リアルワールドデータ(RWD)とは?医療における活用事例などを解説

リアルワールドデータ

医療現場では、日々多くのデータが生まれています。患者を診察した際の情報、治療経過とその効果、薬の処方に関する情報、治療実績など、多くのデータが蓄積されています。

医療を含めたビジネスや行政などの現場では、これまで蓄積されてきた様々なデータを「ビッグデータ」と呼びますが、これらを活用した業務効率化・新規ビジネスの開発が盛んです。

「医師にとって、リアル・ワールド・データ(RWD)はどのように役立つのだろうか?」
「実際の活用事例があるのだろうか?」
と考えている医師向けに、この記事では、リアル・ワールド・データ(RWD)の概要や、データの内容、活用事例などについて解説します。

1.リアル・ワールド・データ(RWD)とは

まず、リアル・ワールド・データ(RWD)の概要などについて紹介します。

1-1. リアル・ワールド・データ(RWD)の概要と認知度

リアル・ワールド・データ(RWD)は医療ビッグデータの一つで、医療分野における研究や臨床実践の発展を促進させることができると期待されています。

具体的には、新薬開発の促進や時間短縮、希少疾患や難病の治療法発見、治験の短縮と効率化などです。このリアル・ワールド・データ(RDW)に対する医師の理解・認知は一般の方に比べて高く、77.5%が医師の立場でリアル・ワールド・データ(RDW)の積極的な活用を希望しているというデータがありました。
リアルワールドデータ
参照:リアル・ワールド・データ(RDW)に関する一般の方・医師への意識調査(モデルナ・ジャパン株式会社 2023年7月)

1-2.リアル・ワールド・データ(RWD)の種類

リアル・ワールド・データ(RWD)と一口に言っても、いくつかの種類に分けることができます。

・レセプトデータ
レセプトデータは診療報酬明細書の通称であり、具体的な患者の傷病名および、実際に行った医療行為の詳細を、個々の請求額とともに審査支払機関を通して保険者に請求する情報のことを言います。
また、レセプトデータは、医科、歯科、調剤の3種類があり、毎月1回、患者ごとに作成されます。以前は手書きだったため、全体を把握するのは困難でしたが、現在は90%以上のレセプトが電子化されているため、分析するためのデータ活用や利便性が大幅に向上していいます。

・DPC(Diagnosis Procedure Combination)データ
DPC (診断群分類包括評価) は、Diagnosis Procedure Combinationの略です。分かりやすくいうと、「診断した病名」と「医療サービス」との組み合わせの分類をもとに1日当たりの包括診療部分の医療費が決められる計算方式のことを指します。

参照:厚生労働省「DPCについて」
参照:厚生労働省「DPC 制度(DPC/PDPS※)の概要と基本的な考え方」

・電子カルテデータ
現在、多くの医療機関では電子カルテを導入し、患者の診察の度に治療情報やその経過について記録しています。2020年時点での電子カルテの普及率は、一般病院57.2%、一般診療所49.9%となっており、徐々に導入が進んでいる状況です。
電子カルテには、患者の医療や健康情報が集約されており、疾患の研究や開発、薬の副作用調査、行政での統計作成や政策立案などへの活用が期待されています。

・健診データ
健診データは、個人が会社などで受けた健康診断の結果をデータ化したものです。現在、厚生労働省はこれらのデータを集約して管理し、個人の健康増進のために活用しようとしています。
社会保障費が増大する中、生活習慣病などの予防などに役立てるだけでなく、幼少期からのデータを蓄積し、個々に合う治療や診療を提供するための基礎情報にしようと試みています。また、現段階で特定健診と特定保健指導以外は、標準的な電磁的形式が決まっていないため、紙で保存されている場合もあります。
将来的に、全ての健診データを標準的な電磁記録にすることで、過去の健診結果も継続してデータで一括管理でき、共有することが可能になります。

参照:「健康増進法施行規則等の一部を改正する省令 – 厚生労働省」

参照:「健康診査データの現状と展望 – 厚生労働省」

・患者レジストリデータ
患者レジストリデータとは、「患者が何の疾患で、どのような状態で存在しているかを集めたデータバンク」と定義されています。
主に治験の分野で活用が期待されています。様々な情報が蓄積され、活用する動きが活発ですが精神科領域では遅れが見られます。
その理由として、精神科領域では患者の問診から得られた情報に基づいた診断が行われており、特定の診断カテゴリーに含まれる群に多様な病態が混在してしまいます。その結果、精神疾患の病因・病態研究は停滞しています。

参照:厚生労働省「患者レジストリーデータを用い、臨床開発の効率化を目指すレギュラトリーサイエンス研究」

・ウェラブルデバイスから得られるデータ
アップルウォッチなどに代表されるウェアラブルデバイス(手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイス)が近年、普及しています。
これらを長期的に装着することで身に着けている人の脈拍や血圧、睡眠データなどが蓄積でき、個人に合わせた治療などに生かせるとされています。

1‐3.リアル・ワールド・データ(RWD)を管理している機関

現在、リアル・ワールド・データ(RWD)は複数の機関が取り扱っていますが、代表例として挙げられるのが次のサービスになります。

・NDB(ナショナルデータベース)
厚生労働省が提供する、公益目的のリアル・ワールド・データ(RWD)です。
データが提供される先は、行政機関や大学、研究をする独立行政法人、国管轄の公益法人や国の行政機関などに限られています。

・MID-NET
全国23の大病院から電子カルテなどを集めた、製造販売後の調査、もしくは公益性の高い研究のために用いられるリアル・ワールド・データ(RWD)です。
提供先は、NDB(ナショナルデータベース)と同じく厚生労働省が開発要請をした医薬品についての実態調査、国や自治体、独立行政法人などの公的研究費による研究と限定されています。NDB(ナショナルデータベース)やMID-NETのような公的機関が運営、提供しているリアル・ワールド・データ(RWD)は、高いセキュリティレベルで保護されており、誰もがアクセスできる訳ではありません。

・PHRサービスなどを行う民間企業
公的機関が運営、提供しているリアル・ワールド・データ(RWD)を利用するにはとても高いハードルがあり、誰でも利用できるという訳にはいきません。
これらとは別に、民間企業などが独自に医療機関や行政と連携し、データを収集、活用する事例も見られます。収集した情報は匿名化され、個人情報以外の情報を抽出しています。データを収集する企業は、個人情報に配慮したデータを蓄積しているのです。
製薬会社や医療機関はこれらの情報を活用することで、分析レポートなどの作成や、医療の質の向上、病院経営の健全化に役立てることが可能となりました。

関連記事:スマート医療の時代へ!PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とは?

1-4.リアル・ワールド・データ(RWD)の目的

最もリアル・ワールド・データ(RWD)が活きるのは、製薬会社の開発領域が挙げられます。リスクファクターを分析し、エビデンスの増加や開発プロセスの効率化、マーケティング手法の策定などに活用できます。治験分野でも大いにデータが活用されることが期待されています。

対してリアル・ワールド・データ(RWD)を活用できれば、対照群をデータで代替することが可能です。
市販後調査の際も、背景因子を豊富に含んだリアル・ワールド・データ(RWD)を使い、売上データ以外の潜在的情報を抽出できます。

患者数や検査値、併発疾患などを把握し、自社の課題克服や今後のマーケティング戦略に生かせると期待されています。また、医療機関にとっても、リアル・ワールド・データ(RWD)を活用すれば、自院の多剤併用患者の可視化、診療効果の数値化など、さまざまな分析ができます。医療の質の向上、医療費の適正化、病院経営方針の改善策策定など、複数の領域での利用が考えられます。

他にも、難病や希少疾患の患者を救うための新薬や治療法開発、適切な治療に役立つと考えられます。
リアル・ワールド・データ(RWD)の活用は、医療分野の様々な質向上に利用されることが期待されているのです。

2. リアル・ワールド・データ(RWD)を必要としている主な業界

では、具体的にどんな業界がリアル・ワールド・データ(RWD)を必要としているのでしょうか。

2-1.製薬業界

製薬業界は、新薬の開発やマーケティング、よりよい薬の併用などの点でデータを必要としています。
今までは、連携している医療機関などからしかデータを得られず十分なデータを収集するためには時間もコストも大きくかかっていました。
リアル・ワールド・データ(RWD)を利用することで、より低コストで迅速な新薬開発などが可能となるため、非常に利用には前向きです。

2-2.保険業界

生命保険の分野で、保険商品の開発に利用されています。
特に特定疾患(がんなど)のデータを分析し、より収益性の高い商品の開発や販売に生かせるとして、利用されています。また、商品開発だけでなく、実際に販売した後の効果測定にも生かせないか、試行錯誤中です。

2-3.食品業界

特定機能商品などに代表される健康食品やサービスの開発に生かされています。
特に、自社商品を利用した顧客データの分析、健診データなどを分析したうえで、よりよい商品の開発へつなげています。

2-4.デジタルピューティクス(DTx)

治験用のアプリケーションやデータの解析、迅速な治験の促進に役立てられています。
今まで治験では実施計画に基づいて「実験的に集められたデータ=臨床試験データ」を使い、「基準を満たした症例を持つ患者・集団」に対して試験をしたときのデータのみが集められていました。

それに対し、リアル・ワールド・データ(RWD)を活用することで、不特定多数の膨大なデータから解析することが可能になり、よりよい活用ができると期待されているのです。

3. リアル・ワールド・データ(RWD)の活用事例

実際の活用事例をいくつか紹介します。

3-1.病院経営の可視化

病院経営において、自院にどんな患者が多く集まっているのか、併発している疾患などを分析、可視化できます。
多剤服用の患者に対する注意を払ったり、来院する患者の疾患を分類したり、より効率的な病院経営に反映するなど、様々な活用ができるでしょう。

3-2.治療効果の実証

治療効果がどの程度出ているのかを実証するのにも大きな効果を発揮します。
それぞれの医療機関で診察、治療している患者の数には限度があり、より多くの症例データの解析や治療経過を知ることで、より良い治療法の開発や投薬の組み合わせなど、新たな治療につながる可能性があります。
リアル・ワールド・データ(RWD)では、多くのデータを短時間で収集し、解析できるため、治療効果の実証も容易になっています。

3-3.難病や希少疾患に対する治療薬開発

難病や希少疾患の患者の症例データは少ないこと、またデータがそれぞれの医療機関に分散している傾向がありました。リアル・ワールド・データ(RWD)では、これらの症例データを収集、分析することで新たな治療法、新薬開発につながりやすくなると期待されています。

3-4.個人の健康データ管理

個人が幼少期から積み重ねてきた医療機関の受診履歴、服薬履歴、健診結果などを蓄積し、よりその人に合った治療ができるように活用しようという動きが出てきます。
マイナンバーカードの活用法としても期待されていますが、まだ具体的な施策についてはこれからの検討となります。

4.海外におけるリアル・ワールド・データ(RWD)の活用の現状

欧米では、2000年代以降電子カルテの標準化、医療情報の連携を積極的に推進してきました。
実際に、電子カルテの普及率は2016年時点で英国や北欧ではほぼ100%、アメリカも80%を超えているとされています。

4-1.アメリカ

アメリカでは、承認された医薬品の市販後の安全性を監視・評価する際や、限定的ですが有効性を裏付けるためリアル・ワールド・データ(RWD)とリアルワールドエビデンス(RWE)を活用してきた長い歴史を持っています。
2016年に制定された「21st Century Cures Act」という法律では、医療製品開発を加速させるために、RWEの活用などを通じて臨床試験デザインを近代化し、承認プロセスを迅速化することを施策の1つに挙げています。

4-2.イギリス

イギリスではほとんどの国民がかかりつけ医に登録しているため、プライマリケアデータが電子カルテに収集されています。この情報は大規模なゲノムリソースや健康関連データとリンクされ、Clinical Practice Research Datalinkなどを通じて国内外の研究者によって数十年にわたり利用されてきた歴史があります。

4-3.欧州連合(EU:European Union)

欧州医薬品庁(EMA)は2022年、「DARWIN EU」と呼ばれるネットワークを設立しています。
欧州連合(EU)の規制当局の意思決定をサポートする加盟国全域からのRWE生成を加速化させるのが狙いで、2025年までにDARWIN EUのフル稼働を目指し、年間約150件のRWE研究(RWEを用いた研究)を実施するとしています。また、加盟国間でばらつきがあった医療データをEU内で統合する準備も進められています。

参照:Nature ダイジェスト「リアルワールドエビデンスの今:第2回 欧米の事例」

5.日本におけるリアル・ワールド・データ(RWD)の活用の現状

日本では、欧米に比べてリアル・ワールド・データ(RWD)の活用が遅れていましたが、厚生労働省を中心に積極的な活用が推進されています。

5-1.日本発のシーズが生まれる研究開発環境の改善

今や二人に一人が罹患するとされているがん治療で一人ひとりに最適な最先端のがん治療を、医療保険で受けられるようにするため、解析したゲノム情報や臨床情報を集約・管理・活用することを目指し、体制を構築、革新的な医薬品・治療法等の開発を推進しようとしています。

5-2.薬事規制改革等を通じたコスト低減と効率性向

革新的医療へのアクセスの向上、創薬の生産性向上、適正使用の推進に配慮した、革新的な医薬品の創成と育成という観点を中心に、医薬品の規制を改革することなども盛り込まれています。

他にも「医薬品の生産性向上(バイオシミラーを含む)と製造インフラの整備」「医薬品の適正な評価の環境・基盤整備」「日本発医薬品の国際展開の推進」など、リアル・ワールド・データ(RWD)の活用を積極的に推進するために、様々な施策が話し合われ、実行に移されているところです。

参照:厚生労働省資料「実臨床での各種データの活用による革新的医薬品の早期実用化‐期待される効果」

6.リアル・ワールド・データ(RWD)の発展に向けた今後の展望

日本でさらなるリアル・ワールド・データ(RWD)の活用を推進するため、厚生労働省は「令和5年度 医薬品等審査迅速化事業費補助金(リアルワールドデータ活用促進事業)」として補助金の公募を行うなど、積極的な姿勢が見られます。

新薬開発や難病、希少疾患に対する治療法確立など、私たち国民にとってより良い医療が受けられるような医学の進展に生かされていくことが期待できます。

参照:厚生労働省は「令和5年度 医薬品等審査迅速化事業費補助金(リアルワールドデータ活用促進事業)」

7.まとめ

以上、リアル・ワールド・データ(RWD)の概要や、データの活用事例、海外や日本での利用状況などについて解説しました。

今後も、活用事例のトピックスや、身近な医療現場での利用などの機会が増える可能性が考えられます。ぜひ、動向にも注目してみてください。

また、よりリアル・ワールド・データ(RWD)の重要性が増し、身近な医療現場での活用する機会が出てくることも考えられます。この記事が、理解を深める一助となれば幸いです。