バーチャルホスピタルとは?日本の取り組み状況と海外の事例

情報通信技術の発達により、健康や医療の情報をデータ化したものをインターネット等を経由して集約させ、分析・活用することで新たなサービスが続々と登場しています。
これらの技術を治療や医療に活用し、次世代の医療モデルを目指すバーチャルホスピタルが注目を浴びています。

本記事では、バーチャルホスピタルの特徴や日本と世界の取り組み状況、事例などについて詳しく解説します。

1.バーチャルホスピタルとは

バーチャルホスピタルは、主にデジタル機器を用いたオンライン診療や治療、自己の健康管理などのサービスを活用し、医療や健康に介入していくことを言いますが、今は明確な定義はありません。

バーチャルホスピタルでは、IoTAI、ロボティクスなどを活用したヘルスケア領域の製品やサービスであるデジタルヘルスが多く活用されています。

また、バーチャルホスピタル構想として、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)などの技術を活用して、来院前の見学や治験者のマッチング、治験説明が想定されており、病院からの外出が難しい患者が家族や友人と病院外で交流できる「コミュニティ広場」なども構築中です。

そんなバーチャルホスピタルに期待されているものや日本の取り組み状況について詳しく見ていきましょう。

1-1. バーチャルホスピタルに期待されるもの

① 超高齢化社会における医療従事者の不足の解消
日本は超高齢化社会に向けて進んでいます。2040年頃には、現役世代の5人に1人が、医療・介護分野に従事しなければ、十分な医療を提供できなくなる可能性があります。
バーチャルホスピタルが実現すれば、デジタルヘルスに任せることができる業務が増えるため、医療従事者の業務負担削減につながります。

② 治療・介護・リハビリにおける治療やケア
仮想現実(VR)などを活用した認知症予防やリハビリテーション、精神疾患の治療、高血圧や一型糖尿病等の慢性疾患治療における仮想空間上の体験を通じた治療やケアが検討されています。
また、患者の治療や検査前に事前に体験の機会を提供し理解を得やすくし、医療従事者のカンファレンス時の情報共有を効率化することが期待されています。

③ 遠隔医療等による診療のサポート
遠隔診療における複合現実(MR)での触覚等の診療サポートやベテラン医師からの遠隔手術による術中ガイドを受けたり、専門医との視野を共有したりすることが可能です。

④ PFMを仮想化することで効率的な医療を提供
PFM(Patient Flow Management)は、入院前から退院後までの患者の情報を把握し、効率的に支援を行う機能です。そのPFMを仮想化し、患者と医療従事者に可視化することで、情報共有や業務効率を高める効果が期待されています。
また、患者情報を入院前に収集し、仮想空間上で退院調整やベッドコントロールをシミュレートし、効率的なマネジメントを実施できます。

⑤ 治療シミュレーションを通し医療教育の質を向上
XR(Extended Reality/Cross Reality)とは、現実世界と仮想世界を融合し、新しい体験を創造する技術で、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)などの最先端技術の包括的総称です。
トレーニングや実習をXRや仮想空間にて行うことで、2次元の映像では体験できないリアルな治療体験を行うことが可能になります。また、ベテラン医師の手技や経験を疑似体験することもでき、教育や学びの質の向上が期待されます。

1-2.日本の取り組みの状況

日本は、医療情報化に関する調査・検討を行う組織や一貫性のある地域連携の医療実現、レセプト情報の活用による医療の効率化、自分の医療・健康情報を活用する「どこでもMY病院」など、さまざまなデジタルヘルスに取り組んできました。

2022年には、経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」を打ち出し、以下の取り組みを開始しています。

  • 全国医療情報プラットフォームの創設
  • オンライン資格確認およびマイナンバー保険証の導入
  • パーソナルヘルスレコードの推進
  • 電子カルテ情報の標準化
  • オンライン診療の活用促進
  • 診療報酬改定DX
  • かかりつけ医機能を発揮するための制度の整備
  • 医療現場の負担軽減を目的としたAIホスピタルの推進と実装


しかし、十分な投資余力がない医療機関が多いことから、順調に進んでいるとは言えない状況です。また、電子カルテの導入割合も4割程度と、世界規模で見ても導入が十分に進んでいません。

2.バーチャルホスピタルの海外の動向・取り組み

海外では、早い段階からバーチャルホスピタルへの注目が集まっており、すでに活用が進んでいます。

まだ日本では構想段階のものも多いですが、バーチャルホスピタルとは具体的にどのようなものなのでしょうか?

ここでは、バーチャルホスピタルがどのように広がっていったのか、企業や医療機関、国の取り組みを紹介します。

2-1.IT企業によるデジタル化に対応した医療機関向け機器の提供

医療機関によるオンライン診療は、インターネットが急速に普及した2000年頃から開始、拡大していきました。

100ヶ国でバーチャルケアプラットフォームを運営するアメリカのGlobal Med社は、専門医療が不足している地域を中心に、デバイスとビデオ会議システムが一体化したオンライン診療向けデバイスや、壁に取り付けることができる検査機器などを提供し、活用に向けてのサポートを行っています。

2-2.医療機関によるバーチャルケア事業の提供

2010年代には、多くの医療機関がバーチャルホスピタルを開始しました。中でも、アメリカの医療機関であるマーシー・バーチャル・ケアセンターは、農村部向けに一か所のケアセンターから複数の州に対してバーチャルホスピタルのサービスを提供しています。

その他の医療機関では、医療機関内にバーチャルケア専門のチームを設置し、遠隔医療のプログラムを組むことで、通院時間や診療の負担の削減に努めている医療機関も存在します。さらに、近年ではバーチャルホスピタルにおいて高度な専門医療の提供や慢性疾患の健康を遠隔管理するサービスも増えているなど、世界的にはバーチャルホスピタルは進歩しています。

2-3.国策であるデジタルヘルスビレッジで幅広い医療ニーズに対応

フィンランドでは、国策としてデジタルヘルスビレッジが開始されました。デジタルヘルスビレッジは、医療専門家や患者組織、ITスペシャリストによって開発されたデジタルサービスプラットフォームです。

全国民を対象としており、約2,000人ものヘルスケア専門家が相談サービスやモニタリング機器を活用した治療に対応しています。さらに、ヘルスケア専門家向けのオンライントレーニングや検索ツールを提供するデジタルヘルスビレッジPROもあります。

3.デジタルヘルスの基盤となるプラットフォームの事例

デジタルヘルスの基盤となるプラットフォームについて、3つの事例を紹介します。

3-1.オランダの分散型プラットフォーム

オランダは、国民が自助努力によって自らの健康を管理する参加型のヘルスケアに転換したことをきっかけに、デジタル技術の活用を強化しました。これは国民が参加を表明し、家庭医が電子カルテ情報を管理する形式で、医療機関や薬局、介護施設などの地域医療情報連携の促進につながりました。

また、個人の健康記録の利用促進を目的に、アプリの普及を進めています。心拍数や血中の成分濃度、食事や睡眠など、用途に応じたアプリを選び、自己の健康管理に役立てることができます。

3-2.継ぎ目のない医療提供するアメリカのIHNプラットフォーム

アメリカのIHNIntegrated Healthcare Networkの略称)という事業体は、急性期や亜急性期、外来、リハビリ、在宅など、一体的な経営のもとで必要な医療・介護を切れ目なく提供しています。ネットワーク内の患者に対し、医療・介護を提供するだけではなく、本人が医療情報を活用できる仕組みを構築しています。

また、アメリカ最大のIHNである三大健康保険システムを持つ健康維持機構カイザーパーマネンテは、約5割の外来診療を遠隔で実施するほか、電子カルテに患者の健康・医療・介護の情報を統合することで、患者の全体像を即座に把握できる体制を整えました。さらに、慢性疾患や心臓病などのリモートモニタリングを導入し、パーソナライズ化されたバーチャルケアを提供しています。

3-3.フィンランドの集中型プラットフォーム

フィンランドは、地域医療情報連携の情報を一元化したKanTaプラットフォームを運用しています。診療記録や介護情報、検査結果などの情報が格納されており、自身の情報をMy KanTaページから確認できます。

さらに、政府機関であるビジネスフィンランドは、ドイツやエストニアなどの電子処方箋や検査画像をKanTa上で閲覧できる連携を実施しました。そのほか、在宅介護向けの遠隔サービスも提供しています。

4.日本版バーチャルホスピタルの実現に向けた取り組み

2040年に高齢者人口がピークを迎えることを受け、大都市・地方都市において約10万床を確保する必要があるものの、医療機関を新たに建設・増設することは難しいのが現状です。また、過疎の影響で医療機関や介護施設の維持が困難な地域では、公民館のような公共施設の活用も必要です。

このような地域ごとに異なる課題を解決するために、ヘルスケアサービスを途切れること無く提供する日本版バーチャルホスピタルの実現が求められます。

日本版バーチャルホスピタルの実現に向けて行われている取り組みは次のとおりです。

4-1.バーチャルケアの提供

健康・医療・介護において、継続してバーチャルケアを提供するには、医療に限らず日常生活を含めたサービスメニューの開発が不可欠です。特にヘルスケアプロバイダーが主導し、デジタルサービス・機器を取り込むことが重要です。これにより、データに基づく高品質なケアを実現できます。

例としては、フィンランドのデジタルヘルスビレッジの取り組みが参考になります。健康時(未病時)での健康相談では、デジタルを活用して健康維持につながる内容の相談が可能です。また、治療においては画像・ビデオ・モニタリング機器を活用したデジタルケア管理プログラムにより、患者の状態をリアルタイムでモニタリングし、必要に応じて医療の介入ができます。

デジタルサービスや機器の迅速な普及と、それを活かすヘルスケアプロバイダーが開発を主導することが、バーチャルケアの成功に欠かせない要素です。

4-2.サービス提供の基盤となるプラットフォームの構築

バーチャルホスピタルの効果的な展開には、情報基盤を支えるプラットフォームの構築が不可欠です。日本では、高齢者支援を地域全体で提供する地域包括ケアが存在し、218の地域医療情報連携ネットワークが稼働しています。公的なサービス基盤を形成するためには、行政と民間企業で連携してバーチャルホスピタルのプラットフォームを構築することが必要です。

その際、地域ごとのネットワークを統合する機構が不可欠であり、オランダのような全国の医療情報を集約しデータが連携できる分散型プラットフォームが参考になります。

マイナンバーシステムを活用することで、安全かつ効率的に患者の個人情報や医療データを管理でき、途切れなくサービスを提供できるバーチャルホスピタルの運用が可能になります。このような取り組みにより、患者のデータが適切に統合され、医療プロバイダーが迅速で効果的なケアを提供できる環境が整います。

4-3.ユーザーが自身の健康に積極的に関わる仕組みの構築

ヘルスケアサービスが治療から予防への転換が進む中、ユーザーが自身の健康状態に関心を持ち理解を深め、管理・予防を行うことが重要です。

2012年に政府が提唱した「どこでもMY病院」構想では、デジタル技術を活用して個人が情報を管理・活用できる基盤を構築し、個人の健康記録(PHR)や医療機関間の地域医療情報連携(EHR)の利用促進を目指しています。

また、20226月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」においては、「医療DX推進本部」が新設され、マイナンバー保険証による治療データや処方箋データの連携、オンライン診療の促進、AI技術の活用などがデジタルヘルス関連の注力分野として明示されています。

参照:2040年に向けたデジタルヘルスの活用~バーチャルホスピタルの実現へ~

参考記事:スマート医療の時代へ!PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とは?

4-4.行政と民間企業の連携促進

オランダやフィンランドでは、行政と民間企業の連携を通じてプラットフォームの構築やサービス提供が進んでいます。この取り組みを参考に、日本でもヘルスケアデータの標準化を推進し、民間技術を組み込んだバーチャルホスピタル事業を共同で進展させる方針を打ち出しています。

この取り組みを進めることにより効率的で効果的な医療サービスが提供され、健康情報の統合や共有が円滑に行われることが期待されます。同時に、このプロジェクトは人材育成の場としても注目されています。新しい技術やアプローチを取り入れることで、医療従事者が新たなスキルを身につけ、変化する医療環境に適応できるようになるでしょう。

4-5.収益を獲得できる仕組みの構築

初期コストが大きいプラットフォームの運営を事業化するためには、収益化が不可欠です。一地域だけの活用では事業化が難しいため、地理的な制約のないバーチャルホスピタル上で各都市OSを接続することが重要です。これにより、利用者の母数を増やし、地域ごとの連携を促進します。

さらに、各地の医療・介護施設とも連携することで、地域全体でのヘルスケア提供を可能にします。将来的には、国際標準に基づいた医療情報の活用を進め、海外のヘルスケアデータとの相互連携や事業展開の基盤としての利用を進める予定です。

4-6.メタバースの活用

IBMは順天堂大学と協力して、メディカル・メタバースの未来を追求するために、「メディカル・メタバース共同研究講座」を2022413日に設立しました。初のプロジェクトとして順天堂バーチャルホスピタルを202212月に公開しています。

順天堂バーチャルホスピタルは、順天堂医院の外来棟をモデルにし、PCブラウザでアクセスできます。各診療科の案内やコミュニケーションをチャットや音声会話で行えます。また、患者が自由に移動しやすい構造になっており、病院訪問の手間を軽減できます。将来的にはリアルデータと統合し、臨床活用を目指す予定です。

参照:メディカル・メタバースを活用したニュー・ヘルスケアへの挑戦

5.まとめ

バーチャルホスピタルは、国を挙げて推進されています。医療・介護の密な連携や遠隔診療、患者自身による健康管理などが進むことで、2040年にピークを迎える超高齢化社会に備えることができます。今回は、バーチャルホスピタルの特徴や事例、取り組み状況などについて解説しました。バーチャルホスピタルは、患者だけではなく医療従事者の負担軽減にもつながることから、積極的に導入を進めていくことが大切です。