もしもの時の医療やケアについて、患者や家族など身近な人と共に考え共有する「人生会議」。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)と呼ばれるこの取り組みは、患者の希望を尊重し、患者の望む人生の終盤を実現するために重要な取り組みです。
ただ、医師にとって、新しい概念であるACPをどのように日常の医療実践に組み込んでいけばいいのか、具体的な方法がわからないという声もよく聞かれます。
そこでこの記事では、ACP(人生会議)とは何か、重要性や実践方法などに触れた上で、必要な視点を紹介しますので、最後までご一読ください。
目次
1. ACPとは?
ACP(アドバンス・ケア・プラニング)とは、もしもの時の医療やケアについて本人があらかじめ考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、自分の希望を共有する取り組みです。
ACPと「人生会議」は基本的に同じものです。ACPは英語圏で生まれた概念ですが、日本ではより親しみやすく理解しやすいように、「人生会議」という愛称が付けられました。
ACPの目的は、本人の価値観や希望に沿った医療・ケアを受けられるようにし、医療・ケアに関わる意思決定を支援することです。そして、患者、家族、医療・ケアチーム間のコミュニケーションの促進を通じ、医療・ケアの質の向上を目指します。
参照:「人生会議」してみませんか|厚生労働省
参照:「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」|日本医師会
2. ACPの重要性
ACPの重要性について下記で紹介します。
2.1 なぜACPが必要なのか
ACPの必要性が高まっている理由として、下記の2つが挙げられます。
- 高齢化社会の進展による医療課題
- インフォームドコンセントの限界
高齢化社会の進展
急速に高齢化が進む日本では、人生の最終段階にある患者や、認知症などにより意思決定能力が十分でない患者の増加が医療現場の課題となっています。
例えば、延命治療を希望する患者でも、病状の悪化や認知症の影響により自身の希望を伝えることが困難な場合が考えられます。
インフォームドコンセントの限界
インフォームドコンセントを通じ、患者が納得した医療を受けることが重要なのは言うまでもありません。
しかし、特に人生の最終段階にある患者の場合、病気や高齢化で約70%の確率で意思決定が難しなり、インフォームドコンセントを行うことに限界が生じてしまいます。そのため、今後の医療やケアの方針を決定する際に患者本人からの同意を得ることが難しくなります。
こうした状況を見越して、もしもの時にどのような医療やケアを受けたいかについて患者や家族、医療従事者といった当事者が事前に話し合って情報を共有しておくことが重要です。
参照:『人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)』|木澤義之
2.2 ACPの認知度と現状について
ACPの重要性は高まっていますが、実際に医療従事者や国民のACPに対する認知度や取り組み状況はどのようなものなのでしょうか。ここでは、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」を参考に紹介をしていきます。
医療従事者のACPに対する認知度
医師、看護師、介護支援専門員のうち、ACPについて「よく知っている」と回答した人は、いずれも半数に満たないことがわかりました。
- 医師:45.9%(671人/1,462人)
- 看護師:45.8%(1,074人/2,347人)
- 介護支援専門員:47.5%(833人/1,752人)
医療従事者の中でも、ACPへの理解が十分に進んでいない状況が浮き彫りとなりました。
ACPは、患者一人ひとりの希望を尊重し、最期まで自分らしい人生を送るために重要な取り組みです。医療従事者として、ACPについて理解を深め、積極的に患者に提案していくことが求められています。
国民のAPCに対する考え方や現状
ACPの考え方への賛成は57.3%、反対は0.7%、またACPにより自分の意思を書面にまとめた事前指示書作成への賛成は69.8%、反対は1.3%と多くの人がACPの重要性を認識しています。しかし、実際に人生の最終段階における医療について家族や医療・介護関係者と話し合ったことがある人は29.9%にとどまり、ACPの必要性と実践の間に大きなギャップがあるのが現状です。
その点、啓発活動や医療・介護関係者への研修、医療機関におけるACPの推進を行うことで、患者や家族間での話し合いの機会を創出し、ACPについての認知度と理解度を向上させることが期待できます。
参照:『令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書』|厚生労働省
3. ACPはいつ、どのように行えばいいのか
実際にACPはいつ、どのように行えばいいのでしょうか。
3.1 ACPを行うタイミング
ACPは、特に病気をしていない元気なときからでも始めることができます。ただし、早すぎても遅すぎても適切ではありません。例えば、健康時や病状が安定している時期に、生命維持治療に関する話などを行うには早すぎるため、真剣に詳細な治療内容について話し合うことができず、不明確・不正確なものとなってしまいます。また、遅すぎる場合では、患者が話し合う能力を失っていたり、話し合うことを避ける傾向にあったりとACP自体が行われず終末期を迎えてしまう可能性があります。
そのため、ACPを行うタイミングは時期を見つつ、段階を踏んで行うことが重要です。健康である時期には、話し合いの結果が変化をしにくい「代理意思決定者の選定」や「これからどのように生きていきたいかなどの人生観や価値観や希望」を確認することで、患者の意思を明らかにし、その意思を共有していくことが大切です。
それ以降の詳細な話し合いは、患者がACPについて理解し、自分の意思を伝える準備ができている「患者の準備状態(レディネス)」に合わせて行うことが重要なため、必ずしも一度にACPで必要なテーマを全て話し合う必要はありません。
患者の準備状態(レディネス)のタイミングを判断するヒントとしては、以下のようなものがあります。
- 重篤な病気になった時など病状や身体機能の大きな変化
- 入院や手術を控えた時など治療方針の変更時
このほか、元気なときでも人生の最期や終末期医療について考え、家族や友人と将来や終活について話すタイミングやライフイベントに併せて実施することが適しています。
参照:『人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)』|木澤義之
参照:『アドバンス・ケア・プランニング いのちの終わりについて話し合いを始める』|厚生労働省
3.2 ACPの進め方
下記で、ACPを進めるための5つのステップを紹介します。
・ステップ1 医療・ケアの希望をまとめる
人生の最終段階において、本人にとって何が大切なのか、どのような医療・ケアを受けたいのかについて考えをまとめます。
・ステップ2 代理意思決定者を決める
もし本人が意思決定能力を失った場合に、自身の代わりに意向を伝えてくれる人を決めます。具体的には、家族や友人、かかりつけ医や弁護士などが一般的です。代理意思決定者は、信頼できる人の中から複数人選ぶ場合もあります。
・ステップ3 かかりつけ医にACPに必要な情報を確認する
健康状態や病気について、かかりつけ医(主治医)に現状を質問し、理解を深めます。
一例として、今後の治療方針や予想される病状の変化、必要とされる医療・ケアなどについて、詳しい説明を受けることが大切です。
・ステップ4 希望する医療・ケアについて関係者と話し合う
ここまで収集した情報に基づいて、家族や代理意思決定者、医療・介護関係者などと話し合い、自身の希望を共有します。
・ステップ5 書類作成し情報共有する
ACPの会議内容を記録にして書類作成し、家族や代理意思決定者に共有しておきます。かかりつけ医にもカルテに記録してもらうことが大切です。
参照:『アドバンス・ケア・プランニング いのちの終わりについて話し合いを始める』|厚生労働省
参照:大阪府/アドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称『人生会議』)をご存じですか?
医師に好かれる患者の特徴とは?主治医に愛される人と嫌われる人の違いを解説
3.3 ACPで話し合うべき具体的な内容
ここでは、ACPで話し合う内容を具体的に紹介します。
ACPでは、患者一人ひとりの希望に沿った医療・ケアを提供するために、下記の内容に関する話し合いが推奨されます。
患者の家庭・生活環境、受診状況
・家族構成や生活水準
・健康状態
・他で受診中の医療機関や介護サービスの利用の有無
患者が大切にしたい生き方や考え方
・人生観や価値観
・今後の暮らしに対する希望
・大切な人への想い
医療・ケアについての希望
・延命治療の希望
・痛みや苦痛の緩和方法
・最期の迎え方
・希望する代理意思決定者
このほか、本人や家族、代理意思決定者を中心に、葬儀やお墓、財産や宗教的な希望について話し合うケースもあります。
3.4 ACPを進める際のポイント
医療現場においてACPを進める際のポイントには、下記の4つがあります。
- 患者一人ひとりのペースに合わせて進める
- 無理強いはせず、時間をかけて話し合いを進める
- 家族や医療・介護関係者との信頼関係を築く
- 専門的な知識や経験があれば提供し活用してもらう
なお、ACPは、あくまでも患者の主体的な意思に基づいて行うものです。自分の人生の最終段階について知りたくない、考えたくないという本人の意思を尊重し、無理にACPを勧めることは避けなければなりません。そのため、ACPに触れる際は、患者がACPについて理解できるように、わかりやすく丁寧に説明することが重要です。それでもACPに抵抗がある場合は、別の方法で患者の意思を尊重できる方策を医療従事者として本人や家族に寄り添いながらサポートしていく必要があります。
参照:『終末期医療 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)から考える』|日本医師会
参照:『アドバンス・ケア・プランニング いのちの終わりについて話し合いを始める』|厚生労働省
4. 医師に期待される役割
医師がACPの実践する際、患者の意思を尊重しながら積極的に取り組むことが求められています。
まず、医師はACPの基本的な考え方、話し合いの進め方、倫理的な課題などACPに関する知識を身につけ、理解を深めることが大切です。ACPは、患者と医師がお互いの信頼関係を築いた上で、円滑に進めることが可能です。したがって、日常の診療から患者の話を共感的態度で丁寧に聞き、信頼関係の構築に努める姿勢が求められます。
ただ、ACPは、医師と患者だけで進めるものではありません。医師、看護師、ソーシャルワーカー、介護関係者など、医療・ケアのスペシャリストがチームとなり、IPW(多職種連携)によって取り組むことが重要です。そのため、医療専門職や医療機関はもちろんのこと、介護事業所や地域包括支援センターなど、地域の医療・ケアの関係機関と連携し、患者一人ひとりに寄り添った支援を提供する役割が求められています。
【医師ならではの役割】
- 的確な医療情報の提供と共有
患者の病状や予後、治療選択肢、それぞれのメリット・デメリットについて、分かりやすく丁寧に説明します。 - 医療的視点からの意思決定支援
患者の価値観や希望を尊重しつつ、医学的観点から実現可能な選択肢を提示し、患者が納得して意思決定できるよう支援します。 - 多職種連携の推進と調整
ACPは医師だけでなく、看護師、ソーシャルワーカー、介護福祉士など多職種が連携して進めることが重要です。医師は医療チームの中心として、各職種の専門性を活かし、連携をスムーズに進める役割を担います。 - 地域医療・介護機関との連携強化
患者の在宅療養や施設入所など、地域における継続的なケアを視野に入れ、地域の医療・介護機関と連携し、情報共有や支援体制の構築を図る役割も期待されています。
ACPにおいては、患者の意思を尊重することが大前提です。そのため、医師は医療の専門家として、患者の意思が医学的に実現可能かどうかを判断する責任も負っています。
病院の環境では把握しきれない、患者の生活背景や価値観を理解するためには、他職種の意見に耳を傾けることが重要です。多職種連携を通して、患者の生活全体を包括的に捉え、医療的判断と本人意思の尊重を両立させることで、ACPをより良いものにしていくことができます。
このように、ACPにおける医師の役割は情報提供や意思決定支援にとどまらず、患者にとっての最善の医療ケアを実現するために、患者と家族の価値観や意見、医学的な観点を含めた全ての調整が求められるでしょう。
参照:アドバンス・ケア・プランニング支援のポイント|竹之内 沙弥香
参照:これから目指すべき人生の最終段階における医療・ケア|医師求人・転職のリクルートドクターズキャリア
IPW(多職種連携)とは?医療の質向上と地域包括ケアの実現へ
5. まとめ
ACP(人生会議)は、患者一人ひとりの希望に沿った医療・ケアを提供し、今後の医療の質向上に大きな影響を与える取り組みです。医療従事者は、ACPに対する理解を深め、医療現場で積極的に患者に提案していく役割が求められています。
ACPの認知度向上と普及に向け、医療専門職として本人と家族の希望を尊重し、人生の最終段階にある患者が自分らしく生きられるようサポートしていく姿勢が重要です。