医師の新しい働き方「医療版ワーケーション」とは?注目の理由や旅先のスケジュールを紹介

医師 医療版ワーケーション

近年、ワーケーションという新しい働き方が注目を集めていますが、その概念が医療業界にも広がりつつあります。医療版ワーケーションは、旅先の医療機関で働きながら観光も楽しむ新しいワークスタイルです。

特に、医師不足が深刻な地域にとって、外部から医療従事者を一時的に迎え入れることで地域医療を支える手段として期待されています。実際に和歌山県と広島県が人材紹介や旅行代理店と連携し、医療版ワーケーションを実践しています。

本記事では、医療版ワーケーションのメリットや事例、今後の展望などについて詳しく解説します。

1.医療版ワーケーションとは

医療版ワーケーションは、観光地で余暇を楽しみながら、地域の医療機関で非常勤として働くことです。そもそもワーケーションは、「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語です。医療版ワーケーションと一般的なワーケーションは、行った先で観光や余暇を楽しみながら働くことは同じですが、目的や働く場所などに違いがあります。

医療版ワーケーションと他業界のワーケーションの違いは下記のとおりです。

項目

医療版ワーケーション

他業界のワーケーション

目的

医師不足地域での医療支援と地域医療の補完

旅行先などで普段の仕事をテレワーク環境で行う

対象者

医師(特に都市部に住む医師や専門医)

一般企業の従業員(主にリモートワーク可能な職種)

仕事内容

地域医療機関での非常勤勤務(救急対応や診療など)

通常業務をリモートで実施(IT業務、事務業務、クリエイティブ業務など)

働く場所

地域の医療機関(病院や診療所など)

観光地の宿泊施設やコワーキングスペース

費用負担

宿泊費、交通費、レンタカー代などは自治体や企業が補助

企業が一部負担

他業界のワーケーションは所属している企業の業務を行いますが、医療版ワーケーションは普段と異なる医療機関で働きます。また、他業界のワーケーションは、現在働いている企業に報告し、管理をされていますが、医療版ワーケーションは自身で応募をするので自己管理が必要です。

また、勤務形態は非常勤になります。そのため、本業を行いながら医療ワーケーションを行う方は、自身で上手く調整する必要があります。

1-1.医療版ワーケーションへの医師の関心が高まっている

医療版ワーケーションに対する医師の関心は非常に高く、300名近くの医師が「勤務したい」または「都合がつけば勤務したい」と回答しています。これは小児科勤務経験者を対象としたアンケート結果ですが、他の診療科を含めると、さらに多くの医師がこの勤務形式に興味を持つことが予想されます。このことから、医療版ワーケーションは、今後より広範な医師層を対象にした取り組みとして発展していく可能性が高いと考えられます。

出典:株式会社JTB「新たな取り組み!福山市の医療版ワーケーション。地域の医師不足問題の改善と魅力の発信をサポート」

2.医療版ワーケーションのメリット

地域の医療施設で余暇を楽しみながら働く医療版ワーケーションですが、医師からの関心も高まりつつあるようです。

ここでは、そんな医療版ワーケーションのメリットを見ていきましょう。

2-1.地域医療の支援により医師不足の解消が期待できる

医療版ワーケーションは、医師不足に悩む地域医療機関にとっても大きなメリットがあります。夜間診療のように常勤医師が不足しがちな時間帯に医療版ワーケーションを行う医師が勤務することで、医師不足を緩和できます。

2-2.医師は観光を楽しみながら報酬が得られる

医療版ワーケーションでの業務は夕方から夜間にかけて行うことができ、勤務開始時間までは自由な時間があります。

そのため、日中に観光地を訪れたり、温泉でリラックスしたり、地域の特産品を食べに行ったりと普段の生活よりも充実した余暇を楽しむことができます。

また、医療版ワーケーション先に家族と一緒に訪れ、二中の余暇の時間を家族と過ごすこともできます。実際に、家族連れの医師からの評判が良く、家族と一緒に過ごせる時間が増えることで、心身のリフレッシュが図れるとの声があります。

このように余暇を楽しみながら報酬を受け取ることもできることは大きなメリットと言えます。

2-3.地域経済の活性化

医療版ワーケーションは、単に医師不足を補うだけでなく、地域経済の活性化にも大きく貢献します。医師が地域で観光を楽しむことで、観光業や飲食業、宿泊業といった地元の産業に直接的な経済効果をもたらすことが期待されます。

3.医療版ワーケーションの事例

医療版ワーケーションは、企業や旅行代理店と自治体の連携により、広島県福山市と和歌山県で実施されました。それぞれの事例について、取り組みを始めた理由やスケジュールなどを詳しく見ていきましょう。

【事例1】広島県福山市で国内初の医療版ワーケーション

福山市が実施した「医療版ワーケーション」は、福山市外から医師を招いて、夜間の小児診療所で診察をしてもらう取り組みです。診察の合間に、広島県福山市を中心とした備後圏域の62町(福山市、三原市、尾道市、府中市、世羅町、神石高原町、および岡山県笠岡市、井原市)で観光を楽しむことができます。

 (1)医療版ワーケーションの取り組みをはじめた理由

福山市が医療版ワーケーションを導入するに至った背景には、地域医療を維持するための切実なニーズがありました。福山市を含む二次医療圏は、厚生労働省が示す小児科医師偏在指標において全国で下位3分の1に入る「医師少数区域」とされています。

特に小児科医師の不足は顕著であり、週末や大型連休などの際には常勤医師の数が不足し、緊急時の対応が困難になることがあります。この状況は、地域住民の安心・安全を脅かす重大な問題です。

医師不足の原因として、都市部への医師の集中、地方医療機関の勤務環境の厳しさ、医師の高齢化などが挙げられます。

このような状況下で、福山市は民間企業と連携し、観光と医療を組み合わせた「医療版ワーケーション」を実施することを決定しました。

(2)ワーケーションスケジュール

ワーケーションのスケジュールは下記のとおりです。

医療版ワーケーション モデルコース

診療所での勤務が19時~2230分のため、日中に観光や食事を楽しむことができます。

参加した医師からも、「観光スポットが車で行ける範囲に多数あるうえに、鯛めしや地酒などが美味しく、観光を楽しめた」や「スタッフが非常に親切だった」など好評です。

出典:MRT株式会社「全国初!福山市がはじめた医療版ワーケーションの取り組みとは?」
出典:MRT株式会社「医療版ワーケーション体験談(1)」

【事例2】和歌山県で医師不足解消へ医療版ワーケーション導入

和歌山県白浜町の病院では、人材紹介会社と連携し、「わかやま医療版ワーケーション」を実施しました。

白浜町は和歌山県南部の紀南地方にあり、日本の海水浴場百選に選ばれた白良浜や千畳敷、円月島、温泉などがある屈指の人気スポットです。

(1)医療版ワーケーションの取り組みをはじめた理由

紀南地方では医師の数が少なく、病院間で協力して医師を融通し合っているものの、全体として医師数の確保が困難な状況です。特に、夜間の当直勤務などが重なると、常勤医師の負担が増し、その負担を軽減するための対策が急務となっています。

和歌山県全体では人口当たりの医師数は全国平均を上回っているものの、県の北部と南部で地域差が大きく、特に南部の病院では常勤医師の確保が難しい状態が続いています。このような背景から、白浜はまゆう病院は、観光と地域医療の支援を結びつけた「医療版ワーケーション」を導入することを決定しました。

(2)ワーケーションスケジュール

わかやま医療版ワーケーションは、大型連休や休日に合わせて実施され、県外に住む医師が和歌山県内の紀南エリアにある医療機関で非常勤として勤務します。勤務の合間には、白浜町を中心とした観光を楽しむことで、リフレッシュする時間を持つことができます。

医療版ワーケーションにかかる費用の一部が補助されるため、医師は低コストで観光を楽しむことができます。本事例における補助額は下記のとおりです。

  • 宿泊費(部屋代+駐車料金等)……2万円/1
  • 交通費……52,000/1
  • レンタカー代……7,000/1

参加した医師からも「家族と有意義な時間を過ごせた」や「観光を通じて地域を知るきっかけになるうえに条件が魅力的なため、興味を持つ医師は多いと思う」など、好感触な感想が多々見られました。

出典:MRT株式会社【MRT が新たに和歌山県と連携し「医療版ワーケーション」を開始! 働きながら余暇も楽しむ新しいワーキングスタイルで医療従事者不足の解消を目指す】

4.医療版ワーケーション参加の注意点

医療版ワーケーションへの参加を検討する際は、下記の注意点を確認しておきましょう。

4-1.短期間で業務に適応する必要がある

医療版ワーケーションの勤務期間は数時間から数日のため、短期間で環境に適応する必要があります。診療方針や医療設備、スタッフとのコミュニケーションなど、多くの面での適応力が求められるでしょう。

環境に慣れないまま勤務が進むことで、医師にとってはストレスになる可能性があります。適応力や性格などの観点から、医療版ワーケーションが自身に向いているか考えましょう。

4-2.待遇の条件を満たさない場合がある

医療版ワーケーションでは報酬が支払われますが、地域によっては報酬が十分でない場合や、交通費や宿泊費が全額カバーされない場合があります。待遇が自分に合わないために、参加できる医療版ワーケーションが見つからないこともあるでしょう。

単なる興味で参加するのではなく、報酬や待遇を確認しておくことが大切です。

5.医療版ワーケーションの今後の展望

地方における医師不足は、都市部への医師集中や地方医療機関の厳しい勤務環境、高齢化などが主な原因とされています。特に、週末や大型連休には医師不足が顕著になり、緊急医療や緊急分娩の対応がより難しくなるという課題があります。

このような課題を解消するためにも、医療版ワーケーションは、地域医療の維持につながる手段として医師会からも期待されている取り組みです。

実際に、福山市医師会は、夜間小児診療所を中心に医師を確保するために、医療版ワーケーションを試行実施した後、現在も継続されています。また、夜間小児診療所だけでなく、乳幼児健診などの分野にも医療版ワーケーションを拡大することが計画されており、地域医療全体における影響が期待されています。

出典:日本医師会「「こどもの健康と生活~医師会はどうかかわる?」をテーマに開催」

6 .医療版ワーケーションの参加方法

医療版ワーケーションに参加するためには、医療版ワーケーションの取り組みを支援している人材会社に登録する必要があります。

たとえば、本記事で紹介した2つの事例では、人材紹介会社が公募し、医療版ワーケーションに興味がある医師が応募する方式です。

医療版ワーケーションの仕組みは下記のとおりです。

  1. 「医療情報サービス企業」に対して、医療版ワーケーションに参加するための応募する
  2. 医療情報サービス企業が県内の医療現場に対して医師を紹介する
  3. 紹介された医療現場で非常勤として勤務しつつ観光を楽しむ

2024年時点では医療版ワーケーションの行き先は限られていますが、医師会の注目を集めているため、今後は参加可能な地域が増えることが期待されています。

7.まとめ

医療版ワーケーションは、地域医療支援と医師のリフレッシュを兼ね揃えた新しい取り組みです。本記事では、医療版ワーケーションのメリットや事例、注意点などを解説しました。

都市部の医師が地方の医療機関で非常勤として勤務し、同時にその地域の魅力を体験することで、医師不足の地域を支援しつつ、充実した休暇を取ることができます。

今回、解説した内容により、医療版ワーケーションが自身に向いているかどうかの判断の一助となれば幸いです。