第18話 偶然からの大発見 【part1】

 暫く前になるが、2000年10月11日の読売新聞には「学生の失敗・大発見を生む」、毎日新聞には「実験の失敗から大発見」の見出しで新聞の第一面にノーベル化学賞の白井秀樹氏のニュースが掲載されていた。

 ある日、白井氏はポリエチレン合成の実験を学生に指導していた。一人の学生が誤って合成に必要な量より1000倍も大量の触媒を入れてしまった。当時、ポリエチレンは高分子化が難しく、粉末しか存在していなかった。学生の実験で出来上がったポリエチレンは粉末ではなく、金属光沢で、反応容器に薄い膜状に張り付いていた。このことが切掛けとなって“ ポリエチレンが電気を通す ”という通電性高分子と言われる画期的な発見につながったのだという。

 このように“失敗”や“誤り”“偶然”が研究の進歩に大きく貢献することがある。心臓外科領域でも、誤りというか偶然が、後の心臓外科に大きく貢献した2つの事例をご紹介しよう。

 I ) 冠動脈造影法

 私がクリーブランドを初めて訪れたのは1970年である。空港のターミナルビルは1階木造建てで、まだ中小都市の空港であった。空港ではSt. Vincent Charity HospitalのE.B. Kay先生のスタッフであった日本人のS先生に出迎えて頂いた.

 翌早朝、Kay先生の手術を見学した。先生は椅子に座って、Kay−Suzuki弁を僧帽弁に置換していた。座って手術するために、手術台を極端に低くし、手術台を大きく斜めに傾けていた。

 この手術の終了するより前に、S先生は「これからクリーブランド・クリニークに行き、冠動脈と大伏在静脈のバイパス手術を見学しましょう」と誘ってくれた。まだ、日本では冠動脈バイパス手術が始まっていない時期であった。私は2〜3ミリメートルの動脈と3ミリメートルの静脈の吻合だから“ チマチマした手術 ”であろうと思っていた。

 S先生は自分の病院と同じようにクリーブランド・クリニークの手術更衣室に入り、私たちは手術用の下着に着替え手術室に入って行った。ここでS先生は私を術者に紹介してくれた。最初、私を紹介してくれたドクターは、自分の眼鏡の前に小さな四角の眼鏡(拡大鏡)をつけていたドクターEfflerで、次の部屋ではドクターFavaloroを紹介してくれた。手術方法は2人とも同じで、冠動脈の連続縫合ではなく、冠動脈に4ミリメートルくらいの小切開を加えた後、1.2ミリメートルくらいの間隔でinterrupted stichを掛け、糸の両端を小ペアンで鋏み、冠動脈の小切開創の外側に1本1本放射状に、約20本の糸を順序よく並べておく。全周が縫い上がると次に、冠動脈に掛けた両端針の内側の針糸を大伏在静脈に掛けて結紮し、等間隔に1本掛けては結紮し、1本掛けては結紮する。

 このように、狭い所に20本もの糸針を掛けるのだから、“チマ、チマ”とした手術であろうと私は考えていた。ところが人工弁置換の手術のようにダイナミックな手術なので、私は驚いた。特に、ドクターFavaloroの手術は“ウっ”と唸りたくなるほどの見事な、手早い手術であった。この日は、左心室瘤の手術を含めて、バライエテイに富んだ手術を6例見学した。

 手術見学後、冠動脈造影の創始者・ドクターSonesを紹介された後、冠状動脈造影室を見学した。左と右の冠動脈造影と左心室造影が約25分で終了した。現像したcine filmをTagarno35というviewerで見ると、実に鮮明な冠動脈が映し出される。私は思わず感嘆の声を挙げたいような衝動にかられた。Tagarno35は実に優れた器械で、filmの早送りも、遅送りも、停止も、また何度でも前後させて見ることが出来る。そのため、冠動脈の狭窄の部位、狭窄の程度などが鮮明に映し出された。Cleveland Clinicで、いとも容易にAC bypass術が行なわれている背景には、この見事な造影法があるからだと認識を新たにした。

 これからが、本日の主題である。

 冠動脈造影の創始者Sonesが、冠動脈造影を開発した切掛けも偶然からである。

 通常、大動脈造影はカテーテルの先端を冠動脈から数センチメートル離して行なうが、ある日、カテーテルの先端が誤って右冠動脈に挿入された偶然の出来事から、カテーテルを直接冠動脈に挿入する冠動脈造影法が開発された。それまで冠動脈に直接、高濃度の造影剤を注入すると“ 致死的な合併症 ”を引き起こすので禁忌とされ、恐れられていた。

 1956年のある日、Sonesは逆行性にカテーテルを股動脈から大動脈、さらに左心室に挿入し、左心室造影を行なった後、カテーテルを大動脈まで引き抜き、通常の如くカテーテルの先を冠動脈から数センチメートル離して大動脈造影を行なった.フイルムを現像して初めて分かったことだが、カテーテルの先端は右冠動脈に直接挿入されており、右冠動脈とその末梢の細い枝まで鮮明に造影されていた。驚いたことに、患者の状態は造影中もその後も全く安定していた。

 これが冠動脈直接造影の発端だが、その後も暫くの間、カテーテルを直接冠動脈に挿入するには“致死的合併症”を引き起こすということを危惧したためであろうか? カテーテルの先端を左あるいは右のヴァルザルバ洞内に注意深く位置させ、直接冠動脈にカテーテルが挿入されないように注意して造影剤を注入した。その結果、137例のうち90%に各冠動脈が鮮明に造影させたという。

 このことに意を良くしたのか、Sonesらは1959年放射線非透過で可動性に優れた“ finger tipカテーテル ”を作り、選択的に左あるいは右の冠動脈に挿入した後、冠動脈造影に成功した。この方法により極めて鮮明な画像が得られるようになり、冠動脈に直接カテーテルを挿入するSones法が世界に普及した。

 現在、全世界で極めて多数の冠動脈バイパス手術、PTCA(経皮的血管形成術)が行なわれているが、これには鮮明な冠動脈造影像が必要である。この出発の原点はカテーテルが誤って右冠動脈に挿入されたのがきっかけであったという。

(part2へ続く)