医師という職業は、患者の生命を預かり健康に資するという重大な責務を果たす一方で、ワークライフバランスを図ることが困難な激務が続いている問題がしばしば議論されています。特にワークライフバランスという観点から見ると、医師たちは厳しい現状に晒されているのが現実です。
ただし、過酷な労働条件や生活を後回しにせざるを得ないといった問題は単に避けて通るべきではなく、解決のため具体的なステップと方法を探る機会と捉えることが大切と言えます。
そこでこの記事では、医師のワークライフバランスの現実を探るとともに、実際に現場で医師が直面している具体的なシーンを紹介します。
さらに、ワークライフバランスを図るための方法やテクニック、現場での改善策についても詳しく解説します。
医師の勤務時間やライフスタイル、キャリア形成をはじめ、診療科による労働環境の違いも視野に入れながら案内しますので、ぜひ一緒により良い働き方を考えていきましょう。
目次
1.医師のワークライフバランスの現実
まず、医師のワークライフバランスの現実はどういった状況なのでしょうか。
1.1 ワークライフバランスとは
国が制定した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」によると、ワークライフバランスの趣旨を次のように規定しています。
働き方や生き方に関するこれまでの考え方や制度の改革に挑戦し、個々人の生き方や子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な働き方の選択を可能とする仕事と生活の調和を実現しなければならない。
つまり、ワークライフバランスとは、仕事(ワーク)と生活(ライフ)の間の調和を追求する考え方です。これまで社会で常識とされてきた仕事だけに時間やエネルギーを捧げるのではなく、家族や友人、趣味、健康増進や自己啓発など、仕事以外の生活の要素にも十分な時間とエネルギーを投じることを意味します。
1.2 医師のワークライフバランス
医師にとってもワークライフバランスは非常に重要な考え方です。自身の健康や人生の幸福実現、そして医師として持続可能なキャリアを維持するために不可欠なポイントだからです。こうした背景には、医師という職業の特異性が存在します。
医師は、患者の緊急時対応をはじめ長時間の勤務、不規則なシフトなど、日常的に高いストレスと負担の中で激務をこなしている職業です。
このような働き方は、医師の生活面にも大きな影響を与えています。家族との団らんやリラックスする時間はもちろんのこと、趣味を楽しんだり、健康管理のために運動習慣を維持するといった、仕事以外の活動への時間が非常に限られてしまうからです。過酷な労働条件下で働かざるを得ない医師の現状により、充実したプライベートを送ること、そして人生の生きがいを追求しワークライフバランスを図る機会を難しくしています。
このように、医師のワークライフバランスの問題は、単に24時間でどのように時間配分の優先順位を付けるのかといった単純な話ではなく、職業としての重大な役割と一人ひとりのライフスタイルとの間の調和を見つけ、維持していくかといった、個人レベルでは解決が困難なテーマと言えるでしょう。
1.3 ワークライフバランスと生きがい
過酷な働き方が続く医師にとって、ワークライフバランスの追求は、医師としての生活の質(QOL)に大きく影響する課題です。自身のイメージするワークライフバランスを図ることで、日常的なストレスの軽減、メンタルヘルスの維持、職場での満足度の向上、業務効率化による質の向上など、さまざまなメリットをもたらします。
もともと「医師は仕事やキャリア形成と生活面が相容れない」という古くからのイメージがあります。しかし、そういった前時代的なイメージをシフトチェンジするためには、一人ひとりの医師だけでなく、医師を採用する病院はもちろん、医療行政を司る国、さらに社会全体で働き方改革に取り組む現実的な行動が必要です。
例えば、過重な労働時間の規制、ライフスタイルに合わせて選択できる柔軟な勤務形態の導入、医師の休養と自己研鑽のため種々の休暇の確保、メンタルヘルスのサポートなど、具体的に現場レベルに効果のある働き方改革を進めることで、医師のワークライフバランスの改善につなげることができます。
2.医師のワークライフバランスが問題になる3つの激務の実態
医師が現実に置かれている激務の実態を次の3つの角度から見ていきましょう。
2.1 激務の実態1 勤務時間は週平均50時間以上
医師が1週間で働く時間は平均で男性医師57時間35分、女性医師52時間16分となっています。これは日本の労働者全体における週所定平均労働時間、1企業当たり平均39時間28分と比較すると大幅に長い時間となります。
特に、週60時間以上働いている医師の割合は男性41%、女性28%であり、長時間労働が常態化している医療機関が一定数に上ることが特徴です。
2.3 激務の実態2 夜勤・当直など不規則な生活リズム
医師の中でも勤務医は、夜勤や当直など交代制勤務が含まれ、またオンコール対応が必要となるため、生活リズムは自然と不規則になります。
また、医師の1日のスケジュールは、まず勤務医かどうかで大きく分かれます。そして、臨床医か研究医か、当直医か研修医など、それぞれの職責により大きく異なりますが、すべてに共通しているのは不規則な生活スタイルが一般的だという点です。
そのため、仕事中心の生活となり、自分の時間を確保することが難しくなっています。
2.3 激務の実態3 休みが取れず仕事一色の日常
医師は、仕事に追われるあまり、きちんと休日を取得できない現状も問題です。勤務医の場合は、主治医制度によって患者の急変時にはいつでも対応しなければならない責任があります。また、人手不足による診療や手術の業務負担の偏りも深刻です。
一方で、開業医は診療のみならず、病院経営や人事管理など全ての責任を背負うため、十分に休むことが難しい状況となっています。
以上のように、医師が直面する激務の実態は深刻であり、具体的に解決するためには、医師自身はもとより勤務先の医療機関、そして社会全体の意識改革と制度改善が求められます。働き方改革の推進は、医師の就労環境の改善においても喫緊の課題だと言えるでしょう。
内部リンク:医師の就労環境の実態は?働きやすさとキャリアのための転職ポイント
3.医師がワークライフバランスで問題に直面する3つのシーン
医師のキャリアは、形成していく過程でさまざまな問題に直面します。
その中でも、特にワークライフバランスに影響を与える3つのシーンを取り上げます。
3.1 シーン1 キャリアのステージが変化したとき
医師としてのキャリアは、医学部卒業後、研修医の初期段階から経験やスキルを養い専門的な診療ができるのに連れて、現場で求められる責任も大きくなります。
医師になった初期では、研修医から勤務医になるときに問題が生じるケースが少なくありません。医師として本格的に患者の診療を担当するようになると、患者への診療に対する責任、最新研究や治療法のフォロー、スタッフの指導、病院の経営や事務対応など、一気に負担が増えます。医師としてのスキルを身につけて、将来のキャリア形成のために重要な時期であるため、この段階でのワークライフバランスの維持は非常に困難だと言えるでしょう。
実際、勤務医の場合、勤続年数が上がり責任が増えるにつれて、労働時間が増加し、休日が取れなくなることも多いため、ワークライフバランスに対する不満を抱えるケースが多く見られます。事実、厚生労働省の勤務医に対するアンケート調査によると「少し減らしたい」または「もっと減らしたい」と労働時間の削減を希望する回答が約7割を占めました。
出典:勤務医に対するアンケート調査の結果について – 厚生労働省
また、勤務医として転職するときも、新しい職場に適応する心身両面の労力をはじめ、業務内容の変化などから、一時的にワークライフバランスが崩れることがあります。
さらに、勤務医から開業医になるときは、自身で病院や診療所の経営を担うことになるため、雇用されていた時には直接関わりがなかった経営に関する知識やスキルはもちろん財務管理から人事管理まで、新たな責任と重大な問題に取り組むことになります。
3.2 シーン2 結婚したとき
結婚は、個人のプライベートな生活だけでなく医師の仕事にも大きな影響を与えます。特に医師の場合、結婚によって家庭を持つと、一般的な労働者のワークスタイルとは大きく異なる点が多いため、配偶者との時間の過ごし方や生活スタイルの大幅な調整が必要となり、ワークライフバランスに影響を及ぼすことがあります。
また、結婚を機に職場を変えたり、フルタイムからパートタイムへと勤務形態を変えることもあります。こうした結婚によるライフスタイルの変化は、キャリア形成にも影響を及ぼす可能性を持っています。
3.3 シーン3 出産・育児、介護など家庭生活に大きな変化が起きたとき
医師の仕事は強靱な体力と多大な時間を費やさなければ遂行が難しい職業であり、仕事と家庭生活とのバランスを取ることは、とりわけ出産・育児や介護などの大きな変化が起きた時に困難なケースが多く見られます。
特に、女性医師のワークライフバランスを支援することは、適切な医療サービスの提供にも影響する重要な問題です。2020年時点で全医師の5人に1人、22.8%を女性医師が占めています。
女性医師のワークライフバランスを図る上で重要な局面に、出産・育児との両立があります。2017年8月に日本医師会が発表したデータによると、出産経験のある女性医師の中で、育児休業を取得した割合は全体59.1%でした。全産業平均の女性の育児休業取得率が83.2%なのに対して、2割以上も取得率が低いのが現状です。
その一方で、医師の長時間労働が常態化している医療機関が一定の割合を占めるといった指摘もされており、ワークライフバランスを図る上での大きな障害となっています
このように、出産や育児と医師としての仕事を両立させることは、特に女性医師にとって現在もハードルが高い社会状況が続いています。医師としての業務は広範囲かつ重大な責任を伴い、勤務時間外の業務も増えてしまうため、まとまった時間を家庭のために割くことも難しくなるのです。そのため、配偶者との話し合いにより転職や退職を選択するケースも少なくありません。
出典:厚生労働省「厚生労働省が取り組む女性医師等勤務環境改善」
出典:厚生労働省「令和2(2020)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
4.医師がワークライフバランスを図る3つのステップ
医師は職業柄、長時間労働や休日出勤が常態化しているのが現場の実態です。
しかし、そのような働き方が当たり前となっている現状を変え、ワークライフバランスを保つためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
以下に、医師がワークライフバランスを図るための3つのステップをご紹介します。
4.1 STEP1 自己分析とキャリア目標を明確にする
まず、自己分析を行い、現状の働き方や生活とのバランスを棚卸しましょう。この作業を行うと、自分がどの程度の時間を仕事に費やしているか、一方で自分のライフスタイルや個人としての人生目標とどのくらい合致しているかを客観的に自己評価することができます。
次に、仕事とプライベートそれぞれの目標を明確に再設定しましょう。改めて目標を見直す際は、医師としてのキャリア面での成功だけでなく、自分自身や家庭生活を含めたプライベートにおける幸福感や生きがいの追求についてもじっくりと振り返ることが重要です。
その上で、医師としての役割やキャリア形成を改めて見直します。自分が今後どのような医師になりたいのか、職業的にどのような役割を果たすことが自分自身や社会にとって価値があると感じるのかを深く考えることがポイントです。
こうしたプロセスを経て、最終的に個人としての人生や生きがいとは何かを再定義しましょう。自分自身の価値観や、個人的に日々の充実感を追求するために何が必要かを理解することで、セカンドキャリアに向けたイメージや具体的な行動につなげる機会が生まれます。
4.2 STEP2 時間管理のスキルを身につける
医師のワークライフバランスにとって時間管理は非常に重要なポイントです。タスクの優先順位付けをはじめ、日々のスケジュールを明確に作成することが大切です。また、可能な限り業務を効率化することで、時間を節約することもできます。例えば、日常業務でのルーティン作業のテンプレートを作成したり、定期的な会議のスケジュールを事前にスケジュールの中に組み込んで日程調整をしやすくしたりすることが考えられます。
こうした作業を繰り返しながら、定期的に自分の時間の使い方を振り返り、時間の無駄がないかをチェックしましょう。自分が計画した通りに時間を使えているか、またはどのタスクに時間がかかりすぎているかを見つけるために効果的なポイントです。こうした一連のプロセスを通じて時間の使い方を改善し、無駄を少なくすることができます。
このほか、仕事と生活の両方に宛てる時間のバランスを定期的に見直すことも不可欠です。ライフスタイルの変化や、仕事とプライベートそれぞれで新たに設定した目標にマッチするように、自分が割り当てる時間を再評価すると、時間のバランスが取れるようになり、激務が常態化している医師であっても仕事と生活のバランスを図ることができます。
4.3 STEP3 仕事と生活の境界線を設定する
人の命を預かる重責を担う医師にとって、プライベートになるべく仕事を持ち込まない姿勢は働き方として難しいと言えます。しかし、息の長いキャリア形成と自身の健康を守る職業人生を歩み続けるためには、仕事と生活の境界線を設定することが非常に重要です。
医療の現場では、それこそ無限のニーズがあります。医師としての責任を果たそうとすればするほど、自分を追い込み過重な労働時間になる恐れが高くなるでしょう。ただ、医療の質を維持しながら日々の患者の診療を続けることは、医師一人ですべて対応できる問題ではありません。自分の役割は何か、他のスタッフに任せられることはないかを明確に捉え直すことがまず大切です。膨大な業務を適切な形にチーム全体で分担し、仕事のストレスを軽減することによって仕事とプライベートのバランスを図ることができます。業務範囲や責任を明確にして割り切ることは、ある面、患者に対する診療の質を高いレベルで維持することにもつながるのです。
5.医師がワークライフバランスを実現する3つの方法
ここまで案内してきた通り、現代の医療業界に置かれた医師は、高度なスキルと絶え間ない専門知識の維持が求められるワークライフバランスを実現しづらい環境に囲まれています。医師の職務を果たすことはもちろん重要ですが、セルフケアとワークライフバランスの実現も同じくらい大切な問題です。
以下に、医師がワークライフバランスを実現するための3つの方法を提案します。
5.1 現場で働き方を話し合う
ワークライフバランスを実現するための最初のステップは、経営陣や管理責任者、上司や同僚、部下と働き方改革についてしっかりと話し合うことです。
医師の仕事は組織の一部として行われるため、その組織全体がワークライフバランスを目指す姿勢を持たない限り、思うように働き方を変える方向へはつながりません。現場レベルで日常業務の中で、そして定期的にまとまった話し合いの時間や機会を設け、積極的な対話と改善に向けた職場全体での取り組みが、仕事とプライベート生活の間の健全な境界線を作り出すための鍵となります。
5.2 診療科を変える
医師のワークライフバランスは、診療科により大きく異なることがあります。
例えば、外科は勤務時間が多く、ワークライフバランスを取るのが難しい傾向が顕著です。それに対して、精神科や眼科などの診療科では、労働時間が比較的少ないためワークライフバランスを図りやすい場合があります。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の「勤務医の就労実態と意識に関する調査」を見ても、診療科の選択は医師のワークライフバランスに大きな影響を与えるポイントです。例えば、週当たりの労働時間の多い診療科トップ3は、第1位は救急科で54時間、第2位は脳神経外科53.3時間、第3位外科52.5時間となっています。一方で、労働時間の少ないトップ3は、精神科38.4時間を筆頭に第2位は眼科・耳鼻咽喉科・泌尿器科・皮膚科の44.3時間、そして内科は45.8時間でした。
このように、診療科による労働時間の違いは明確のため、思い切って専門とする診療科をシフトすることも検討することをおすすめします。
出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」
なお、診療科別の労働時間をはじめ医師の働き方の現状については、次のページも併せてご覧ください。
内部リンク:医師の就労環境の実態は?働きやすさとキャリアのための転職ポイント
5.3 転職する
もし現在の職場でワークライフバランスの実現が難しい場合、転職を検討することも一つの選択肢です。医師は病院以外にも介護施設や官公庁、研究施設、産業医、保険会社、メディカルドクターなど各所で多様なニーズがあります。
ここで挙げた職場は、病院勤務のように臨床を通して医師の職責を果たすというスタイルからは離れていますが、医師としての専門知識とスキルを活用できる上、一般的に勤務医に比べると労働条件や勤務時間といった面でワークライフバランスを取りやすい環境が整っています。
6.まとめ
この記事では、医師のワークライフバランスとは何か、その実現のために具体的な方法とはどういったものがあるかご案内しました。もちろん、ワークライフバランスは個々の医師レベルだけでなく、国や医療界全体の課題として取り組まれるべきテーマであることは確かです。
自分自身で取り組めるステップとしては、まず現場レベルでワークライフバランスを意識した働き方・生き方を取り入れることが重要です。現場のスタッフや経営陣、管理責任者などと現状を共有し、働き方改革に向けた話し合いを進めることから始まります。
また、日常生活で小さなところから働き方改革に取り組んでいきましょう。具体的には、仕事と生活の境界線を設定し、業務範囲や責任を明確にすることで、プライベートへ仕事を持ち込む習慣を徐々に変えていくことができます。
ただし、実際には勤務先や業務内容、ライフステージの変化により、自分がイメージするワークライフバランスを実現するのが困難な場合も少なくありません。そのようなケースでも、職場での話し合いをはじめ、時には診療科の変更や転職といった具体的な決断を視野に入れておくことも大切となります。
医師として職業的なやりがいと個人生活での生きがいを両立するために、ワークライフバランスに取り組むことは、医師としての職務を果たす上での息の長いキャリア形成を図るとともに、自分自身の幸せと健康に直結する重要なライフテーマです。この記事で紹介したアプローチを参考にしながら、医師として自分自身のワークライフバランスを実現する道を探ってみてはいかがでしょうか。