。そこで懸念されているのが、労働と自己研鑽の区別の問題です。医師は、進歩する医療技術や最新の医療情報を入手し、自己研鑽を続けることが求められています。

時間外労働の上限規制が開始すると、自己研鑽の時間を労働時間に含めるべきかどうかの判断が曖昧になり、正確な労働時間を算出できない可能性があります。

2019年には「医師の自己研鑽に関するガイドライン」が厚生労働省から発出されており、労働時間との区別について参考にできるものの、この通知を知らない医師は68.2%にも及びます。

そこで本記事では、医師の働き方改革の開始に伴う労働と自己研鑽の区別の問題に焦点を当て、事情や考え方などについて詳しく解説します。

1.働き方改革が始まると労働と自己研鑽の区別が問題となる

医師は臨床終了後にも自己研鑽に取り組むことが一般的です。医師は患者の命にかかわる仕事に従事しており、重大な責任を伴うことから、診療を続ける限りは継続的に自己研鑽を行うことが求められます。

例えば、新しい医療技術や治療法の習得、最新の研究論文の読解、専門知識の更新などがこれに該当します。

このような自己研鑽は、医師が高度な専門知識を維持し、最新の医療サービスを提供する上で不可欠です。しかし、その一方で過労や労働時間の長さも懸念されており、バランスを取りながら働き方改革が進められるべきといわれています。

2.年齢別の自己研鑽に関する事情

株式会社エムステージが実施した「医師の自己研鑽に関するアンケート」によると、医師の97%が「継続的な自己研鑽は大切」と回答しています。医療の知識や技術をアップデートする必要性が高いと認識している医師が多いことがわかります。

自己研鑽に対する意識、事情などについて、年齢別に詳しく見ていきましょう。

参考:株式会社エムステージ「医師の働き方改革」医療機関にアンケートを実施」

2-1.20~30代の若手医師の研鑽事情


エムスリーキャリア株式会社が実施したアンケートによると、2030代の若手医師層の自己研鑽の内容で多かったのは、「専門科の診療に関する学習(75.0%)」、「資格取得のための準備・学習(52.9%)」、「研究(文献検索を含む)(48.5%)」でした。

この結果から、将来の専門医取得を視野に入れ、自身の医療キャリアを強化するために積極的に学ぼうとする姿勢が見えます。

海外留学して、専門性を高めるために学習する医師や、将来的により役立つ医療サービスを提供するためにスキル向上を図る医師などが見られました。

2-2.40代医師の研鑽事情


同じくエムスリーキャリア株式会社が実施したアンケートによると、40代の医師層における自己研鑽の内容は「専門科の診療に関する学習(72.8%)、「専門科以外の診療に関する学習(41.2%)、「研究(文献検索を含む)(36.8%)」でした。

2030代と比較すると、「資格取得のための準備・学習」の順位が下がり、「専門科以外の診療に関する学習」が上昇しており、40代ではより広範な医学知識の習得に焦点が当てられていることがうかがえます。

40代の医師が自己研鑽に取り組む理由として、がん専門医療機関で働く医師は必須の業務として自己研鑽に励む、教授に就任したことがきっかけで研鑽に取り組むなど、自身の環境の変化や勤務先の事情などが挙げられます。

それぞれの立場やキャリアに応じた自己研鑽を行い、高度な医療サービスの提供に向けて努力していることが明らかとなりました。

2-3.50代以降の医師の研鑽事情


同じくエムスリーキャリア株式会社が実施したアンケートによると、50代以降の医師が自己研鑽に取り組むについて、「専門科の診療に関する学習(71.7%)」が最も多く、次いで「専門科以外の診療に関する学習(58.4%)」、「セミナー・講習(受講側)(39.2%)」となりました。

2050代以降まで、すべての年齢層において「専門科の診療に関する学習」がトップであることから、最新知識や技術の習得が重要と認識している医師が多いことがわかります。

また、自己研鑽に取り組む理由として、退職後に専門外の診療を行う可能性があることや、都市部急性期病院への配置転換に伴い最新知識や技術が必要になったことなどが挙げられます。

3.自己研鑽と労働の明確に区別している医療機関は7

前章にて参考にした株式会社エムステージのアンケートによると、勤務先に「自己研鑽」と「労働時間」を明確に区別するためのルールなどがあると答えた医師は、わずか7%でした。

その一方で、Medical Tribuneウェブが実施した調査によると、論文執筆・学会発表準備などの「自己研鑽」を労働と思うかどうかの質問には、「思う」と答えた医師が36.2%、「ある程度思う」が47.2%と、合計で8割以上の医師が自己研鑽は労働と思っていることがわかりました。

このように、医師の多くは自己研鑽を労働と捉えているものの、労働と自己研鑽を明確に区別している医療機関が少ないのが現状です。この状況では、医師の働き方改革が始まると医師と医療機関側の認識の相違により、労働時間の算定に関してトラブルが起きる可能性があります。

参考:Dr.JOY株式会社「医師の自己研鑽、8割以上が「労働」と認識 ~働き方改革には期待薄~」

4.自己研鑽と労働時間の考え方

医師の働き方改革に関する検討会の「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」によると、労働時間は、使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の指示により業務に従事する時間が該当します。使用者からの指示がない場合、自由な意思に基づき行われる自己研鑽は労働時間には該当しません。一方、業務上、義務づけられている研鑽については労働時間に含まれます。

労働時間に該当するかどうかは、労働契約や就業規則、労働協約等の定めに依存するものでなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれているかどうかによって客観的に評価されます。

これは、使用者から義務づけられている、または余儀なくされていたかどうかにより判断されるものです。労働と自己研鑽の考え方について、さらに詳しく見ていきましょう。

4-1.厚生労働省は医師の「自己研鑽」を3つの類型に分類


厚生労働省は、医師の自己研鑽を3つの類型に分類し、「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」にて明確に示しています。しかし、株式会社エムステージが実施したアンケートによると、この通知を知っていた医師は31.8%でした。このことから、医療機関が自己研鑽と労働を区別するルールを明示していないことに、疑問を持てないケースが多いと考えられます。

厚生労働省が示している自己研鑽の類型について、それぞれ詳しく見ていきましょう。

4-1-1.診療ガイドラインの学習や手術や処置の予習など

1つ目の類型には、以下3つが含まれます。

  • 診療ガイドラインについての勉強
  • 新しい治療法や新薬についての勉強
  • 自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り

上記の行為は、通常は診療の準備や診療後の後処理として行われるため、労働時間に該当します。ただし、自由な意思に基づき、業務上必須ではない行為を所定労働時間外に上司の指示なく行う場合には、労働時間には該当しないと見なされます。その際は、これらの行為を行うことを自ら上司へと申し出て、上司の指示がないことを確認したうえで行うことが求められます。

4-1-2.勉強会への参加や臨床研究に関わる自己研鑽など

2つ目の類型には、以下3つが含まれます。

  • 学会や外部の勉強会への参加、発表準備等
  • 院内勉強会への参加、発表準備等
  • 本来業務とは区別された臨床研究にかかる診療データの整理、症例報告の作成、論文執筆等
  • 大学院の受験勉強
  • 専門医の取得・更新にかかる症例報告作成、講習会受講等

上記の自己研鑽に関して、通常は所定労働時間外に行われるものであり、かつ上司の指示がない場合、これらの時間は一般的には労働時間には該当しないと考えられます。ただし、実施しないことによって就業規則上の制裁として減給や降格などが行われ、実施することを余儀なくされている場合や、業務上必須とみなされる場合、さらに必須でなくとも上司が指示する場合は労働時間に該当します。

なお、奨励されていたとしても、以下のような場合は自由意志に基づいて実施されていると見なされる可能性があります。

  • 上司や先輩医師から推奨されているものの強制はされていない
  • 勤務先が主催している勉強会や学会などがあるものの強制参加ではない
  • 研究を業務としていない医師が院内で研究活動を行っているものの上司に命じられたものではない

4-1-3.上司や先輩医師の手術や処置の見学を目的とした時間外診療

医師が手術・処置等の見学を行う場合、所定労働時間外や当直シフト外に待機し、診療や手術の見学を行うことがあります。例えば、心臓外科の手術や特定の処置の技術向上を目指して、医師が手術室での見学の機会を確保するために、当直シフトが終わった後に待機し、手術を担当する先輩医師のもとで手術の進行や技術について学ぶケースが該当します。

これに関して、上司や先輩から奨励されている場合でも、医師が自由な意思に基づき、かつ業務上必須ではない手術や処置の見学を所定労働時間外に、上司の指示なく行う時間は、一般的には労働時間には該当しないと考えられます。ただし、見学中に診療や手伝いを行った場合は、その時間は労働時間に該当します。また、見学の時間中に診療や手伝いが慣習化している場合は、医師が自発的にそれを行っていたとしても、見学の全体時間が労働時間に該当します。

4-2.労働に該当しない研鑽は通常勤務と切り分ける

労働に該当しない研鑽は、通常の勤務とは切り分ける必要があります。その方法として、厚生労働省はいくつかの方法を提示しています。

1つは、必要な業務を終了後、業務から離れても良い旨の指示を上司から受けた後に研鑽を行うことです。例えば、手術が終了し、手術室での勤務が終わった医師が、その後に医学書を読んだり研究論文を執筆したりする方法が該当します。上司から明確に指示を受けているため、労働と研鑽の時間を明確に分けやすいでしょう。

2つ目の方法は、院内に「勤務場所」と労働に該当しない「研鑽を行う場所」を設けることです。たとえば、医学図書館や研究室を研鑽の場と定める方法があります。その場所で行っていることはすべて研鑽と判断できるため、労働と研鑽を切り分けやすいでしょう。

3つ目の方法は、労働に該当しない研鑽を行う場合に白衣を着用しないことです。白衣を着ていない医師は研鑽中と見た目で判断できるため、業務の指示を出すタイミングや人を見極めやすいでしょう。

これらの手法を用いて「労働に該当しない研鑽」を行う医師について、突発的に対応が必要な事態が起きた場合を除き、通常業務への従事を指示しない方針が明確に示されています。ただし、突発的な必要性が生じた場合や、研鑽中に通常業務を行った場合には、それに該当する時間を労働時間として取り扱います。また、研鑽中に通常業務への従事が慣習化している場合は、研鑽のための在院時間全体を労働時間として扱います。

4-3.自己研鑽の考え方で改正されたポイント

厚生労働省より通知されていた「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」ですが、2024年1月15日付けで改正の通知がありました。

今回の改正では、大学病院に勤務をしており、診療の他に教育や研究を本来の業務としている医師に関して、教育や研究に直接的に関連する研鑽の場合は、労働時間に該当するという点が明示されました。
教育や研究に直接的に関連する研鑽とは、新しい治療薬や新薬についての勉強や学会や外部の勉強会への参加、発表準備、論文執筆などの事を指します。

さらに教育や研究に関しての具体例は下記のようなものが示されていました。

  • 大学の医学部等学生への講義
  • 試験問題の作成や採点
  • 学生等が行う論文の作成や発表に対する指導
  • 大学の入学試験や国家試験に関する事務
  • これらに不可欠な準備や後処理  など

このような研鑽は、本来の業務との明確な区別が困難と考えられることから、医師本人と上司の双方の理解を一致させるためにも、円滑なコミュニケーションを行い確認していくことが必要です。

参考:厚生労働省「医師の研鑽と労働時間に関する考え方について」
参考:厚生労働省「医師の働き方改革の施行に向けた進捗状況について」
参考:厚生労働省「「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する 考え方についての運用に当たっての留意事項について」の一部改正について」

5.まとめ

医師の働き方改革の開始によって区別が問題となる労働と自己研鑽の考え方について、詳しく解説しました。

労働と研鑽の区別が曖昧だと、労働時間の算定において問題が生じる恐れがあります。また、研鑽の時間を取ることを遠慮してしまい、知識や技術の向上が妨げられる可能性もあるでしょう。

医療機関は労働と研鑽の区別を明確にするとともに、在籍する医師についても労働と研鑽の考え方を理解して適切に対応することが求められます。