2024年4月から、「医師の働き方改革」が開始しました。
勤務医の時間外労働の年間上限の変更や連続勤務時間制限、長時間勤務している医師への面接指導などにより、医師の働き方を改善することを目的としています。
今回は、医師の働き方改革の内容や時間外労働の規制の変化、長時間労働の要因などについて詳しく紹介します。
目次
1.国が提唱する「医師の働き方改革」とは
医師は、多様化する患者のニーズへの対応や人手不足などの要因による長時間労働が大きな問題となっています。
この現状を打開すべく、政府は医師の働き方改革に向けて対策を打ち出しました。
医師の働き方改革の目的には、医師の健康上の問題を未然に防ぐだけではなく、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保も含まれています。
2.医師の時間外労働の現状
労働基準法では、週の労働時間を1日8時間・合計40時間と定めており、休日は週1日以上の付与が義務づけられています。
時間外労働は事前に労使協定を締結すれば、月45時間・年360時間まで行うことが認められます。
しかし、医師については医師法の応召義務を理由に対象外となっていました。つまり、医師に限っては労働基準法で定める労働時間および時間外労働を無視して働くことができます。
医師の勤務実態について
厚生労働省の資料「医師の勤務実態について」によると、病院・常勤勤務医のうち、「診療時間+診療外時間+宿直・日直中の待機時間」が週60時間を超えているのが男性41%、女性28%です。男性は約2人に1人、女性は約3人に1人が週60時間以上労働しています。
これは、週5日労働と仮定した場合、1日の労働時間は12時間以上となります。
また、同資料の「診療科別平均・診療科別分布」によると、全診療科の労働時間の平均値は56時間22分/週です。このように、一般労働者の法定労働時間を大きく超える状況が常態化しています。
⚫︎労働時間が長い診療科
ちなみに労働時間が特に長い診療科は、外科(61時間54分)、脳神経外科(61時間52分)、救急科(60時間57分)です。
3.医師の時間外労働が多い原因
厚生労働省の資料「医師の働き方改革について」では、医師の過重労働の背景には下記があるとされています。
- 継続的な診療
- オンコール・休日診療
- 慢性的な人員不足による業務負荷増加
- 教育・指導
- 管理的業務
- 学会・論文作成等
医師の時間外労働が多い原因について、それぞれ詳しくみていきましょう。
3-1.継続的な診療
患者が引っ切りなしに来院する場合、医師は休憩を取ることができません。
たとえ診療時間を過ぎていたとしても、その時点で院内にいる患者はすべて診療する必要があります。
このような継続的な診療によって時間外労働が大きくなるとともに、休憩を取れないことで心身の負担が増加します。
3-2.オンコール・休日診療
オンコールでの呼び出しや休日診療などで労働時間が増加します。
特にオンコールは自宅や勤務先で待機する必要があるため、医師の精神的な負担も大きいでしょう。
休日診療は、別日に休日を取得できるのであれば大きな負担はありませんが、そうではない場合は単純に週の休日が減少するため、健康状態に大きな影響を与える可能性があります。
3-3.慢性的な人手不足による業務負荷の増加
慢性的な人手不足によって医師1人の業務負荷が増加することで、労働時間も長くなります。
日本医師会総合政策研究機構の資料「医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-」によると、日本の医師は人口1,000人あたり2.4人です。
世界38ヵ国が加盟するOECD(経済協力開発機構)の平均が3.5人であることから、日本は諸外国と比べて医師が少ないと言えます。ただし、医師の人数や不足状況は医療機関で異なるうえに、都会よりも地方の方が不足しているといわれています。
3-4.教育・指導
後進育成を目的に新人医師や看護師の教育・指導を行う場合があります。通常の診療に加えて教育・指導を行うことで負担が増加し、診療時間が終了してもすぐに帰宅できなくなります。教育・指導に、別で時間が設けられているケースは通常ありません。
別で時間が設けられていないからこそ通常業務に支障をきたして時間が押してしまい、労働時間が増加します。
3-5.管理的業務
通常、院長が管理的業務を行います。診療に加えて管理的業務を行う場合、診療時間が終了した後にも多くの業務が残ります。人材の採用や給与関連の業務、医師への個別指導など、医師の管理的業務はさまざまです。
3-6.学会・論文作成
学会への参加や論文作成に時間がかかり、労働時間が増加する場合があります。ただし、医師が無自らの意思で行う学会への参加や論文作成は、労働時間に含まれません。
いずれにしても、学会への参加や論文作成によって負担が増加し、業務効率が低下することで労働時間が増加する可能性があります。
4.医師の働き方改革による時間外労働規制の変化
一般労働者は労使協定(36協定)の締結によって、月45時間・年360時間までの時間外労働が認められていますが、医師は適用対象外でした。
これが2024年4月以降から医師にも適用されました。
また、特別条項つきの36協定を締結した場合は、月100時間・年間960時間まで認められます。
ただし、一律で上記の時間外労働に制限した場合、医療機関によっては混乱を招く可能性が否定できません。そこで、都道府県の指定を受けた特定労務管理対象機関に限り、時間外労働の上限が年間1860時間・月100時間未満とする設計となりました。
指定を受けるためには、医師の労働時間短縮のための計画(医師労働時間短縮計画)を都道府県に提出し、認められる必要があります。また、指定を受けた後は遅滞なく遅滞なく医師労働時間短縮計画を定めなければなりません。さらに、一定期間が経過後に医師労働時間短縮計画見直しのための検討を行うことも求められます。
このように、時間外労働の規制について厳格化する方向のため、特定労務管理対象機関であっても、いずれは時間外労働の制限が月100時間・年間960時間に統一される可能性があります。
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5.長時間労働の医師の健康確保を目的とした取り組み
長時間労働の医師は健康の確保が難しくなることから、時間外・休日労働時間が月100時間以上になる見込みの医師全員への面接指導および勤務間インターバルの確保が義務づけられています。それぞれ詳しくみていきましょう。
5-1.面接指導
面接指導の目的は、長時間労働の医師の健康状態を確認し、必要に応じて就業上の措置を講じることです。また、医師自らが働き方や健康を見直す機会を得られ、健康・労働時間の管理の質が高まることが期待できます。
面接指導を実施する医師は、面接指導に必要な知識・技術を学ぶための「面接指導実施医師養成講習会」を受講し、修了することが求められています。
5-2.勤務間インターバルの確保
勤務間インターバルとは、1日の勤務終了後から翌日の勤務開始までの間に一定時間の休息時間を設けることです。生活時間や睡眠時間を確保し、ライフワークバランスの改善や心身の負担を軽減することを目的としています。
医師の勤務間インターバルでは、業務開始から24時間が経過するまでに9時間の継続した休息時間を確保することが基本です。また、宿直許可のない宿日直に従事する場合は、業務開始から46時間以内に18時間の連続した休憩時間を確保する必要があります。
この休息時間は事前に勤務シフト表等で予定されていることが原則です。
参考:厚生労働省「医師の働き方改革に関する FAQ」
6.医師の働き方改革に取り組む必要性
日本医師会の資料「勤務医の健康の現状と支援のあり方に関する アンケート調査報告書」によると、勤務医の勤務状況は以下のとおりです。
勤務状況 | 平成21年度 | 平成27年度 | 差 |
最近1ヶ月間で休日なし | 8.7% | 5.8% | -2.9% |
自宅待機・オンコールが月8日以上 | 20.1% | 17.9% | -2.2% |
平均睡眠時間5時間未満(当直日以外) | 8.6% | 9.1% | +0.5% |
当直回数が月4回以上 | 26.4% | 22.5% | -3.9% |
当直日の平均睡眠時間4時間以下 | 45.6% | 39.1% | -6.5% |
半年以内に不当なクレームを経験 | 44.4% | 25.6% | -8.8% |
このように、休日が少なく平均睡眠時間も短い、不当なクレームを多くの医師が経験しているのが現状です。
このような労働環境では、早急に働き方改革に取り組む必要があります。なぜ、医師の働き方改革が必要なのか詳しくみていきましょう。
6-1.医療の質や安全性の確保
東京保険医協会の資料「勤務医労働実態調査2017」によると、集中力・判断力の低下の原因として、約8割の医師が「当直明けの連続勤務」を指摘しています。
また、電子カルテの入力ミスのような単純なものを含む診療上のミスの増加の原因としても、約7割の医師が「当直明けの連続勤務」を指摘しています。このことから、過酷な労働環境では医療の質や安全性の低下につながることがうかがえます。
医療の質や安全性の確保を実現するためにも、医師の働き方改革が必要と言えるでしょう。
6-2.過労死や労災認定の防止
同資料では、健康状態に関する質問に対して、約4割の医師が「健康に不安がある」と回答しています。
また、約6割が「職場を辞めたい」と感じていました。心身の負担は過労死につながり、労災認定される可能性があります。
医師の健康を確保するためにも、働き方改革は優先的に進めることが大切です。
7.医師の働き方改革の実施は管理者にゆだねられている
時間外労働の規制を守らない場合、労働基準法違反として罰則を受ける可能性があります。
そのため、多くの医療機関は働き方改革を実施することが見込まれているものの、成功するかどうかは管理者の能力次第です。
働き方改革が進まない現状に不安や不満を感じるのであれば、転職するのも1つの方法でしょう。
8.医療機関が独自にできる医師の働き方改革
政府が推進する働き方改革だけではなく、医療機関が独自に施策を実施することも重要です。
医療機関が独自にできる医師の働き方改革について詳しくみていきましょう。
8-1.勤務環境の改善
医師が快適に働ける勤務環境へ改善する方法があります。室温や湿度の管理、休憩時間の確保、気持ちのいい診療室の整備など、改善方法はさまざまです。小さな施策を積み重ねることで、医師の勤務環境が大きく改善するでしょう。
8-2.雇用人数を増やす
医師1人の負担を軽減するために、雇用人数を増やす方法があります。医師が増えると当然ながら人件費も増加しますが、それだけ多くの患者を受け入れられるようになれば利益も増加します。
また、診断書の入力代行をはじめとする医師事務作業補助者を雇用し、医師の業務負担を軽減するのも1つの方法です。
9.医師個人ができる働き方改革
医師個人としても働き方を改革してライフワークバランスの改善に努めましょう。次のような方法があります。
9-1.ストレスをこまめに発散させる
大きなストレスを抱えてからでは発散することが難しいため、ストレスはこまめに発散させることが大切です。
好きなドラマを1話だけ見る、休日は思いっきり楽しむ、休憩時間に好きな音楽を聴くなど、さまざまな方法があります。
9-2.生活習慣を整える
なるべく多くの睡眠時間を確保するとともに、栄養バランスのとれた食事や適度な運動などを心がけることをおすすめします。
生活習慣が乱れているうえに長時間労働が常態化していると、健康を保つことが難しくなります。
9-3.良好な勤務環境の医療機関へ転職する
ストレス解消や生活習慣の改善だけでは、ライフワークバランスを確保できないケースも少なくありません。
医師の働き方改革の実施状況は医療機関によって異なります。また、時間外労働の規制上限を守っていたとしても、職場の雰囲気が悪ければ精神的なストレスを抱え、それが身体的な疲労につながります。勤務環境に悩んでいる場合は、良好な環境で働ける医療機関への転職を検討するのも1つの方法です。
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10.まとめ
医師の長時間労働が常態化している現状を打開すべく、医療の質や安全性の確保、医師の健康への影響の抑制を目的に2024年4月から「医師の働き方改革」が開始しました。しかし、働き方改革の進め方や実施方法は医療機関によって異なるため、勤務環境に不安や不満を抱えることもあるでしょう。
そのような場合は、働き方改革を推進している医療機関に転職するのも1つの方法です。自身にとってより良い職場へ転職できれば、今後のキャリアアップにもつながりやすくなるでしょう。