医療的ケア児支援法の義務化で変わる医師の役割と在宅医療の未来

医療的ケア児支援法

2021年9月に施行された「医療的ケア児支援法」は、医療的ケア児が安心して日常生活や社会生活を営むため法制化されました。国や自治体による積極的な支援が義務となり、医療現場は支援体制の下で新たな役割や対応が求められるでしょう。

「今後どのように医療現場が変化するのかわからない」「医師としてどのような心構えが必要なのだろう」といった声も耳にします。

そこでこの記事では、新たに誕生した「医療的ケア児支援法」の背景から医師が知るべきポイント、そして実際の臨床現場でどのような対応が求められるのかについて解説します。

1. 医療的ケア児とは

医療的ケア児とは、特別な医療的なケアを必要とする子どもたちのことを指します。

具体的には、生命維持や健康状態を保つために特定の医療技術や治療を必要とする子どもたちのことです。例えば、心疾患や神経筋疾患といった先天性疾患や慢性腎臓病などの慢性疾患を持つ子どもや、重篤な事故や疾患の回復期にある子どもなど、呼吸、栄養、排泄に関して日常的に医療ケアを必要とする子どもたちが含まれます。

こうした病気や障害を抱える子どもたちは通常、医学的管理を必要とします。例えば、人工呼吸器や胃ろう、人工透析、インスリン注射などがあげられます。これらは、高度な専門的な知識や医療技術を必要とするものであり、24時間体制での看護や介護が求められることも少なくありません。そのため、在宅での医療的ケアは親や家族にとって大きな負担となり、社会全体での支援が必要となります。

医療的ケア児支援法の制定は、このような子どもたちとその家族に対する自治体の支援をより一層強化することを目指しています。そして、現場の医師にとってもとりわけ小児医療の領域において大きな変化をもたらすものと言えます。

参照:医療的ケア児等 |厚生労働省

2. 医療的ケア児支援法の成立と支援義務化の背景

なぜ医療的ケア児支援法が誕生し、支援の義務化が決まった背景には、医療的ケア児の増加と医療技術の進展があります。

厚生労働省の調査によると、2015年5月時点で全国の医療的ケア児の数は約1.7万人で、そのうち人工呼吸器児数は3,000人でした。つまり、全体の18%人工呼吸器の利用が必要で、年々増加傾向にあります。最新のデータでは、2018年時点での医療的ケア児の全国総数は19,712人、人工呼吸器児数は4,178人に増加しています。

このように、過去10年で医療的ケア児の数は2倍、人工呼吸器児の数は10倍以上に増えています。そして、0歳から4歳までの乳幼児の重症度が高くなっている傾向も強くなっていることが特徴です。

年を追うごとに増加している大きな理由には、医療技術の進歩や医療制度の整備が挙げられます。一昔前では生存が困難だった子どもたちが、今では長期的な医療的ケアを必要としながらも生活を送ることができるようになりました。しかし、医療的ケア児の数の増加に比べて、そのケアが一部の医療機関や家庭に集中し、大きな負担となっていました。

こうした状況を受けて、国は医療的ケア児に対する抜本的な対応を迫られていました。

参照:『医療的ケアが必要な子どもへの 支援の充実に向けて』|厚生労働省

参照:『医療的ケア児に対する小児在宅医療の 現状と将来像』|中村知夫

2.1 医療的ケア児支援法が成立するまで

医療的ケア児支援法が誕生した背景には、日本の医療・福祉の現状に対する深刻な課題があります。例えば、神経筋疾患で呼吸器を必要とする子どもが在宅で生活するためには、24時間体制での看護が必要となる場合もあります。しかし、十分な看護師の配置が難しいため、家族が睡眠時間を削ってまでケアを行うという過酷な状況がありました。

こうした在宅医療の課題に対する国の対応が求められ、まず、2016年に「児童福祉法」の改正案で行政による医療的ケア児支援の努力義務が明確となりました。その後、国会では、医療的ケア児の在宅医療支援の必要性が認識され、様々な立場からの意見が議論されてきました。

例えば、医師や看護師からの現場の声、福祉関連の団体からの意見などが取り入れられ、国や自治体に対する医療支援の義務化につながり、最終的には法案がまとまりました。2021年6月、「医療的ケア児支援法」(正式名「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」)が成立し、医療的ケア児の支援が国や自治体の義務となったのです。

参照:全国医療的ケア児者支援協議会 _ 医療的ケア児支援法

2.2 医療的ケア児への医療支援のこれまでの状況

これまでの医療的ケア児への支援は、地域や個々の病院・診療所により大きく異なっていました。例えば、都市部の大学病院などでは、小児科の医師や看護師が担当し、比較的高度なケアが提供されることもありましたが、地方や離島など医療資源が乏しい地域では、地域の献身的な小児科医による訪問診療や、家族自身が経管栄養や人工呼吸器の管理といった在宅医療で専門的な医療的ケアを行うケースも少なくありませんでした。

2.3 医療支援の現場が抱えていた課題

医療的ケア児の増加とともに、地域や医療機関により専門的な医療スタッフの不足や資源の偏りなど、多くの課題が在宅医療の現場で浮き彫りとなりました。例えば、透析治療が必要な子どもが在宅で生活する場合、訪問診療や看護だけでなく透析機器も必要となります。

しかし、地域によっては在宅医療に必要な専門機器が十分に揃っていないケースも多く存在しました。また、夜間や休日に必要となる緊急医療体制や看護師の24時間体制の配置など、家族の負担軽減に向けたサポート体制の不足も大きな問題となっていました。これらの課題解決のために、国や自治体が一定の責任を持つべきとの認識が広まり、法律の成立につながったのです。

3.医療的ケア児支援法の義務化で医師が押さえておくべきポイント

医療的ケア児支援法に盛り込まれた国や自治体の支援義務により、医師にも新たな役割や対応が求められます。具体的には次の3つのポイントが挙げられます。

  • ポイント1 支援義務化の意味
  • ポイント2 医療的ケア児の在宅医療支援での変化
  • ポイント3 小児在宅医療の今後の展望

特に、3つ目の「小児在宅医療の今後の展望」という点は、今後増加が見込まれる在宅医療の将来像を把握する上でも重要となります。

では、ひとつずつ見ていきましょう。

3.1 ポイント1 支援義務化の意味

医療的ケア児支援法の成立によって、国や自治体は医療的ケア児とその家族に対する支援義務を明確に負うこととなりました。そのため、社会が一丸となって医療的ケア児の在宅医療の進展を図る体制整備がより加速すると考えられます。

具体的には、自治体の責任で在宅医療の提供体制の整備や医療資源の配分、看護師などの医療スタッフの配置などが推進されることとなりました。その結果、医師は行政主導で展開する支援体制の下で、医療的ケア児の在宅医療に従事することができます。

例えば、ある地方都市での具体的なケースを考えてみましょう。市内にまとまった数の医療的ケア児が暮らしているにもかかわらず、専門的な小児在宅医療を担当できる医師や看護師が不足しているという課題がありました。しかし、医療的ケア児支援法の義務化により、自治体は地域の医療的ケア児支援に必要な医療資源を確保し、支援体制を整備することで、適切な在宅医療が提供されるようになります。

その中核の役割を担うのが、各都道府県に設置される医療的ケア児支援センターです。医療的ケア児支援センターは、医療的ケア児等アドバイザーと連携し、地域社会の行政や福祉、介護、学校や保育所、医療機関などを巻き込むネットワークを強化します。そして、市町村で子どもに必要なサービスの紹介と関係機関につなぐ医療的ケア児等コーディネーターをサポートし、医療的ケア児家族から相談を受け付けたり、情報提供をしたりします。

地域ネットワークの中には、かかりつけ医や基幹病院、薬剤師や歯科医なども含まれており、医師にも医療情報の共有や在宅医療の支援といった役割が期待されています。

3.2 ポイント2 医療的ケア児の在宅医療支援での変化

医療的ケア児支援法の支援義務化により、医師が行う在宅医療のあり方の変化が予想されています。これまで医師が個別に対応していた在宅医療の支援も、国や自治体の主導となり、より一段と体系的な支援が行われるようになるでしょう。その結果、例えば、在宅医療機器の管理や救急体制など、医師が抱えていた課題が軽減される可能性があります。

具体的には、専門的な医療機器を必要とする医療的ケア児の在宅医療のケースがあるとしましょう。専門知識やスキル、人的リソースなど医師一人ひとりでは管理や操作の指導が難しい場合でも、自治体が主導となって医療機器の管理体制を整備したり、必要な研修を開催したりすることで、これまで現場の医師に委ねられていた課題を改善することができます。

3.3 ポイント3 小児在宅医療の今後の展望

医療的ケア児の在宅医療は、医療的ケア児支援法の成立をきっかけとしてさらなる発展を遂げるでしょう。具体的には、地域の医療資源の配置の最適化、在宅で医療的ケアを行うための研修や教育、専門的な医療的ケアが必要な状況でも家庭で生活できる福祉や介護、教育分野などの体制づくりなどが進展します。

これまでは、難病を持つ医療的ケア児が自宅で請託するためには高度な医療ケアが必要で、一般家庭では対応が困難でした。

しかし、医療的ケア児支援法の趣旨を実現する新たな支援体制の下では、専門的知識やスキルを持つ医療スタッフが小児在宅医療チームとして家庭に派遣され、必要なケアを行うことで、医療的ケア児やその家族は安心して自宅で暮らし続けることができます。

医師の立場としてこうした法律の内容や医療現場の変化を把握し、今後の在宅医療の方向性を見据えることは、自身の診療やキャリアプランを考える上で役立つでしょう。

4.まとめ

医療的ケア児支援法の成立により、国や自治体の支援義務が明確となりました。今後、地域ごとに医療的ケア児の支援ネットワーク強化が求められるでしょう。

医師としては、医療的ケア児支援法の詳細をチェックしておき、今後の在宅医療の方向性を把握することが重要です。特に、勤務医や開業医といった臨床現場で活躍するキャリアプランを持つ医師は、医療的ケア児の在宅医療に対する理解と対応を深め、支援体制の発展に貢献していくことが期待されます。