女性の健康ナショナルセンター創設と役割|女性の健康データとの向き合い方

女性の健康ナショナルセンター 

近年、女性の活躍と経済成長の関係がますます注目されています。

この流れを受けて、日本政府は「女性版骨太の方針2023」を発表し、女性特有の健康課題に焦点を当てた多角的な政策を展開しています。中でも、令和6年度中の開設を目指す「女性の健康ナショナルセンター」は、医療界にも大きな影響を及ぼすとされる計画の一つです。

そこでこの記事では、女性の健康ナショナルセンターの目的や機能、そして医師への影響について紹介します。

1.女性の健康ナショナルセンターとは

2024年(令和6年)度中に、国立成育医療研究センター内に「女性の健康ナショナルセンター」の新設が予定されています。このセンターが取り扱う領域は、女性特有の健康課題である点が特徴です。例えば、妊娠・出産、月経に関連する問題、更年期障害、乳がんや子宮がんなど女性の健康や疾患に対する専門的な研究、データ収集、政策提言を行います。

一般の病院やクリニックではカバーしきれない、女性の健康に関するより専門的な情報提供やサービス支援の施設として位置付けられています。一例として、更年期障害や摂食障害、貧血など女性に多い病気の治療と全国の医療機関や研究機関の情報集約、不妊女性のメンタル相談などが行われる予定です。

女性の健康ナショナルセンターの設立により、女性自身が自らの健康に対する理解を深められるだけでなく、医療提供者にとっても女性特有の健康問題に対する知識と対応力が高まることが期待されています。

参照:<女性版骨太の方針2023(女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023) (案) 概要>|内閣官房

2.女性の健康ナショナルセンターの目的と機能

女性の健康ナショナルセンターの目的と機能は下記の4つです。

2.1 女性特有の健康問題の支援

女性特有の疾患や健康問題に関する具体的な対応と研究の促進を行います。

例えば、産後うつや更年期障害に対する専門的なガイダンスや治療方針を研究し、その知見を医療機関や一般の女性に提供します。

特にホルモンバランスの変化やライフステージによる女性の健康問題を、性差やライフステージごとに分析し、病気の解明、予防や治療の研究推進を行う点が特色です。

2.2 データセンターの構築

女性のライフステージごとの健康状態に関するデータを広範に収集し、解析します。

取り扱うデータは、将来の治療法や予防策の開発に関わる臨床試験や、公的な健康政策の策定にも活用される予定です。データ解析やAI予測を通じて新しいエビデンスを把握し、データ活用窓口で全国の研究機関や企業が活用できる体制を整備します。

2.3 製薬企業との治療薬の共同開発

女性の健康に特化した新しい治療薬の開発促進も女性の健康ナショナルセンターセンターの目的の一つです。

オープンイノベーションセンターなどを開設した上で、研究機関や製薬企業と連携して、月経痛や妊娠悪阻など女性特有の疾患領域で効果的な新薬の開発と臨床試験を行います。

また、製薬企業の治験に協力できる医療機関の紹介機能も果たす見込みです。

2.4 研究成果の発信・政策提言

センターは研究成果を広く発信し、政策提言も行います。具体的には、女性の健康状態を改善するための公共サービスや補助金制度についての提案を行い、行政サービスを拡充するなどです。

また、女性の健康分野のWebサイトや相談窓口を通して情報発信も実施されます。

このように、女性の健康ナショナルセンターは多角的な機能を持ち、女性の健康改善を目的とした包括的な支援を提供する施設となる予定です。開設されれば、医療・製薬研究の促進や積極的な情報発信などにより、女性だけでなく、社会全体の健康水準の向上が期待されます。

参照:「今後の人口動態・経済社会の変化を見据えた保健・医療・介護の構築」|厚生労働省

3.女性の健康増進に向けた政策パッケージのポイント5

女性の健康ナショナルセンター誕生には、政府の「女性版骨太の方針2023」が背景にあります。

5つの重要な施策とそれぞれの目的を紹介します。

3.1 【ポイント1】ヘルスリテラシーの向上を支援する

女性の健康増進に必要な基盤として、ヘルスリテラシーの向上が欠かせません。そのため、教育機関や地域社会での健康教育の推進が不可欠です。

具体的には、小学校高学年から健康教育を拡充し、教師自身の知識も向上させる計画があります。また、各自治体が健康推進イベントを開催し、健康情報を配布するなど、地域レベルでの啓発活動も強化される予定です。

3.2 【ポイント2】職場における女性の健康増進を目指す

職場環境も女性の健康に大きく影響します。

そのため、健康診断に女性特有の問診項目を追加するとともに、健診休暇の新設など、健康支援プログラムの展開を推進しています。

3.3 【ポイント3】健診・医療体制を拡充する

女性特有の健康課題に対応するためには、予防医療を含めた適切な医療サービスの提供が必要です。

例えば、骨粗しょう症検診や生理痛治療の推進など、女性特有の健康課題に焦点を当てた医療サービスが拡充されます。

3.4 【ポイント4】「女性の健康」ナショナルセンターを創設する

女性が健康的で生涯活躍できる環境の整備と、女性特有の疾病の研究や啓発活動、関係機関の情報共有の強化がこのセンターの大きな目的です。

国立成育医療研究センターを拡充し、分子生物学や細胞生物学、遺伝学を活用した先端研究の推進を通して、女性の健康支援の実現を目指します。

3.5 【ポイント5】フェムテックを推進する

女性の健康や生活に特化した技術やサービスを指す、フェムテックの活用が注目されています。生理や妊娠・産後、更年期など女性に特有の健康管理と医療サービスの質の向上を図る目的です。

具体的には、フェムテック製品・サービスのエビデンスを整理し、活用を促進します。

参考記事:医療分野で注目のフェムテックに医師はどう関わるべきか?

参照:女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023(女性版骨太の方針 2023)(原案)|内閣府・男女共同参画会議

4.女性の健康増進への新たな取り組みによる医師への影響

女性の健康ナショナルセンターに代表される女性の健康増進に向けた政策パッケージにより、医師にどのような影響があると考えられるでしょうか。

特に注目したいのが「性差医療」の進展が国内の動きの大きな背景になっている点です。

この「性差医療」に対する認識の変化や動きも含め、女性の健康増進への新たな取り組みによる、医療現場や医師への影響について見ていきたいと思います。

4.1.女性の健康増進の背景となる性差医療とは

性差医療の重要性が高まる中、女性の健康ナショナルセンターの設立は、この進展を促進するための重要な一歩となります。

性差医療とは、男女間での生理学的、心理学的、社会的な違いを考慮に入れ、それぞれに適した医療サービスを提供する医療のアプローチを目指す医療です。

従来、医療研究は多くの場合、男性を対象としていましたが、性差を重視することで、女性特有の健康問題においてもより適切な診断と治療を進めていこうというものです。

日本でも性差医療に関する認識は高まっていますが、海外ではさらに先進的な取り組みが行われています。たとえば、米国では1991年に政府機関である「Office of Women’s Health」が発足し、女性の平均寿命の伸長や乳がん検診率の向上、臨床試験への女性参画の3点を国を挙げて推進してきた例に注目です。

もともと米国では1980年代から性差医療の研究の必要性が提唱されてきました。当時、米国国立衛生研究所(NIH)プロジェクト発足により、全年齢の女性において女性特有の疾患研究を推進するべきとの考え方がすでに登場しています。そして、1999年、米国国立アカデミーの主導するプログラムに性差医療の取り組みが加わり、新しい治療法や薬物が開発されています。

日本では、1999年に性差医療の概念が国内で紹介された後、2001年に日本初の女性外来が鹿児島大学医学部付属病院に開設された時期が性差医療の黎明期と言えるでしょう。アメリカに比べると20年近く時間差があるため、日本でも米国の最新の研究成果を参考に、女性特有の疾患に対する新しい治療法の開発や導入が期待されます。

さらに、性差医療において女性特有の疾患、例えば、PMS(月経前症候群)や更年期障害に対する治療は非常に重要な鍵を握ります。具体的には、女性外来の設置や女性医師の拡充、専門のカウンセリングサービスなどが展開される予定です。

性差医療の導入と発展は、女性がより健康で質の高い生活を送るために不可欠です。各国の先進的な取り組みや研究を参考にしながら、日本でも性差医療のさらなる拡充と発展が期待されます。

以上の視点から見ても、女性の健康データを専門的に管理し、臨床試験などを通じて新たな知見を発掘する女性の健康ナショナルセンターの役割は、日本の性差医療の推進において極めて重要と言えるでしょう。

参照:Japan Health Policy NOW – 女性の健康 国際比較

参照:性差医療の現状と 今後の展望|広島大学

4.2 性差医療の進展

性差医療の推進により、医師は女性特有の疾患や健康課題に対する知識と理解を深める必要がより一段と強くなるでしょう。

特に、性差医療の進展に伴って医師や医療現場に求められるポイントは下記の3つです。

  • プロとしての不断のスキルアップ

医師は女性特有の健康課題に対する最新の知識やスキルを常にアップデートする必要があります。例えば、子宮筋腫、乳がん、PMSなど女性特有の疾患に関する最新の研究成果を継続的に学び、治療プロトコルの更新が重要です。

  • 主体的な取り組みと責任感

女性の治療や健康管理に対する主体的姿勢かつ責任を果たす意識が重要です。一例として、医師が女性患者からの質問(例:避妊方法、妊娠・出産、更年期症状)に対して、患者一人ひとりの状態に応じたアドバイスや治療の提案が求められます。

  • 女性外来や女性医師の拡充

女性患者がより快適に医療サービスを受けられる環境を整えることで、女性医師の活躍の場も広がります。具体的には、女性専用の診療時間を設けたり、女性医師を増員することで、女性患者が気軽に診察を受けやすくなるメリットがあります。

以上のような医師の取り組みや医療現場の整備が進展すると、診断や治療、患者とのコミュニケーションの質が向上することが期待できます。   

参考記事:女性医師のキャリア|現状の課題や選択肢・支援について解説

4.3 女性の健康教育と啓発活動の増加

女性の健康教育という言葉はあまり耳慣れないかもしれませんが、まさに女性の健康増進への新たな取り組みの1つです。
小児科医・産婦人科医等の医師・看護師などを含む、厚生労働科学研究費補助金を受けて活動している研究チームが教育プログラムを設計し、テキストブックを作成するなど、女性の健康の保持増進を図れる人材の育成をしていくことを目的にした活動などもあります。

このような女性の健康教育と啓発活動の推進により、医師に求められることも多様化していくことが考えられます。

具体的には、

  • 医師による女性の健康教育や啓発活動への期待が高まる
  • 患者中心のコミュニケーション
  • 患者に対してより適切なアドバイスを提供する必要性

などが挙げられます。

特に、女性の健康増進に向けた政策パッケージの一環として、社会全体で女性の健康教育と啓発活動の推進が必要です。

また、医師は女性患者の心情や立場を理解した上で適切なアドバイスや教育を提供するなど、患者中心のコミュニケーションを心掛ける必要があります。

参照:厚生労働省科学研究班(荒田班)監修 「まるっと!女性の件行為教育」

4.4 多機関連携と情報共有の強化

新たな政策により、多機関間での情報共有や連携が強化されます。

具体的には下記の2点です。

  • 女性の疾患や健康管理に関するデータ共有の活性化

オンラインで病歴や検査結果を共有するシステムが整備されるため、専門医と一般医の連携がより一段と進みます。そのため、患者が二次診察で再度同じ検査を受ける必要がなくなります。

  • 女性患者に対する診療の質の向上

女性の健康ナショナルセンターや研究機関が提供する最新のガイドラインや研究データを医師が診療に活用することで、例として乳がんや子宮筋腫の治療方法に対する最適なアプローチが可能となります。

女性の健康ナショナルセンターの重要な機能として、他の医療・研究機関との連携強化が挙げられます。女性の健康に関する最新の研究やデータに簡単にアクセスできる環境が整うことで、情報共有と連携が強化される見通しです。結果として、医師の診断と治療の精度が向上し、女性患者に対する医療サービスの質が向上することが期待されます。

以上の新しい取り組みによって、医師自身のスキルや役割への認識をはじめ医療提供体制そのものに変革をもたらすと予測されます。特に、女性患者に対する質の高い医療サービス提供がこれまで以上に期待されるため、医師にとっても性差医療を前提とする新しい時代が始まると言えるでしょう。

5. まとめ

『女性版骨太の方針2023』の発表と共に、日本政府は女性の健康に特化した性差医療の推進を目指しています。この重要な施策の一環として設立される「女性の健康ナショナルセンター」は、女性の健康管理と疾患治療の進化に大きく貢献すると期待されています。

そして、センター開設により、医師もこれまで以上に女性特有の健康課題に対する新たな取り組みを促す機会が増えることでしょう。診断の精度を高め、患者とのコミュニケーションを深めるため、性差を考慮した診療がこれからの現場にも欠かせない要素です。

今後の医療界においては、女性の健康データを基にしたエビデンスを活用し、性差医療の理解を深めることで、質の高い医療サービスの提供が求められます。また、女性の健康教育と啓発活動の推進、医療機関や研究機関間の連携と情報共有の強化も、性差医療の推進において重要なポイントです。
医師自身が最新の性差医療に関する情報に精通し、患者に対して主体的かつ責任を持って診療にあたることが、これからの医療における新たなスタンダードとなるでしょう。