麻酔科医の多様化する役割とは?激務と言われる真実と医師キャリアの可能性

麻酔科学の進歩により麻酔科医の専門性と技術が高く評価され、手術現場のみならず集中治療や救急医療でも中心的な役割を果たすようになりました。また、激務というイメージがある麻酔科ですが、業界全体での人員拡充や働き方改革の取り組みにより、無理のない働き方が可能な施設も増えています。

ただ、麻酔科医は今後も需要が増加する一方、必要人数は不足している現状が問題視されています。

そこでこの記事では、これまであまり知られていない麻酔科医の魅力や特徴に触れた上で、麻酔科医の重要性と将来性について紹介します。

1.麻酔科医とは

麻酔科医は、手術を安全に痛みのない状態で受けることができるよう、個々の患者に適した麻酔方法を考え、術前から術後にかけての状態管理など重要な役割を担います。

手術自体は外科医が執り行いますが、麻酔科医の存在なくして手術の成功はありません。

下記で、麻酔科医の主な業務をはじめ、収入や医療現場が抱える問題について紹介します。

1.1 麻酔科医の主な業務

麻酔科医の業務は多岐にわたりますが、最も重要な役割は手術時の麻酔管理です。

そして、手術前後の患者の状態管理、痛みの管理、集中治療、救急医療など、医療のあらゆる場面で活躍します。

患者の安全と快適性を確保するために、麻酔科医は術前診察で患者の全身状態を評価し、適切な麻酔方法を選択します。術中で必要な業務として、手術の際は筋肉が硬いと操作がうまく進まないため、筋弛緩薬を投与する必要があります。その影響で人工呼吸が必要となるため、気管内挿管を行うなどの呼吸管理をする必要があります。
手術の経過においては、患者は麻酔で眠っていても痛み刺激に対して脳や脊髄が反応するため、身体に影響を及ぼします。痛み刺激が強い場合は、心拍数が増えたり、血圧が上がったりします。また、出血が続くと血圧が下がりますが、代償的に心拍数は増加しますので、循環管理として輸液や輸血を施します。

術後には、覚醒状態の確認や疼痛の程度、術後合併症の可能性などを把握します。状態に応じ、麻酔科医を含めチームでのサポートが必要となります。
麻酔科医は、このように麻酔を使用することで起こる様々な状況に対応し、状態管理を行う役目があります。

また、麻酔科医はペインクリニックや緩和医療においても活躍の場が広がっています。患者の痛みや苦痛を薬物療法や神経ブロックなどの専門的なアプローチを使って軽減することでQOLの向上を目指し、質の高い医療を提供します。

1.2 麻酔科医の収入

麻酔科医の収入は、他の高収入を得る診療科に比べても高い水準にあります。独立行政法人労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」によると、第1位・脳神経外科が平均年収約1,480万円、第2位・産科・婦人科が約1,466万円、第3位・外科の約1,374万円に続き麻酔科医は第4位で平均年収は約1,335万円と、医師の中では上位に位置しています。

麻酔科医の専門性の高さと医療現場での重要性が収入に反映されていると言えるでしょう。

参照:独立行政法人労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」

1.3 麻酔科医が抱える人員不足問題

現在、麻酔科医は、不足傾向にあります。日本病院会「2019 年度 勤務医不足と医師の働き方に関するアンケート調査 報告書」によると、「麻酔科医が不足している」と答えた病院が42%に上り、全診療科でトップでした。また、大学病院では約8割の手術で後期研修医を含む常勤麻酔科医が担当出来ていますが、一般病院の割合は約5割に留まり、一般病院では外科医が兼務する場合と院外の麻酔科医に依頼する場合がそれぞれ2割を超えるといった調査もあります。

このように、麻酔科医のニーズは高いものの病院内の人員では全ての手術を麻酔科医が担当することが出来ず、外科医や院外からカバーしている現状が浮き彫りとなっています。

麻酔科医不足の理由としては、まず医療機関における麻酔科医の定員の少なさにあります。日本医師会「医師養成数増加後の医師数の変化について」では、麻酔科医自体は2010年から2020年にかけて2,552人増加しているとのデータがありますが、医療機関にそもそもの定員がなく、増員を果たすことができていない現状があるようです。

さらに、麻酔科医の増加スピードを上回る速さで麻酔科医が担当しなければならない手術が増えている点も原因の1つと考えられます。

また、麻酔科医は女性医師が増加している診療科でもあります。女性のライフステージの変化などによるキャリア継続の難しさや産休、育休期間の人員不足に関しても問題視されていましたが、現在ワーク・ライフ・バランスを整えるための改善が注目されています。

今後、日本社会の高齢化が進むにつれ、麻酔科医の知識や技術が必要な高度な手術は増加していくことが予想され、麻酔科医の需要はさらに高まります。
麻酔科医を増員させるためにも、麻酔科医を取り巻く環境の整備が急務となっています。

参照:「2019 年度 勤務医不足と医師の働き方に関するアンケート調査 報告書」日本病院会
参照:外須美夫「各科麻酔の功罪と麻酔科医の社会的地位」|日臨麻会誌
参照:医師養成数増加後の医師数の変化について

2.麻酔科医のワーク・ライフ・バランス

麻酔科の現場でも働き方改革によりワーク・ライフ・バランスの取れた職場環境のところが増えています。

下記で、麻酔科医の労働環境や一日の流れを紹介します。

2.1 麻酔科医の労働環境

近年、麻酔科医の労働環境は、大きく改善されています。医療業界全体における人員確保の動きと働き方改革の推進によるもので、特に女性医師の増加が顕著です。多くの病院で麻酔科医のための交代制勤務が導入され、長期間労働の削減やオンコール体制の見直しなどが行われています。

医師個々のワーク・ライフ・バランスの実現を目指し、女性医師の増加に応じて仕事と家庭との両立を支える環境を整備する取り組みも一般的です。例えば、育児休暇の取得や時短勤務制度の充実など女性が働きやすい職場づくりが進んでいることで、麻酔科医全体の労働環境が改善され、より働きやすい環境が整備されています。

2.2 一日の流れ

こでは、手術麻酔を担当する麻酔科医の一日の流れを紹介していきます。

手術麻酔を担当する場合、手術の時間などによってスケジュールは大きく左右されます。長時間の手術の場合は、途中で交代することもありますが、基本的には担当する手術に入ったら終わるまで同じ麻酔師が対応します。

【一日の流れ】

7:00~麻酔準備

手術を担当する日の朝は、カンファレンス前に麻酔準備を終える必要があるため、早く出勤する場合が多いです。手術に使用する麻酔薬や器具の準備から始まり、担当患者の麻酔計画に沿って、細やかな配慮と準備が必要です。

8:00ICUカンファレンス・麻酔カンファレンス

ICUカンファレンスにて、前日までに手術を終えICUに入室した全症例の術後の経過や状態を把握し、治療方針を各科の担当医と検討を行います。

その後、麻酔カンファレンスを行い、当日予定している手術の内容や人員配置、スケジュールなどの確認を行います。

9:00~麻酔導入開始

手術は9:00から開始する場合が多いです。患者が手術室に入室したら、麻酔導入を開始します。血圧や呼吸、心拍数などのバイタルサインをモニタリングしながら、麻酔薬や輸液の投与量を調整し、患者の状態を見守ります。

手術が長時間になる場合は、一度他の麻酔科医と交代をし、昼食休憩を取ります。手術の経過や処置内容を引継ぎし、昼食後にまた手術室に戻ります。

手術が終わりに差し掛かったら、患者が術後覚醒行いやすいように、麻酔量をコントロールし、覚醒を促します。気管内挿入を行っている場合は、自己呼吸や意識レベルが回復した後に抜管し、再度意識や呼吸、心拍数などを確認し、問題なければ退室となります。

15:00~術前、術後回診・記録・術前症例の麻酔計画協議など

当日の手術が終了したら術前回診に向かいます。基本的には、手術予定前日の患者に対し、手術の内容や実施する予定の麻酔に関しての説明、その他不安や心配がないかを伺います。

また、手術を終了した患者の状態確認を行うため、術後回診に向かうこともあれば、術前症例に関して専門医や担当医を交え麻酔計画の協議を行う日もあります。

18:00~予定の業務終了後退勤

急患などが入る場合もありますが、基本的なスケジュールはこのようになっています。

3.麻酔科医のやりがい

麻酔科医のやりがいを2つ紹介します。

3.1 手術に不可欠な役割を担う

麻酔科医は手術チームにとって欠かせない存在です。手術中、外科医と共に患者の生命を預かる重大な責任を負っています。

手術全体を通して、麻酔科医は患者の全身の状態を綿密にモニタリングします。特に、呼吸や循環系、代謝状態の徹底した管理が要求されます。例えば、心臓手術の場合、麻酔科医は患者の心機能と血圧を細かくチェックし、手術中の患者が安定した状態を保てるよう調整します。また、糖尿病の患者では血糖値のコントロールも重要です。

待機的手術はもちろん、とりわけ緊急手術においても麻酔科医の熟練した専門技術と深い知識によって手術中の患者が守られているといって過言ではありません。

そして、麻酔科医は手術後の疼痛管理を通して患者が快適に回復できるようにサポートします。

このように、麻酔科医は手術の成功に不可欠な役割を担っており、手術中の患者の生命を支えるために全力で業務に取り組みます。

3.2 幅広い医療現場で活躍できる

麻酔科医は、手術室だけでなく、集中治療室(ICU)や救急医療、産科麻酔(無痛分娩)、訪問診療など幅広い医療の場で活躍できます。麻酔科医が持つ豊富な知識と経験の幅を必要とする医療現場が多く、他の科との連携の重要性が非常に大きいためです。

手術担当の麻酔科医の場合、さまざまな科の医師や医療スタッフとチーム医療で協力し、患者の全身状態を把握し治療計画の立案に関わります。そのため、麻酔科医として培った経験を総合内科や整形外科、ペインクリニック、緩和ケアや高齢者医療など他の専門分野においても応用可能です。総合的な視点から患者のケアを行うことで、麻酔科医は医療チームの枠を超えた存在となり、医療管理や公衆衛生、病院運営、教育・研究、創薬研究など多岐にわたる医療現場での活躍が期待されています。そして、麻酔科学会専門医を取得後、サブスペシャルティとして集中治療専門医やペインクリニック専門医などの選択も目指すことができます。

参照:「麻酔科医は患者の命を守る」|日本麻酔科学会
参照:鈴木昭広「Anesthesiologist as a Dr. JOKER─あらゆる医療ニーズに応える新しいジェネラリストを目指して─」|日本臨床麻酔学会|J-STAGE

4.麻酔科医のキャリアパス

麻酔科医のキャリアパスを医学部卒業からキャリアアップまで紹介します。

4.1 麻酔科医になるには

麻酔科医としてのキャリアは、まず医学部を卒業し医師免許を取得後、初期研修を経て麻酔科の専門研修を受ける必要があります。初期研修では、医療全般に関する基本的な知識と技能を身につけ、その後麻酔科医として必要な高度な臨床技術と知識を習得する麻酔科専攻医として専門研修に進みます。

麻酔科の専門研修では日本専門医機構によって定められたプログラムを約2年間受講しなければなりません。期間中、麻酔科標榜医及び日本麻酔科学会麻酔科認定医の資格を目指し、研修を受けます。研修終了後、機構専門医試験に合格すれば、麻酔科専門医の資格取得が可能です。

4.2 麻酔科医のキャリアアップ

麻酔科医のキャリアアップとして、認定医、専門医、指導医という資格取得の流れが重要です。麻酔科認定医の資格を取得し、やがて専門医資格取得後は麻酔関連業務に4年以上従事し指導実績を積むことで麻酔科指導医の資格が与えられます。

日本専門医機構新制度の導入により、麻酔科医の資格取得プロセスはより明確に制度化されました。研修指導医や学会指導医として活動する道が広がります。ただ、上位資格を取得しても、別途学会認定医や学会指導医の資格申請が必要です。

このほか、視点を活躍の場に向けると常勤麻酔科医をはじめ研究者、大学院での指導医など、さまざまなキャリアパスが考えられます。

参照:「麻酔科医は患者の命を守る」|日本麻酔科学会
参照:「認定制度について」|日本麻酔科学会
参照:医療関係者の皆様 – 各種認定情報・資格申請 – 機構専門医 新規申請|公益社団法人 日本麻酔科学会

5.麻酔科医へのよくある質問

5.1 麻酔科医に向いている人の特徴は?

麻酔科医に向いているのは患者の安全と安心できる手術を最優先に考え、外科医をサポートする役割にやりがいを感じる人です。技術や知識を用いて患者を守ることに喜びを感じ、チーム医療の中でマネジメント能力や指導力を発揮できる能力が求められます。

また、外科医や看護師からの要求に冷静に対応し、患者とのコミュニケーション能力も必要です。全身管理ができ、集中治療や救急医療など幅広い分野で活躍したいキャリアイメージを持っている医師が麻酔科医に向いています。

5.2 麻酔科医と他科の医師の違いは?

麻酔科医と他科医師の主な違いは、幼児から高齢者まで幅広い年齢層に対する麻酔管理を行う対象範囲の広さです。麻酔科医は手術時のみならず、ICUや緊急時のケア、疼痛管理など多様な局面で中核的な役割を発揮し、医療チーム内での連携を支えます。総合的な役割に特色があるため、病院運営にも重要な影響を与える可能性が高いです。加えて、高齢化が進む中、医師確保や疼痛管理、緩和ケアなどが求められる地域で高い需要が見込めます。

5.3 麻酔科医と外科医との関係性は?

麻酔科医と外科医の関係は、患者の安全と手術の成功、治療成果にとって極めて重要です。互いの専門性を尊重し信頼し合うことで、手術チームとしての協力関係が強化され、患者ケアの質が向上します。

夜間の緊急手術の多くは、産科での緊急帝王切開など麻酔科医へのオンコール対応では間に合わない場合が多いです。その際は、外科医や該当科で対応することもあります。ただ、手術室で医療事故が起きた場合、麻酔科医がいない状態で麻酔事故が発生したり、全身管理ができていなかったりとすると医療訴訟において、医療機関が責任を負うことになります。

このような理由から麻酔科医がいなければ手術を行わないなど、執刀に専念したい外科医が増えています。手術は外科医が主導しますが、お互いの専門性を尊重しつつ、時には意見を交換し合うという偏見のない関係性が求められます。麻酔科医と外科医の間の協力によって、手術を担当する医師としてのやりがいとプロとしての成長を目指すことができます。

5.4 麻酔科医は手術もできる?

麻酔科医は手術を執刀することはなく、麻酔管理と患者の生命維持が主な役割です。ただ、患者が安全に手術を受けられるよう万全の配慮で臨む点で、外科医と同様、手術の成功に欠かせない存在です。

麻酔科医と外科医の連携は患者ケアの質を高めるために重要です。手術前の診察において、患者は信頼できる麻酔科医によるサポートを受け、手術への不安を和らげます。そして、麻酔科医は専門的な状態管理を提供し、外科医や看護師など医療チームの重要な一員として活動しています。

6. 麻酔科医の将来展望

麻酔科医の役割は、手術麻酔だけに留まらず、集中治療室(ICU)、ペインクリニック、緩和ケアなど多岐にわたり、高齢化社会の進展と共にますます需要が増加しています。病院経営にとって手術は重要な収益源であるため手術数が増加していることも大きな背景です。特に高齢化率の上昇により高齢者の手術は今後さらに増えると予想され、現代医療において麻酔科医は欠かせない存在となっています。

また、ペインクリニックでの痛み治療や、緩和医療での全身状態の管理など、麻酔科医が高齢者特有の医療ニーズに応える場面は多いです。専門医制度の見直しや、ICU入室加算の引き上げなどにより、より高度な専門性を持った麻酔科医の育成が求められています。

将来的には、地域医療においても麻酔科医が持つオールラウンドな知識と技術が大きな強みとなり、開業医としても活躍できる可能性があります。高齢社会のニーズに応えるため、麻酔科学の専門性と総合的な医療知識、そして優れた技術を持った麻酔科医の育成が不可欠です。

7. まとめ

麻酔科医は、手術時の麻酔管理から痛みの管理、集中治療、救急医療に至るまで、医療の様々な場面で中心的な役割を担っています。手術の成功に不可欠な専門性と技術を発揮することで医療現場のみならず社会的にも高く評価されており、改善が進む労働環境や女性医師の増加によって、より多くの人材が麻酔科医への道を歩むようになって来ました。

さらに、高齢化社会の進展に伴う手術数の増加と共に、麻酔科医の需要は今後も増え続けると予測されています。こうした背景のもと、麻酔科医のキャリアパスは日本専門医機構認定の新制度による専門医研修から始まり、より専門性の高い手腕が求められており、麻酔科医としての成長と専門性の向上に向けた教育と育成が重要視されています。