医師の働き方改革が話題となる中、地域医療では2024年施行予定の新制度による大きな影響が指摘されています。
そこで今回の記事では、医師の働き方改革の概要から地域医療に対する具体的な影響、医師や医療機関が直面する課題まで幅広く紹介します。
医師や地域医療の関係者を中心に、働き方改革への理解を深め、質の高い地域医療を目指すきっかけ作りとしてご一読ください。
1.医師の働き方改革とは
下記で、医師の働き方改革の具体的な進行状況について見ていきましょう。
1.1 改革の背景や要点、タイムライン
働き方改革が全業界で進行中ですが、特に医療業界では下記の3つの目的が背景にあります。
- 過重労働の解消
- ワークライフバランスの改善
- 医療サービスの質の向上
上記の3つの要点は、政府と医療関係団体の合意に基づく改革のタイムラインにより、段階的に実施される予定です。
1.2 2024年施行予定の主な内容
2024年度以降、医師の時間外・休日労働には上限規制が適用される予定です。
具体的には下表のような年間上限時間の水準が設定されています。
基本的には、年間の上限時間は一般の労働者と同程度の960時間/年とされています。
しかし、Bや連携B、C-1、C-2水準を満たす医療機関に勤めている医師に関しては、特例的な上限水準が認められる場合もあります。
具体的には、上記に該当する医師で時間外・休日労働時間が年間960時間を超えてしまう場合は、都道府県が地域の医療提供体制をもとに医療機関の労務管理体制を確認後、年間1860時間までに上限を変更できるようになっています。
注意点としては、年間の上限時間が変更になったとしても時間外・休日労働の時間は、必要最小限にとどめる必要があります。上限の範囲内での労働時間に関しては労使協定(36協定)で定められています。
また、Bや連携B、C-1、C-2水準が適応となった医療機関の管理者は、時間外・休日労働時間が月100時間以上になる可能性のある医師に対して、健康確保という観点から面接指導や休息時間の確保を行うことが義務図けられています。
このように、2024年度以降の医師の働き方には労働時間に関して今後の影響が大きい変更が予定されています。そのため、医療機関や医師は、現在の労働時間を確認し、変更に対応できるように対策をする必要があります。
参照:医師の働き方改革の制度について – 医師の働き方改革C-2審査・申請ナビ
2.地域医療の現状と改革の影響
医師の働き方改革が進む際、地域医療、特に地方における影響が懸念されています。
下記で、地域医療の現状と働き型改革による地域医療への影響について見ていきます。
2.1 地域医療(特に地方)の現状
地方の医療機関が抱える医師不足や設備・資源の限界は、ますます深刻化しています。
厚生労働省の調査によれば、特に過疎地域での医師確保が大きな問題です。例えば、一部の地方では、総合病院や診療所に十分な数の医師がいないことから、地域住民は隣接する都市部まで出向く必要があります。そのため、交通手段の乏しい高齢者にとっては、大きな負担となっています。
さらに、設備・資源に関しても限界が見えています。
大きな医療機関がない地域では、診療科が限定されていたり、高度な医療機器が導入されていなかったりと、地域住民は専門的な治療を受けるために都市部へと足を運ばなくてはならない場合が少なくありません。
このような状況は、地方都市でも同様に問題となっていますが、過疎地域では上記の問題がさらに顕在化する可能性が高いです。特に、医師不足の問題が強く、一人ひとりの医師の負担や過労が大きいことが人材定着の妨げになっている現状があります。
以上のように、地方の医療機関は多くの課題に直面しており、これからの地域医療の充実と持続可能性に対して真剣な検討が必要です。
参照:厚生労働省「第7章 国民が安心できる持続可能な医療・介護の実現」
参照:厚生労働省「医師の働き方改革の地域医療への影響に関する調査」
2.2 働き方改革による地域医療への影響
働き方改革の進行により、医師の勤務時間に制限がかかるケースが各所で予想されます。特に問題となるのは、医師の数がすでに不足している地域です。本格的な働き方改革以後も、地域病院は医療を提供し続けられるのでしょうか。
具体的には、以下のような3つの懸念点が挙げられます。
懸念点1 医師不足の悪化
勤務時間が制限されることで、特に夜間や休日の医療提供が難しくなる可能性があります。例えば、夜間救急の対応が必要な場合でも医師が限られた時間しか働けない制約があれば、人手不足のさらなる深刻化が進行します。このような状況が続くと患者が必要な医療を受けられない時間帯が増えてしまい、地域住民の健康が脅かされると共に地域医療への信頼が失われる恐れがあります。
懸念点2 勤怠管理システムの導入
勤怠管理システムの導入により、医師の働き方を正確に把握し、適切な人材配置が可能になります。しかし、システム導入にはコストがかかるため、大きな負担増になりかねません。他に優先すべき設備投資やサービスが制限される可能性への配慮も必要です。
懸念点3 人材育成と流動性の増大
医師の地域偏在や診療科偏在は問題視されており、地域医療に従事する医師の確保や人材誘致する動きも始まっています。そのため、人材育成と医師の流動性が高まることで地域によって医師不足が解消される可能性があります。ただし、新しく流入した医師が地域に長期間定着するかどうかは不明であり、持続的な人材育成と地域社会との連携強化が重要です。
上記の懸念点が働き方改革と共に現実となった場合、地域病院は医療を提供し続けられるか現状において不透明です。制限された勤務時間内で質の高い医療を提供し続けられるよう、地域社会、政府などと医療機関が密接に連携し、新たな制度やサポート体制を議論する必要があります。
医師の働き方改革は一見すると医師個人の生活の質を向上させる側面にスポットが当てられがちですが、その背後には地域医療への影響が非常に心配されています。そのため、個々の医療機関が医師の働き方改革の新時代を乗り切るための対策や備えを下記で記載していきます。
3.地域医療の現場で行われるべき対策と改革後への備え
地域医療の現場で行われるべき対策と医師の働き方改革以後の備えについて紹介します。
3.1 地域医療における改革対策の基本
地域医療の現場では、2024年4月にスタートする医師の働き方改革に向けた準備が進められています。
改革の目的は、医師の健康維持、疲労による医療ミスの防止、医療の質を維持する3点です。
これに対し、医師の労働時間の削減が、地域患者への医療の提供にどのように影響するかを理解し、適切な対策を講じる必要があります。
3.2 重要なガイドラインや取り組み
厚生労働省や日本医師会など関係機関からは、医師の働き方改革に向けたガイドラインや支援プログラムが提供されています。
具体的には、地域医療の現場での労働時間管理や診療体制の見直し、医師の健康と医療の質を維持するための対策ポイントなどが含まれています。また、地域医療機関では既に他の医療機関が働き方改革を実施している具体的な対策例を参考にし、効率的な労働時間管理と医療サービスの提供を目指しています。
特に、日本医師会による医療機関勤務環境評価センターは、医療機関に適切なアドバイスや指導を通して医師の働き方改革を支える重要な役割が期待されています。
参照:医療機関勤務環境評価センターへの申請等医師の働き方改革への早期の準備を _ 日医on-line
3.3 勤務間インターバル制度導入の努力義務化
勤務間インターバルとは、勤務終了後から次回の勤務までの間に、一定時間以上の休息時間を設ける事を規定する制度のことです。睡眠時間や生活時間を確保することで、長時間労働を防ぐことが目的であり、欧州などでは法制化が進んでいます。
結果として、医師の健康維持や向上につながり、ケアレスミスの減少も期待されますが、地域医療での医師不足との兼ね合いを確認しつつ導入していくことが必要になります。
3.4 具体的な対策例
地域医療の現場では、医師の勤務時間削減を進めつつ、診療レベル維持のための対策が進行中です。
地域医療の医師不足を解消する対策として、個々の医療機関の医療提供情報を見直し、医療機能の分化・連携、集約化を行い、病院を再編することが必要とされています。
ここでは、2023年4月に北海道の2つの基幹病院が産婦人科の機能集約行い、医師不足の問題解決に取り組んだ事例を紹介します。
当初、両病院には産科と婦人科の両方の機能がありましたが、一方の病院が産科、他方が婦人科の機能を担当することにしました。各病院で働いていた医師や助産師が1か所に集約することで人数を確保し、一人当たりの労働時間を減らしながらも、医療の質を保つことに成功しました。さらに以前は対応していなかった「無痛分娩」も提供可能となりました。
こうした診療機能の集約化を行うことで、診療体制の強化や労働時間の削減を実現しています。
参照:NHK「医師の働き方改革 地域医療や患者への影響をどう考える」
4.医師や医療機関が直面する課題3つ
医師の働き方改革の進行によって時間外・休日労働の年間上限時間が設定されるため、医師や医療機関が直面する課題は下記の3つが挙げられます。
- 労働時間管理
- 他医療職種との役割分担
- 地域医療で患者が望む医師像とのギャップ
4.1 労働時間管理
医師にとって、適切な労働時間の確保と効率的な勤務スケジュールの構築は非常に重要となります。具体的には、緊急の手術や患者の診察が入ることも多く、頻繁に予定が変更される場合もあるためです。したがって、柔軟かつ効率的なスケジュール管理が必要とされます。
一方で、過労による医療過誤や自身の健康問題を防ぐためにも、しっかりとした労働時間の自己管理が求められます。
4.2 他医療職種との役割分担
働き方改革によって、医師の時間外・休日労働の年間上限時間が設定されます。労働時間を減らすため、医師でなくても対応可能な業務の役割分担が必要になってきます。
各医療機関においても質の高い医療を提供し続けるために、看護師など様々な医療職種の専門性を生かしながら適切な人員配置などを十分に理解し検討していくことが重要です。
4.3 地域医療で患者が望む医師像とのギャップ
医師の働き方改革の一環として、厚生労働省より2019年12月25日に応召義務の通知がありました。診療を拒むことができる正当な事由が設定され、診療時間外や患者の症状、疾患に対しての専門性、設備状況などを総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合は診察をしないことが正当化されるようになりました。
地域医療を支える医師として、いつもどんな時でも診察を求められたら答えて欲しいという地域に根差した診療を望んでいる可能性もあります。患者が求める医師像と実際の医師の働き方にギャップが生じる場合も少なくありませんので、ワーク・ライフ・バランスの確保と患者満足度の向上が必要になります。
5.今後の展望
医師の働き方改革を進めていくうえで、地域医療においても2040年問題を見据えた医療提供体制を確立が必要になります。そのためには、下記の2つと同時に医師の働き方改革を推進していくことが重要です。
- 医療施設の再配置の実現と連携
- 医師偏在への実効性のある対策
下記でひとつずつ見ていきましょう。
5.1 医療施設の再配置の実現と連携
医療施設の再配置の実現と連携とは、2025年までに実現が求められている地域医療構想のことです。
地域医療構想では、2025年に団塊の世代が75歳を迎えるため、地域によって人口構成が変化してきます。そのため、地域の病棟機能を主に急性期から回復期への転換を目指すことが求められています。
特に地方では、医師不足が問題となっている中での働き方改革による医師の時間外・休日労働時間の制限があります。地域ごとの医療機能の需要と病床必要量を把握して上で、他病院とも医療機能の分化や連携を行うことで効率のよい医療を提供していくことが必要です。
5.2 医師偏在への実効性のある対策
医師の地域偏在や診療科偏在は、2008年以降の医学部定員の増加以降も格差が広がっています。
医師の少ない地域が増えており、その解消を行うことが緊急課題となっています。
今後は、地域枠などで医学部に入学した医師が臨床研修を修了し、地域医療に順次従事し始めますが、まだ地域の医師不足は続くと考えられます。
対策としては、医師の少ない地域への勤務を促すために医療機関に対するインセンティブや適切なマッチング、都道府県における医師養成課程への関与の法定化など様々な方向性で打ち出されています。
これらは、地域医療における医療の提供体制の改善や専門医師の質の向上を行い、良質な医療を提供していくことにつながります。
このように、医師の働き方改革を進めていくうえで、地域医療を守るためには、3つの改革を同時に進めていくことが必要になります。
6.まとめ
本記事では、厚労省の調査結果から見えてくる医師の労働時間の問題、医師が直面する課題と今後の展望について詳しく説明してきました。
特に、医師の労働時間の管理が患者ケアの質に直接影響を与えるため、効率的な勤務スケジュールの構築が必要です。
また、地域医療における働き方改革と地域医療構想は相互に影響し合い、地域医療の未来を形作るという点を踏まえ、医師と地域医療関係者が協力していけば、さらに医療の質を向上させ、持続可能な地域医療の維持が実現するでしょう。