日本の歯科業界動向|現状の課題と今後の予測とその対策

歯科業界動向

近年、日本の歯科業界は大きな変革期を迎えています。人口減少や少子高齢化の影響で、治療を必要とする患者層が変化し、これまでの診療体制では対応が難しくなりつつあります。加えて、歯科医師の高齢化や後継者不足など、業界全体で様々な課題を抱えて今後の経営に不安を感じる歯科医院経営者も多く見受けられます。

こうした状況の中で、これからの歯科業界に求められるものとは何でしょうか。

本記事では、歯科医院の経営、開業やスキルアップのために知っておきたい歯科業界の現状と課題を整理し、今後必要とされる対策についてまとめていますので、最後までご一読ください。

1.歯科業界とは

歯科業界は、歯科医院を中心に歯科技工所や歯科機器メーカー、医薬品メーカーなどが支える医療分野です。

歯科医院の場合、一般的な歯科治療を行う歯科をはじめ矯正歯科、小児歯科、審美歯科、歯科口腔外科などの専門的な診療科目があります。一般歯科では、虫歯や歯周病の治療、歯の修復、予防歯科、口腔衛生管理など、幅広い診療が特徴です。

歯科業界には歯科医師や歯科衛生士、歯科技工士などの資格を有する専門家が従事し、国民の口腔保健を支えています。また、歯科医療機器メーカーや歯科材料メーカー、歯科用医薬品メーカーなどが最新技術や製品提供を通じ、歯科医療の質の向上に貢献しています。

このように、歯科業界は多様な専門家と企業が連携し、国民の歯・口腔の健康状態の維持・向上に努めている重要な医療分野です。

2.日本の歯科業界の現状と課題

日本の歯科業界は、人口動態の変化や社会のニーズの多様化により、さまざまな課題に直面しています。下記で、業界が抱える主な問題とその影響について一つずつ紹介します。

2-1. 歯科医院数と歯科医師数の増加と地域格差

日本の歯科業界では、歯科医院数と歯科医師数が年々増加しています。2023年12月時点で、全国の歯科医院数は67,004施設に達し、55,713店舗のコンビニエンスストア店舗数を上回る状況です。一方で、歯科医師の数も年々増加しており、ここ10年は10万人超えで推移しており、厚生労働省の2022年度データでも105,267人となっています。

歯科医院数と歯科医師が増加する一方、地域の歯科医療の供給には大きな格差が生まれています。都市部では歯科医院の供給過多が発生し、競争環境が激化しています。その結果、採算ラインの患者数を確保できない歯科医院が増加し、経営の困難に直面するケースも少なくありません。

また、地方では歯科医院のない地域も存在し、歯科医療へのアクセスが困難な場合もあります。都市部での競争激化と地方での医療過疎という二極化した問題を引き起こしているのが歯科業界の現状です。

参照:『医療施設動態調査(令和5年12月末概数)』|厚生労働省
参照:『コンビニエンスストア統計調査月報 2023年12月度』|一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会
参照:『医師・歯科医師・薬剤師統計の概況』|厚生労働省

2-2. 治療ニーズの多様化

日本の歯科業界では、患者の意識や生活様式の変化に伴い、治療ニーズが大きく多様化しています。特に注目すべきは、従来の虫歯などの治療中心だった歯科から予防を目的にした通院が増えており、さらに「歯並びを整えたい」「歯を白くしたい」という見た目を重視する審美歯科の需要が高まっている点です。下記で具体例を4つ紹介します。

予防歯科の需要増加

近年、虫歯罹患率の減少が顕著となる一方で、「予防」を目的とした歯科通院が増加しています。定期的なクリーニングやフッ素塗布など、問題が発生する前に対策を行う予防歯科の重要性が一般にも広く認識されるようになってきました。

審美歯科市場の拡大

審美歯科への関心も高まっています。審美歯科で使用されるセラミックの出荷量は、コロナ禍以降も増加傾向にあります。審美歯科の世界市場規模は2020年時点で200億米ドルでしたが、7年後の2027年には289億米ドルに達すると予測されており、着実な成長が見込まれています。

参照:審美歯科の世界市場 (2023-2030年):製品 (歯科システム&機器・歯科インプラント)・エンドユーザー (歯科病院&クリニック・歯科技工所) 別の規模・シェア・成長分析・予測|株式会社グローバルインフォメーション

マウスピース矯正の人気

従来のワイヤー矯正に代わり、自分で着脱可能な上、透明で目立ちにくいマウスピース矯正の人気が高まっています。現代では、SNSなどで自身の写真を共有したりすることが増え、口元に気を遣う方が増えています。そのため、普段の生活でも歯を矯正していることが目立たず、歯並びを整えることができる機能性から成人患者からの需要が高まっています。

高齢者・訪問歯科の重要性

高齢化社会の進展に伴い、高齢者歯科や訪問歯科診療の需要が増加しています。口腔機能の維持・回復は、加齢によって増加する誤嚥性肺炎などの疾患の予防に繋がります。また、口腔機能が衰えると活舌が悪くなったり、柔らかいものしか食べれなくなったりなど、会話や食事を楽しむ機会が減少してしまいます。そのため、口腔機能の維持・回復はQOL(生活の質)を向上させることもできます。このように、全身の健康に役立つ歯科治療の重要性が認識されると共に、通院が困難な患者へのケアニーズも高まっています。

2-3. 歯科医療従事者の人材不足

歯科業界では、歯科医師数の増加とは対照的に歯科医療従事者の不足が目立っています。特に、歯科衛生士と歯科助手の深刻な人材不足が大きな課題で、歯科医療の質と効率に影響を与える業界全体の課題となっています。

深刻な歯科衛生士不足

歯科衛生士の不足が顕著です。厚生労働省の職業情報提供サイトjobtagによると、2022年度の歯科衛生士の有効求人倍率は3.39となっています。有効求人倍数とは、1人当たりに何件の求人があるのかを示しており、歯科医院が必要としている人数に対して、歯科衛生士が3倍以上足りていないことを表しています。このように歯科衛生士は、深刻な人材不足に陥っていることが分かります。予防歯科や口腔ケアの重要性が高まる中で、極端な売り手市場による人材不足は今後さらに歯科医院経営の深刻な問題となるでしょう。

参照:『職業情報提供サイトjobtag 歯科衛生士』|厚生労働省

歯科助手の負担増と離職問題

歯科衛生士の不足により歯科助手の業務負担増加にも繋がっています。本来歯科衛生士が担うべき業務の一部を歯科助手が担当せざるを得ない状況が生まれ、歯科助手の過重労働や離職が増加した結果、歯科医療全体の質の低下が懸念されます。

女性が働きやすい環境づくりの必要性

日本歯科衛生士会の調査によると、歯科衛生士の99%は女性です。そのため、歯科業界は出産や育児による離職の影響を特に受けやすい状況にあります。女性のライフステージの変化による流動的な働き方に対応するためには、短時間勤務やフレックスタイム制度など柔軟な勤務体制の導入、出産・育児や介護に関する支援制度の充実、復職支援プログラムの実施など、女性が長期的にキャリアを継続できる環境づくりが急務となっています。

参照:『歯科衛生士の勤務実態調査報告書』|日本歯科衛生士会

2-4. 歯科医院経営者の高齢化と後継者問題

日本の歯科業界では、経営者の高齢化が急速に進行しており、これに伴う後継者問題が深刻化しています。

歯科医師の高齢化

厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師統計の概況の結果から、歯科医師の高齢化が年々進んでいることがわかります。

年齢階級別 歯科医師数
※厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」を参考に弊社にて表を加工いたしました

全歯科医師の平均年齢は、2020年から2022年にかけて52.4歳から53歳と0.6歳の上昇となります。また、各年齢別の歯科医師数を比較すると50代以下は全ての年代で減少しているにもかかわらず、60代70代は増加しています。

より深刻なのは、歯科医院を経営する代表者の年齢構成です。帝国データバンクによると、2022年時点で歯科医院経営者の約6割が60歳以上となっており、高齢化が加速しています。

上記2つの状況を受け、今後の歯科業界は高齢化に伴い、精神的・体力的な問題から最新の医療技術や経営手法への適応が遅れたり、長時間労働や緊急時の対応が困難になったりする可能性が考えられます。

歯科医院の後継者問題

さらに重要な問題は、後継者の確保です。多くの高齢経営者が自院の後継者に悩んでおり、歯科医院の継続的な運営に大きな課題をもたらしています。後継者が見つからない場合、歯科医院の閉鎖や売却を余儀なくされる可能性もあり、地域医療の維持にも影響を与えかねません。

参照:『令和2(2020)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況』|厚生労働省
参照:『令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況』|厚生労働省
参照:医療機関の「休廃業・解散」動向調査(2023年度)|帝国データバンク

3.歯科業界の今後の予測と対策

歯科業界は急速に変化する社会環境に適応し、患者ニーズに応えるため、さまざまな革新的アプローチを模索しています。

ここでは、業界の将来を見据えた対策について一つずつ紹介します。

3-1. サービス品質の向上とDXの導入

歯科業界の未来は、高品質なサービスとデジタル技術の融合によって大きく左右されます。患者満足度の向上と業務効率化を同時に実現するため、患者中心のアプローチを通してサービス品質を向上すると共に、デジタル技術を活用し、業務プロセスやビジネスモデルを根本から変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入が必要です。

歯科医院のサービス品質向上

患者満足度やサービス品質を向上させるため、歯科医院のサービス範囲を拡大し、オンライン診療やSNSを活用していくことがあげられます。

初診や経過観察などのオンライン診療、予防歯科の啓発や義歯の装着方法、ホワイトニングの使用方法、口腔ケアのアドバイスなどはオンライン診療でも可能ですが、SNSで発信している歯科医院も多くあり、今後さらに普及していくことが予想されます。

また、通院前の受診相談やリモートで対応可能な指導が必要な患者はもちろん、特に高齢者や遠方の患者の通院負担が軽減されるでしょう。

歯科医院でのDX導入

歯科医院での具体的なDXは下記になります。

・予約管理や会計をシステム化し、予約から来院、診療、会計までの業務自動化
・予約システムを活用し、自動リマインダー機能になどによる無断キャンセルなどの防止
・電子カルテで患者情報を一元管理し、データの把握分析の効率化や見える化
・会計システムを活用し、会計処理の迅速化と正確性の向上、スタッフの業務負担が減少 など

このように、SNSや専用アプリ、システムを含めて利用することで、集患対策や患者管理の効率化、図ることができます。

3-2. 高齢者向け治療の充実化

高齢化社会の進展に伴い、歯科業界では高齢者向け治療の充実化が急速に進むと予測されます。高齢者ニーズへの対応は、単に治療の幅を広げるだけでなく、安全な食事を通して高齢者の生活の質を維持・向上させる重要な役割を担っています。そのため、高齢者の健康寿命を向上させる働きがあり、今後さらに進む高齢化社会に対して貢献度の高いものになります。

今後、特に注目される高齢者向け治療には次の3つがあります。

歯周病安定期治療(SPT)
高齢者の歯周病治療では、侵襲的な歯周外科処置を避け、歯石除去や歯根磨きといったSRP(スケーリング・ルートプレーニング)を中心とした非外科的処置を行うことが推奨されています。そのため、歯周病安定期治療(SPT)で現状の維持管理を行うことが主流となっています。理由として、平均寿命や高齢者の身体面を考慮し、長期的な歯周外科処置ではなく、数か月単位の短期的な口腔健康の維持を目指すほうが負担が少ないからです。

口腔機能低下症への対応
加齢に伴う口腔機能の低下に対する治療も重要視されています。専用器具を用いた舌圧トレーニングや「あいうべ体操」などの口腔体操の指導によるトレーニングを通じて、咀嚼や嚥下機能の維持・改善を図ります。

摂食嚥下訓練(摂食嚥下リハビリテーション)
口腔機能低下症への進行を防ぐため、摂食嚥下訓練の重要性が高まると予想されます。具体的には、誤嚥性肺炎のリスク軽減やサルコペニアの原因の一つである低栄養状態の改善にも役立つため、高齢者の全身の健康維持やQOLの向上、介護予防・自立支援に繋がるアプローチです。

3-3. M&Aの増加による業界再編の加速

歯科業界において、今後M&A(合併・買収)の増加が予測されます。M&Aの増加する理由は下記3つが考えられます。

業界内の競争力激化への対応
歯科医院の数が飽和状態にある現在、歯科医院経営にとって競争力の強化は避けて通れません。M&Aを通じて規模を拡大することで、経営資源の効率的活用や新たな治療設備への投資が可能となり、競争力の向上やコスト削減が期待できます。

深刻化する人材不足問題への対応
歯科衛生士をはじめとする歯科医療従事者の不足が業界全体の課題となっていますが、M&Aにより複数の医院が統合されれば人材の効率的な配置や共有が可能となります。特に、単独では人材確保が困難な小規模医院にとって、M&Aは魅力的な選択肢の一つとなるでしょう。

多様化する治療ニーズへの対応
高齢化社会の進展や予防歯科の重要性の高まりなど、歯科治療に対する患者のニーズは年々複雑化しています。M&Aを通じて異なる専門性や設備を持つ医院が統合されることで、幅広い治療ニーズに対応する体制が構築できます。結果として、患者満足度の向上や集患力アップだけでなく、地域における歯科医療の質の向上にもつながります。

こうした要因により、今後歯科業界ではM&Aの増加が見込まれ、業界全体の再編が加速すると予測されます。

3-4. 訪問歯科診療の普及

訪問歯科診療の需要も、高齢化社会の進展とそれに伴う通院困難者の患者増加により、今後急速に拡大すると予測されています。日本歯科総合研究機構の調査によると、歯科医師の28.6%が今後、訪問歯科診療を取り入れたい、または拡大したいと考えており注目度の高さがうかがえます。

歯科 今後拡大したい治療

背景として、将来的に65歳以上の患者数が増加し、高齢者向けの補綴治療や歯周病治療のニーズが高まると予想されている点が挙げられます。特に、70歳以上の方々を中心に、訪問歯科診療への需要が増加すると見込まれており、2035年にかけて75歳以上人口が30%以上増加する地域は全国で196の2次医療圏に及ぶという予測からも裏付けられています。

しかし、訪問歯科診療の普及には課題も存在します。現在、歯科訪問診療を実施している歯科診療所は全体の約2割にとどまっており、地域間での提供状況にも大きな差があります。訪問診療に必要な設備や人材の確保、移動時間の効率化などの解決が必要です。

参照:『第2.データで見る2040年の社会と今後の歯科医療』|日本歯科医師会

4.まとめ

本記事では、日本の歯科業界が直面する現状と課題、今後の予測や展望について紹介してきました。高齢化による患者ニーズの多様化や技術革新により、歯科業界は大きな転換期を迎えています。

そのため、歯科医師は、高齢者向け治療の充実化、デジタル技術の導入、訪問歯科診療の拡大など、新たな分野での専門性を高めることで今後の歯科医療の質を向上させ、患者満足度を高める対応が重要となるでしょう。

一方で、歯科衛生士の人材不足や経営者の高齢化といった課題に対しては、M&Aや新たな経営戦略の導入など、従来とは異なるアプローチが必要となるかもしれません。

重要なのは、急速に変化する患者のニーズを的確に把握し、自身のキャリアや医院の未来を戦略的に構築することです。そして、口腔の健康や、患者のQOL向上を通じて地域社会に根ざした歯科医療を提供し、新しい技術や知識を積極的に取り入れていく姿勢が求められています。