
現場での激務や長時間労働に悩む医師にとって、「社医(診査医・査定医)」という選択肢は、大きな転機となり得るかもしれません。病院とは異なり、患者を診るのではなく、保険審査や査定に携わるこの仕事は、オンコールがなく、週休二日制で、基本的に8時間勤務と業務時間が一定です。さらに、福利厚生も充実しており、ワークライフバランスを重視したい医師にとって非常に魅力的です。
一方、臨床経験を積む機会が限られることによるキャリアへの影響を鑑みて、選択に悩む方もいるでしょう。
この記事では、社医の具体的な仕事内容、メリット・デメリット、さらに年収やそのキャリアパスについて詳しく解説します。社医がご自身のキャリアの選択肢の1つになり得るかどうかの判断にお役立てください。
1.社医とは
社医とは、生命保険会社での医学的判断を担当する医師のことです。診察医や査定医と呼ばれることもあり、その業務は多岐にわたります。
保険会社が提供する生命保険や医療保険では、加入者の健康状態を適切に評価する必要があります。そのため、社医は医学的な知識と経験を基に、加入者の健康リスクを正確に評価します。
また、保険金支払いの際には、請求内容が医学的に正当であるかどうかを判断します。提出された診断書や医療記録を基に、保険金支払いの妥当性を医学的に評価し、不正請求による金銭的被害を防ぎます。その結果、保険会社の財務的健全性を保つことができます。
2.社医の仕事内容
大規模な保険会社では、社医の業務は専門分野ごとに分業されることが多いですが、小規模な保険会社では一人の社医が複数の役割を担うことが一般的です。
社医の仕事内容について詳しく見ていきましょう。
2-1.診査業務
診査業務は、保険加入の希望者の健康状態を確認する業務です。視診、触診、血圧測定、検尿、問診などを行い、持病の有無や健康リスクを評価します。診査は、加入希望者が保険会社に来社して行うこともあれば、社医が直接加入希望者の自宅や企業に訪問する往診形式で行う場合もあります。
また、社医が診査を行えない場合には、嘱託医に業務を委託し、査定基準にバラつきが生じないようにマネジメントを行うことも役割の1つです。
2-2.引受け査定業務
引受け査定業務は、加入希望者が提出した健康診断結果や医療記録などを基に、保険契約の可否を判断する業務です。単に保険の受け入れ可否を判断するだけでなく、引き受ける場合にはリスクに応じて適切な保険料を算定します。
例えば、加入希望者が提出した人間ドックの結果を詳しく精査し、リスクに応じた保険料を設定し、保険会社と加入者の双方にとって適切な条件を設定します。
2-3.支払査定業務
支払査定業務は、保険金請求の正当性を判断する業務です。生命保険の死亡保険金請求では死亡診断書を、医療保険やがん保険では入院・手術証明書などを基に判断します。
社医は、基準が曖昧または過度に厳格であるという印象を与えないよう、適切な判断を下す必要があります。
さらに、一部の社医は最新の医学情報の収集・研究・分析を行う医事研究業務も担当します。医事研究業務では、大学や臨床病院が保有する医療ビックデータを活用し、最新の医学情報を収集、分析します。これにより、最新の医療ニーズに合わせた新しい保険商品の開発や引受基準の設定に役立てます。
3.社医のやりがい
社医のやりがいは、医師として培った臨床経験や知識を活かし、保険契約者の健康状態を正確に査定して公平で信頼性の高い保険サービスを提供する点にあります。社医は、患者の命を直接預かる医療現場とは異なる環境で働きますが、その医学的判断が保険契約の成立や保険金支払いの正当性に大きく影響し、多くの人々の生活を支える基盤となります。
このように、自分の専門知識を通じて、社会全体に貢献できるという点に大きなやりがいを感じることができるでしょう。
4.社医として働くことのメリット
社医として働くことには、いくつかのメリットがあります。自身に向いているかどうかを判断するために、社医として働くメリットについて詳しく見ていきましょう。
【メリット1】ワークライフバランスを整えやすい
社医として働く大きなメリットの1つは、ワークライフバランスが整えやすい点です。勤務時間が規則的であり、当直やオンコールがないため、プライベートの時間を確保しやすくなります。
一般的には、土日祝が休みとなっており暦通りの勤務になります。勤務時間も9時~10時からスタートし、18時~19時頃までとなっているため、家庭や趣味の時間を持ちやすいでしょう。
【メリット2】これまでと異なる業界で人脈を築ける
社医として保険会社で働くことで、医療業界以外の多職種の人々と接する機会が増えます。保険会社内では、営業やマーケティング、法務といった多様な職種の人々と協力することが求められるため、新しい人脈を築くことができます。
異業種との交流により視野が広がり、キャリアの選択肢が増える可能性もあるでしょう。
【メリット3】福利厚生が充実していて働きやすい
多くの保険会社は、大企業であることが多く、フレックスタイム制や在宅勤務制度、育児休暇制度、保育料補助制度といった福利厚生が充実している傾向があります。
フレックスタイム制は、コアタイムと呼ばれる一部の時間帯を除いて、出社時間や退社時間を自由に設定できるため、勤務時間を自分の生活に合わせて調整することが可能です。これにより、日々の予定に応じた働き方が実現でき、家庭やプライベートとの両立がしやすくなります。
また、育児に対する支援として、保育料補助制度や育児休暇制度などがあります。保育料補助制度は会社が一部または全額の保育料を負担するもので、経済的なメリットを得ることができます。さらに、育児休暇制度によって育児に集中することが可能です。
さらに、在宅勤務制度を導入している企業も多く、自宅で業務を行うことができる点が魅力です。これらの充実した福利厚生により、仕事と家庭生活の両立がしやすい環境が整っています。
【メリット4】訴訟されるリスクが低い
臨床現場では、医療事故や誤診などが原因で訴訟に巻き込まれるリスクがありますが、社医として働く場合、そのリスクはほとんどありません。
社医の業務は、診察や査定業務が中心であり、直接患者の治療を行わないため、誤った処方や施術による医療事故を心配せずに働くことができます。
▼関連する記事はこちら
医師を守る賠償責任保険について|必要性や補償内容、対象事例まで解説
5.社医として働くことのデメリット
社医として働くことには、いくつかのデメリットもあります。それは社医と病院で勤める医師とでは、役割の違いが多くあるからです。
ここでは、2つの役割の違いを踏まえながら、デメリットを見ていきましょう。
社医と病院に勤める勤務医との役割の違いとは?
社医と病院で勤める医師の違いは、企業と病院の方針の違いにあります。
まず、病院の役割は患者を治療することであり、医師はその方針に直接的にかかわる立場にあります。そのため、他の医療職種の先頭に立ち、指示をしていく機会が多くあります。
それに対して社医は、加入者に直接的に技術や知識を提供するのではなく、保険会社の商品を利用できるのかを判断する間接的な立場になります。
このような役割の違いから生まれるデメリットを見ていきましょう。
【デメリット1】医師としてのキャリアアップが難しくなる
社医として働くことで、臨床現場から離れるため、医師としての専門性やスキルの向上が難しくなる可能性があります。たとえば、手術や診療の機会が減ることで、技術の維持や新しい医療技術の習得が困難になるでしょう。
結果として、臨床現場に戻る際にハードルが高くなります。
【デメリット2】企業の社風になじむ必要がある
企業によっては独特な社風が存在しており、これに適応する必要があります。社医として働く場合は、医療現場と異なる環境下で組織の一員として会社のルールや文化に従うことが求められます。
社風が自身に合わない場合、勤務自体が苦痛に感じることも考えられます。このため、社医として働く際には、その企業の社風を理解し、自分に合うかどうかを見極めることが重要です。
【デメリット3】保険業界の将来性への不安
少子高齢化が進む中で、保険業界の将来は不透明であると言われています。人口減少や市場の変化に伴い、保険商品の需要が減少する可能性があります。
保険業界全体が縮小するリスクがあるため、長期的な安定性に不安を感じることがあるでしょう。
【デメリット4】業務が単調で合わないリスクがある
社医の主な業務は診査や査定などが中心であり、業務内容が単調で変化が少ないこと傾向があります。毎日同じような書類のチェックや判断を行うことが続くと、やりがいを感じにくくなるかもしれません。
医療現場では、患者によって治療方法や方針を検討したり臨機応変に対応することが求められます。また、患者を治療する上で様々な医療職種との連携を行い、その知識や意見を汲み取りながらまとめていくことが必要です。
このような役割になれている医師にとっては、業務が比較的単調な社医は自分に合わないと感じる可能性があります。
【デメリット5】病院での立場とは変わってくる
社医と病院の医師では、加入者(病院で言う患者)との関り方が大きく異なるため、立場の違いに違和感を持ったり、培ってきた知識や技術に対する自身が失われる可能性があります。
6.社医の年収
社医の年収は、1,000万円から1,500万円程度です。中には年収1,900万円を提示する求人も見られますが、臨床で働く医師と大きくは変わらないか、場合によっては年収が下がることもあります。例えば、臨床医として手術や当直を多くこなす医師に比べると、収入面で差が生じることがあるでしょう。
しかし、社医として働くことには、オンコールや夜勤がなく週休二日制が確保され、基本的に8時間勤務で規則正しい生活を送れるという大きなメリットがあります。さらに、保険会社は福利厚生が充実していることが多く、安定した生活環境が整っています。
こうした要素を考慮すると、年収が多少下がるというデメリットを上回る魅力を感じる医師も少なくありません。家族との時間を大切にしたい、健康的でストレスの少ない生活を送りたいと考える医師にとって、社医として働くことは魅力的な選択肢といえるでしょう。
7.社医になる方法
医師が保険社医になる際には、医師免許以外の資格は必要ありません。ただし、資格要件が医師免許のみであっても、多くの企業では最低2~3年以上、場合によっては5年以上の臨床経験を必要としています。
これは、契約者の疾患を幅広く理解し、医学的見地や臨床的見地から保険引き受けや保険金支払いの妥当性を判断することが求められるためです。
上記を踏まえると、社医になるまでの流れは下記のようになります。
▼
保険会社・転職サイトで求人を探す
▼
応募・採用面接
▼
保険会社への入社決定
8.社医に向いている人
社医は、医師免許と臨床経験があれば目指すことができますが、向き・不向きがあります。次のような人は社医に向いているでしょう。
8-1.会社を不正請求やさまざまなリスクから守る意識を持てる人
保険会社は民間企業であり、営利を追求する組織です。社医として働く際には、医学的な見地から保険契約や支払査定を行う一方で、保険金の不正請求や過剰請求などから会社を守るという重要な役割を果たします。
そのため、医療の専門知識を活用して、正確で公正な判断を下しつつ、会社を不正請求やその他のリスクから守るという意識を持てる人が、社医に向いているでしょう。
8-2.医療現場から離れてもモチベーションを維持できる人
社医は患者の治療を行わないため、人々を助けることや、患者が元気な姿を取り戻すことに強いやりがいを感じる医師にとっては、社医としての業務にモチベーションを維持するのが難しいかもしれません。
しかし、医学的知識を活かして社会全体の利益に貢献することに意義を感じる人には、社医が向いているでしょう。
8-3.コミュニケーション能力が高い人
社医は、保険加入希望者との面談や、社内の様々な部署との連携が必要です。そのため、コミュニケーション能力の高さは、社医として成功できるかどうかを左右する大きな要因です。
例えば、加入希望者の健康状態を正確に査定するためには、単に検査結果を見るだけでなく、加入希望者本人から直接話を引き出すスキルが求められます。加入希望者はどの病院で何科にかかったか、その時の詳細な症状や治療内容を聞き出し、事実をもとに適切な判断を下します。そのためには豊富な臨床経験と情報収集力が必要です。
また、相手に安心感を与え、信頼関係を築くことが正確な査定を行う上で非常に重要です。
さらに、社医は社内で他の部署と協力して業務を進める必要があります。例えば、保険の引受部門や商品開発部門と密に連携し、査定基準の見直しや新しい保険商品の企画にも関わることがあります。こうした業務を円滑に行うために、医師としての専門性を活かしながら、他部署の人との関係を適切に構築し、チームとして効率的に働く能力が求められます。
9.まとめ
本記事では、社医の仕事内容やメリット・デメリット、やりがい、向いている人などについて解説しました。
社医は患者を直接治療することはありませんが、ワークライフバランスの良い環境や、企業の安定した福利厚生を享受できるなどさまざまな魅力があります。
本記事で解説した内容が社医として働くかどうかの判断の一助になれば幸いです。






