医系技官は、医師の臨床医以外の選択肢の1つです。臨床現場で患者と直接関わる医師とは異なり、保健医療の制度づくりを行います。
国の保健医療に大きな影響を与えられる場合もあることから、やりがいを感じる方も多いでしょう。
本記事では、医系技官の仕事内容やキャリア、職場、やりがい、向いている人、活躍事例などについて詳しく解説します。
目次
1.医系技官とは
医系技官は、医師免許や歯科医師免許を有し、国の保健医療に関わる行政官です。政策の立案から実施までの全プロセスに携わり、人々の健康を守るための施策を検討・提案します。
その役割は幅広く、予算確保や実施計画策定なども行います。
自らのスキルや専門知識を政策に落とし込む仕事であることから、現場と行政の橋渡しの役割を持つといわれています。
2.医系技官の仕事内容
医系技官は、保健医療に関わる政策の立案において、次の業務を行います。
2-1.現場視察
実際の医療現場を訪れ、問題点や課題を把握する業務です。現場の実態を理解し、具体的な改善策の検討のための情報を収集します。
例として、医療機関や保健センターを訪れ、待ち時間の長さや医師不足などの実際の問題を確認するほか、患者や医療従事者と対話し、要望をヒアリングします。
2-2.審議会での議論
保健医療に関する重要な問題や提案された政策について、専門家や関係者との審議会で討論します。意見を交換し、より良い施策を導き出すための議論を行います。
例として、保健医療に関する専門家や市民団体との審議会で、新たな予防プログラムの導入について議論し、統計データや先進的な取り組みの事例をもとに、プログラムの効果や実現可能性について意見を交換します。
2-3.政策案の立案
現場視察や審議の結果を基に、具体的な政策案を立案します。医療制度や健康への影響を考慮しながら、社会的な課題に対処するための施策を練ります。
例として、現場の課題や審議の結果を受け、地域社会での予防医療の普及を目指す政策案を作成します。その際は、新たな予算の割り当てや医療スタッフのトレーニングプログラムの導入などの検討も必要となります。
3.医系技官の給料
医系技官は国家公務員のため、行政職俸給表が適用されます。平均給与や昇給について詳しく見ていきましょう。
3-1.平均給与
人事院給与局の「令和5年国家公務員給与等実態調査報告書」によると、医系技官の平均月額給与は839,896円とされています。
ただし、このデータは国家総合職と国家一般職が一緒に集計された結果のため、国家総合職と同等の医系技官の平均年収はもう少し高いことに留意が必要です。
3-2.昇給
医系技官の昇給も行政職俸給表に基づいており、「級」と「号」の2つの要素で決まります。「級」は役職や職務の難易度に関連し、「号」は同じ級内で経験年数に応じて変動します。
例えば、医系技官が初任として採用された場合、大学卒業者は通常「2級1号俸」、院卒業者は「2級11号俸」となります。これは基本給の出発点であり、その後の昇進によって「級」と「号」が変動します。
3-3.手当
人事院給与局の「国家公務員の諸手当の概要(1/2)」によると、医系技官には公務員として一般的な手当に加えて、本府省業務調整手当や初任給調整手当が支給されます。
本府省業務調整手当は本府省における業務に従事する医系技官等が対象となる手当です。
また、初任給調整手当は専門知識を必要としており、なおかつ欠員の補充が困難な官職に最大で51,100円まで、採用からの年数に応じた額が支給されます。
4.医系技官に求められるスキル
医系技官には、医師と行政官の両方に精通する知識と基本素養が求められます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
4-1.医師としての専門性
実際の医療現場での経験があり、医療の実態や課題を理解していることが重要です。医学や歯学において高度な専門知識を有し、最新の医療技術や研究動向にも精通していることが求められます。
最新の医学論文や治療ガイドラインにアクセスし、先進的な治療法や技術について常に学習し続けていることも重要です。
4-2.行政官としての専門性
行政手続きや法令に関する知識が必要であり、医療政策の制定・実施におけるプロセスを理解していることが求められます。医療法や健康政策に詳しく、制度改革や法改正に関する動向を把握することで、現行法令に基づく施策の提案や実施が可能となります。
また、政府の予算編成や効率的な予算の運用に対する理解とスキルが必要です。予算の割り当てに関する経験があり、効果的な予算の使い方やプロジェクトの予算管理スキルを有している人に適しています。
4-3.コミュニケーション能力や広い視野
様々なステークホルダーと協力し、異なる立場や意見に対して適切にコミュニケーションをとり、共感力や調整力を発揮できることが求められます。
また、健康に関する問題を包括的かつ総合的に捉え、社会的背景や経済的要因なども考慮しながら政策を展開できる広い視野が必要です。
5.医系技官のやりがい
医系技官には臨床現場とは異なるやりがいがありますので、以下で詳しく紹介します。
5-1.複数のポストに関わることで新たな視点を得られる
医系技官は数年ごとに異なるポストを経験できます。様々な経験を積むことで各分野の知見が深まり、新たな気づきや発見も得られることができるでしょう。医療に貢献する方法は数多くありますが、国という立場からでしか携われない分野は多く存在します。
自治体に出向した方は、関係者にヒアリングすることでがん患者を対象としたウィッグ費用の助成事業を新たに立ち上げたという経験が印象に残っているそうです。
5-2.世界で活躍できる
医系技官の活躍の場は日本国内だけではなく、世界に及びます。
例えば、新型コロナパンデミックにおける保健所長や、新型コロナワクチンの企画担当者として必要なスキルの習得を目指し、政府の留学制度を利用して米国に留学した事例があります。エビデンスの迅速かつ的確な把握、疫学研究の企画立案などのスキルを身につけるとともに、世界から集まった留学生との議論によって刺激を受けたといいます。
5-3.現場での経験を踏まえた施策を提案できる
医系技官は臨床現場での経験を活かし、実際の医療現場のニーズを理解した上で施策を提案できます。現場での経験を活かしたい、多くの人の役に立ちたいと考える人はやりがいを感じるでしょう。
例えば、支援事業や助成事業などは現場の医師ではなく医系技官でなければ携わることができません。現場の経験を持つ医師であれば、実情を踏まえた制度の策定が可能です。
出典:厚生労働省「世界で活躍する医系技官」
出典:厚生労働省「現役医系技官の声」
6.医系技官になるには?
医系技官になるには、厚生労働省の医系技師採用試験を受けなければなりません。受験資格として、医師免許または歯科医師免許を取得している必要があります。医系技官の採用試験の実施回数は明確に決められていませんが、令和5年度には2回行われました。
医系技官の採用の流れは、書類審査からスタートします。書類審査で提出が必要な書類には、履歴書や推薦状、エピソードシート、小論文があります。小論文の課題などの情報は、厚生労働省のホームページで確認ができます。
書類審査に受かると、1次試験でグループディスカッションや性格検査、面接が行われ、2次試験では幹部面接などが実施予定となっています。
グループディスカッションや面接では、知識だけでなく論理的思考やリーダーシップ、コミュニケーション能力などが評価されます。
令和5年度の前期試験のスケジュール例は下記になります。
要件に経験年数や年齢の制限はなく、臨床や行政など多様な経験を活かすことができます。
採用後の配属は経験年数が考慮され、豊富な経験がある場合はまず課長補佐となり、数年後に室長以上に昇任できる可能性があります。
出典:厚生労働省「医系技官採用情報」
7.医系技官の職場・働きやすさ
医系技官の職場とそれぞれの特徴や仕事内容は以下のとおりです。
職場 | 特徴 | 仕事内容 |
厚生労働省 本省 | 社会福祉、社会保障、公衆衛生、労働に関する政策を総合的に推進 | 保健・医療・福祉・労働に関する部局で政策の立案や実施に参加 |
厚生労働省 附属機関 | 検疫所、国立保健医療科学院、国立感染症研究所など、研究施設や地方厚生局 | 検疫業務、輸入食品監視、保健医療に関する研究や研修、感染症の研究や支援など |
他府省庁 | 内閣官房、人事院、内閣府、復興庁、総務省(消防庁)、法務省、外務省、文部科学省、環境省、原子力規制庁、防衛省 | 新型インフルエンザ対策、国家公務員の健康安全対策、科学技術政策の企画立案、復興施策、救急搬送体制、刑務所医療、国際保健政策など |
関係機関・大学 | 国立病院機構、国立高度専門医療研究センター、日本医療研究開発機構、医薬品医療機器総合機構、国際協力機構、大学(自治医科大学)など | 健康安全、科学技術政策の向上に関する業務 |
国際関係機関 | 大使館、国連政府代表部、世界保健機関、JICA国際派遣、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)、日本医療研究開発機構(ロンドン) | 国際的な医療政策、協力に関する業務で、国際社会と連携する |
出典:厚生労働省「医系技官の活躍する部署」
医系技官の職場では柔軟な働き方が奨励されており、フレックスタイム制やテレワークの利用が可能です。また、男女問わず利用できる育児支援制度も導入されており、育児休業や短時間勤務も利用できます。
8.医系技官のキャリア
医系技官として働く場合、5年目頃までは主査として幅広い分野を経験し、基礎知識やスキルを身につけます。その後、補佐・専門官として企画立案の中核的存在として働くことが可能です。
15年目頃からは各課室のリーダーとして政策立案の責任者的ポジションにつきます。
毎年秋には、将来のキャリア志向や希望部署、家庭状況、転勤の可否などを確認されたうえで、本人の希望を考慮しつつ医系技官としての総合力を養える配属を打診されます。
医系技官は臨床医との兼業も可能です。ただし、国家公務員の原則兼業禁止に従い、以下のような条件を満たした場合にのみ認められます。
- 土日祝日のみ臨床医として働く
- 保険診療のみであること
- 所属部署との利害関係がない医療機関であること
- 臨床技術の維持、専門医や認定医の資格の維持や取得が目的 など
9.医系技官の活躍事例
医系技官になりたい、自分に合っているか知りたい方は成功事例を確認しましょう。厚生労働省の資料をもとに、医系技官の活躍事例を紹介します。
9-1.医政局で未来の医療提供体制を作る
医政局地域医療計画課の課長補佐の女性は、医政局で医療提供体制、医療従事者の育成、研究開発など、医療に関する様々な施策を担当しています。
これらの施策は一つの課で完結することが少なく、複数の課のメンバーで議論が頻繁に行われます。現代は、新型コロナウイルス感染症への対応や将来の人口構造変化、デジタル技術の活用推進など、複雑で大きな課題に直面しています。
このような現状を踏まえ、地域の医療提供を確保するために都道府県が策定する「医療計画」において、国の基本方針を検討することも業務の1つです。
9-2.老健局で地域包括ケアシステムの実現に向けて取り組む
老健局老人保健課の課長補佐の男性は、介護老人保健施設や介護医療院のように常勤医師がいる施設、通所・訪問リハビリテーションなどにおける介護報酬に関する業務を担当しています。
高齢者数がピークとなることが見込まれる2040年頃に備え、医療や介護、予防、住まい、生活支援などを切れ目なく提供する「地域包括ケアシステム」の実現に向けて、介護報酬と制度の両面から施策を検討しています。
9-3.安全衛生部で労働者の健康と安全のための対策を立てる
労働基準局安全衛生部労働衛生課の主任である中央じん肺診査医の男性は、産業衛生に関わる業務を担当しています。
近年、働く人のメンタルヘルス対策や仕事と治療の両立が注目されており、これらの課題の解決に向けて対応しているそうです。
また、粉じんの吸入によって起きる「じん肺」対策も担当しており、予防計画の策定やじん肺状態の判別業務などを行っています。
10.まとめ
医系技官は、保健医療に関わる国の制度や施策を策定し、国全体に大きな影響を与えることができる職業です。
本記事では、医系技官の仕事内容や活用事例、やりがいなどについて解説しました。
医系技官は要件を満たすことで臨床医との兼業も可能なため、臨床経験を積みながらも影響力が大きい仕事がしたい方、現場と国の橋渡しになりたい方などに向いているでしょう。
今回、解説した内容を医系技官が自身に適しているかどうか考える際にお役立てください。