2024年4月から“医師の働き方改革”が施行されるにあたり、医師の業務負担の軽減を目的に推進されている取組であるタスク・シフト/シェアの強化が注目されています。
医師の働き方改革の一環として、国と日本医師会の主導のもとに推進されているタスク・シフト/シェアは、医師の業務の移管、または共同で分担することで、急速に進歩する医療への対応や患者ごとのきめ細かな対応などによる医師の負担を軽減できると言われています。
各医療機関が試行錯誤しタスク・シフト/シェアを進めていますが、具体的にはどのような取組なのでしょうか。
本記事では、タスク・シフト/シェアの内容や注目されている理由、課題、事例などについて詳しくご紹介します。
目次
1.タスク・シフト/シェアとは
タスク・シフト/シェアは、「タスク・シフト」と「タスクシェア」を組み合わせた言葉です。
タスク・シフトとは、医師の業務の一部を看護師や薬剤師などに任せることを指します。タスクシェアは、医師の業務を複数の職種で分け合い、共同で遂行することです。つまり、タスク・シフトが業務の一部を特定の人物に任せることで、タスクシェアは職種が異なる複数の人物に任せることをいいます。
医師が行う業務の中には、「医師だけが対応できる業務」と「医師ではなくても対応できる業務」があります。厚生労働省は、2019年10月に開催した「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」 にて、タスク・シフト/シェアの対象となる医療行為について洗い出しました。
該当する医療行為は「現行制度で対応できるもの」「対応可能かどうか検討が必要なもの」「対応には法改正が必要なもの」の3つに分類されています。
2.注目されている理由
日本の医療体制は、医師が長時間労働をするからこそ成り立っている側面があります。このような状況を改善すべく、医師の働き方改革について繰り返し議論が重ねられてきました。現場においては、急速に進歩する医療への対応や患者ごとに最適化された医療の提供に追われ、業務負担はますます増加しています。
そこで注目されているのがタスク・シフト/シェアです。医師の業務のうち、他の職種が担当できる業務を速やかに移管し、医師の負担を減らすことが求められています。タスク・シフト/シェアを進める際には、医療の安全性を確保し、職種ごとの専門性を考慮する必要があります。また、個人の能力、環境、医師との信頼関係も検討すべき項目です。
特に小児領域におけるタスク・シフト/シェアについては、同一の業務でも安全性を確保するために慎重な検討が必要とされています。
参照:厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会 議論の整理」
3.タスク・シフト/シェアの種類
タスク・シフト/シェアは、職種別に以下のように分類されます。
- 医師事務作業補助者の配置
- 看護補助者の配置
- 特定行為研修修了看護師の配置
- 院内薬剤師の配置
- その他、他職種へのタスク・シフト
また、上記に加えて医師間でのタスク・シフト/シェアもあります。それぞれの特徴について詳しく見ていきましょう。
3-1.医師事務作業補助者の配置
医師事務作業補助者とは、医師が担当する業務の中でも事務的な業務をサポートする職種です。例えば、診断書や診療情報提供といった医療文書の作成、電子カルテの診療記録の入力、外科手術の症例登録など、さまざまな業務があります。
医師事務作業補助者の需要が増えていますが、人材育成が進んでおらず、タスク・シフト/シェアが十分には進んでいない現状があります。この課題を解決するために、今後は医師事務作業補助者の育成を促す取り組みが必要とされています。
3-2.看護補助者の配置
看護補助者は、看護師長と看護職員の指導のもとで、食事や排せつ、入浴といった療養生活上の世話、ベッドメーキング、消耗品および看護用品の整理、病室の環境整備などを担当する職種です。看護助手とも呼ばれ、看護師の負担軽減を目的として配置されています。
医師からのタスク・シフト/シェアによって看護師の業務負担が増えた場合、看護補助者のサポートによる負担軽減が期待されます。
3-3.特定行為研修修了看護師の配置
特定行為研修修了看護師とは、「特定行為に係る看護師の研修制度」を修了した看護師のことです。特定行為に係る看護師の研修制度は、医師が作成した手順書に従って特定行為を行う際に、必要な理解力や思考力、判断力、専門的な知識・技能の向上を目的とした研修です。
本研修を修了することで、21区分38行為を行えるようになります。その結果、医師の業務負担の軽減が期待できるため、タスク・シフト/シェアの実現を目的に多くの医療機関で推進されています。
参考資料:厚生労働省「特定行為区分とは」21区分38行為について
3-4.院内薬剤師の配置
院内薬剤師の業務は、安全な薬物療法の実施を目的に、調剤だけではなくチーム医療への積極的な参画をもって、病棟において服薬指導等を行うことです。医師や看護師との強固な連携により、高度なケアの提供とインシデントの低減、医師や看護師の負担軽減を実現します。
3-5.他職種へのタスク・シフト/シェア
ここまで解説した種類のほか、次のようにさまざまな職種へのタスク・シフト/シェアも有効です。
- 診療放射線技師
- 臨床検査技師
- 臨床工学技士
- 理学療法士
- 作業療法士
- 言語聴覚士
- 視能訓練士
- 義肢装具士
- 救急救命士
- 管理栄養士
タスク・シフト/シェアの導入を進めるには、個々のモチベーションや技術、人材不足など様々な課題があるため、それらを考慮してタイミングや方法を選択する必要があります。
3-6.医師間でのタスク・シフト/シェア
タスク・シフト/シェアは、医師間でも実施できる場合があります。
同じ診療科内、または複数の診療科をまたぎ、業務の一部を移管、あるいは共同化を行うことで一人の医師に負担が集中するのを軽減できます。例えば、複数の主治医によるチーム制の導入、長時間労働や連続勤務への影響が大きい宿日直体制の変更などが該当します。
また、手術が決まってからの入院や手術、術後の回復、退院、社会復帰をしていく過程で必要な業務を医師とメディカルスタッフ間で業務移管することも有効です。例えば、クリニカルパスにより医療の内容を標準化し、周術期管理を効率化すること等が挙げられます。
参照:厚生労働省「勤務環境改善に向けた好事例集」
4.タスク・シフト/シェアが可能な業務
厚生労働省は、タスク・シフト/シェアにおいて、次の5項目を特に推進するものとしています。
- タスク・シフト/シェアする側(医師団体、病院団体)提案の業務
- 説明や代行入力といった職種横断的な業務
- 特に労働時間が長い診療科や複数の診療科に関連する業務
- タスク・シフト/シェアが可能な業務として過去に示された業務
- ある病院の業務時間の実態を踏まえて算出した「月間の削減可能時間数の推計」が大きい業務
職種ごとに推進するものとして、看護師・薬剤師・医師事務作業補助者に焦点を当てて解説します。
| 担当できる業務 |
看護師 |
など |
薬剤師 |
|
医師事務作業補助者 |
|
出典:日本医師会「都道府県医師会 医師の働き方改革担当理事 連絡協議会」
なお、看護師と薬剤師が担当できる業務は一例であり、現行制度では他にもさまざまな業務の移管が可能です。
現行制度では、タスク・シフト/シェアを実行できない業務もあります。検討会で合意を得られており、医師の働き方改革関連法案としての提出を目指しているもの(一例)についても詳しく見ていきましょう。
| 業務内容 |
診療放射線技師 |
など |
臨床検査技師 |
|
臨床工学技士 |
|
出典:日本医師会「都道府県医師会 医師の働き方改革担当理事 連絡協議会」
5.タスク・シフト/シェアの課題
タスク・シフト/シェアを推進するうえで、次の課題が挙げられています。
- タスク・シフト/シェアが可能かどうかの明確化および整理をしたうえで、推進するための取組を実施する
- 「意識」「技術」「余力」の課題への対応
法的に実施できない業務については、今後の法改正での対応が期待されています。実施可能となった場合でも、「意識」「技術」「余力」の3つを追求し、円滑にタスク・シフト/シェアを実施できる体制を整える必要があります。それぞれのポイントについて詳しく見ていきましょう。
5-1.意識の課題
タスク・シフト/シェアの関係者のモチベーションや危機感などのことです。例えば、タスク・シフト/シェアへの理解、啓発などが不足していたことが導入の進まない原因の1つとされており、まずは意識の改革が必要です。
5-2.技術の課題
ここでいう技術とは、知識や経験、ノウハウのことです。タスク・シフト/シェアによって業務を担当する人物への指導方法や研修の内容の統一、マニュアル作成、成功事例の共有などが進んでおらず、業務移管がスムーズに進まないことが課題になっています。課題解決のためにも人材育成やマニュアル作成等の改善を進める必要があります。
5-3.余力の課題
ここでいう余力とは、人員や労働時間、賃金などにおける余力のことです。医師事務作業補助者や看護師などの雇用における人件費の負担増加、作業スペースの問題などが挙げられます。
意識の改革と技術の担保に加えて、余力の確保に取り組まなければタスク・シフト/シェアの実現は難しいとされています。
6.タスク・シフト/シェアの事例
タスク・シフト/シェアは、すでに多くの医療機関で実践されています。成功事例を3つご紹介します。
6-1. 医師事務作業補助者への勉強会実施でタスク・シフト/シェアの確立をした事例
タスク・シフト/シェアによる業務の移管先のスキルが向上したことで、結果として医師の業務負担が軽減した事例です。医師事務作業補助者を対象に、各診療科の業務の見える化とマルチスキルの習得を目指しました。
取組内容は次のとおりです。
- 各診療科のスタッフが講師となり勉強会を実施し、横断的な知識を共有
- 業務のチェック式ラダーシートを作成し、診療科ごとに異なる業務を見える化
- 書類作成スキルの向上に向けた取組
- 他科依頼書を取り違えないように、確認プロセスを強化
- 医師からの指示や要望をより効果的に理解し、業務を遂行するために連携を強化
このような取組により、以下の成果を得られました。
- 各診療科の勉強会を行うことで、他診療科についての知識を深めたいという業務意識の向上したことや、補助職(医師事務作業補助者等)の配置数を増やしたことにより業務のローテーションが可能になり、業務軽減につながった
- 医師事務作業補助者の業務遂行能力が向上したことにより、チーム業務が可能になり、業務分担が進んだ
- 業務のタスク分担により、30~40分かかっていた作業が数分の作業に軽減され個人の負担が解消された
- 新しい医師が着任した際、カルテには記載のない患者本人やそのバックグラウンドの情報を医師事務作業補助者が医師に提供することで、診察に良い影響を与えた
出典:いきサポ「タスクシフティングと人材育成・多職種連携の取組―医療秘書の業務確立-」
6-2.医師の書類作成時間短縮と勤務形態を柔軟にすることで推進した事例
医師の負担軽減を目的に、医師事務作業補助者を3名と医局秘書を1名配置しました。その結果、医師の書類作成時間が短縮しました。
また、働きやすさ向上のための環境整備として、仕事と子育て・介護などの両立支援を行いました。具体的な取組は、正職員の勤務形態に短時間勤務、短日勤務、交代制勤務、フレックスタイム制などを導入することです。
その結果、医師のワークライフバランスが整うことで離職の防止につながりました。
出典:いきサポ「医師のタスクシフト」
6-3.短時間勤務制度の推進を継続するためにタスク・シフト/シェアを工夫した事例
女性医師の短時間勤務制度や当直免除などを推進していましたが、制度を利用する医師が増えると残された医師の負担がかかるという課題がありました。そこで、患者情報の入力作業を患者が入院する前に医師事務作業補助者が行い、医師や看護師の業務負担を減らしました。
出典:いきサポ「タスクシフトの推進と各種制度を利用しやすい環境作りに関する取組」
7.まとめ
タスク・シフト/シェアは、医師の業務負担を軽減することを目的に、働き方改革の一環として行われています。2024年4月から始まる医師の働き方改革の新制度に先立ち、多くの医療機関で推進されています。今後も法改正によってタスク・シフト/シェアの範囲が拡大することが見込まれているため、医師の方は最新情報を随時チェックしましょう。
本記事では、タスク・シフト/シェアの内容や種類、課題、事例などについてご紹介させていただきました。医師の業務負担の増加による医療品質の低下やリスクの増加などが懸念されているため、タスク・シフト/シェアを積極的に活用していくことが大切です。