脳神経外科医のやりがいは?医師としての働き方・キャリア・将来性

脳神経外科

脳神経外科医は、脳や脊髄、神経といった繊細な臓器を扱う、高度な専門知識と技術を必要とする医師です。脳梗塞や脳腫瘍、くも膜下出血など、緊急性の高い疾患にも対応し、患者の命と生活を守る重要な役割を担っています。

やりがいの大きい脳神経外科医は長時間労働や夜勤が多く、負担が大きいというイメージもあります。しかし、医療現場でも働き方改革による労働環境改善に向けた取り組みが進められており、以前に比べると働きやすい環境が整備されてきました。

そこでこの記事では、脳神経外科医の仕事内容ややりがい、年収、キャリアパスについて紹介します。また、専門医を取得する方法や将来性も紹介しているので、最後までご一読ください。

1.脳神経外科医とは

脳神経外科医は、脳・脊髄・神経を専門とする外科医です。脳腫瘍や脳血管障害、頭部外傷、脊髄疾患など、人の命に関わる重要な疾患を診断・治療し、患者の命と生活を守る重要な役割を担っています。高度な専門知識と技術を必要とする領域であり、医師の中でも難易度の高い専門分野の一つです。

下記で、まず脳神経外科医の業務内容や就業環境、働き方を紹介します。

1.1 脳神経外科医の業務内容

脳神経外科医の業務内容は大きく分けて下記4つがあります。

  1. 診断

脳神経外科医は、患者の症状や問診に基づいて、脳や脊髄、神経の異常を診断します。問診や診察に加え、必要に応じてCTやMRI、PETなどの画像検査や、腫瘍組織を採取する生体検査などにより病名と病状を確定するのが重要な仕事です。

また、検査結果に基づいて、患者や家族に病状や治療方針について丁寧に説明します。

  1. 治療

脳腫瘍や脳血管障害、頭部外傷、脊髄疾患など、専門領域における様々な疾患の治療を行います。治療法には主に手術、薬物療法、放射線治療、リハビリテーションなどがあり、患者の病状に合わせて最善の治療法を選択します。

一例として、脳腫瘍手術では開頭手術や脳神経内視鏡手術、脳血管障害では血栓溶解療法やカテーテル治療、薬物療法などが主な治療法です。

近年ではAIやロボットなど医療技術の進歩により、より低侵襲な手術や新しい治療法が開発されており、常に最新の情報収集を行い自身の技術を磨き続ける必要があります。

  1. 研究

脳神経外科医は、新しい治療法の開発や診断技術の向上を目指し、大学病院や研究機関を中心に積極的に研究が行われています。

  1.  教育・指導

次世代を担う医師を育成するために、現場の研修医や医学部の学生に対する専門知識や技術の指導も脳神経外科医の役割です。

外来診療や手術、病棟管理などの業務での症例カンファレンスや手術見学、実習などを通して研修医の指導を行います。指導医は、研修医が専門医として必要な知識や技術を身につけられるよう、丁寧な指導が重要です。

また、自身の研究や診療と並行しながら学生教育に携わるのが特徴です。

1.2 脳神経外科医の就業環境と働き方

脳神経外科医は、脳卒中や頭部の外傷など急病や不慮の事故などが多く、救急患者や入院治療となる場合が多い傾向にあります。また、それらの疾患や外傷は患者の生命や予後に影響を与える可能性が高く、診察や治療への責任が重く、多忙な診療科です。 その上、術式の習得や手術経験を積むため、大学病院や公立の基幹病院に勤務するケースが一般的です。

一方で、脳神経外科医の手術は高度なスキルと手術時間を要する場合が多く、体力的にも精神的にも負担が大きい業務と言われています。年齢と共に指導医の立場にシフトする場合、クリニックへの転職や独立開業、転科などのキャリアパスを選択するケースも考えられるでしょう。

2.アンケートから見る労働環境の改善

激務のイメージが強い脳神経外科医ですが、近年は、長時間労働や夜勤の負担軽減をはじめ、医療現場の働き方改革を推進するため現場レベルで様々な取り組みが進められています。

下記で、具体的な労働環境の改善状況について紹介します。

2.1 労働環境改善システムの導入と効果

脳神経外科の現場でも、労働環境改善への取り組みの効果が徐々に表れています。

脳神経外科医の働き方

日本脳神経血管内治療学会によるアンケート調査結果(2021年)によると、「現在のペースで仕事を続けられる自信があるか?」の質問に「はい」と回答した医師は58%、「いいえ」と答えた医師は15%でした。

「はい」と回答した医師の理由としては、

  • やりがいがあること(約34%)
  • 交代で休める環境など職場環境が充実していること(約30%)
  • 業務の負担が少ないこと(約28%)

などが挙げられています。

一方、「いいえ」と回答した医師の理由としては、体力的な問題が72%と最も多く、年代別・性別では40代女性医師の「自信がない」回答が32%と、他の年代・性別と比べて高くなっています。

また、「いいえ」と回答した医師が比較的少なかった要因としては、労働環境改善のために職場で導入されている制度との関連性がうかがえます。導入されている制度に関してのアンケート結果では、呼び出し当番制や遠隔画像診断デバイス、当直明け勤務免除、複数主治医制、Webカンファレンスなどの労働環境の改善やICT活用による業務効率化が図られているものが導入されており、成果が表れているように考えられます。

すでに導入している医療機関もありますが、今後は本格的に労働環境改善を行えるシステムの導入を検討していく必要性があります。

参考:日本脳神経血管内治療学会アンケート調査結果 ̶脳血管内治療の「ダイバーシティ」と 「ワンチーム」|日本脳神経血管内治療学会

2.2 今後の労働環境改善への期待

脳神経外科医の就労について
『勤務医の就労実態と意識に関する調査』(2012年)を参考に弊社にて編集加工をしております。

2012年のデータによると、1週間あたりの平均労働時間は53.3時間と救急科54時間に続いて長く、オンコールの回数も月4回以上を36.7%占めるなど、全診療科の中で最も多いという調査結果があります。

国の働き方改革を受けて、脳神経外科でも労働環境改善に向けた様々な取り組みが行われてきました。 その結果、2-1章で示したように日本脳神経血管内治療学会による2021年のアンケート調査で「仕事を続けられる自信がある」と回答した医師の割合は58%にまで上昇しました。2012年の調査結果(34%)と比べるとこの10年間で大幅な改善と言えます。

しかし、58%という数字は決して高いとは言えません。 2024年4月から開始予定の「医師の時間外労働上限規制」も見据えた労働環境の改善が依然として求められています。例えば、年次有給休暇の取得日数は脳神経外科の場合、最も少ない「3日以下」の割合が55.2%と高く、他の診療科と比べて有休取得率が低いことが分かります。

ワーク・ライフ・バランスを実現するには、業務効率化、チームワークはもちろん、職場での働き方改革の進度も重要です。

具体的には、

  • 労働時間の適正化
  • 休暇取得の促進
  • 女性医師や子育て中の医師への支援
  • 働き方改革の推進

などが重要課題で、医師の働き方改革の効果が期待されます。

参照:『勤務医の就労実態と意識に関する調査』(2012年)|独立行政法人 労働政策研究・研修機構

3.脳神経外科医の年収

脳神経外科医(勤務医)の平均年収は約1480万円と、全診療科中トップクラスです。

脳神経外科医の年収が高い理由は、主に以下の3つが挙げられます。

・高度な専門性と技術が必要
脳神経外科は脳や脊髄といった非常に繊細な組織を扱うため、高度な専門知識と技術が必要です。そのため、医師になるための教育期間も長く専門医取得までに多くの時間と労力を要します。

・責任が重大
脳神経外科医は、患者の命に関わる重大な判断を日々下しています。手術の成否によって患者の命に関わる重大な結果をもたらす恐れがあるため、常に高い緊張感の中で仕事をする必要があります。

・労働時間が長い
脳神経外科医は、脳梗塞やくも膜下出血など救急搬送による緊急性の高い疾患を扱うため、夜勤や休日出勤が頻繁にあります。また、手術によっては長時間立ちっぱなしで作業することもあり、体力的な負担も大きい診療科です。

医師の働き方改革や医療制度改革の影響により、労働時間短縮や休暇取得促進などの取り組みが進めば、時間外労働やオンコールの負担が軽減され、結果として年収の減少につながる可能性も考えられます。

ただ、超高齢化社会が加速する日本において脳神経外科医のニーズは高まるばかりであり、大幅に年収が変動する心配はないでしょう。

参照:「令和4年賃金構造基本統計調査」|厚生労働省
参照:「勤務医の就労実態と意識に関する調査」|独立行政法人労働政策研究・研修機構

4.脳神経外科医のキャリアパス

ここからは、脳神経外科医のキャリアパスを具体的に紹介します。

4.1 脳神経外科専門医になるためのステップ

脳神経外科専門医を目指すには、以下のステップを踏む必要があります。

脳神経外科医になるまでのステップ

脳神経外科専門医を取得するには、脳神経外科の専門研修プログラムを修了し、本脳神経外科学会認定医試験に合格する必要があります。

専門医取得までの期間は、最短で6年です。経験を積むため、取得後さらに大学病院や関連病院などで数年勤務するのが一般的です。

2011年度より専門医研修プログラムは新制度に移行しました。脳神経外科専門医に求められる到達目標が明確化され、現在全国に約100の研修プログラムが存在します。

専門研修プログラムを修了すると、専門医認定試験の受験資格が得られます。試験は毎年夏に行われ、筆記試験と口頭試問に合格する必要があります。

参照:日本脳神経外科学会「専門医制度」
参照:日本脳神経外科学会「脳神経外科医になるためのステップ」

4.2 多様なキャリアパス

脳神経外科医のキャリアパスは多様です。手術をメインとするキャリアパスと、手術以外の分野で経験を活かすキャリアパスの2つに分けて紹介します。

手術をメインとしたキャリアパス

脳神経外科医は、高度な技術を磨き、脳腫瘍や脳血管障害の手術で活躍するケースが一般的です。大学病院や専門病院などで経験を積み、手術チームを率いる医師を目指します。さらに豊富な診療経験や手術スキルを活かして、後進の指導に携わる医師もいます。

手術以外の分野で経験を活かすキャリアパス

近年、手術以外の分野で脳神経外科医の経験を活かすキャリアパスも注目されています。

  • 予防医療
    脳ドックなどの予防医療では、脳の健康状態を検査し、病気の早期発見・早期治療に役立ちます。
  • 頭部外傷のコンサルト
    他の診療科と連携し、頭部外傷のコンサルトで患者にとり最適な治療方針を検討するニーズもあります。
  • 回復期リハビリテーション
    回復期リハビリテーションでは、理学療法士や作業療法士などリハビリテーションのスタッフと連携し、脳卒中や骨折などの後遺症を抱える患者の機能回復をサポートします。

この他、研究者の道や、医療機器メーカーや製薬会社での開発業務、行政機関での医療政策立案など、様々な分野で活躍する方法もあります。

このように、脳神経外科医のキャリアパスは多岐にわたります。自身の興味や目標、ライフスタイルに合わせて、最適なキャリアパスを選択することが大切です。

    脳神経外科医は、人手不足が続いている診療科です。また、急性期・回復期・慢性期はもちろん、予防や診断を含め広範囲の経験やスキルを持つため、予防医療から終末期医療まで、自分の強みやキャリアプランに応じた選択肢が広がっています。

    参照:Neuroinfo Japan:脳神経外科医になるためのステップ

    5.脳神経外科医の将来性

    脳神経外科医の将来性について3つの視点で紹介します。

    • 医療技術の進歩と脳神経外科
    • 時間外労働上限規制と働き方の変化
    • 脳神経外科医に求められるスキルの変化

    特に、2番目の医師の働き方改革の動向は脳神経外科医のワーク・ライフ・バランスにも大きな影響を与えると予測されます。

    5.1 医療技術の進歩と脳神経外科

    脳神経外科は、近年めざましい技術革新が進んでいます。手術の安全性を高める術中機能モニタリング法、手術の精度と確実性を向上させる画像誘導法、低侵襲治療を目指す血管内治療技術など、次々と新しい技術が開発されています。

    具体例として、脳腫瘍治療では、遺伝子治療や免疫療法など従来の手術や放射線治療に比べ効果的で副作用の少ない治療法の開発が進められています。近年注目されているCAR-T(キメラ抗原受容体T)細胞療法と呼ばれる免疫療法もその一つです。現状では、2019年に急性白血病や悪性リンパ腫など血液がんへの保険適用が始まりました。患者自身の免疫細胞を遺伝子改変し癌細胞を攻撃させ、治療効果の向上や患者の負担減が見込めるため、脳神経外科領域での応用が期待されています。

    さらに、開頭せずに手術を行う収束超音波法や、幹細胞を用いた脳・脊髄の再生医療、神経機能を変容させて治療するニューロモジュレーション技術など、未来の医療を担う革新的な技術も研究開発が進んでおり、より安全で精度の高い治療を行える時代を迎えるでしょう。

    参照:がん細胞のみを攻撃する人工免疫細胞と人工ウイルスを… _ プレスリリース・研究成果 _ 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-
    参照:「脳腫瘍に対する CAR-T 細胞療法」大野真佐輔

    5.2 時間外労働上限規制と働き方の変化

    2024年4月から施行された医師の時間外労働上限規制は、医療現場に大きな影響を与える規制変更となり、脳神経外科医も例外ではありません。

    年間労働時間は医師1人当たり月100時間、年間960時間以下に制限されます。

    具体的に考えられる働き方の変化として、下記のようなことが考えられます。

    • 当直回数が減少
    • 手術件数の調整
    • チーム医療の推進
    • 遠隔医療の活用
    • AIなどのICT技術の導入

    一方で、医療体制の変更や人材不足などの課題も生じる恐れがあり、医療機関全体で時間外労働上限規制への対応に取り組む必要があります。その上で、医師は医療機関の取り組みを理解し、新しい働き方に適応していくことが求められます。

    6.【Q&A】脳神経外科医によくある質問

    ここでは、脳神経外科医を目指す医師のよくある質問をまとめて紹介します。

    6.1 脳神経外科に向いている人は?

    脳・脊髄・神経とその疾病への興味が強く、知識や経験を貪欲に学ぼうとできること。また、診療全般を通して人間味があり、かつ冷静な判断により、患者を幸せにできる責任感のある医師が向いています。手術が多い診療科のため、集中力や体力があって精神的なタフな人のほうがより適性が高いでしょう。

    6.2 専門医に求められる知識・スキルのレベルは?

    脳神経外科に関する幅広い知識と深い理解を基礎として、診断、治療、手術などの高度な技術が不可欠です。その上で、チーム医療を推進するコミュニケーション能力や倫理観、責任感、生涯学習への意欲など、ヒューマンパワーの要素も大いに求められます。

    具体的に、脳神経外科専門医試験は中小規模の病院の部長が務まるレベルを基準としており、診療責任者としての資格であるため、難易度が高いと言えます。

    合格率はここ数年約80%で推移しており、学会認定の施設で研修を行い十分な受験準備をすれば合格を目指せます。

    脳神経系は非常に複雑で、扱う疾患も多岐にわたるため、専門的な知識と技術が必要とされる非常に難易度の高い試験です。したがって、脳神経外科医を目指す際は、専門医試験の難易度の高さに覚悟を持ち、しっかりと準備を進めることが大切です。

    参照:『日本専門医制度概報』|一般社団法人 日本専門医機構

    6.3 手術者としてのスキルアップのイメージは?

    手術者としてのスキルアップは、まず研修初期から簡単な手術を執刀できるようになり、4年間の研修で一般的開頭法を習得します。研修後期には、顕微鏡手術のスキルアップを繰り返します。個人差もありますが、一般的には通常の顕微鏡手術をこなせるまで卒後10年程度です。研修や経験を通して、段階的にスキルを向上させていく必要があります。

    6.4 脳神経外科としてのやりがいは?

    脳神経外科医が対応する疾患は、脳血管障害や頭部外傷が多く、患者の生命や予後に影響を与える可能性が高くなります。迅速な対応が求められるため重責はのしかかりますが、的確な治療で患者の命とその後の人生を救うことができるやりがいがあります。

    また、顕微鏡手術や内視鏡手術、血管内手術など様々な手術に関わることができます。日本では、脳神経の分野で脳神経外科が占める割合が多く、神経科学や医療技術の最先端で活躍している実感を得ることもできます。

    さらに、脳神経外科医が活躍できる場は手術のみではなく、救急医療からリハビリ、研究など多岐にわたります。幅広い領域に挑戦することができるため、自身のやりがいとなる場に挑戦することも可能です。

    参照:日本脳神経外科学会「脳をみる 人をみる」

    7.まとめ

    脳神経外科医は重責が伴う仕事ではありますが、脳や脊髄、神経の疾患を診断・治療する医師として、救急医療からリハビリと様々な面で患者に関わり、直接的に患者の命や人生を救うことができるやりがいある仕事です。

    その経験を活かすことで、手術のみではなく、予防医療や脳血管障害患者に対してのリハビリ、神経科学の研究など様々なキャリアパスを選択でき、将来性にあふれています。

    高齢化社会の進展によって脳神経疾患患者数は増加しており、今後も需要は高まっていくと考えられる脳神経外科医ですが、今回解説した内容が今後のキャリアを考える一助になれば幸いです。