アピアランスケアとは?治療と社会生活の両立支援で求められる現状を解説

アピアランスケア

日本では、医療の発展と高齢化の進行によってがんの患者数も増加しています。国民の2人に1人は、一生のうち一度はがんにかかると言われる時代となりました。

一方で検診による早期発見・早期予防の重要性が認識され、治療技術の発展によって生存率が改善され続けた結果、治療しながら社会生活を送るがん患者が増加しています。
それに伴い、がんの治療と学業や仕事との両立、治療後も治療前と同様の生活水準の維持など、「がん患者が安心して暮らせる社会の構築」が政策目標となり、外見の問題への適切な支援「アピアランスケア」が医療従事者に求められるようになりました。

この記事では、社会的にも重要性が高まっているアピアランスケアについて解説します。

1.アピアランスケアとは?

アピアランスケアとは、がん及びその治療によって起こりうる様々な外見の変化に対応し、患者が自分らしく生活を送るための支援のことです。

厚生労働省の資料では「医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減するケア」と定義されています。

がん治療では、治療によって様々な外見変化を伴うケースが少なくありません。
例えば、手術などの外科治療による手術痕をはじめ、放射線や分子線、抗がん剤治療などによる髪や眉・まつ毛など様々な部位の脱毛、皮膚の腫れや慢性的なむくみ、爪の変化など、治療内容によっては大きな変化が起こり、患者の心理面に大きな影響を与えることがあります。

そのため、アピアランスケアでは、医学的な治療だけでなく、整容的なケアや心理的なサポートも含めて包括的に行い、患者のQOL(生活の質)向上を目指します。

具体的なケアなどは下記のようなものがあげられます。

アピアランスケアの治療例

このように、ウィッグや帽子などの提供、メイクやスキンケアのアドバイス、心理カウンセリングなどが挙げられます。外見の変化に対する不安や悩みを軽減し、前向きな気持ちで治療に取り組めるよう、多職種が連携してサポートします。
アピアランスケアは、患者一人ひとりの状況に合わせ、きめ細やかで寄り添った丁寧な対応が求められます。

参照:厚生労働省「アピアランスケアについて」

2.アピアランスケアが必要とされる背景

アピアランスケアは、がん患者が増えるに従って必要とされるケースがますます多くなっています。
本章では、アピアランスケアが必要とされる背景について解説します。

2-1.がん治療による社会生活への影響

がん治療は、外見の変化を伴う治療も多く、患者の社会生活に大きな影響をもたらします。

外見変化による社会生活への影響
厚生労働省の調査を参考に弊社にて編集加工をしております

厚生労働省「アピアランスケアについて」の調査によると、外見の変化により「外出の機会が減った」(40.1%)、「人と会うのがおっくうになった」(40.2%)、「仕事や学校を辞めたり休んだりした」(42.5%)など、日常生活に影響をもたらしたと回答した患者がそれぞれ4割を超えていました。

この回答から、がん治療に伴う外見変化が患者の心理面にマイナスの影響をもたらし、治療前と同じような生活を送ることができないケースが少なくないことが推測できます。

参照:厚生労働省「アピアランスケアについて」

2-2.がん患者の約3人に1人は就労可能年齢で罹患

がんは、決して高齢者だけの病気ではありません。
日本人が一生のうちがんと診断される確率は、厚生労働省「令和2年 全国がん登録 罹患数・率 報告」では男性が62.1%、女性が48.9%と約2人に1人という高い確率です。がんと診断を受けた患者の中には、生産年齢人口と言われる15歳~64歳の方も一定数含まれます。

年齢階級別罹患数(男性)
厚生労働省の調査を参考に弊社にて表を作成しております
年齢階級別罹患数(女性)
厚生労働省の調査を参考に弊社にて表を作成しております

がん罹患者が増えてくるのは、40代以降です。特に仕事や家庭で大きな役割を担うことが多い世代でもあり、がんの罹患となった場合、様々な面で大きな影響を受けることが推測されます。
このように、就労可能年齢でもがんに罹患する方が増えているため、スムーズな社会復帰を目指すためのサポートとしてアピアランスケアは必要とされています。

参照:厚生労働省「がん患者の就労を含めた社会的な問題へのこれまでの対策について」
参照:厚生労働省「令和2年 全国がん登録 罹患数・率 報告」

2-3.がん治療と社会生活両立(学校・仕事など)について国の推進

厚生労働省は「第4期がん対策推進基本計画」において、がん医療の進歩によって治療を継続しながら社会生活を送るがん患者が増加していると指摘しました。
同時に、がん治療と学業や仕事との両立を可能にし、治療後もがん罹患前と同様の生活を維持する上で、治療に伴う外見変化に対し、医療現場におけるサポート=アピアランスケアの重要性を挙げています。

がん患者にとって、治療前と同等の生活を送れるかどうかは今後の人生にも大きく影響することです。万が一、学校を辞めたり、仕事を辞めて収入を失ったりするようなことになれば、治療にも深刻な影響が及びかねません。
今後、医療が進歩するほどにがん治療と日常生活の両立の重要性はより増していくと考えられ、同時にサポートとしてアピアランスケアが果たす役割も大きくなっていくのではないでしょうか。

参照:厚生労働省「がん対策推進基本計画」(令和5年3月)

3.アピアランスケアの目的

アピアランスケアの目的は、がん患者が罹患前と同等の生活を送ることができるよう、身体的・心理的両面からサポートし、その方らしく過ごせるようにすることです。
本章では、具体的に身体的・心理的な面でアピアランスケアをする目的を解説します。

3-1.治療によって受ける身体的・心理的な苦痛を軽減する

がん治療は、多くの場合身体的にも、心理的にも大きな負担があることが想定されます。

これから受ける治療で想定される副作用や外見変化について、治療前に丁寧な説明をおこなうことで身体的・心理的な喪失感やショックを和らげます。また、対処法があることを伝えて心理的な負担を軽減して治療に前向きな気持ちになれるようサポートしていくことが求められます。

3-2.社会生活の維持継続

がん患者は、家庭だけでなく学業や仕事など、日常生活で様々な役割を担っています。
治療前と同じように家庭や学校・仕事に復帰できるかどうかは大きな関心であり、場合によっては死活問題となるのが現実です。
アピアランスケアでは、社会的孤立を防ぎ、社会生活をスムーズに送るために、学校や職場での過ごし方や対処法、外見変化を少なく見せるための工夫、周囲の方とのコミュニケーション法などの支援が求められるでしょう。

3-3.生活の質の維持及び向上

がん患者が治療前と可能な限り同じような生活を送りたいと願うことは、自然なことです。
治療を受けることで起こる身体的な変化や心理的苦痛が影響し、治療前と同じような生活を送れなくなったり、外出を控えたり、行動を控えたりすることも珍しくありません。

このような状況を避けるため、その人らしさを保つことができる外見ケアの方法を提案し、生活の質の維持向上を目指します。外見ケアのアドバイスとしては、脱毛や手術痕を上手にカバーするメイク方法やウィッグ着用方法などが有効です。

3-4.治療継続の支援

外見変化がどれくらい起こるのか、恐れることで治療に不安を抱く患者もいます。
起こり得る外見変化による対処法があること、治療中に適切なサポートが継続して受けられることがわかれば、患者の不安がやわらぎ、前向きに治療に臨める環境を作る頃ができるでしょう。

3-5.メンタルサポート

がん患者は、手術痕や外見変化に伴い、自己肯定感が下がったり、外出などに高いハードルを感じたり、孤立感を感じたり、メンタル面で大きく影響を受けます。

患者自身でできるセルフケアのアドバイスや、同じ病気を経験した方同士で悩みを共有し合ったりする場の提供、家族や友人など身近な方に理解してもらい、サポートを受けやすくしたりするための方法を伝えることは非常に有効です。
必要に応じて、カウンセリングや心理教育の提供もしてくといいでしょう。

4.がん治療で発症しやすい症状とアプローチ例

がん治療では、手術や放射線治療、抗がん剤治療などで様々な副作用が発生しやすく、がんそのものの治療と並行して副作用に対するケアも重要視されています。
本章では、代表的な症状と、それに対するアプローチ例を解説します。

4-1.脱毛

脱毛は抗がん剤や放射線治療で発生し、頭髪だけでなく、眉毛やまつ毛など、身体中のありとあらゆる毛が抜ける現象です。

治療内容によって脱毛の程度は変わるため個人差があります。事前に使用する薬剤や治療法で予測される脱毛の程度やその後想定される症状と経過について丁寧な説明を行い、患者の不安や心理的なダメージを和らげることができます。

詳細は、参照サイトでご確認ください。
参照:がん情報サービス「脱毛」

4₋2.色素沈着(皮膚と爪の変色)

薬物療法や放射線治療、また皮膚がんなど一部のがんでは全身または治療部の皮膚や爪の色が変色したり、黒ずんだりする色素沈着が起こることがあります。色素沈着は、治療中の免疫低下による感染症によって引き起こされることもあります。

色素沈着は治療が終わると薄くなる場合が多いですが、メイクで見えにくくするコツや爪や皮膚を保湿・保護するためのクリームの使用を勧めることも可能です。また、免疫低下を防ぐための栄養指導、必要に応じてトランサミンなどの処方での対応などが考えられるでしょう。

詳細は、参照サイトでご確認ください。
参照:がん情報サービス「皮膚と爪のトラブル」

4-3.手足症候群

手足症候群は手や足を中心に発生し、紅斑や知覚過敏による疼痛、水膨れなどが発生します。
現れ方や症状は使用する薬剤や治療法によって違いがあり、殺細胞性抗がん剤の場合はびまん性、手のひらや足の裏全体に紅斑が現れて色素沈着が生じることもあります。

確立された治療法はありませんが、対処療法として保湿剤やハンドクリームを使った乾燥予防の指導、状態に応じてステロイド外用薬や非ステロイド性抗炎症薬と併用して重症化を防ぐことが重要です。

詳細は、参照サイトでご確認ください。
参照:厚生労働省「手足症候群」

4-4.爪囲炎(爪周囲炎)

抗がん剤や放射線治療、免疫機能の低下によって爪の周囲の皮膚の赤み、腫れ、痛みや、爪の付け根や側面に膿がたまる、爪の変形やもろくなって、剥がれる症状が爪周囲炎です。

清潔に保った上で、テーピングや膿の切開など外科的治療も行いつつ、日常生活での外見変化を少なくするために可能な範囲で爪の保護として保湿・ネイルケアの利用をアドバイスすることも有効です。患者の気持ちが前向きになったり、積極的になったりすることもあります。

詳細は、参照サイトでご確認ください。
参照:はだカレッジ「爪囲炎」

4-5.放射線皮膚炎

放射線性皮膚炎は、放射線治療によって正常な細胞にダメージが起こり、紅斑やびらん、水疱、乾燥、疼痛などが起こる症状です。他にも、数年してから色素沈着、皮膚の萎縮、毛細血管拡張や皮膚の繊維化が起こることもあります。

感染が起こった場合は抗生物質の投与、外科的対処としては清潔に保ち、保湿やステロイド用外用薬を使った治療が行われます。
また、放射線治療を行う際は、放射線皮膚炎する前から放射線を照射する部位の皮膚を清潔に保ち、刺激を与えないようアドバイスを行い、ダメージを軽減する指導も行われます。
入浴や洗顔、排泄時に肌に優しい成分を使ったボディソープなどでそっと洗うことが有効です。こすったり、熱い湯の使用・水圧の強い刺激を避けるなどのアドバイスが考えられるでしょう。

詳細は、参照サイトでご確認ください。
参照:国立がん研究センター中央病院「放射線治療中のスキンケア」

5.アピアランスケアについてよくある質問集

アピアランスケアを行う上で、よくある質問をまとめました。

Q1.アピアランスケアは、どのような患者が対象になりますか?

がん治療で起こる手術痕や放射線・抗がん剤などで発生する様々な副作用による外見変化で、少しでもショックを受けたり、不安な気持ちを抱いたりするがん患者は全て対象です。
外見的変化の程度の度合いではなく、あくまでも患者の目線で何らかの不安などを感じていれば対象となります。

Q2.がん治療において、なぜ外見ケアが大切なのでしょうか?

がん治療では、多くの場合手術痕や脱毛・皮膚の変化などで外見に大きな変化を伴います。
医療従事者にとっては副作用の1つかもしれませんが、治療を受ける患者にとっては日常生活やメンタル面に多大な影響を及ぼす重大事です。
治療による外見変化は患者の生活の質(QOL)に大きく影響することから、外見ケア支援の重要性が認識されるようになっています。

がん患者は外見を適切にケアすることで、社会と積極的につながり、その方らしい治療前に近い生活を送る意識が高まります。その結果、ストレス耐性がつき医療(治療)に対しても前向きに向き合う気力が湧いてくる好循環が起こるのです。
アピアランスケアは、患者の「社会的に治療前に近い生活を送りたい希望」を支えるため、医療従事者が支援することが望ましく、大切であると言えるでしょう。

Q3.患者への心理的サポートはどのように行えばいいのでしょうか?

医療従事者にとっては、がん治療の過程において起こり得る事象かもしれませんが、患者本人にとっては治療の負担だけでも大きなものになっている上、外見変化はショックであり、大きな心理的影響を及ぼすものです。

まずは患者の気持ちに丁寧に寄り添い、治療によって起こり得る予測変化をしっかり伝え、対処法があること、緩和するための方法を積極的に説明して不安やショックを和らげるようにすることが求められます。
メンタル面でのダメージは目に見えづらく、患者によっても受け止め方は様々です。
可能な限り患者の話に耳を傾け、受け止めようとする姿勢が患者の心を癒す一歩となるでしょう。

Q4.アピアランスケアには保険は適応されますか?

アピアランスケアにかかる費用の大半は、公的医療保険の適用外です。
一部の民間医療保険では、契約のオプションとして乳がんの乳房再建術に一定の金額を支払う項目があるものの、一般的には適用外となります。

しかし、近年アピアランスケアに対する重要性が認識されるようになり、800以上の自治体で助成制度が導入されています。自治体によって女性の範囲や金額には大きな差があるのが課題です。
すでに多くの自治体で女性制度の導入が進んでいますが、今後は公的医療保険でも何らかの形で助成が進むことが期待されます。

参照:日本毛髪工業協同組合「医療用ウィッグの購入費費用助成をしています」

Q5.アピアランスケアでは、医療職以外との連携は必要ですか?

アピアランスケアを実施する上で、医療従事者だけでなく状況によって患者の所属する学校や企業、場合によっては地域のソーシャルワーカーと協力して対応する必要があります。

がんだけに限りませんが、就労可能年代が様々な疾患から復帰することを支援する「両立支援コーディネーター」の養成を厚生労働省が実施しています。
受講者は医師や看護師・保健師・ソーシャルワーカーなどの医療従事者が大きな割合を占めていますが、一方で企業の人事総務担当やキャリアコンサルタント・産業医・社会保険労務士なども受講しており、治療との両立など包括的なケアについて学習可能です。

患者にとって、学業や仕事への復帰は治療の継続だけでなく、治療前に近い生活を送り、その方らしくいられるかどうかはとても重要なことです。
様々な関係者と連携し、アピアランスケアを含めた包括的な支援で患者のスムーズな社会復帰をサポートするために積極的な連携を模索しましょう。

参照:独立行政法人労働者健康安全機構「両立支援コーディネーターの養成」

6.まとめ

この記事では、アピアランスケアの目的や重要性、代表的な症状とアプローチ例などについて解説しました。
今後、ますますがん患者が学業や仕事・社会生活と治療の両立をするケースは増えていくと考えられ、その中でアピアランスケアが果たす重要性はより増していくでしょう。同時に、医療現場でもアピアランスケアの知識やケアが求められるようになると予測されます。
この記事が、アピアランスケアに対する理解の一助となれば幸いです。